二十八歳の春
七日七夜を寝ねたる朝 神に感じて予言する
神よ天狗よお稲荷さんと 人がうるさく訪うて来る
やむを得ずして神占すれば 百発百中となりわたる
遠き山坂幾つも越えて 婆嬶連中が詣で来る
跛盲目や肺病患者 引きもきらずに尋ね来る
放蕩息子が神様拝む 不思議不思議と人が言ふ
牧畜大事に金儲せよと 親類株内せめつける
人におだてられ弟の奴が 神の祭壇とりこぼつ
神の怒りに弟は夜中 悩まされたか泣き出す
朝もはよから弟が一人 こはした祭壇なほしてる
○
侠客小丑が繃帯まいて 祈祷せよとて腕まくる
怪我もせないに繃帯まいて 神占力をためしてる
まことならねば祈願はせぬと いへば小丑が暴れ出す
襖蹴破る障子の桟を 丑の奴めがふみくだく
喜楽これでも口惜しうないか などと小丑が顎しやくる
俺がこれだけ暴れてゐるに 罰をあてぬかやくざ神
猫や鼠はお社の中で 糞をたれても罰はない
猫にたとへた堪忍せぬと 言つて小丑が尻まくる
尻をまくつてわが鼻先で プンと一発笑て去る
○
罰をあてんよな神なら駄目と またも弟が宮こはす
うちの兄貴は呆けてしもた 家の敵はこの神だ
腹は立てども耐てをれば 弟ますます暴れ出す
○
朝から治郎松わが家に来り 山子するなと睨めつける
もしも神ならこれあてみよと 銅貨をコツプに包み来る
ぢつと透視して銅貨をあてりや 治郎松けげんな顔をする
飯綱使ひよ相手になるな などと治郎松ふれまはす
松と弟が村中まはり 山子してるといひちらす
松と弟のさまたげさへも かまはず数多の人が来る
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三屋喜右衛門駿河をたちて はるばるわが家を尋ね来る
これはまことの神様ですと 三屋喜右衛門証明する
三屋の証明もきかない松と 弟ますます邪魔をする
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四月三日に穴太の寺で 歌や舞踊の温習会
四月三日の温習きりに すきな歌舞さへあきらめる