霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(三)

インフォメーション
題名:(三) 著者:浅野和三郎
ページ:140
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142500c37
 自分の入つて行くのを見て、秋山さんの奥さんは、膝をかき(あは)せて蒲団の上に起き(あが)つた。初対面ではあるが、海軍士官の妻君(さいくん)気質(かたぎ)は、決して(ひと)()らすやうな事はしない。自分は最初から心置きなく話を(まじ)へることが出来た。秋山さんよりはづツと若く、病中(びやうちう)ではあるがさして面憔(おもやつ)れも見えず、白い、(うるは)しい血色をして居られた。
 暫時(しばらく)大本の話などして、それから鎮魂に着手したが、五分とたたぬに自分はその発動状態を見て、いささか(おどろ)きもし、又気の毒にも感じた。これまでの(あやま)れる信仰の余毒(よどく)は、露骨に夫人の鎮魂状態に現れて居たではないか。(あきら)かにある種の悪魔が憑依して、そして夫人の肉体に(かる)からぬ婦人病を(おこ)させて居たではないか。
 自分は出来る丈の力を尽して、その悪霊を鎮め、大神さまの威力によりて改心の(みち)につかするべく(つと)めた。が、容易に此方(こちら)の思ふ壺に(はま)らず、悪霊は半ば恐怖、半ば反抗の態度を執りて、(かへ)つて暴れ狂ふ気配を示した。
 血い道になやめる婦人の常として、多少は神経質の傾向があるものだが、秋山夫人にもそれがあつた。現代医学はこの種の疾患に対して、それぞれ巧妙な名称を付して居るのは(はなは)だ結構であるが、ただ、その奥に霊の憑依があることを知らぬのは困つたものだと思ふ。実を言ふと、すべての神経的疾患に伴ふ諸現象は、(ことごと)く霊的発動の結果に(ほか)ならない。鎮魂の照魔鏡(せうまきやう)にかけられると、憑依物(つきもの)(ことごと)くその正体を露出して了ふ。夫人に()いて居る霊もやがてその正体をあらはし、又(さかん)言葉(くち)を切り出した。
 かかる際に、その頭脳が十分堅実であつてくれれば、(がう)も懸念するに足らぬが、さもないと肉体は憑依霊のために引きずられて、散々その玩弄物(おもちや)になる。夫人は不幸にして憑霊に抵抗するには、余りに優しく又余りに肉体が弱つて居た。かくて自分の努力の甲斐もなく、次第々々に非常識な濫語(らんご)と狂態とに(むか)つて、深入りして行くばかりであつた。
 両三日()(うち)に、自分にはドウやち秋山一家を(のろ)へる霊の何であるか、又其目的は那辺(なへん)にあるかの目標が(あきら)かについて来た。
 秋山さんが稲荷さんを迎へて来たのは、たしか七八年も前のことであつたらしい。その後稲荷さんは、霊分(れいぶん)相当の守護を秋山一家に与へて居たのであつたが、昨年の暮、秋山さんが大本に来てから、稲荷さんの態度はガラリ一変して来た。現界の人間こそボンヤリした顔をして、今()ほ艮の大金神さまの大立替大立直といふことを疑ひ、有神諭だの無神論だのと、()にもつかぬ議論をして居るが、霊界の方では縦令(たとひ)稲荷さん程度の低い神でも、(おそ)ろしい大審判の日の歩一歩と接近しつつあることを熟知し、とても駄目と知りつつも、一時なりと御神業のお邪魔をしようと(もが)き抜いて居る。秋山さんが綾部へ参拝したといふ事は、稲荷さんに取りては大恐慌の種子(たね)であつた。艮の金神さまは、改心した神と人との大守護神であるが、改心の出来ぬ神と人とに取りては、またなき大仇敵(だいきうてき)である。さてこそ稲荷さんは自家防禦の一策として、又自己を見棄てた秋山さんに対する復讐の手段として、早速秋山さんを盲腸炎に(かか)らせ、危く其一命を奪はんとした。
 所が、秋山さんの信念は却々(なかなか)堅く、大神様の御守護があつて、容易にその目的の達し(がた)しと見るや、今度はその鉾先(ほこさき)を夫人の方へ向け直したのであつた。
 ただこれ丈ならまだ処置は為易(しやす)いが、(くだん)の稲荷さんの背後(うしろ)には、更に佞奸(ねいかん)邪悪なる魔界の頭目が控へて居て、あらゆる声援を与ヘて居た。彼等は秋山さんの能力、才幹(さいかん)、及びその社会的地位を百も二百も承知して居た。この人に正しい信仰に入られては、神の道は比較的(はや)く日本の上下(しやうか)に判つて了ふ。さうなつては実に由々敷(ゆゆしき)大事(だいじ)である。何事よりも秋山さんの信仰をぐらつかせて、破滅させねばならぬ。悪魔にとりては死活存亡の(わか)るる一大事であるから、その作戦の巧妙周到を極めたことは実に驚くべきものがあつた。日本海海戦の際に、秋山さんはバルチツク艦隊に対して、有名な七段(そな)への策を立てたが、悪魔の秋山さんに対する計画も、をさをさ(これ)(まさ)るとも決して劣りはしなかつた。第一策が成らずんば第二策を探り、第二策が成功せねば第三策、第四策と、(いく)らでも陥穽(かんせい)を設けてあつた。
 盲膓炎は(けだ)しその第一策であつたが、秋山さんは首尾()く之を切り抜けた。夫人の血の道は第二策であつたが、これは或る程度まで効果を(をさ)めた。立替の話をきいて、さなきだにあせり気味になつて居た秋山さんは、夫人の発動状態を見て一層(こころ)の安静を失つた。機略縦横、進んで敵の欠陥を突くといふやうな事には天下一品の(ざい)であつたが、泰然自若として、退(しりぞ)いて守備を堅うするといふやうな事には、(むし)不得手(ふえて)な人であつたから、案外悪霊からは(じやう)ぜられ易かつた。
 夫人が発作的に発動して、とりとめない事を口走るのをきいて、秋山さんほどの名将が色を(しつ)して、途方に暮れた気の毒な状態は、今も()ほありありと自分の眼に(うか)ぶやうな気がする。
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