霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(八)

インフォメーション
題名:(八) 著者:浅野和三郎
ページ:161
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142500c42
 両親ともに健在といふのが、久しい(あひだ)自分の誇りであり、又(ひと)から(うらや)まれる点でもあつたが、たうとうその一方が欠けてしまつた。『()ンな事と知つたら、生前に彼様(ああ)して置けばよかつた、斯様(かう)もしたかつた。せめて世の中に、大本の(をし)へがモウ(すこ)し解るまで生きて居てくれたなら……』
 ツイ愚痴やら追懐やらが(おこ)()ちで困つた。
 それでも、(さいはひ)に大本の信仰に(はひ)つたお蔭で、人の霊魂が生前そのままの個性を帯びて、永久に存在する事実を知つて居るから、従来のやうな、死に対して寂寞(せきばく)無常の感に打たれることなしに済んだ。顕幽に(へだた)りこそあれ、矢張り心はいつまでも幽界に残るのだ。そして必要があれば、お(たがひ)に交通も出来るのだと思へば、悲しいと言つても従来の悲しみとは、全然内容を(こと)にして居た。例へば遠い所に離れて住んで居るやうな心持(こころもち)で、心の底には、一種の希望の光明が()して居るのであつた。
 従来友人などが、その親の死に()ふのを見る(ごと)に、自分はよく考へたものだ。
(いづ)れ自分にも母と別れ、父を(うしな)ふことが(めぐ)つて来るに相違ないが、さうした場合に何と考へて、この人生の悲事(ひじ)(しの)げばよいのであらう。死とは何か? 死後は如何(いかん)? ただ仕方がないから仕方がないでは、人生は余りに無意義でそして残酷だ。この謎の解けぬ(あひだ)は、成るべくそンな事の起らぬやうにして貰ひたいものだ……』
 神様はこの謎の解けるのを待つて、母の死に遭はしてくだすつた。さもなければ自分の後半生はいかに(みぢめ)な、暗黒なものであつたらう。
『矢張り愚痴などはこぼさぬ事だ。年齢(とし)も七十三、人間としてまアまア仕方のない年輩だ。そしてそれが大正四年に(おこ)らず、又五年にも起らず、いよいよ自分の信仰の腰の(すわ)つた大正六年に起つたといふのは、有難い話だ……』
 丹波から常陸(ひたち)まで約二十時間の汽車の旅の中に、自分の精神は(ほとん)ど平静の状態に復帰したのであつた。
 が、いよいよ生家(うち)に着いて、老いたる父の顔を見、又死したる母の面影に接した時は、覚えず涙が(こぼ)れた。
『あれ鼻血が……』
 亡母(ぼうぼ)の面上にかけてあつた白布(はくふ)を、()けた瞬間に父はかく叫んだ。気が付いて見ると、成る程亡母(ぼうぼ)の鼻から黒ずんだ血が流れ出して居た。
 肉身のものが着いた時は、死骸から必ず鼻血が出るものだとは、昔からの伝説であるが、自分達は今()のあたり其証拠を見せられたのであつた。ツイ五分間ほど前に見た時には、鼻血などは出て居なかつたさうな。
『矢張り(ほとけ)さんは可愛い人の着くのを待つて居たのでせうよ』
 誰やらが感傷的な文句を吐いたので、()としきり一座には(はな)をすする音が(きこ)えた。
 葬儀はその(あく)る日を以て仏式で行はれた。自分は二十年(ぜん)母の手織の(はかま)、羽織、帯などをつけて之に(のぞ)んだ。これ()の品は、自分の生きて居る間は、いかに古びても大切に保存し、死ぬ時にはそれを着せて貰はうと、今から心に決めて居る。
 一身の私事に亘ることを、自分は少々書き過ぎたかと思ふ。ただ最後に母の霊魂のことにつきて一筆(ひとふで)書き添へて置きたい。
 母の埋葬は仏式で()つたが、其霊魂(みたま)は無論大本の祖霊社で祀り(かへ)て貰つた。肉体としては、母は一度も綾部へ()ずにしまつたが、然し其霊魂(みたま)屢次(しばしば)綾部へやつて来る。妻は幾度(いくたび)その姿を見たか知れぬ。起居(ききよ)風丯(ふうぼう)、生きて居た時と全然同一で、衣服までも見覚えのあるのを着て居る。そして生前(せつ)し得ざりし大本の(をしへ)に、霊魂(みたま)として熱心に接すべくつとめて居るやうだ。
 龍ケ崎の修斎会支部長の飯田(いひだ)りん子は自分の従姉(いとこ)に当り、亡母(ぼうぼ)からは実子のやうに世話をされたものだが、母の霊魂(みたま)は前後数回、飯田の肉体に(かか)つて来て、其(くち)を使つていろいろの事を述べたさうだ。其麼(そんな)時には言語、動作とも、そつくり亡母その(まま)になつて了ひ、常に座右(ざう)の人を驚かせる。一々その問答を(ここ)に既述する訳にも行かぬが、ただ一つ筆先きに対して述べた事だけ紹介して置かう。
 母の霊魂(みたま)はしきりにお筆先の有難さを説いたさうだ。お筆先を(はら)()れなかつたばかりに、神様の道が判らず、幽界へ(はひ)つてから、霊分相当の位置より、二段ばかり下げられたといふことであつた。
『あンな残念なことはない。階級が一段違つても大変な違ひで、それを幽界で取り戻すのは容易な事ではない。しかし自分の今()つてゐる所は大変(らく)な所で、上を見れば限りはないが、下を見ても(また)限りがない。まア皆に安心して貰ひます……』
 ()ほ母の霊は、神恩神徳の広大無辺なこと、すべての人が早く信仰に入らねばならぬこと、幽界の事情の発表は神則(しんそく)に禁ぜられて居るので矢鱈に口外は出来ぬこと、綾部には屢次(しばしば)行くので、その様子はよく判つて居る事などをきれぎれに物語つたさうである。
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