古谷は鹿造打ちしを悔いながら日夜見舞に通ひつめをり
鹿造は古谷のわざとは夢知らず小島寅吉のわざと思へり
伏見より移住し居りし寅吉は鹿造の家見舞ふと訪ひゆく
鹿造の敷居をまたぐる寅吉を見るや大槻棍棒で打つ
寅吉は伏見で名高きあばれ者何条もつて黙しをるべき
古谷に打たれながらもおいぼれ奴何故俺を打つとなじる寅吉
『古谷は小島が打つたと言つてをるこの鹿造はとぼけてをらぬぞ』
聞くよりも小島はカツと怒り出し古谷目がけて打ちかかりたり
古谷はあわてふためき逃げ路を忘れて小隅にふるひゐたりき
吾もまた鹿造見舞ふと家に行きこの活劇を目撃なしたり
真相判明
鹿造は始めて古谷の仕業ぞとさとり俄かに怒り出したり
古谷の野郎奴実にけしからぬ告訴するとていきまきてをり
古谷は済まぬすまぬと言ひながら忽ちこの場を逃げ出しにける
鹿造は小島に厚く感謝しつにこにことして茶を進めをり
鹿造慰撫
海潮さまこれから私は古谷を告訴しますと目をつり上げる
神様の道で告訴はやめなされとさとせど鹿造なかなりか聞かず
吾が衣類妻の衣類を質に入れ三十円を鹿造に贈る
鹿造はにはかに蛭子顔になり告訴はやめるとにこにこして言ふ
古谷発狂
古谷は女房の故郷川関に身をかくしつつふるひ居たりき
古谷は俄かに発狂気味となり八木の町々裸体で歩める
八木の支部福島方にあばれ入り戸障子破りこまらせにけり
福島は神様わざと放任し彼が様子を熟視し居たりき
古谷は精神ますます錯乱し裸体のままに大道を行く
発狂に間違ひなしと八木支部の役員数名監視してをり
古谷は観音峠をのり越えて狂乱ますますはげしくなりけり
檜山町にかかれば古谷の姿見えなく信徒おどろく
いろいろと探しまはれば古谷は谷川の辺に糞ひりてをり
吾がひりし糞を面部にこてこてとぬりつけてをる古谷の狂乱
漸くに狂ふ古谷ひきとらへ福島は綾部におくり来にけり
古谷入牢
四辻の藁屋の軒に牢造り監視人をば附して守れり
粥見れば粥にて顔をすりみがき糞小便にて身体を洗ふ
全くの発狂人となり果てし古谷のさまあはれなりけり
海潮に反抗したる神罰と信徒たちはささやき合ひけり