食器さへろくろくになき友の家をあはれみ二円の金を与へし
喜楽さんに二円もらうて気の毒と帯亀夫妻は喜び感謝す
たまさかに会ひし友故今日一日われもともども遊ばむといふ
帯亀の愛人松本お糸さんは目に角たてて亀をにらめり
左様なら又会はふよと門口を出でむとすれば帯亀とどむる
どうしても今日は帰ると無理やりに表戸あけて帰らむとせり
帯亀はなき声しぼりお糸めが済まん事のみ言うたとて泣く
夫婦口論
亀『こりやお糸ぐづぐづいふな』と拳骨をかためて横面ぽかんとやりたり
お糸さんはきんきり声をふりしぼりもうかまはんと亀にかみつく
糸『甲斐性なし女も養ひ得ぬくせにごてごていふなり帯屋の亀公
お前故知らぬ他国で苦労するほれてもゐない妾を引出し』
亀『馬鹿いふな亀さんでなけりや夜も昼もあけぬ暮れぬとぬかしたくせに
車曳はしても日本男子だぞ裸一貫で世界を通る男だ』
糸『三やんについてをつたら今頃は栄耀栄華に暮せたものを』
亀『何ぬかす三公がこわい助けてと両手合して頼んだくせに』
糸『白白しい何処おさへたらそんなこと亀やん出るかいちやんちやらをかしい
河内屋に八幡の町にかくされてかくれて居たのをさがしに来たぢやないか
喜楽さんに呼び出してもらひこのわしを八幡の橋にてくどいたくせに
くさり鰯が火についたやうな亀やんは虫がすかんというて居だのに』
亀『こりやお糸口に番所がないかとてへらず口をば叩くなほざくな』
たたきますほざきますよと彼の女口きたなくも罵りちらす
帯亀は片肌ぬいで握りこぶしお糸の前ににゆつとつき出す
亀『この腕は骨があるぞよこりやお糸見違ひさらすな男の腕を』
糸『甲斐性なし男が女をなぐるなど見下げ果てたる土甲斐性なし奴が』
仲直り
やいと箸線香のやうな腕まくりおどかして居る帯亀をかしき
犬くはずやめたがよかろとわがいへば済まなかつたりと泣いてわび入る
遠来の客に対してやすくない喧嘩をするなとわれは笑ひぬ
夫婦喧嘩仲直りの酒といひながら帯亀すしと洒かひにゆく
午後の二時二人のひそむあばら屋を立出で生魂神社に詣でぬ