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下阪の道行

インフォメーション
題名：下阪の道行 著者：出口王仁三郎
ページ：147
概要： 備考： タグ： データ凡例： データ最終更新日：2024-10-31 18:51:00 OBC ：B129900c32
元教(げんけう)が宣伝の様子しらべむと単身ひそかに下阪(げはん)せし夏
南桑(なんさう)の稲田(いなだ)青(あを)あを茂(しげ)りつつ夏風(なつかぜ)かをる曽我部野(そがべの)をたどる
余能神社
寺村(てらむら)の産土神(うぶすながみ)なる余能(よの)神社のみ前(まへ)に旅の幸(さち)を祈りぬ
かんかんと夏陽(なつひ)は照(て)りて神奈備(かむなび)の森にながるる蝉(せみ)の諸声(もろごゑ)
さつと吹く風に顔の汗(あせ)ぬぐはれてすがしくなりぬ産土の杜(もり)
潺潺(せんせん)と社(やしろ)の庭(には)を岩清水(いはしみづ)流(なが)るる音の清(すが)しき夏なり
祭神(さいじん)はいづれの神か知らねども荘厳(さうごん)にうたれて額(ぬか)づきにけり
余能(よの)神社の高庭(たかには)に立ちて辿(たど)り来(き)し曽我部野(そがべの)恋しくながめ入(い)りけり
故郷(ふるさと)の愛宕(あたご)の山の古檜(ふるひのき)二つ並べるが吾(わ)が目をひけり
ここよりは故郷(こきやう)の山に別れむとおもへば名残をしまれにける
大神(おほかみ)のみ前(まへ)に感謝し階段をくだりてとろとろ坂(ざか)にかかれり
生首峠
右(みぎ)すれば能勢(のせ)街道左(ひだり)すれば茨木(いばらぎ)に通(かよ)ふ山道なりけり［＊「茨木」は正しくは「いばらき」と読むようだが底本には「いばらぎ」とルビが振られているのでそのままにした。］
行程を左手(ゆんで)にとりて夏の日の生首(なまくび)峠(たうげ)の峻坂(しゆんぱん)たどれり
古(いにしへ)は山賊(さんぞく)あまたこもり居(ゐ)て人の生首(なまくび)絶えざりしと伝(つた)ふ
生首(なまくび)の名を聞くさへもいやらしき峠たどれば汗のながるる
生首(なまくび)峠(たうげ)坂道にそへる谷川(たにがは)の清水(しみづ)に喉(のど)をうるほしつつ行(ゆ)く
右(みぎ)左(ひだり)雑木(ざつぼく)繁(しげ)り昼もなほ小暗(をぐら)き山道(やまぢ)わが一人(ひとり)行(ゆ)く
梅巌の生家
約二里の坂道登れば東掛(とうげ)なり石田(いしだ)梅巌(ばいがん)先生の生地(せいち)
梅巌(ばいがん)は心学(しんがく)道話(だうわ)を創設し諸民(しよみん)を導き給ひし人なり
梅巌(ばいがん)の生家(せいか)の前に天然石(てんねんせき)の太書(ふとがき)の記念碑建(た)てられてあり
老母健在
丹波聖人石田(いしだ)梅巌(ばいがん)先生の生家(せいか)を訪(と)へば老母(らうぼ)出迎ふ
梅巌(ばいがん)の遺愛(ゐあい)の梅は千引岩(ちびきいは)の上(うへ)に苔(こけ)むし生(お)ひ茂(しげ)りたり
梅巌(ばいがん)の在(あ)りし世(よ)のこと細(こま)ごまと老母は涙片手に語らふ
吾(われ)もまた梅巌(ばいがん)先生の高徳に襟を正(ただ)して涙ながしつ
一時間あまり経ちてこの家(いへ)を拝辞(はいじ)しつ峠の急坂(きふはん)南にくだる
夏の山道
足引(あしびき)の山道(やまみち)野道(のみち)谷(たに)の道(みち)たどる夏日(なつひ)の苦(くる)しき旅なり
山と山にはさまれ狭き谷道(たにみち)を登れば暑き夏蝉(なつせみ)の声
雲の峰(みね)南の空に湧き立ちてわが行く山路(やまぢ)にみみず這ひをり
土の中の暑さに追はれて這ひ出(い)でしみみずはあはれ乾物(ひもの)となれり
しばらくは山道しばしは野の道の夏を旅ゆく暑さ苦(くる)しき
茨木の宿
茨木(いばらぎ)のとある宿屋に一(ひ)と夜(よ)さを宿りておもふ故郷(ふるさと)の夢
隣室に女の客の泊(とま)りゐるをかい間(ま)見(み)すれば刺青(ほりもの)してをり
言葉(ことば)づきも男の如くあららかに語らへるを聞きて凄(すご)くおもへり
吾(われ)一人(ひとり)宿の机にうち向(むか)ひたづさへ持ちし神書(しんしよ)読みをり
知らずしらず神書(しんしよ)よみつつわが声の高潮(かうてう)せるをさとらずに居(ゐ)し
女侠客
隣室の刺青(ほりもの)女(をんな)襖(ふすま)あけてやかましいわいと吾(われ)を呶鳴(どな)れり
田舎者の小僧(こざう)つ子(こ)早くどぶ去れといれずみ女憎(にく)さげにいふ
吾(われ)はただハイと答(こた)へて夜具(やぐ)かぶりいねむとすれど眠れざりけり
ねむられぬままに黙(もく)して唯(ただ)一人(ひとり)臥床(ふしど)にあれば男の声すも
つぎつぎにあらくれ男集(あつ)まりて丁(ちやう)よ半(はん)よと賽(さい)の音(おと)さす
時(とき)をりに姉御(あねご)あねごと呼ぶ声は太く濁れる男の声なり
夜(よ)の明くるまで息ころし咳(せき)もせず吾(われ)おとなしく黙(もく)しゐたりき
この宿屋朝(あさ)おそくして九時過ぎにやうやく飯(めし)を運び来(きた)れり
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