生魂の神に詣でて浪速路のわが道宣布の幸を祈りぬ
天津日は早や西空に傾きて森吹く風の涼しき浪速
くろぐろと天をこがして煙突の煙は風にかたなびきつつ
水煙の都の夏の夕暮をわれ生魂に神言宣りぬ
浪速なる産土神の生魂社に祈れば心清しくなりぬ
娘の祈願
大前にひざまづき祈る女ありわれはしばしを佇み見てをり
松本の家はいづくと尋ぬればわが隣りよといらへ言宣る
何事の祈願なるかとわが問へばたらちねの父は病めりとて泣く
汝が父の病をわれは癒さむとてもなく宣れば女はうなづく
この女未だ二八の若ざかり腕車をやとひてわか家に導く
ブラツシ屋
谷町の九丁目の角のブラツシ屋に腕車のかぢは下されにけり
この女少しく腰をかがめながらここがわが家と案内をなしけり
どことなく熱臭きにほひ鼻をつき直ちに憑霊のわざとさとりぬ
この方は生魂神社にて出会ひたる神様ですよと母に告げをり
ともかくも御祈願たのむと母親は座蒲団布きて坐を乞ひにけり
神前はいづくと問へば我が家は真宗なれば神なしと答ふ
神様を祈るは雑行雑修なれば教へにそむけどやむを得ずといふ
憑霊
病床にわれ近づけば重態の男おどろき床はね起きぬ
動かれぬ重病人が突然にはねおきたるに家人はおどろく
病人をすわらせ神言奏上し審神をすれば泣き出しにけり
ひげ面の男が泣き出すあはれさをいたはり静かに問ひはじめたり
その方は何者なるかと詰り問へば私は狐と泣きつつ答ふる
その奥にゐるは何者とまた問へば桑名の弟憑いてゐるといふ
死霊
この親父血相変へてうなり出し佐吉佐吉と叫び出しけり
五年前この家を飛び出し桑名にて失敗したる佐吉の霊といふ
佐吉『他郷にて重き病にかかりしを電報打てども来て呉れぬうらみ
このうらみ晴らすは兄の生命を奪ふに如かずと思ひて憑きたり』
女房は聞くより声を荒立てて佐吉あんまりとねめつけてをり
お前さんに金を使はれこの家はそのため貧乏したとて怒る
憑霊は女房の顔をねめつけて後妻の身分でだまれとねめつく
後妻でもこの家の女房かまふなと負けずおとらずいさかふ女房
家内中つき殺さねばおかぬぞと佐吉の霊は雄たけび狂ふ
鎮魂
女房を納得させて憑霊に数歌のればやはらぎにけり
茶臼山一心寺の境内にわれをまつれば鎮まるといふ
佐吉『祀るのがいやなら祀つて貰ふまい家を断絶させるばかりよ』
佐吉さんそらあんまりと女房がすすり泣きする状のあはれさ
十六の娘のきく子は後べに団扇かざしてわれをあふぎをり
一心寺に祀る相談ととのへば佐吉の霊は納まりにけり
狐の霊
まだ一つ野狐の霊を追ひ出すと鎮魂すればとび上りたり
ぶくぶくと病人の体を玉ごろのかけめぐるたび痛み苦しむ
玉ごろをわが霊もちて追ひ出せば右親指の爪より出でたり
憑霊はウイローのごとくやはらかく見るみる卵のごとくなりたり
つかまむとすれば敏くも玉ごろは門口さしてころげ出したり
僧形の霊
折りもあれ一人の若者門のべを通れるを見てとりつきにけり
若者は狐の霊にとりつかれ心狂ひてかけ出しにけり
をりもあれ僧形二人現はれて眼怒らしわれにかみつく
真宗の坊主の霊魂怒り立ち悩ましくれむと左右より迫る
神言を奏上すれば僧の霊は次第次第に消え失せにけり
親族の真宗信者つぎつぎに来りてわれを追ひ出さむといふ
病人を救ひ助けてあべこべに追ひ出されたる宣伝の一日
一夜さを死霊と狐の霊魂にかかりて夏の夜あけわたりけり