二十八歳の春
高熊の山の尾の上の見えそめて憑霊俄にわが足とどむる
この先に欲にほうけて西塔が親子待てりと憑霊は言ふ
高熊の山の下路たどりつつわれ砂止の芝生につきぬ
砂止のかたへの松の下かげに西塔親子ひそみて待てる
大先生五万両の金おもからう私がかつぐと西塔が言ふ
いやわしが村まで担いで帰りますと言へばますますかつがむとする
畚の中は岩とつつじと鍬ばかり約五貫目の荷物なりけり
西塔は無理にわが荷をうばひとり肩にかつぎて五六貫目と言ふ
一貫目五千円とし三万円は大丈夫だとかつぐ西塔
吾もまた西塔のあとにしたがひて彼が館にたち帰りたり
西塔は声いさましく表門くぐりて庭にドカと荷をおろす
西塔の家族一同修行者もあつまり来りて笑顔ただよう
梟が夜食にはづれたやうな顔今にするかと思へばをかし
西塔はかしはでうちて礼拝し一枝一枝つつじをのぞく
山つつじ取りのけ見ればごろごろと現はれ出でし岩の片ぎれ
片岩を手にとりあげてランプの灯に照らしつくづく見てゐるをかしさ
大先生これが本当の金ですか私の目には岩と見えます
わたしには百万円の金よりも今日は立派な宝を得ました
その宝どこに隠してござるのかなどとそろそろ懐さぐる
万金のたからは私の胸にある懐なんかになしとこたへぬ
西塔はけげんな顔をかたむけて穴のあくほどわれをみつむる
こん畜生だましよつたかこれからは神まつらぬと大声にどなる
大島も大先生もあるものか溝狸奴と神殿こはす
西塔の怒りはげしく修行者をひきつれ高熊山に出でゆく
高熊の山にかかれば修行者は手足ふるひて一歩も登れず
止むを得ず渓の小川に手を洗ひ口をすすぎて漸やく登れり
松ケ枝をわたる春風あたたかく登山の袖に汗のながるる
四十八宝座のまへに端座して異口同音に神言を宣りぬ
一同は岩窟の前に端坐して瞑目静かに幽斎に入る
修行者はいや次ぎつぎに身体を震動させつつ汗を流せり
天然笛吾が吹く声に遠近の山の尾渓間の守護神集る
修行者に憑依なしたる神霊の中に卑しき野天狗の霊あり
野天狗の憑り来たりて途方もなき法螺吹くさまのをかしかりけり