二十五歳の頃
真夜中に雪踏みわけて想ふひとの家にかよひぬ二十五の春
二十五の春迎へども初初しく子供のやうだといへる彼はも
あまりにも人目の関のたかければ小暗き藪の細道ゆかよふ
ふつくらと肥えたる彼女の白き顔闇の夜半にも目の前に浮けり
につこりと笑める彼女の面ざしに暫し忘れぬ貧しき生活も
親と親の許しをうけてあからさまに添ひ遂げばやと手を握り泣く
朝なさな得意に牛乳配りをへて少しの間さへ逢ひて楽しむ
田舎にはたぐひまれなる美人よと噂聞くたび胸とどろきぬ
吾が外に彼女を恋ふる人あらば如何にせんかと心いためし
色白きか弱き女はめとらせじと叱言いひ出しぬ頑固なる父
わが家は百姓なれば尻ふとく色黒き女が適すると父いふ
たらちねの父の言葉に叛くべきみちはなけれど忘らえぬ彼女よ
恋といふ味はひ彼女に逢ひてより深くも深くもさとり初めたり
牧場は稲田隔ててむかひあへり朝夕遠く見合ひてほほ笑む
玉の緒のいのちの綱を握りあひし二人のなかに雲霧もなし
今しばし待たせ給へよひとり世に立つとき来れば晴れて添はまし
覚束なわが独立をたのしみて待てる彼女はいとしかりけり