霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章

インフォメーション
題名:第三章 著者:出口王仁三郎
ページ:68 目次メモ:
概要:
  • 明治30年10月に小幡神社で異霊彦命(本田親徳)に三条の学則を教えられる。
  • 異霊彦命の三大学則についての教え 宇宙は霊と力と体との三大元質を以て充たされている。此の活経典を以て、真神の真神たる故由(ゆえ)を知ることを得ん。
  • 神について 神という義は、神典に隠身とある、「かくりみ」と云う意である。凡人の眼に隠れて見えぬ故に、「かくりみ」と云うのである。此の四字をつづめて、「か」と「み」とを合せて「かみ」と云うのである。
  • 王仁三郎の役目 世界は破滅の極みに達している。因りて神界より王仁三郎を卑しき農夫の家に降して、善く世の辛酸を嘗めしめ千辛万苦を与えて、世の救主と為さんとの神慮である。
  • 現代文明 今や物質的文明の壮年時代である。文明利器の交通機関は益々完全に備わり行きて、地球の上皮は追々狭隘となり接近し、衣食住は倍々(ますます)贅沢に流れ、世界の各政府は学術を貴重して科学的智育の普及を計り、名義のみの博士や学士を始め理論に生活する所の一種の動物は雲霞の如くに発生し、空論空議の盛なる、今日より甚だしきはなし。盲目千人の譬に洩れぬ世人は、皆この物質的文明の進歩を謳歌して居る。是れ向後惨澹たる世界の滅亡を来たすべき大原因なるべし。総て精神的神教的文明の相伴わざる物質的文明は、最も恐怖戦慄すべきものにして、決して謳歌すべきものにあらず。
  • 感合法 神感法とて神人感合の術なるものは、神様と吾々の霊魂が相一致する道である。帰神のこと。感合法には無形のものと有形のものがあり、無形の感合法には神感法と他感法と自感法がある。有形にも前述の3つがある。
  • 高熊山 ここでは、他の聖師伝とは違い、「我は益々幽斎を鍛錬したりしが、この度は神のお告げに従いて、深夜に一週間高熊山という奥山に通い、鎮魂と帰神術とを一心不乱に勉強し、ついに神人感合の妙境に達することを得たるなり」となっている。
備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2016-11-22 05:08:08 OBC :B195301c09
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]写本(成瀬勝勇筆、大正14年12月、大本本部所蔵)
 明治三十年八月下旬より、またまた(うぶ)(すな)の小幡神社に夜間ひそかに(さん)(ろう)して神教を請いつつあったが、神は余の至誠を()(のう)ましまして、三七日二十一日目。の上がりに、()の如き神教を賜わったのである。
 
 一、天地の(しん)(しょう)を観察して(しん)(しん)(たい)を思考すべし。
 一、万有の運化の(ごう)()なきを見て真神の(ちから)を思考すべし
 一、(かつ)(ぶつ)の心性を覚悟して真神の霊魂を思考すべし。
 
 右の三条を余に()かりて筆に()るし玉うた。そこで余は謹んで、「(わが)(かし)こし。願わくはその意義を教え玉え」と請う。
 神即ち教え諭し玉わく、「右三条の学則は、これ神の黙示なり。汝よく天地を()(ぎょう)して観察すべし。宇宙は、この霊と(りょく)(たい)との三大元質を以て充たさるるを知り得ん。この(かつ)(きょう)(てん)を以て、真神の真神たる()()を知ることを得ん。何んぞ人為になれる書籍を学習するに及ばんや。ただ宇宙間にはこの不変()(えき)たる(しん)(かん)(じつ)()あるのみ」と教え(さと)されけり。
 余は始めてこの神教を得て、(もう)()()(ぼく)に会える如く喜びて、直ちに感謝を捧げ、ますます真埋のために神の守護あらんことを祈願したりけり。
 余は余りの嬉しさに、ただ今教え玉いし神の御名を伺い奉る事を忘れ居たりしが、後に(こと)(たま)(ひこの)(みこと)()(おし)えたることを覚悟したりけり。
 三条の天則を授かりてから、百万の味方を得たる如く大いに勇気鼓して、またまた各教の教義を探り、誤れる宗教を改良せんと思料し、以後は営業は人任せに為し、各教を尋ね回りつつ神示の三則を説くといえども、暗黒の世は一人の良教師なく、可とする者も不可とする者もなく、余もすこぶる手持ち不沙汰にてありたり。また方面を替えて、地方の学識ありと云う人に向かって説き示さんと思いて、二、三の名士を(おとな)えども、余の貧民なればとて門前払いを喰わし、のみならず大反対を唱えて「山子」なぞと(のの)しる者のみ。平常の親密なる朋友までも、余を疑いて一言も信ずる者なく、かえって反対の側に立ち、種々の批評を(ほしいまま)にせり。
 されども一旦決心したる余は、あくまで真理を(せん)(めい)して、国家のために、人生のために、()(だい)哲学を一変せしめ、()(すい)()(じゅん)なる惟神(かんながら)の大道を発揮せん事を務めて止まず。ますます(ゆう)(さい)を鍛練したりしが、このたびは神の御告げに従いて、深夜に一週間、(たか)(くま)(やま)穴太にある霊山で、王仁三郎は明治三十一年(1898年)三月一日から一週間、この山の岩窟に籠もり霊的修行をおこなった。そのときに自分の救世の使命を自覚する。と云う奥山に通い、鎮魂と()(しん)(じゅつ)とを一心不乱に勉強し、ついに(しん)(じん)感合の妙境に達することを得たるなり。
 余は神の意義について一言説明しおく必要がある。浅薄なる学者輩は、「神は果たして在りとするならば、その姿をわが目前に現わすべし」なぞ、尋ぬる者あれども、これらは古流の唯物論の(そう)(はく)をなむる者の言であって、採るに足らぬ論拠である。
 神という義は、神典に隠身とある、「かくりみ」と云う意である。それで「神は幽体である」と云う事を先ずわきまえて居らぬ人には、神の話は何となく怪しき感じが起きて来て、信ずる事が出来ないようになって来るから、神の道を求めんとするものは、第一着歩としてこの問題から解決してかからねばならぬ。凡人の眼に隠れて見えぬ故に、「かくりみ」と云うのである。この四字をつづめて、「か」と「み」とを合せて「かみ」と云うのであるから、神を見んと欲する者は真智の光明でないと見る事が出来ないのである。もし凡夫の目に見ゆるとすれば、それは幻影である。妄視の作用である。精神の異常を来たしたるより病的に感ずるのである。人として神にまみえ奉ると云う事は(かた)いのである。
 余が高熊山において幽斎の修業中に、天帝の使神たる(こと)(たま)(ひこの)(みこと)より伝えられたる余の使命が、如何なるものなるやを記しておく。
 余はこの山の岩穴に静座(めい)(もく)、一心に神示を祈りて居ると、極めて爽快なる心持ちがしてそのまま神人感合の域に達したのであるが、神界には八百万(やおよろず)の神々が厳粛に整列して余が方を熟視して居られたが、その中より白髪の老神・異霊彦命は静かに余を招きて、左の御教を授け玉うたのである。余は(きん)殿(でん)(ぎょく)(ろう)の中に導かれて、神の教えを()けたり、問答を試みたのであった。
 神教え諭し玉うよう、「汝よろしく(わが)言葉を聞くべし。そもそも(うつ)し世の状態は如何(いかん)と思うぞ。真理は深く包まれて一点の光もなく、徳義は破れて人心は腐敗し、自由競争の悪習は最早頂点に達したり。このままに放任しおかんか、世界の滅亡を招くに至るべし。よりて神界より汝を卑しき農夫の家に降して、善く世の辛酸を()めしめ千辛万苦を与えて、世の(すくい)(ぬし)()さんとの神慮なり。汝は今まで為し来たりし事はみな天の為さしめ玉う所なり」と教え玉いければ、余は驚きと喜びとに打たれて、暫時無言のままに神の方をのみ()守り居たりけり。
 
   明治三十七年一月十二日誌
 神告げて(いわ)く。「(なんじ)(わが)教えを怪しめり。されど神の言詞は虚構なし。心を安く持ちてわが述ぶる所を聞くべし」とて、世界の末期に際せる所以(ゆえん)の理を説き玉いけり。ちなみに云う。本章にて神とあるは異霊比古命の(おん)(こと)を指し示せるなり。
 神教えて(いわ)く。「今や世界の文明は日に月に進歩する一方にある。いわゆる物質的文明の壮年時代である。理化学上の新発明は、神秘の鍵を以て神門を開きたるが如くに疑わるるまでに(しん)(ちょく)し、種々の方面に大競争の状態を現出し、偏屈なる道徳者・哲学者や、倫理上の学説は、社会の各方面より奇抜なる声を放ち来たりて、世人を迷わせて、偽予言者・偽救世主は各所に現われて、数多の人類を()(まん)して、世人はその()る所を知らず。文明利器の交通機関はますます完全に備わり行きて、地球の上皮はおいおい(きょう)(あい)となり接近し、衣食住はますます贅沢に流れ、世界の各政府は学術を貴重して科学的智育の普及を計り、名義のみの博士や学士を始め理論に生活する所の一種の動物は(うん)()の如くに発生し、空論空議の盛んなる、今日より甚だしきはなし。盲目(めくら)千人の譬えに洩れぬ世人は、皆この物質的文明の進歩を(おう)()して居る。これ向後(さん)(たん)たる世界の滅亡を来たすべき大原因なるべし。総て精神的神教的文明の相伴わざる物質的文明は、最も恐怖(せん)(りつ)すべきものにして、決して謳歌すべきものにあらず。精神的文明の伴わざる物質的文明と、人類の徳義信仰とは両立すべきものにあらず。人類は不完全なる病的智能のみ発達するに従いて、人類の徳義と信仰とはおいおい()(はく)となり、徳義と信仰のなきものがだんだん悪く利口になるほど、国家のため社会のために恐るべき事をなし、故に今に当たって精神的文明即ち惟神(かんながら)の大道を鼓吹して、全世界を覚醒するに(あら)ずんば、国家も社会も維持すること(かた)く、ついに世界の滅亡を招かんこと火を見るよりも明かならん」。
 ()()は現社会の大勢、人情の浮薄にして皇道の埋没せし事を憂慮して日夜安眠すること能わず。小智浅学をも顧みず、ここに社会人道のため、大本教を創立する事の大事業に当たれり。
「よってこの世界を救済せしめんために、この大命を天より(なんじ)に降し賜うなり」と()り玉いたり。
 余は謹みて拝して()う。「わが神(かし)こし。されど小智浅才なる身を以てかかる大命は分に過ぎたり。神命を果たし難きを(おも)う故に、この使命は他に仰せたまえ」と()いたりしに、神は直ちにわが(げん)をさえぎり玉い、「汝案ずるに及ばず。われ終始汝を守りてこの使命を達せしめん。されど事は重大なり。一朝一夕にして大成すべからず。汝(こう)()十年間は研究の時期なり。その間種々の辛酸を忍耐すべきなり。諸神の試みに()う事あらん、邪神界に引き入れらるる事もあらん。されど汝恐るる事なく惟神(かんながら)の大道に向かって(たわ)まず屈せず研究せよ。()(こく)(へい)(てん)()の大義を了得してこの大命を達する事を()べし」と(ねんご)ろに教え(さと)し玉えり。
 余はひたすら恐れ入りて神諭の程を拝聴し居たるに、神また重ねて教え玉わく。
「汝固く心に銘じてわが教えを忘るるなかれ。いかなる前途において風波に遭遇する事ありとも、神意と心得よ。ある失敗や挫折のために所信を()げて哲学的退引者となるなかれ。あくまでも済世の心を抱き(けい)(りん)(こころざし)()すべし。第一に精神的宗教的の人となり、また現世的、社会的、政治的、倫理的の人となりて、惟神の大道を()(だい)に発揮せんことを勉めよ」と教え玉うや、余が無形の感合法は俄然()めて、元の(しげ)(かい)が身は高熊山の岩穴に安座し居たりけり。
 
 神感法については、一度説明しておかねばならぬ必要があろうと思うから、ここに大略だけを記しておく次第である。
 そもそも感合法なるものは神人感合の術であって、至厳至重なる事柄であるから、(みだ)りに語るべきものでないのであるが、神界の許可を(こうむ)りて、ちょっと付記しておく次第であるから、謹んで拝すべきである。
 この神感法とて神人感合の術なるものは、神様と()(じん)の霊魂とが(あい)一致するの道であって、()(しん)なるものが即ちそれなのである。
 帰神術は精細に調べてみると三百六十二法という大多数の方式があるが、まずその概略を並べると、無形の感合法と有形の感合法とがある。しかして無形の感合法には神感法と他感法と自感法との三大法がある。また無形の神感法にも他感法にも自感法にも、各上中下の三法があって、これを合すと九法となって来るが、有形の感合法も同じく神感法と他感法と自感法の三大法があって、同じく三大法ともに上中下があるから、前と同じく合して九法となるのであるが、この無形法と有形法とを合してみると十八法となるのである。
 話が後先になったが、そもそも神界には正神界と邪神界がありて、正神界とは俗に善神界と云う界なり。邪神界とは(よう)()界と同じ事であるが、前記の如く、正神界の感合法には無形と有形とを合して十八法あるが、邪神界も同じく無形と有形とを合して正神界と同じく十八法あるのであるから、すべて感合法というものは、正邪を合して三十六法となるのである。これを細別すると、前に記した如く三百六十二法となるのである。今入門の子弟に解し安き様、左に図を以て示す事にしよう。
 
   帰神の標目図
 
善神界
    無形
  自感法  上中下  三法
  他感法  上中下  三法
  神感法  上中下  三法
   合わせて九法
    有形
  自感法  上中下  三法
  他感法  上中下  三法
  神感法  上中下  三法
   合わせて九法
     有形無形合わせて十八法
邪神界
    前に同じく合わせて十八法
     正邪合わせて 三十六法
  これを分かって 三百六十二法
 
 このほかに、巫女なり(ほっ)()坊主の行う感法はあるが、これらは下々の下法で等外である。現今の淫祠教に行うて居るのは、みな邪神界の感合法であるから、信仰すべきものでは無いのであるから、ちょっと参考のために付記しておく。

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