一月の三日の夕べ大槻の鹿造広間に呶鳴り込みたり
姉婿の俺は大槻鹿造だ貴様は何処からうせたとなじる
何処の国に涌いた馬骨か牛骨か俺は綾部の侠客だといふ
ふんさうかお前は綾部の侠客か力競べをしようとからかふ
面白い貴様は足立と事かはり気に入つたぞと胡床をかきをり
錆刀一本腰にさしながら大槻鹿造腮しやくりわらふ
赤鰯どこで拾うて来たのかといへば鹿造眼をつりあげる
大江山の鬼の身魂とこの婆婆が排斥するとて開祖を睨む
『大槻』この婆さん現在わが娘の夫をば鬼呼ばはりする非道い人間
其方は酒天童子の身魂よと開祖は怖ぢず宣らせ給へり
鬼なれば鬼だけの事してやると鹿造入墨した腕まくる
『開祖』ひとの娘をかどはかすやうな人間は鬼の身魂に間違ひなからうぞ
惚れられた女を連れて去んだのがどこが悪いと鹿造なじる
鹿造は大江山の鬼およねはまた蛇の身魂よと開祖は宣らす
鬼と蛇との縁組なればやむを得ず許してやると開祖のたまふ
左様です私は鬼で御座りますと鹿造腮をしやくつてそらむく
『鹿造』こりや上田挨拶せぬかこの婆婆がこんな無茶を言うてゐるのに
挨拶をする余地なしとわれいへば気の利かぬ奴とわれを睨めり
赤鰯ぬいたりさしたり鹿造は子供のやうにおどかしてゐる
茶も汲まぬ婆婆の家にはをらないと尻ひんまくり鹿造出でゆく
『鹿造』こりや上田覚えてをれよあすは又こはい土産を持つて来るぞよ
『上田』侠客との喧嘩に馴れた俺の前に弓でも鉄砲でも持つて来い大槻
しやれた事ぬかす上田は本当の兄弟分よと減らず口いふ
因縁をつけては金をとる故に綾部町人は因鹿といふ
婆さんまたあした来るよと云ひながら肩いからして帰りゆく鹿造
大江颪夕べの空を吹きつけて霰まじりの雨のつめたき
赤鰯一本腰にさしながらやぶれ傘きてかへる鹿造
牛肉店初めて綾部で開きたる大槻鹿造は気の荒き奴
鹿造も綾部の士族吉川に一歩譲りてをののきてをり
鹿造の妻の米子は綾部にて女髪結の尖端きれり
この米子時時亡霊うつり来て鹿造の頭をなぐり腕噛む
相撲取り荒岩の亡霊うつりきて恋の敵の鹿造をうつ
荒岩の妻のお米を鹿造が横取りしたる怨なりけり
鹿造に妻を取られた荒岩は病の床に憤死せしとふ
荒岩の亡霊かかり大槻を鹿ぼんぼんと罵りてうつ
鹿ぼんといはれて大槻癪にさへ米子を柱にしばりつけたり
鹿ぼんも妻の発狂に困りはて神の御前に手を合しをり
鹿ぼんが神をいのれば女房の発狂もとの如くになほる
鹿造は賭場を開きててらをとり絹物を着て生活をなす
鹿造は朝風呂丹前長火鉢侠客面して威張りちらせり
鹿造は開祖の伜伝吉をわが子に呉れと開祖にせまる
御開祖は貧苦に迫りて愛児一人大槻鹿造に与へられたり