信徒はてんでに稲荷大明神の旗をかざして滝のべに来る
天津祝詞般若心経口口に称ふる信徒の慾ぼけ顔をかし
杉本は眼下の滝壷見下して声高だかと託宣をなす
侠客団熊
吾こそは鞍馬の山の大僧正汝団熊しつかりきけよ
団熊と名乗る男は大阪に飛ぶ鳥落とす侠客親分
侠客の親分なれど団熊は信仰心の強き人物
団熊はあまたの乾分ともろともに滝壷の辺に平伏してをり
憑霊『杉本の百日の行はあひすめり汝団熊保護をいたせよ』
その方が名をあげたるもこの方の修行のおかげと大僧正のいふ
でたらめの託宣
鞍馬山大僧正は偽名にて実は野天狗の憑霊なりけり
神術にくらき団熊侠客は一も二もなく信じゐるらし
団熊のあとに従ふ老若男女鼻すすりつつ託宣をきく
杉本は大僧正が守護をする夢ゆめうたがふなかれと霊いふ
迷信の深き老若男女らは落涙しながら合掌してをり
いろいろのでたらめ託宣あひ終り駕篭にかつがれ帰る杉本
面白きことをするよと岩窟にただわれ一人坐して見てをり
一行は旗押したてて渓路を心経となへ帰りゆくなり
都会の迷信
大阪はひらけし都会とききたるにこの迷信はとわれは驚く
大阪に下らむとせしわが心くぢけそめたりこの体をみて
ともかくも一先づ園部へ帰らむと山路たどり嵯峨野に出でたり
嵯峨野より川べり伝ひ山本の村に帰ればたそがれにけり
川添ひの稚児大神の御社にぬかづき夕べの神言ささぐる