二十八歳の春
月のま下に白梅薫り 二月八日は風冷え渡る
月の白梅薫れる夜半を 浄瑠璃語るも五人連れ
浄瑠璃語るを三人の男 無理にひきずりかつぎゆく
恋のかたきと三人の男 打つやら蹴るやら桑畑
桑の畠にうちのめされて ぢつとこらへた一時間
死んだと思たか三人の男 石橋背中になげてゆく
上田の勝公がこの場へ来り 三人の男を追ひ散す
神の恵か手疵は浅く 頭かかへて起き上る
兄の危難を聞いたる舎弟 棍棒うち振り飛び出だす
三人の男にうちすえられて 頭わられて舎弟は帰る
その夜寝られず喜楽亭に一人 頭かかへてもの思ふ
痛さ苦しさその夜は寝ねず 朝の枕に涙する
主の難儀も知らない牛が 腹をへらして鳴いてゐる
牛の鳴く音に母驚いて 来て見りや喜楽は朱に染む
一目見るより母驚いて 声を限りに泣き沈む
母の泣く声寝耳を通し ほのかに聞ゆる吾が悩み
八十こしたる祖母上までが すすり泣かせる枕もと
父がないとて虐待すると 母の恨みを聞く辛さ
女あさりし吾が天罰を 知らぬが仏の祖母と母
神の恵みの鉄鎚うけて とみに変りし吾が頭
薄い布団に頭をかくしや 熱い涙がにじみ出る
人は恨まじ皆吾が心 すめる鬼奴が恨めしい
頭なぐりし三人の男 神国の人として呉れた
三人の男はわたしの為に 世界無比なる救世主
心改め天地の神に 痛みこらへて手を合す
如月九日夕べの月は わたしの心を照らしてる
一人寝床に小夜更けわたる 窓を叩いて過ぐる風
夢か現かわしや白雪の 富士の神山の神使ひ
神のよさしの松岡神使 吾をかかへて天翔る
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思ひきや富士の御山の御使とききし夜更けの物静かなる
白梅の花の匂へる吾が居間の夜更けを覚めてもの思ひけり