二十八歳の春
ほんのりと向ふに見ゆる森かげは矢田の神社と思へば嬉し
矢田神社小暗き森の木の枝に白々さがるもののありけり
何ものとちかづき見れば藤波の花は梢に垂れさがりつつ
藤波の花にほのぼの東雲めてわが魂もふくらみにけり
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矢田神社右手にながめて細谷川岸をたどりつ山奥に入る
蓬髪を前後左右にふりみだし片腕ふれる姥ありけり
なにものとちかづき見れば京町の御嶽教会稲荷降し婆
東面の滝を浴びんと草むらを別けて進みぬ東雲ちかきを
東面の滝の間近に進みゆけば水垢離とるをんなありけり
滝水を頭上にあびてつつ立てる女に一こと言葉かけ見し
この女神憑にてわが声の耳に入らぬか知らぬがに立てる
われこそは力松稲荷大明神汝は穴太の喜楽かと宣る
神憑やうやくすみて彼のをんな驚き顔にわれを見つむる
旅篭町大工の妻の外志春といふ人なりきこの神がかりは
春の夜は明け離れたり山道をとらず亀岡にまはりて帰る
わが家にかへりて見れば弟がとぼけ兄めと面ふくらせり