二十八歳の春
西塔氏座敷をかりて幽斎の修行をなせば四五人口をきる
憑霊はさも厳かに告げけらく埋れし金を掘りてつかへと
その金はいづくにありやと尋ぬれば三葉つつじの根本と教ゆ
曲神のいつはり言となじり寄れば憑霊怒りて馬鹿とどなれり
憑霊は両手を頭上高く上げ神に二言はないといきまく
住吉の眷属われは大島よ約五万円の埋没金ををしへむ
この言葉聞きて西塔小躍し掘りにゆかむとすすめて止まず
だまされるやうな気がして何となく気乗りのせない春の夕暮
大島はますます威猛高になり埋金掘つて道ひらけと言ふ
一人もともはゆるさぬ汝一人奥山に行き金掘れと言ふ
畚一箇鶴嘴鍬をかつぎつつ春の真夜中奥山に行く
しんしんと夜は更けわたり密林の風にささやく声のさみしも
朧夜の月はみ空にわが姿うつしてほほえむ深山路さびし
ざわざわと梢をわたる風の音も心弱りてをののく真夜中
何人かわが後を追ふけはいして静こころなく山路をたどる
埋金の場所をうかがひ知らむため西塔父子が追跡の足音
朧夜はにはかに曇り雨風の吹きすさみつつ寒さ身にしむ
急坂を上りころげつつまづきつ茨に足をかかれて路ゆく
薄闇の幕をとほして光りたる岩の真下にみちびかれゆく
大島はわが口をかりこの岩の麓を掘れとおごそかに言ふ
鶴嘴をふりあげ下すその刹那カチリと響きて火花飛び散る
カチリ、ピカ、カチリ、ピカ、ピカ、カチリ、ピカ掘れども掘れども岩ばかりなる
鶴嘴のさきは岩根に磨かれて坊主になれどなほ岩たたく
岩を打つ鍬の柄に掌ひりひりとひびきて腕も落ちむとぞする
流汗淋漓打てども掘れども岩の根のただ腕いたむばかりなりけり
悪神奴だましよつたとののしれば憑霊馬鹿と言ひつつ嗤ふ
神の道にゐながら金が欲しいかと憑霊口を極めてののしる
何時俺が金が欲しいと言つたかと反問すればフフンと嗤ふ
世のために金が欲しいとつぶやいたそれ故おれが試してみたと言ふ
愧かしさ吾馬鹿らしさ西塔になんと言はんかと思案に暮るる
西塔は必ず明日より修行場を謝絶るならんと思へば阿呆らし
エエママよ西塔の奴にすすめられて来たばかりだと気を取り直す