霊幸ふ神の恵に抱かれて道に仕ふる吾を見つむる
今年で八十七の春に逢ひし祖母が危篤の電におどろく
御開祖に電信しめし許し得ていそぎ帰郷の途に上りたり
随行は四方平蔵木下慶太郎三人いそぎ綾部を立ち出づ
須知山の峠にかかれば雪ふかみ春の山路を行き悩みたり
須知山や枯木峠や榎木坂雪ふみ別けて穴太にいそげり
観音峠頂上に立ちて園部町見れば雪なく山野はあをし
園部町内藤氏邸に立寄りて茶菓の饗応忝なみけり
早春の陽は山の端にかたむきて黄昏の風冷えびえ迫り来
ずつぷりと春日暮れにつ山麓の八木の福島方に立ちよる
福島はこの小夜更けに何事と眼を丸くして尋ね出したり
わが祖母の急病のため帰郷すと吾が言の葉に福島おどろく
われもまた御祖母の病気見舞はむと誠心面に表はして語る
八木村より一行四人千代川の字字越えて吉川に入る
半円の月は山の端に入りにつつ四辺小暗き野路の旅なり
やうやくに吾家の軒に辿りつけば家内にざわめく人人の声
なんとなく胸騒ぎつつ脚元もワナワナ震へて歩みなづみつ
破れ家の門を潜れば株内の治郎松おまさ等詰めかけて居り
弟の由松吾顔見るよりもばゝゝゝゝ婆さんが死ししぬとどもる
こゝゝこら兄貴婆々々さんが死ぬのに今頃に帰つて何になるかとかみ付く
人人に日夜の介抱の礼を述べ寝所に入れば知死期の祖母なり
耳もとに吾口を寄せ呼はれば祖母は細き目開きて笑ませり
喜三郎よく帰りしと力無き祖母の言葉に涙くづるる