霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(十二)

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題名: 著者:
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概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: 文字数: OBC :B142500c65
 大正七年の春頃から、糸満(いとまん)大尉は旅順(りよじゆん)の港務部(かうむぶ)勤務を命ぜられて居た。最初は自身単独で任地に赴(おもむ)き、二月三月は支那人のコツクを使役して、殺風景な官舎生活をやつて居たが、たうとう堪へ切れなくなつたらのと見え、七月の下旬になつて、敏子(としこ)夫人に是非旅順(りよじゆん)へやつて来いと言ひ越(こし)て来た。
 その頃は敏子さんは総領の女児に先立たれ、独り寂しく並松で暮(くら)して居たところであつたが、この報(はう)に接すると、早速自分の所へ相談にやつて来た。
『糸満から斯麼(こんな)ことを申して参りましたが、いかが致したもので厶(ござ)いませう、矢張り行つた方が宜(よ)しいでせうか』
『無論その方が善いと思ふ』
と自分は答へた。『大事(だいじ)の良人(をつと)を旅順(りよじゆん)港(かう)なんぞに独り法師(ぼつち)で置くのは余り可哀相だ。』
『でも、彼麼(あんな)ところまで出掛けますのは、随分億劫(おつくう)で厶(ござ)いますからネ……』
 と口には言つたが、矢張り霊魂は旅順港の空に飛んで行つて居るのであつた。たうとう暫時(ざんじ)綾部の家を畳んで、旅順(りよじゆん)へ引移(ひきうつ)ることに一決した。
 それにしても婦人(をんな)の一人旅、いろいろ気懸(きがか)りな事が尠(すくな)くなかつた。就中(なかんづく)早速査(しら)べねばならぬ問題は、門司(もじ)大連(だいれん)間(かん)の連絡船の日取(ひどり)であつた。
『何時(いつ)爰(ここ)を出掛けたら宜(よろ)しいので厶(ござ)いませう』
 自分もこの相談には一(ひ)と方(かた)ならず当惑した。未(いま)だ一度も大連航路の経験が無い上に、これを調査すべき材料も有(も)つて居ない。何とかして査(しら)べてやらうとは思つたが、ちよつと甘(うま)い思案も浮(うか)ばなかつた。
 その中(うち)時間が来たので、自分は例の如く急いで金竜殿に行つて、大本に関する講話をやつた。当時は大本修行者の数が漸(やうや)く殖え始めた時分で、其日も七八十名はあつたらう。何(いづ)れも皆熱心に聴いて呉(くれ)た。
 講話後鎮魂といふことになり、一同規定の姿勢を取り、ズラリと室内一杯に並んだ。この頃はモウ一人づつ鎮魂などをして居る余裕はなかつた。五十人でも百人でも一(ひ)と纏(まと)めに並ばせて、自分が指導者となり、二三の助手を使つて之を行ふのであつた。神笛(しんてき)を吹く、神歌を唱へる、霊を送る、発動者を処置する、却々(なかなか)以(もつ)て忙がしいことであつた。
 不図(ふと)気がついて見ると、何時の間にか敏子さんも来て、後(うしろ)の方で鎮魂の姿勢を取つて居た。敏子さんはこれまで既に鎮魂の修行を積み、或(ある)程度の天眼通が開(ひら)けて居た。自分は旅順(りよじゆん)に向(むか)つて出発すべき日取(ひどり)を、当人の天眼(てんがん)に示して貰ふのが、この際一番得策であると気がついた。
 自分はツト敏子さんの前に行つて坐つた。
『何時(いつ)綾部を出発して宜(よろ)しいか、霊眼(れいがん)に文字を以て示して戴きます』
 自分はかく祈願を籠めて、ウンと二三度霊を送つて置いた。
 鎮魂が終(をは)つてから敏子さんを呼んで尋ねた。
『いかがです、文字が見えましたか』
『ハイ……』
『何とありました?』
『白い文字で八月十二日と現(あらは)れて居ました』
 其日は七月二十八日であつた。
『約二週間後(のち)ですナ。それなら十分準備の余裕があります。八月十二日綾部出発とお決めなさい。私はこの神意を正しいものと断定します』
 偶然か神意か知らぬが、兎も角も敏子さんの旅順(りよじゆん)行きの日取は、斯麼(こんな)風(ふう)に決められた。荷物を纏(まと)めたり、後(あと)の留守番を捜したりして居る中(うち)に、瞬(またた)く隙(ひま)に八月十二日は来て了つた。
 いよいよとなると自分も多少気にかかつたので、御神前へ出て鎮魂して、念の為めに更に御神示を仰(あふ)いで見たが、矢張り今日(けふ)の中(うち)に出発すれば十分間に合ふらしいので、たうとう予定通りに決行せしめた。敏子さんは午後四時五十分の汽車で綾部を出発して門司(もじ)に向(むか)つた。
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