霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章

インフォメーション
題名:第五章 著者:出口王仁三郎
ページ:82
概要:
  • 神示を得るまでの王仁三郎の思想や精神状態は常に矛盾していたが、神示を得てからは落ち着いた。
  • 神示を得て、社会に出て活動するべく決心した。
  • 誰も貧者の王仁三郎の言うことは信用しない。「余が貴族の家に生まれたものであるとか、富豪の家に生まれたものであったなれば、一も二もなく賛成するものがあろうが、何分清貧者であって、労働者仲間に加わって車夫になったり、牛畜を牧したり、賤業に就事して居て、学校の課程も踏んでいない位であるから、信用するものがないのも無理なき次第ではある。」
  • そこで、利をもって人を集めようと斎藤仲一を誘う。最初の病気治し。岩森八重。
  • 鎮魂の法 鎮魂法は上は天皇の治国平天下の御事より、下は人民修身斎家の基本、つづいて無形の神界を探知するの基礎である。これを修めるには、相当の教育あるもので5年や10年はかかる。『令義解』にある。
備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B195301c11
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]写本(成瀬勝勇筆、大正14年12月、大本本部所蔵)
      明治三十七年一月十四日筆
 余は、この深遠なる真理と霊妙なる神術を得るまでは、余の感情はすこぶる(さく)(ざつ)であった。一派の古学を(せん)(けん)して、()(だい)の大偉人ともなってみたいと思うた事もあった。またあるときは、医者になって仁術を真面目に施してみたいと思う事もあって、一つも定見と云うものがないのであった。偽善者や(にせ)(ぼう)()を見ると、(よこ)(つら)でもなぐってやりたいような心持ちがするのである。
 あるときは、切腹でもして死んでやろうかと思う事もあった。余は偽善者の巣窟たる天理教、仏教なぞの教会堂をやいてみたいような心もちがしたのであった。余は(きょう)(かく)なぞの威張りちらすのを見ると(つら)(にく)うなってきて、わが身を忘れて片っ端からなぐりつけてやりたくなって来た。
 余は何事にも感情が激して、ほとんど半狂の如くになるのであった。貴族や官吏等の威張るのを見ると、腹が立って来る。また平民の威張るのを見ても腹が立って来る。真に難儀な人を見ると、思わず涙がこぼれる事もある。偽善なる奴の面を見ると、一層感情が火焔(ほのお)の如くに燃えて来る。()(とう)の如くに激動して来る。美婦人や(げい)(しょう)()なぞを見ると、悪魔のような感覚が起きるのであった。余の思想は始終矛盾しつつあった。
 しかし人間社会の一切万事が根本的に矛盾して居るのであるから、是非がないのである。とにも角にも、余は人生を不平に不愉快に、かつ不思議に感じて、社会は何が何やら分からないのであった。宗教も分からず道徳も分からなかった。余の人生観は悲観的であったが、無理に押して楽天主義を採って居た事もあった。
 富者を見ても貧者を見ても、余は常に一の疑問を抱くのであった。土地と云い資本と云い、一切の生産機関なるものは、人類全体の安心に天帝より生活せしむるために与えられたものではあるまいか。それを地主や資本家なる者が、自由に(ろう)(だん)したり占有して居るのは、人類全体の生活を左右し死命を制するゆえんであるが、かの地主や資本家は、果たして何の理由があり、何の徳があり、何の権利があって、これを(ろう)(だん)し、専有し、増大し、以て、(あま)()人類の幸福なり平和なり進運なりを(じゅう)(りん)するのであろうか。一挙手の苦、一投足の労も無くして、(ほう)(しょく)(だん)()(ほう)(いつ)(かん)(らく)(ほしいまま)にして、多数人類の労働の結果を掠奪せしめて、しかも吾人は彼らの道義的盗賊を放養して、以てその(せん)()掠奪に任しておいて、一方には、多数の人類が常に飢餓凍死の域に(こん)(てん)して、満足すべきものであろうか。考えれば考うるほど、不理と矛盾とが充満してる如くに思われて、怪しき限りであったのである。
 しかして、宗教はあって博愛を()(すい)するとも、未だ現世を救うに至らず、ただ死後の楽園を想像せしめて、()(じん)の心中にわずかに慰安を与うるにすぎない。現世の大矛盾を改めて、天国に到達せしむるの器具ではないか。教育は、以て多大の智識を付与するといえども、未だ吾人のために半日の衣食をも産出するものではないなり。法律なるものは、よく人の行為を責罰すれども、人類をして天国の人となさしめるの要具ではない。陸海の軍備は充実するも、人をよく()(さつ)して、地主、資本家を保護するのみで、多数()(とう)の人類を安全に生活せしむるの利器ではない。()()、いかにせばこの矛盾せる社会を一掃して天国となさしむる事が出来ようか。世界人類の苦痛と飢凍は、一日は一日と急迫して来る。人類の多数は生活の自由と衣食の平等を求めんがために、一切の平和と進歩と幸福とを犠牲にせざればならぬのであるか。ああ、人生なるものは、果たしてかくのごとく不完全なるものであろうか。これでも真理であろうか、正義であろうか、人道であろうかと、常に余が心中にこの観念のみが往復しつつあるのであったが、始めて神教を授かるに至って、余の決心は(きょう)()となったのである。すなわち余は、新たに生まれて社会に接するの覚悟を()めたのであった。
 新たに生まれ変った余は、済世と(けい)(りん)の志を固めて、神示の如く、現世的、社会的、政治的、倫理的の人となって、惟神の大道を宣布するの決心を固めた。世人の()()(ほう)(へん)を心頭に置かぬようになった。
 余は猛虎の勢いを以て目的に向かって進行せんとして、第一着手として、従来の牧畜を廃棄してしまうた。それからいよいよ信所を断行するについて、友人なる某に(はか)った所が、少しも信じないのみならず、「君は、ちと逆上しとるぜ。随分用心したまえ」なぞ、とてもつかぬ挨拶であったが、誰一人として賛成してくれるものがない。これでも、余が貴族の家に生まれたものであるとか、富豪の家に生まれたものであったなれば、一も二もなく賛成するものであろうが、何分清貧者であって、労働者仲間に加わって車夫になったり、牛畜を牧したり、(せん)(ぎょう)に就事して居て、学校の課程も()んで居ない位であるから、信用する者がないのも無理なき次第ではある。そこで余もほとんど当惑した。何をするにも一人では、やると云う事が出来ぬので、利欲の点から説きつけて、斎藤仲一と云う友人を引き入れる事にしたのであった。ともかくも、郷里において、一つの教会場を設置する事に決心したが、友人のいうには、「一つの教派を開かんと思えば、何か変った術でも見せてやらねば世間が承知しないが、君にはその腕があるか」と尋ねたから、「もちろん覚えがある」と答えた所が、仲一氏も、「君は幼少の頃から、神童とも地獄耳とも節用中とも言われた位の男であるから、これ位な(やま)()は成功させるであろう」と云うた。
 余は「山子」と云われて、やや不愉快に思ったけれども、もとより大志を抱く身であるから、あえて顔色にも出さないようにつとめて、友人に同情を表する態度をとって居ったのである。二、三日すぎると、斎藤氏は一人の歯痛患者をつれて来て、「この婦人の病をいやしてみよ」というのである。「余の目的は医者でないから」と断わると、「それはいけない。いかなる目的があるにせよ、教会を開かんと思えば病人を(たす)けてやらねば、厳正な態度ばかり()る様な事では、とても成就せないよ。ぜひ患者を救わねばならないよ。何教の開祖でも、みな始めは病を(なお)して開いて来たのでないか」と段々進めてやまないので、「()らば君の説に従うて、この歯痛を五分間で鎮痛せしめて御覧に入れるから」と云って、直ちに心身を清めて真神を祈り、軽く婦人の頬を()でて居ると、二年前より痛くてたまらなかった歯痛が、わずかに五分間に止まってしまうたが、これは、神伝にて授かった鎮魂の術で救うたのである。その婦人の名は岩森八重と云うて、近村の者である。これが、余が病人を救うた発端であったから、記載しておくのである。
 余は今、奉道者のために鎮魂の由来なり、功績について述べておく必要があるから、概略を掲げる事にしたのである。
 鎮魂の法は、霊学の大本とも云うべきものであるから、その原因する所を論定し、その末法を講明なければならないのである。故に、余は今、皇典に依拠してその由来を述ぶるのである。
()()()(ぎの)(みこと)(いわ)く、『天照大神は(たか)(あま)(はら)(しろ)(しめ)すべし』と()り玉いて、()(くび)(だま)()()()に取り由良かして、天照大御神に(たま)いき。云々」
とある。これすなわち、その霊魂を付着して、現天の主宰たらしめん事を(かみ)(さだ)めたまうたものである。
 しかして、この玉を天照大御神より皇祖()()(ぎの)(みこと)へ御授けになったのである。
 その時の事実の『古事記』に見えて、()()()玉、男喜志(かがみ)(つるぎ)」とある。この三種の神宝を、帝位(しろ)(しめ)す御印しとして下し玉うて、以来御代々の帝王は申すも更なり、その大御心を心として万民ことごとく尊奉崇敬して怠らざりし故に、神の神たるゆえんの理由よりして、万般の利益や霊現を(こうむ)りし事、国史に照々として、日月と共にその光を争うと云うても、決して余の()(げん)でない事は知れてくるのである。
 しかして今や一章の引証すべきものが無いから、ただその『(りょうの)()()天長十年(833年)に撰集された令の解説書。たる古典に記載しある全文をこれに出して、ただその(しょう)(こん)の作法を伝授せんと思いて、記載しおく次第である。この鎮魂法は天授の神法であるから、(かみ)は天皇の治国平天下の御事よりして、下は人民修身斉家の基本、つづいて無形の神界を探知するの基礎であるから、よろしくこれを懐中に秘して、事業の閑暇には謹んでこれを省み、これを行い、霊魂の運転活動を学習するにおいては、遂に熟達し得らるる事を得るに至るのであるが、十分清浄なる精神で以て修業した所で、相当の教育のある者で五年、あるいは十年は、(にっ)()を費さねばならぬのである。
 なお詳細なる事は後に講明し、引証を以てその基づく所を現わし、その霊妙なる所を感示、あるいは示して、ますます天に代わるの大功を千万世に建てんとするの目的であるが、これ万物の霊長たる所の人類の義務であって、余が天より命ぜられたる使命の大主眼たるものである。『(りょうの)()()』にも、鎮魂の事がその如くに云うてある。「鎮は安なり。人の陽気を魂という。離遊の運魂を招き、身体の中府に(とど)む。故にこれを鎮魂と云う」と記載しあるを見ても、心を一にするという事がわかるのである。
 鎮魂に要する玉は、純黒にして正円なるを最もよしとするのである。重量は、七(もんめ)位から十匁位の間のものが一等である。三宝の上にその玉を安置して、修行者は、瞑目静座、一心不乱にその玉に向かってわが霊魂を集中するのである。あたかも蛇が(かえる)に魅入れるが如く、猫が(ねずみ)をねろう如くに、一切の妄想なり感覚を(とう)(じん)して修するのである。
 わが国には、かかる貴重なる経典と法術とがあるにもかかわらず、物質的文明に心酔せるわが邦人は、実に(もう)(まい)頑固であるから、国家の重典や神法を顧みる者がなくて、法を外国の教えに求め、実を異邦の道に尋ねて、釈迦や孔子や(きり)(すと)やその他聖賢と(とな)えらるる人物を崇拝して、天授の神法を度外視するの習慣が常となり、()()日に加わり、国家のために実に悲しむべき事である。
 至聖人だの大賢者だのと云うても、これみな人類の称揚する所であって、円満豊備なる神眼を以て()玉うた時は、いまだ全美を尽くせるものという事は出来ない。極めて不完全なるものという事が判明するのである。いわんやその他の続出する偽予言者や偽救世主においては、なおさら不完全極まった者である。
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