二十五歳の頃
大ぞらの月に薄雲かかるごと二人の仲になやみの湧きぬ
朝夕に彼女の面の悩ましさ見るわが胸は裂けなんとせり
悲しみの極みは恋と聞きぬれどかほど辛しとおもはざりしよ
咲き匂ふこころの花は夜嵐にうちたたかれて散らんとぞせし
そよと吹く風にも散らん桜木の花にひとしき恋となりぬる
春の夜の月に匂へる桜花を手折るとしのぶ浮かれ男の腕
かにかくに独り立つ身にあらざれば暫しさかりて時を待たなん
花匂ふ月も朧の夜なりけり暫しさかりて時待たんと誓ひぬ
○
君と今別れて住むはつらけれど末のためよと抱き合ひて泣く
抱き合ひて落す涙の雨の露に二人の真心かがやく月の夜
誓ひてし彼女を浪花に送りおきてわれ牧場に朝夕いそしむ
彼女よりきたる玉章をひらき見て若きこころはときめきわたる
手紙などかならず送りたまひそと彼女より来る紅筆の文
二ケ月の間隔日に文おくる彼女のやさしき心根に泣きぬ
○
青天の霹靂二ケ月半ののち彼女の手紙におこる低気圧
玉章を披きてみれば手も震ひ色あをざめて歯の根もあはず
父と姉の言葉にそむけず結婚の日に入水すと震へる手の跡
あたら世に命捨つるには及ばじとなだめすかして返し文送りぬ
若者われもののあはれをさとりてゆ心の空に雲たち迷ふ
あきらめてみんと幾度思へどもむらむらもえたつ胸のほのほよ
身も魂もやきつくされむおもひにて青息吐息月にかこてる