霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(五)

インフォメーション
題名:(五) 著者:浅野和三郎
ページ:252
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142400c70
 K海軍機関大佐は立派な体格の持主であり、又呑気な頭脳の所有者である。食つて、飲んで、寝て、起て、家庭の善良な主人公として、又公務の忠実な奉公人として、神だの霊だのには一生涯触れずに日を(くら)すべき人柄であらうと誰しも考へるのであるが、此人が明照教(めいせうけう)の信者であるから世の中は不思議である。一体海軍部内には妙に日蓮を担いで見たり、明照教(めいせうけう)に走つて見たりしたがる連中がある。よくよく事情を(しら)べて見ると、主に平生の無邪気と無頓着とが然らしむるので、上陸中の暇つぶしに、球突(たまつ)きをやり、料理屋へ通ふのと同一動機で、誰かの口から風評(うはさ)でも聴くと、
『面白い、行つて見よう』
 位のお手軽主義で早速出蒐(でか)けるのが通例である。従つて入るのも(はや)いが、離れるのも又(はや)い。(おそ)ろしく(あきら)めが善い。姉崎君などは、此等の連中を捕へて迷信遍歴者だなどと悪口(あくこう)する。一面に(おい)て全く無理もない。(もつと)も此等の人々が迷信遍歴者なら、姉崎博士などは宗教仲買人といふ所かも知れない。()かず離れず、()い加減の効果を並べ、御自身一つも懐を痛めずにしこたま口銭(こうせん)をせしめる……。
 ある晩K君がヒヨツクリ尋ねて来た。大本教の話を聞きに来たといふ。自分は同君の平生を知つて居るから、格別熱誠を以て説明する気にもなれず、軽くあしらつて居ると、やがて鎮魂を一遍やつて呉れといふ。
『やりませう。まア坐つて御覧なさい』
 坐つて五分と経たぬ(うち)憑依物(つきもの)が発動した。自分の審神(さには)では立派に野狐だ。ウンと一つ(にら)みつけて、霊の縄で縛つてやると、(くる)しがつて、唸りつづけに唸りながら前へのめつた。
 何々教とか、何々大師とか、看板だけは立派だが、一度照魔鏡(せうまきやう)にかけてやると、大概(たいがい)其内容は台なしで、狐か、狸か、天狗位のものが人間の肉眼をくらまして嘘八百を並べて居るのが百中の九十九以上を占める。かかる迷信の弊害は実に大きいが、しかし科学者などが霊魂を無視しつつ、実は自分自身の肉体に悪霊が巣をくつて居るのを御存じないのも、余り褒められたことでない。
 自分は三十分間ほどK大佐の憑霊を縛つたまま散々(いぢ)めた上で『許す!』と言つてやると、同氏は充血した赭顔(あからがほ)(もた)げた。
『いかがでした? (すこ)(くる)しかつたでせう』
『ナニ格別(くる)しくもなかつたですが、ただ、私の脇の下の所で、モジヤモジヤした柔かい毛がさはりました。一体あれは何でせう?』
『狐ですよ。肉体のある狐がついて居るのです。魔性のものだから姿は見えませんが、貴下(あなた)懐中(ふところ)(たもと)の中を捜して御覧なさい。必然(きつと)脱けた狐の毛が付いて居ますから……』
 (たもと)を捜して見ると(はた)してその通りであつた。これには呑気者の大佐も幾分(いや)な顔をして、ソコソコ辞し去つたが、それきり自分の所に寄り付かないから、其後(そのご)の事は知らない。多分まだその野狐と御同棲中ではないかと思はれる。
 I少将は温厚篤実を以て部内に重んぜられて居る人だが、信仰上からは矢張り迷信遍歴者中のチヤキチヤキで、何でも(かじ)り、何でも行つて見る。日蓮宗も結構、法運術も賛成、大本も面白いが、明照教も悪くはないといふ具合で、中心もなければ統一もない。一視同仁、無差別混淆、毛頭(まうとう)毛嫌ひをせぬ点はその特長だが、同時に(たよ)りない事も亦(おびただ)しい。この人が亦よく自分に鎮魂を求めに来た。
 一二回やつて居る(うち)に訳なく発動して、言葉(くち)を切り出した。
何誰(どなた)です、御名(おんな)を伺ひます』
 自分が質問すると、しばらく躊躇して居たが、両三度(うなが)されて(つひ)に名乗り出した。
()……乃木(のぎ)大将だ』
 之をきいた時自分は(ほとん)んど吹き出すほど可笑(をかし)かつた。自分にはこの人に憑いて居るのが野狐であることが、最初から判つて居る。『戯談ぢやない、ノギさんではなくノギツネさんの癖に』と思つたが、さあらぬ(てい)にて、しばらくからかつた。
『乃木大将には什麼(どう)して此肉体にお(かか)りなされたのです?』
平生(へいぜい)I少将は私を崇拝する感心な男ぢやから時々守護してやる……』
 ノギさん中々(うま)いことを言ひ居ると自分は思つた。実際I少将は乃木大将の崇拝者で、石版刷(せきばんずり)の大将の軸物などを壁間(へきかん)にかけ、書斎の本箱には大将に関するあらゆる書物を取揃(とりそろ)へてある。憑依物(つきもの)を看破する事の出来ぬ心理学者などが、かかる場合に潜在意識の発動だなどとコヂつけるのである。少将自身に乃木崇拝といふ潜在観念があることは事実だ。しかし其観念を利用するのは、憑依して居る狐の所業(しわざ)であるのだ。
『乃木大将にお尋ねしますが』を自分は(わざ)ととぼけて、『お幾歳(いくつ)の時にお(なく)なりでしたか』
『さうね』と小首を傾けて、『多分六十一ぢやつたと思ふが……』
『夫人は?』
『あれは多分四十七歳位ぢやつた』
『四十七歳? (たしか)にさうですか』と畳みかけるとノギさんが大分(あわ)てて、
『イヤイヤ五十三ぢやつたかナ……。イヤ五十七かも知れん……』と早くもしどろもどろだ。
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