愛宕山表坂道下りゆけば名物のしんこを売る店ならべり
山の女が赤きエプロンかけながらしんこを召せとすすむるうるささ
雨霧は谷のひととこ湧きにつつみるみる愛宕の尾根まで包めり
愛宕山急坂下り清滝の紅葉の茶屋に足をやすむる
十八町奥には空也の滝ありと茶屋の主人はこまごまかたる
吾もまた空也の滝をしらべむと愛宕の山路右手をたどりぬ
辿りゆけば空也の滝は滔々と虹をゑがきて飛沫とばせり
夏ながらこの滝の辺は肌さむし老木茂りて雨ぎらひつつ
野天狗行者
よくみれば滝を浴みつつうづくまる三十男が目をむきてをり
大いなる目の玉なるよと注視すれば野天狗の霊うつれるなりけり
目を転じ滝の右方を眺むれば石碑あまた建てつらねあり
石碑のおもての文字は大明神いづれも狐の神号なりけり
よこしまの道に迷ひて山奥のこの滝壷に来る人多し
そのむかし空也上人のうたれたる滝の水音すさまじく落つ
杉本慧
滝壷にうづくまりたる目の男タオルに身体のつゆを落せり
よくみれぱ顎髭までもむしやくしやと山男のごと生ふる凄さよ
何者よとわれ名をとへば御嶽教の杉本慧と慇懃に宣る
わがこもる岩窟に来よと杉本は茂みの中を先にたちゆく
われもまた木の根岩の根ふみさくみ杉本がひそむ岩窟に入りぬ
百日行
杉本は今日でやうやく百日の修行あがりとほこりがにいふ
百日の間蕎麦粉を水にかき塩をなめつつゐたりと語る
大阪の船場に御嶽の教会をたてて信徒を集むる杉本
相場師や大病人の御祈願をたのまれここに修行せしらし
がやがやと人声きこえ登り来るあまたの足音谷間にひびけり
杉本が一百日の行あがり迎へむとして来れる信徒