霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第六章

インフォメーション
題名:第6章 著者:出口王仁三郎
ページ:89 目次メモ:
概要:
  • 鎮魂法による治病で信者が集まる。
  • 患丸の妨害
  • 石田小末の眼を直す
備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B195301c12
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]写本(成瀬勝勇筆、大正14年12月、大本本部所蔵)
 余が施した鎮魂法で病が全快したというので、四方八方から患者が尋ねて来て施術を依頼するのである。
 余も一心になって()(とう)したが、信仰の(あつ)き者はことごとくみな本復してしまうたので、余の名は遠近に響き渡って、「(あな)()()(らく)天狗さん」という名をつけられた。それは、余が天狗をつかうと云う評判が拡がったからである。
 さすがの斎藤も「やはり君は実地であったなあ」なぞというて、やや疑問が晴れたようであった。それから斎藤は一層熱心になって、真面目に父と共に信仰をつむというようになって来たのである。余も始めて真正の味方を得たる如く勇気百倍し、あたかも()()の勢いでこの道につくす事になった。
 余が親戚に上田某という男があって、余が家より半町ばかり西北の家の(あるじ)であるが、この男の名は通称を「四良丸」と呼ぶのである。人の(うれ)いを喜ぶ男で、人の家に不幸なり(ふん)(うん)があると、踊り回りて手を()って喜び、また人の立身するとか、田地を買うとか、他人の幸福を見ると嫉妬心が起こって、腹が立ってたまらぬから、力限りに悪口して家々を回り、悪事があったと聞けば、嬉しくてたまらぬので、微細なことでも巨大に触れ()()いて快とする、実に困った男で、村人や近所の者に「患丸」と仇名されている者である。
 その男が余の鎮魂の場へ出て来て、()(のみ)に銅貨を十四、五銭入れて厚紙で包んで、「これは何が入れてあるか、あてて見てもらいたい。都合よくこれが命中したら、私も病身であるから、病名なり治療の方法を伺いたい」と云うて、失敬な、人を探りに出て来るのである。そこで余は、「手品師でないから」と断った所が、彼は、「そうであろう。なかなか分かるまい。まだそれでは山子は出来ぬぞ」と云うて(あざけ)るので、余もあまり馬鹿げているから、「それほど疑うなら明白に答えてみようか。その中には一銭銅貨が十五枚入れてある」というと、彼は不思議そうに、余の顔を、気味の悪い、じろじろと眺めて居るのである。
 また口を開いて、「今度は()()の拍子にあたったのだ。そんならおれの病気をみてくれ」という。余も「医者でないから知らず」と断然云い放って、相手にならなかった。
 さあそうすると患丸が、村中は云うに及ばず近村までも、頼まれもせん事を、われの業務までも放棄しておいて、悪評を流布したのである。何と云うて回ったかと云うと、「喜楽天狗と云う奴は、ありゃ()()つかいである。その証拠には、私が()(よう)々々して探りに行ってみると、(かず)(もの)はかなりにあてよるが、病気の事はてんに知らない。(ふところ)()()()(づな)を入れおって、人の心をひくのである」なぞと(ののし)るのである。
 平素から信用のない四良丸の言であるから、余もそのままに放任して置いたが、余の親族からの言であるから、世人もまたそろそろと四郎丸の言を信じて、「天狗つかい、狐つかい」なぞと口々に唱え出したのである。
 そこで余は、人の疑いをとくために、井戸端に(こも)を敷いて、丸裸となって頭から水をあび通して、出て来る信徒の病を癒したり、伺うたりして、懐中に怪しきものなき事を示して人の疑いをはらす事に努めたのであった。
 死人の(おん)(りょう)()り付かせられて悩める()(もん)と云える女、来たりて鎮魂を乞いければ、余も悪鬼を追い出すに裸体のままにては、あまり神界へ対して不敬でもあり、幾分か威厳を保ってかからねばならないので、木綿の羽織と袴とを着用し、女を余が前に瞑目端座させておいて、余は言を以て一も二もなく追い出してしまうたが、その女は、その時より病の苦痛を忘れる事になったのである。
 そうするとまた、四良丸が反対攻撃を始めて、「羽織のなかに()()の類を(かく)して居て、出て来る病人に()けて苦しませておいて、自分がまたそれを立ちのかすのである。悪魔の親分であるから、子分がその命令で、人に()いたり退()いたりするのである。そうして(おのれ)は遊んで銭もうけをすると云う(かん)(けい)である」なぞと、口から出任せの悪言を並べるのである。
 余は毛頭懸念せずに、乗りかけた船、どこまでも所信を貫徹するの考えで(もっ)て、鎮魂の術を練磨して居たが、ある時、犬甘野と云える所より一人の盲人が出て来て、「先生、余の病を(なお)し玉え」と願うのである。ちょっと見ても(あき)れるような醜婦で、その上に片眼は既に(かい)(はい)して居る。丸で(ふぐ)(よこ)(とび)の如き女であって、「残りの一眼が二年前から失明して居て、(とう)(つう)が未だに()まぬ」と言うて、母と共に三里ばかりの山家から参って来たのである。
 その名は石田小末とて、年は二十三歳であった。余は例の鎮魂で二年来の疼痛を鎮静せしめて、口に神水を含んで彼の目に一心に吹き込んで、「さあこれでよし。また明日来たれ」と命じて、帰村を命じたのであったが、彼の信仰の強い事は非常なものであって、帰る途中の法貴と云う村にさしかかると、不思議にも通行人の姿が見えるので、「夢ではないか」とばかりに喜び勇んで、わが村には帰らず、再び余の家に引き返して来て、つぶさにその霊験を(こうむ)りたる事を述べ、かつ「暫時、この家に(みず)()にでも使うて貰いたい」と言うて聞かないので、その(こい)を許す事にしたが、この女、後には幽斎の修業をして、ごく成績の()帰神(かんがかり)となったのである。
 そのほか種々の病を(なお)せし事、枚挙に(いとま)がないから省略しておく。また余の目的は済世にあるのであるから、病人ばかりを相手にしたくないのである。余はこの道を()(だい)に拡充して、精神上の病者を救済したいのであるけれども、始めの事でもあり、ともかく多数の信徒を集めて置き、一つの団体を組織した上で、会場を設けて、そこで演説なり説教なりを開いて、立教の本旨を発表するつもりであったから、十分に斎藤の説によりて、八方美人主義を取りて社員を結集するの方面のみに心力を注いだのであった。
   
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