二十八歳の春
丹波より弟子きたれりと長沢氏いとねんごろに迎へたまへり
月見里神社の前にぬかづきて道の前途をいのりたりけり
長沢氏幽斎室にみちびかれわれおごそかに帰神せり
幽斎のさまをうまらにつばらかに朝夕説かせ給へる師の君
師の君の審神者をうけて高熊の山の修行のたふとさを知る
師の君の母堂豊子は一入にわれいつくしみて神器を給へり
師の君にともなはれつつ清水湾わたりて三保の社に詣でぬ
三保津彦三保津姫神祀りたる珍の社に神言を宣る
御社の宝物天の羽衣を師のゆるし得てをろがみにけり
白砂青松つらなる三保の浜に立ちて気高き富士の高峰拝がむ
おのづから心すがしも大空に聳ゆる雪の不二ケ峰をがめば
羽衣の松の木蔭にたたずみて昔がたりを聞かされにけり
三保の浦磯辺さぐりてめづらしき天の石笛さづかりにけり
春の陽の波にかがよふ海原を白帆の浮べるさまのすがしも
波荒き遠州灘はあなたよと指さしわれに教ゆる師の君
つつましきわが師の君は道に逢へる車夫にも頭下げて通らす
師の君のごとき温厚篤実の人は今まで見あたらざりけり
やうやくに齢四十を重ねたるわが師の君は健かなりけり
三保の浦あとに夕海わたらへば波間にうかぶ雪の富士ケ峰
下清水師の君の館にかへり見れば不二の高峰を包む夕雲
月見里神社の前に端座して師の君とともに石笛を吹く
石笛の音もさやさやに響かひて不二の高峰の神使寄り来る
小夜更くるまで幽斎の修行して神のをしへを蒙りにけり
われ来しと聞きて東京其他より地方信者の次つぎあつまる
師の君の徳をしたひて集ひくる人の多きも修行せんとて
日に夜に幽斎修行にいそしみてますます神の尊さを知りぬ
いざさらば国へ帰れば君がため御国の為に尽さむと雄健ひぬ