秋の夜はやうやく更けて臥龍亭に物書きをれば眠気もよほす
読みかきに疲れたる身を休めむと夜具敷きならべ横たはりたり
うつらうつら華胥の国へと進み行けば一天公り雷とどろく
不吉の夢
雷鳴はますますはげしくなりゆきて吾が弟の頭上におちたり
弟の由松雷に相打たれ死せしと思へば夢なりにけり
弟は相も変らず吾が道に反抗態度をつづけゐたりき
由松の身を気づかひて神前に供物を献じ祈願をこらせり
神前に心清めて祈りをれば朝鶏の声清しく聞え来
役員等は日の出と共により来り井戸を囲みて水浴始むる
吾もまた弟の夢が気にかかり井戸端に立ちて水を浴びたり
急電
水浴をすまして朝の拝礼をつとむる折りしも急電来れり
急電を取る手おそしと開き見れば弟急病と記されにけり
電報の趣き開祖に言上し旅装をととのへ穴太へ向ふ
従者には慶太郎文助両人が監督のためしたがひ来る
三人は須知山峠をよぢのぼり野山の紅葉をほめつつ休らふ
須知山の峠に立てば丹波栗いがを割りつつ赤き実見せをり
栗の木の木がげに立ちより赤き実を三ツ四ツ拾ひむきつつ喰ひゆく
水清き台頭を越えて大原の新屋にて暫しを休らふ
一銭の茶代を払ひぼつぼつと枯木峠をよぢのぼりゆく
このあたり狼出ると人のいふ樹木茂れる谷間なりけり
枯木坂南に渡れば榎峠蒸したる栗の実並べありけり
人の居ぬ店の栗をば三人が三銭払ひ三皿喰ひたり
三銭の栗におのおのあきにつつ昼飯すみしと坂下りゆく
八木一泊
三ノ宮保野田の里をてくてくと観音峠の頂上につく
檜山須知蒲生野は知らず知らず話の中に通り過ぎたり
観音坂頂上に立ちてながむれば天神山は眼下に横たふ
村肝の心そぐはぬ三人が園部を過ぎて八木町に入る
虎天の井堰の側なる福島の支部に休らひ茶をすすりたり
十二里の山坂越えし吾が足は棒の如くになりて動かず
動かざる足も全く御神慮と思ひてここに一泊をなす
四方八方の話に文助慶太郎等夜を更かしつつ吾を守れり
朝未明福島館を立ち出でて一行四人穴太に向へり
又しても吾を逃してならないと福島一人加はりにけり