霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 国教問答

インフォメーション
題名:第5章 国教問答 著者:出口王仁三郎
ページ:75
概要: 備考:2023/10/02校正。 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-10-02 22:47:54 文字数:5193 OBC :B121802c117
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:神霊界 > 大正7年9月15日号(第70号) > 国教問答
某 『日本(につぽん)の憲法(けんぱふ)では信教(しんけう)の自由(じいう)を認(みと)められて居(を)る。然(しか)るに改(あらた)めて国教(こくけう)を云々(うんぬん)せらるるは何(ど)うしたわけですか』
王仁『帝国(ていこく)憲法(けんぱふ)第二十八条に「日本(につぽん)臣民(しんみん)は安寧(あんねい)秩序(ちつじよ)を妨(さまた)げず、及(およ)び臣民(しんみん)たる義務(ぎむ)に背(そむ)かざる限(かぎ)りに於(おい)て信教(しんけう)の自由(じいう)を有(いう)す」とあつて臣民(しんみん)の信教(しんけう)自由(じいう)が認(みと)められて居(を)るのである。併(しか)し其(そ)の信教(しんけう)の自由(じいう)と云(い)ふのは安寧(あんねい)秩序(ちつじよ)を妨(さまた)げず、臣民(しんみん)の義務(ぎむ)に背(そむ)かざるの範囲(はんゐ)に於(おい)ての信教(しんけう)の自由(じいう)である。現今(げんこん)の宗教(しうけう)宗派(しうは)の中(なか)に於(おい)て、適切(てきせつ)に憲法(けんぱふ)の条章(でうしやう)に符合(ふがふ)して遺憾(ゐかん)なきものが有(あ)るであらうか、果(はた)して安寧(あんねい)秩序(ちつじよ)を妨(さまた)ぐるの傾向(けいかう)あるものがないか、果(はた)して臣民(しんみん)の義務(ぎむ)に背(そむ)くの嫌(きら)ひあるものがないか、これ大(おほ)いに先(ま)づ研究(けんきう)を要(えう)すべき問題(もんだい)である』
某 『それでは現今(げんこん)の宗教(しうけう)中(ちう)に一つも完全(くわんぜん)なものがないと云(い)ふのですか。日本(につぽん)臣民(しんみん)の信(しん)ずべき宗教(しうけう)はないと云(い)ふのですか』
王仁『左様(さやう)に急激(きふげき)に断定(だんてい)し去(さ)るまでに、未解決(みかいけつ)の問題(もんだい)が前提(ぜんてい)に横(よこた)はつて居(ゐ)る。先(ま)づ退(しりぞ)いて其(そ)の判定(はんてい)をなすべき根本(こんぽん)標準(へうじゆん)を立(た)てての後(のち)でなくては、何者(なにもの)が何故(なにゆゑ)に安寧(あんねい)秩序(ちつじよ)を妨(さまた)ぐるものやら、何者(なにもの)が何故(なにゆゑ)に臣民(しんみん)の義務(ぎむ)に背(そむ)くのやら、見当(けんたう)がつかないではないか。標準(へうじゆん)の尺度(しやくど)が無(な)くては盲目(まうもく)的(てき)な断定(だんてい)に陥(おちい)つてはつまらない』
某 『それでは其(そ)の標準(へうじゆん)とは何(なん)ですか』
王仁『先(ま)づ第一に定(さだ)むべきことは国教(こくけう)といふことの意義(いぎ)である。その意義(いぎ)が明瞭(めいれう)になつてくれば、問題(もんだい)は自然(しぜん)に解決(かいけつ)してくる。さて国教(こくけう)と云(い)ふ意義(いぎ)は「国家(こくか)が認定(にんてい)して管理(くわんり)財政(ざいせい)等(とう)の点(てん)に於(おい)て保護(ほご)干渉(かんせふ)を為(な)す宗教(しうけう)」と解(かい)せられて居(ゐ)るが、其(そ)れは国教(こくけう)の外部(ぐわいぶ)からの形式(けいしき)を解釈(かいしやく)したものに過(す)ぎない。若(も)し内部(ないぶ)からの意義(いぎ)を尋釈(じんしやく)すれば、先(ま)づ国家(こくか)が認定(にんてい)する上(うへ)の根本(こんぽん)原由(げんいん)を調査(てうさ)しなければならぬ。現今(げんこん)の世界(せかい)各国(かくこく)に於(おい)て、国教(こくけう)の認定(にんてい)せられて居(を)る国柄(くにがら)に就(つい)て一々(いちいち)これを取調(とりしら)べてみたならば、随分(ずゐぶん)いろいろ原因(げんいん)があり、長(なが)い間(あひだ)の歴史(れきし)の根底(こんてい)があることを見出(みいだ)すに難(かた)くはない。併(しか)しながら其(そ)の長(なが)い歴史(れきし)とか、深(ふか)い原因(げんいん)とかいふことは比較(ひかく)的(てき)の言葉(ことば)であつて、決(けつ)して非常(ひじやう)に深(ふか)い非常(ひじやう)に長(なが)いと云(い)ふ様(やう)な絶対(ぜつたい)的(てき)意味(いみ)の原因(げんいん)はないのである。こう云(い)へば随分(ずゐぶん)議論(ぎろん)もあるかも知(し)れないが、吾々(われわれ)は左様(さやう)に断定(だんてい)して憚(はばか)らないのである。耶蘇教国(やそけうこく)でも、仏教国(ぶつけうこく)でも、別(べつ)に犯(をか)し難(がた)いと云(い)ふやうな深遠(しんゑん)崇高(すうかう)な関係(くわんけい)を見(み)出(いだ)すことは出来(でき)ないのである。却(かへ)つて極(きは)めて古(ふる)い埃及(えじぷと)や希臘(ぎりしや)等(とう)の古代(こだい)歴史(れきし)には、尊厳(そんげん)な意義(いぎ)が国(くに)と教(をしへ)との上(うへ)に連関(れんくわん)して居(ゐ)たオモカゲがあるけれども、国(くに)を建(た)つるの比較(ひかく)的(てき)に浅(あさ)い国家(こくか)には、立国(りつこく)の本義(ほんぎ)と国教(こくけう)の建立(こんりふ)とが神秘(しんぴ)的(てき)なほどに崇高(すうかう)尊厳(そんげん)な意義(いぎ)に於(おい)て結合(けつがふ)して居(ゐ)るところのないのは、寧(むし)ろ誰人(たれびと)にも発見(はつけん)し得(え)らるる事実(じじつ)ではないか。若(も)しも立国(りつこく)の本義(ほんぎ)と国教(こくけう)の建立(こんりふ)とが一体(いつたい)不離(ふり)の関係(くわんけい)をなして、万世(ばんせい)不易(ふえき)に権威(けんゐ)を振張(しんちやう)して行(ゆ)くべき国家(こくか)があつたならば、それこそ真(しん)の国家(こくか)であり、而(しか)して其(そ)の国教(こくけう)が真(しん)の万世(ばんせい)不磨(ふま)の大(だい)国教(こくけう)たるべき道理(だうり)である。万世(ばんせい)不磨(ふま)の大(だい)国教(こくけう)は理想(りさう)的(てき)国家(こくか)と其(そ)の本源(ほんげん)の出発点(しゆつぱつてん)を同一にして而(しか)して其(そ)の国家(こくか)の敷衍(ふえん)せられた――換言(くわんげん)すれば拡大(くわくだい)せられた――尚(な)ほ此(こ)れを評言(ひやうげん)すれば、一切の国家(こくか)が一大理想(りさう)的(てき)国家(こくか)の種々(しゆじゆ)なる方面(はうめん)に於(お)ける顕現(けんげん)であり、表自(へうじ)であると云(い)ふ上(うへ)からしての世界(せかい)的(てき)大(だい)教国(けうこく)といふべきである』
某 『余(あま)り話(はなし)が高尚(かうしやう)になつて要領(えうりやう)を得(え)ませぬが、国教(こくけう)といふものは万国(ばんこく)々々(ばんこく)の歴史(れきし)なり習慣(しふくわん)なりに因(よ)つて大体(だいたい)定(さだ)まつたものであつて、其(その)国(くに)の国教(こくけう)は其(そ)の国家(こくか)に対(たい)してこそ権威(けんゐ)もあり、成立(せいりつ)の意義(いぎ)もあるのであるのに、所謂(いはゆる)理想(りさう)的(てき)国教(こくけう)といふのが世界(せかい)各国(かくこく)の上(うへ)に権威(けんゐ)もあり成立(せいりつ)の意義(いぎ)もあるといふは、各国(かくこく)根本(こんぽん)素因(そいん)が同根(どうこん)分枝(ぶんし)の神約(しんやく)であるといふ上(うへ)からの事(こと)と信(しん)じますが、日本(につぽん)国教(こくけう)――理想(りさう)的(てき)の国教(こくけう)が即(すなは)ち世界(せかい)国教(こくけう)である。世界(せかい)国教(こくけう)が即(すなは)ち日本(につぽん)国教(こくけう)であると云(い)ふ意義(いぎ)を、更(さ)らに詳細(しやうさい)に承(うけたまは)りたいものです』
王仁『日本(につぽん)国(こく)の意義(いぎ)に三様(さんやう)の立(た)て方(かた)のあることを承知(しようち)して置(お)いて貰(もら)ひたい。即(すなは)ち小(せう)日本(につぽん)国(こく)(極東(きよくとう)の日本(につぽん))中(ちう)日本(につぽん)国(こく)(世界(せかい)全体(ぜんたい))大(だい)日本(につぽん)国(こく)(宇宙(うちう)全体(ぜんたい))而(しか)して小(せう)中(ちう)大(だい)の三日本(につぽん)国(こく)が一貫(いつくわん)不離(ふり)、一糸(いつし)不乱(ふらん)の脈絡(みやくらく)関係(くわんけい)を有(いう)し、遠津(とほつ)神代(かみよ)の神約(しんやく)神誓(しんせい)に基(もとづ)いて、歴史(れきし)上(じやう)に発展(はつてん)して来(き)たことも前(まへ)に説(と)く通(とほ)りである。然(しか)るに何時(いつ)の時(とき)よりか、小(せう)中(ちう)の日本(につぽん)国(こく)の上(うへ)に離隔(りかく)反目(はんもく)の世(よ)を産(う)み来(きた)らしめて根本(こんぽん)の意義(いぎ)を失墜(しつつゐ)したが為(ため)に、万世(ばんせい)不磨(ふま)なる宇宙(うちう)の大(だい)国教(こくけう)が怪(あや)しく変態(へんたい)を呈(てい)して、彼(かれ)此(これ)高卑(かうひ)の差別(さべつ)を現(あら)はし、今(いま)や殆(ほと)んど地上(ちじやう)に真(しん)の国家(こくか)と認(みと)むべき国家(こくか)なく、真(しん)の国教(こくけう)と認(みと)むべき国教(こくけう)なく、天地(てんち)冥暗(めいあん)にして百妖(ひやくえう)風(かぜ)を望(のぞ)んで起(おこ)り、人心(じんしん)の敗頽(はいたい)すること遂(つひ)に其(そ)の極(きよく)に達(たつ)した次第(しだい)である。この腐敗(ふはい)紊乱(びんらん)の原因(げんいん)は、一に真(しん)の国家(こくか)の形式(けいしき)を失(うしな)ひ、真(しん)の国教(こくけう)が消滅(せうめつ)した故(ゆゑ)である。現今(げんこん)各国(かくこく)が認(みと)めて国教(こくけう)として居(を)るものは真(しん)の国教(こくけう)ではなくして、ホンの一時的の仮(か)りの国教(こくけう)である。真実(しんじつ)真正(しんせい)の国教(こくけう)といふものは真実(しんじつ)真正(しんせい)の国家(こくか)と其(そ)の存立(そんりつ)を倶(とも)にするものであつて、古今(ここん)を通(つう)じ万邦(ばんぱう)を貫(つらぬ)いて不変(ふへん)不動(ふどう)なるものでなければならぬ。仮(か)りの国教(こくけう)は変易(へんい)して艮(とどま)らざるものである。真(しん)の国教(こくけう)は千万世(せんまんせい)に亘(わた)るとも断(だん)じて一毫(いちがう)も変易(へんい)なきものである』
某 『斯(か)く尊厳(そんげん)なる日本(につぽん)国(こく)に国教(こくけう)の存立(そんりつ)が無(な)くして、却(かへつ)て他国(たこく)に之(こ)れ在(あ)るは何(ど)うしたものです』
王仁『親(おや)は児(こ)を忘(わす)れはせぬが、児(こ)が親(おや)を忘(わす)れて了(しま)つた。親(おや)は天国(てんごく)にまします。然(しか)るに子供(こども)等(ら)は天国(てんごく)に求(もと)めずして之(こ)れを地獄(じごく)に求(もと)めた。主(しゆ)よ主(しゆ)よと呼(よ)ぶもの必(かなら)ずしも天国(てんごく)に入(い)ること能(あた)はず、いかに神(かみ)よ仏(ほとけ)よと呼(よ)べばとて称(とな)へればとて、天国(てんごく)の真相(しんさう)が解(わか)らねば親(おや)に接(せつ)することが出来(でき)るものでない。天国(てんごく)とは日本(につぽん)国(こく)である。日本(につぽん)国(こく)を知(し)らねば主(しゆ)に接(せつ)すること親(おや)に出逢(であ)ふことは出来(でき)ない。各国(かくこく)の国教(こくけう)は各(かく)家(いへ)の家憲(かけん)として尊重(そんちよう)すべきも、天国(てんごく)の大国憲(だいこくけん)が地上(ちじやう)に降(くだ)らねば、四海(しかい)和平(わへい)の安楽界(あんらくかい)は斯土(このど)に出現(しゆつげん)せぬのである。故(ゆゑ)に国教(こくけう)は国憲(こくけん)である。国憲(こくけん)は地上(ちじやう)各邦(かくはう)の憲法(けんぱふ)である。無限(むげん)の権威者(けんゐしや)であるのである。この親権(しんけん)主権(しゆけん)を暫(しば)らく和光(わくわう)同塵(どうぢん)して子孫(しそん)の罪(つみ)を寛容(くわんよう)し給(たま)うたのが、三千年来(らい)の地上(ちじやう)の歴史(れきし)である』
某 『それでは其(そ)の至厳(しげん)なる親権(しんけん)主権(しゆけん)が何時(いつ)地上(ちじやう)に降(くだ)りますか』
王仁『今に降ります。その時(とき)に初(はじ)めて安寧(あんねい)秩序(ちつじよ)を妨(さまた)げるか妨(さまた)げぬか、及(およ)び日本(につぽん)臣民(しんみん)たるの義務(ぎむ)に背(そむ)くか背(そむ)かぬかの所以(ゆゑん)が明確(めいかく)になつて、夜(よ)が全(まつた)く明(あ)け渡(わた)ります。群星(ぐんせい)の光(ひかり)が悉(ことごと)く減(げん)じて、朝日(あさひ)が太平洋(たいへいやう)上(じやう)に出(い)づるわけである。世人(せじん)はウカウカとした夢(ゆめ)のやうな幻(まぼろし)のやうな国教(こくけう)を云々(うんぬん)するが、それは結局(けつきよく)児戯(じぎ)である。真(しん)の国教論(こくけうろん)の立脚地(りつきやくち)は絶対(ぜつたい)に茲(ここ)にあらねばならぬ』
某 『その真(しん)の国教(こくけう)は如何(いか)なる順序(じゆんじよ)に出(で)て参(まゐ)りますか』
王仁『世界(せかい)東北(とうほく)の極隅(きよくぐう)、太平洋(たいへいやう)から出(で)て参(まゐ)ります。旭日(あさひ)の標章(へうしやう)が其(そ)の陣頭(ぢんとう)に立(た)つて居(ゐ)る。旭日(きよくじつ)の旗(はた)の意義(いぎ)が第一に解明(かいめい)されてくる。旭日(きよくじつ)は十六章(しやう)の菊花形(きくくわがた)です。そして当然(たうぜん)至厳(しげん)の神剣(しんけん)(艮(うしとらの)金神(こんじん))と至仁(しじん)の神珠(しんじゆ)(坤(ひつじさるの)金神(こんじん))とが伴(ともな)ひます。詳(くは)しい事(こと)は、本当(ほんたう)の読(よ)み方(かた)を以(もつ)て皇典(くわうてん)古事記(こじき)の天孫(てんそん)降臨(かうりん)の段(だん)と、大本(おほもと)開祖(かいそ)の二十有(いう)余(よ)年(ねん)間(かん)の神書(しんしよ)を熟読(じゆくどく)熟考(じゆくかう)せられたら明快(めいくわい)に判明(はんめい)します』
某 『国教(こくけう)が出(で)てくれば世界(せかい)一切の宗教(しうけう)は消滅(せうめつ)しますか』
王仁『いや消滅(せうめつ)はしませぬ。各(かく)宗教(しうけう)は皆(みな)悉(ことごと)く本来(ほんらい)の真形(しんけい)、本質(ほんしつ)、面目(めんもく)を暴露(ばくろ)して咸(ことごと)く大(だい)日本(につぽん)国教(こくけう)を讃美(さんび)し、各自(かくじ)の本性(ほんしやう)を守(まも)つて信服(しんぷく)随従(ずゐじう)すること、明治(めいぢ)維新(ゐしん)に封建(ほうけん)の制度(せいど)忽(たちま)ちに破(やぶ)れて大名(だいみやう)小名(せうみやう)悉(ことごと)く陛下(へいか)の赤子(せきし)たる事(こと)を知(し)り、何(いづ)れも皆(みな)信服(しんぷく)随従(ずゐじう)して其(そ)の職掌(しよくしやう)を守(まも)つて忠誠(ちうせい)を励(はげ)むが如(ごと)き有様(ありさま)になるので有(あ)ります』
某 『それでも頑強(ぐわんきやう)な宗教(しうけう)は戦(たたかひ)を挑(いど)む事(こと)は有(あ)りますまいか』
王仁『それはあるかも知(し)れないが、併(しか)しそんなものは一撃(いちげき)の下(もと)に征服(せいふく)するのです』
某 『国教(こくけう)には幾多(いくた)の教式(けうしき)や教条(けうでう)がありますか』
王仁『有(あ)ります。至厳(しごん)至重(しちよう)な教式(けうしき)もあり、至宝(しはう)至妙(しめう)な教条(けうでう)もあります。それ等(ら)は咸(ことごと)く神典(しんてん)の文(ぶん)の中(なか)に秘蔵(ひざう)されて居(ゐ)る。いま之(これ)を云(い)ふのは早(はや)いが、何(いづ)れは言(い)ふべき時期(じき)が到来(たうらい)します』
某 『貴下(あなた)は何故(なぜ)に仏説(ぶつせつ)、又(また)は耶蘇(やそ)教(けう)を採(と)り入(い)れて自説(じせつ)を証明(しようめい)せられますか。日本(につぽん)国教(こくけう)は独立(どくりつ)である筈(はず)なのに、此等(これら)の説(せつ)を入(い)れらるるのは却(かへつ)て神仏(しんぶつ)混淆(こんかう)等(とう)の疑(うたが)ひを起(おこ)させる基(もと)であらう。一切仏(ぶつ)耶(や)を離(はな)れて説(と)いて頂(いただ)きたいが何(ど)うです』
王仁『問者(もんじや)の眼(め)から見(み)らるる時(とき)は、或(ある)ひは仏教(ぶつけう)とか、或(ある)ひは耶蘇(やそ)教(けう)とか云(い)ふものが個立(こりつ)して居(ゐ)るかも知(し)らないが、大(だい)日本(につぽん)国教(こくけう)の上(うへ)から見(み)れば仏教(ぶつけう)もない耶蘇(やそ)教(けう)もない、仏教(ぶつけう)といふものは大(だい)日本(につぽん)国教(こくけう)の一部を説(と)いたもの、分類(ぶんるゐ)的(てき)に伝(つた)へたもの、傍系(ばうけい)的(てき)に伝(つた)へたもの、これより外(ほか)の意義(いぎ)はないのである。耶蘇(やそ)教(けう)といふても其(そ)の通(とほ)りである。大(だい)日本(につぽん)国教(こくけう)は教(をしへ)の統主(とうしゆ)であるから、仏教(ぶつけう)でも耶蘇(やそ)教(けう)でも、大(だい)日本(につぽん)国教(こくけう)内部(ないぶ)のものであること、明治(めいぢ)王政(わうせい)維新(ゐしん)の後(のち)は、所謂(いはゆる)外様(とざま)大名(だいみやう)も普代(ふだい)大名(だいみやう)も一に日本(につぽん)臣民(しんみん)たるに至(いた)つたと同様(どうやう)である。若(も)し徳川(とくがは)の大(だい)小(せう)名(みやう)は明治(めいぢ)以来(いらい)は世(よ)の中(なか)に立(た)つなと謂(い)へば、皇室(くわうしつ)の藩屏(はんぺい)も数(かず)が少(すくな)く貴族院(きぞくゐん)議長(ぎちやう)も其(そ)の人(ひと)無(な)きを憂(うれ)ふるに至(いた)るかも知(し)れぬ。とかく日本(につぽん)の神道家(しんだうか)は胸量(きようりやう)がせまくていけない』
某 『若(も)し仏教(ぶつけう)も耶蘇(やそ)教(けう)も従前(じうぜん)通(どほ)りでよいとするならば、別(べつ)に大(だい)日本(につぽん)国教(こくけう)大本(おほもと)の教(をしへ)を宣布(せんぷ)するの必要(ひつえう)は有(あ)りますまい』
王仁『いやいや大(おほ)いに必要(ひつえう)があるのである。仏教(ぶつけう)と云(い)ふのは仏教(ぶつけう)の教説(けうせつ)、純然(じゆんぜん)たる教理(けうり)を言(い)ふので、真言(しんごん)、天台(てんだい)、真宗(しんしう)、日蓮(にちれん)といふやうな、宗旨(しうし)宗派(しうは)を言(い)ふのではない。普代(ふだい)外様(とざま)も日本(につぽん)臣民(しんみん)であるといふのは大名(だいみやう)其(その)人(ひと)を云(い)ふので、普代(ふだい)外様(とざま)を其(そ)の儘(まま)にしておいて、日本(につぽん)臣民(しんみん)と立(た)てるのではない。故(ゆゑ)に各宗(かくしう)各派(かくは)が打破(だは)せられて純粋(じゆんすゐ)な位置(ゐち)に到(いた)つて、後(のち)に大(だい)日本(につぽん)国教(こくけう)が広宣(くわうせん)流布(るふ)されるのである。故(ゆゑ)に一面から謂(い)へば仏教(ぶつけう)の打破(だは)である。耶蘇(やそ)教(けう)の全滅(ぜんめつ)である。然(しか)りと雖(いへど)も純然(じゆんぜん)たる仏教(ぶつけう)は消滅(せうめつ)もしなければ、又(また)耶蘇(やそ)教(けう)の純然(じゆんぜん)たる教(をしへ)も亡(ほろ)びはしない。故(ゆゑ)に吾々(われわれ)は耶蘇(やそ)教(けう)仏教(ぶつけう)とは云(い)ふけれど、何々(なになに)宗(しう)とか、何々(なになに)派(は)の道義(だうぎ)とか云(い)ふことは一度も云(い)はない。法華(ほけ)経(きやう)も大日(だいにち)経(きやう)も新約(しんやく)も旧約(きうやく)も道教(だうけう)も儒教(じゆけう)も引証(いんしよう)引例(いんれい)には挙(あ)げる事(こと)もあるけれども、人師(じんし)論師(ろんし)の立説(りつせつ)は採(と)らないのである』
某 『その純然(じゆんぜん)たる仏教(ぶつけう)とか、耶蘇(やそ)教(けう)とか云(い)ふものが分(わか)らないではありませぬか、各宗(かくしう)各派(かくは)は吾(わ)が宗派(しうは)だけが純然(じゆんぜん)たる唯一(ゆゐいつ)根本(こんぽん)のものと思惟(しゐ)して居(ゐ)るのではありませぬか』
王仁『至極(しごく)尤(もつと)もな問(とひ)です。故(ゆゑ)に大(だい)日本(につぽん)国教(こくけう)は日本(につぽん)神典(しんてん)を主典(しゆてん)として、其(そ)の主典(しゆてん)の意義(いぎ)を標準(へうじゆん)として各種(かくしゆ)の経典(きやうてん)を識別(しきべつ)せるものである。仏教(ぶつけう)にも大乗(だいじよう)あり、小乗(せうじよう)あり、顕教(けんけう)あり、密教(みつけう)あり、一(ひ)と通(とほ)りではないが、日本(につぽん)神典(しんてん)の意義(いぎ)が憲法(けんぱふ)となつて一切を鑑別(かんべつ)するから、鏡(かがみ)にかけて照(て)らすが如(ごと)きものである』
某 『日本(につぽん)神典(しんてん)を主典(しゆてん)とする事(こと)は、大(だい)日本(につぽん)国教(こくけう)を建設(けんせつ)せるものから言(い)へば兎(と)も角(かく)も、仏教(ぶつけう)や耶蘇(やそ)教(けう)から謂(い)へば、日本(につぽん)神典(しんてん)によりて律(りつ)せられねばならぬと云(い)ふ義務(ぎむ)はないではありませぬか』
王仁『是(こ)れは大(だい)日本(につぽん)神典(しんてん)の教材がすると謂(い)ふよりも、其(そ)の権威がするのです。親(おや)は其(そ)の子(こ)に対(たい)して本来(ほんらい)の親権(しんけん)があるのである。君(きみ)は万民(ばんみん)に対(たい)して本来(ほんらい)の親権(しんけん)がある。固(もと)より万世(ばんせい)一系の帝王(ていわう)には本来(ほんらい)の御(ご)君権(くんけん)が無始(むし)無終(むしう)に付随(ふずゐ)して居(ゐ)るのである。これを権威(けんゐ)と云(い)ふのである』
某 『日本(につぽん)神典(しんてん)に何(ど)うして其(そ)の様(やう)な権威(けんゐ)がありますか』
王仁『日本(につぽん)神典(しんてん)は一切の経典(きやうてん)教説(けうせつ)の親(おや)である。師(し)である。而(しか)して君主(くんしゆ)であるのである。本来(ほんらい)本有(ほんいう)に此(こ)の関係(くわんけい)があるから、日本(につぽん)神典(しんてん)には本来(ほんらい)本有(ほんいう)に主(しゆ)師(し)親(しん)の三権(さんけん)が掌握(しやうあく)されて居(ゐ)るのである』
某 『左様(さやう)な事(こと)が説明(せつめい)が出来(でき)ますか』
王仁『大層(たいそう)複雑(ふくざつ)な考証(かうしよう)をなす必要(ひつえう)があるけれども、現代(げんだい)の人々(ひとびと)に諒解(りやうかい)の出来(でき)ないこともありますまい』
某 『是非(ぜひ)承(うけたまは)りたいものです』
王仁『短(たん)時間(じかん)にては到底(たうてい)申(まを)し述(の)べることが困難(こんなん)であるが、第一仏教(ぶつけう)だが、アレは小乗(せうじよう)の一部を除(のぞ)いては印度(いんど)の釈迦(しやか)の説(と)いたものではない。大乗(だいじよう)非(ひ)仏説(ぶつせつ)は学者(がくしや)間(かん)の先(ま)づ定論(ていろん)と云(い)つてよろしい。多(おほ)くの参考書(さんかうしよ)が現代(げんだい)は出版(しゆつぱん)されて居(を)るから、一応読破(どくは)して見(み)るが可(よ)い。大乗(だいじよう)仏教(ぶつけう)は日本(につぽん)国(こく)の所産(しよさん)である。神神(かみがみ)の所説(しよせつ)である。大国主(おほくにぬしの)神(かみ)の御(ご)説教(せつけう)と天忍穂耳(あめのおしほみみの)命(みこと)の御(ご)説教(せつけう)との二大別があつて、密教(みつけう)部(ぶ)の諸教(しよけう)は大国主(おほくにぬし)神系(しんけい)の経典(きやうてん)で、法華(ほけ)経(きやう)は天忍穂耳(あめのおしほみみ)神系(しんけい)である。併(しか)しこんな事(こと)を説(と)きかけたら際限(さいげん)がない。竜樹(りうじゆ)菩薩(ぼさつ)が竜宮(りうぐう)に行(い)つて鉄塔(てつたふ)を開(ひら)いて大乗(だいじよう)仏教(ぶつけう)の宝典(はうてん)を取出(とりだ)したと云(い)ふ話(はなし)なんぞ、非常(ひじやう)に面白(おもしろ)いのだが、此(こ)れも長(なが)くなる。幸(さいは)ひ法華(ほけ)経(きやう)は日本(につぽん)神典(しんてん)を直接(ちよくせつ)に説(と)いたもので、神々(かみがみ)の史的(してき)記述(きじゆつ)である。大(だい)日本(につぽん)の史的(してき)経典(きやうてん)として非常(ひじやう)に価値(かち)のあるものである。此(こ)の法華(ほつけ)と神典(しんてん)古事記(こじき)との比較(ひかく)研究(けんきう)なぞは頗(すこぶ)る愉快(ゆくわい)なもので、日本(につぽん)神典(しんてん)が主典(しゆてん)であつて、天上(てんじやう)天下(てんか)の本来(ほんらい)根本(こんぽん)の権威(けんゐ)ある主(しゆ)師(し)親(しん)であることは明確(めいかく)になつてるが、これも短(たん)時間(じかん)では述(の)べられない。耶蘇(やそ)教(けう)も耶蘇(やそ)キリストと云(い)ふ実在(じつざい)の人物(じんぶつ)があつたか、何(ど)うかと云(い)ふ問題(もんだい)は幾多(いくた)の学者(がくしや)によつて考証(かうしよう)論究(ろんきう)せられたのであるが、それは兎(と)も角(かく)として、耶蘇(やそ)教(けう)の根本(こんぽん)意義(いぎ)は真言(しんごん)密教(みつけう)の所説(しよせつ)から出(で)たことは明(あきら)かである。十字架がその掛(か)け橋(はし)である。十字架は人(ひと)を磔(はりつけ)にする刑具(けいぐ)だと思(おも)ふのは大(おほ)間違(まちが)ひであつて、密教(みつけう)に用(もち)ゐる十字金剛(こんがう)杵(きね)である。約翰(ヨハネ)伝(でん)の首章(しゆしやう)の如(ごと)きは密教(みつけう)の語(ご)を其(そ)のままに伝(つた)へたものである。幽玄(いうげん)なる語句(ごく)は悉(ことごと)く密教(みつけう)の語法(ごはふ)経義(きやうぎ)である。これ等(ら)も詳細(しやうさい)に述(の)べる必要(ひつえう)があるが、短(たん)時間(じかん)では到底(たうてい)述(の)べつくされる筈(はず)がない。してみると簡易(かんい)に述(の)べるべき何(なに)ものも無(な)くなる。マアこんな考証(かうしよう)は他日(たじつ)再会(さいくわい)の砌(みぎ)り、緩(ゆ)る緩(ゆ)るお話(はな)しすることにしませう』
(大正七、九、一五号 神霊界)
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