二十五六歳の頃
門口に人の足おときこえつつ彼女の夫かへりきたれり
牛乳屋さん吾が家に入りて一時間たちしと夫は何気なくいふ
あまりにも草臥果ててしばしの間やすみましたと言葉の綾織る
何気なく彼女に言葉あらためてこころひかれつ門を出でたり
○
朝なさな彼女に逢ふをたのしみに程遠き道を牛乳くばりゆく
牛乳持ちてゆけば彼女のかげもなし逃げ帰りしと家人は言へり
あくる朝牛乳配りゆけば仲人が家人とひそひそ話ししてをり
吾が顔を睨めつけながら仲人は青瓢箪と他所事にののしる
富豪の当家をいとうてかへる奴先が見えぬとののしる仲人
○
あまりにも耳の痛さに駈け出せば牛乳屋待つたと親父がとめる
牛乳屋さんあわてて去ぬに及ばないやすんで帰れと親爺さんいふ
てれくさいながらも縁に腰かけて仲人の罵り聞かされにけり
牛乳屋さんまあ一杯と言ひながら親爺盃われにさしたり
人言に聞けばお前はあれの恋人と聞いたがどうぢやとなじる仲人
そんなこと夢にも知らぬ知らないと尻に帆かけて逃げ帰りけり
○
仲人は吾がゆく後を追ひかけて明日から牛乳買はぬと呶鳴れり
難題をかける家には牛乳を買うといつても売らんと逃げゆく
仲人は三町ばかり追ひ来りおぼえてゐろとにらみののしる
仲人のとがりし声とこはき目に足もとたぢたぢ逃げ行く田の畔
この村に得意はあれど翌日は牛乳も配らずさぼりたりけり