霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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京都開教

インフォメーション
題名:京都開教 著者:出口王仁三郎
ページ:50
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-10-31 06:24:00 文字数:765 OBC :B120900c12
高利貸(かうりがし)廃業なして谷口(たにぐち)の父房次郎(ふさじらう)は支部を開(ひら)けり
油(あぶら)の小路(こうぢ)八条(はちでう)に支部を開設し欲ぼけ信者を集めゐたりき[※「油の小路八条」とは京都駅のすぐ南西にある「八条油小路(はちじょう あぶらのこうじ)」交差点の辺り。]
房次郎(ふさじらう)支部長となり雄弘(かつひろ)が幹部となりて信者をあつむる
谷口(たにぐち)は野心の深き人物にて営業気分で神祀(まつ)り居(を)り
雄弘(かつひろ)の依頼によりてわれ一人山坂(やまさか)越えて京都にのぼる
八条の支部にいたれば谷口(たにぐち)の熊吉(くまきち)すでに家にはをらず
弟の巳之助(みのすけ)と父の房次郎(ふさじらう)笑顔つくりてわれを迎へり
虻の奇蹟
重病をすくはれ南部(なんぶ)孫三郎(まごさぶらう)八条支部に詣(まう)できたりぬ
初対面(しよたいめん)の挨拶をはり南部(なんぶ)氏は神徳(しんとく)ばなしくさぐさ語れり
この男島原(しまばら)金光教会の教導職をつとめたるもの
弁説(べんぜつ)に巧妙なりしこの南部(なんぶ)金光教会十七ケ所開(ひら)きし
島原(しまばら)の金光教会杉田(すぎた)氏の部下の中ではインテリ階級
インテリが禍(わざはひ)なして杉田より教会教師を免ぜられをり
この南部(なんぶ)肺結核をわづらひてわがため死をば免(まぬ)がれたるなり
冬の日に大(おほい)なる虻(あぶ)飛び来(きた)り枕(まくら)べまはりて病(やまひ)癒(い)えしとふ
瑞霊(ずゐれい)と叫べばいつも虻(あぶ)の来てわが病をばなほすと語れり
雄弘(かつひろ)も金光教師なりしかば金光信者もあまたあつまる
反教者
一年ののち谷口(たにぐち)は慢心し金明会(きんめいくわい)を脱退なしたり
谷口(たにぐち)は大成教(たいせいけう)の部下となり艮(うしとら)教会の開設をなす
谷口(たにぐち)の妻のおなほを教祖とし綾部の直(なほ)より偉いと誇る
艮(うしとら)の教会一時(いちじ)は栄えたれど日向(ひなた)に氷(こほり)とおとろへにけり
南部入教
谷口(たにぐち)の変節いかり雄弘(かつひろ)と南部は見すてはなれゆきたり
金光(こんくわう)のふるき信者の家を訪(と)ひ南部は布教宣伝をなす
京極のめがね湯(ゆ)に入(い)り金光(こんくわう)の信者松原(まつばら)政次郎(まさじらう)にあふ
南部さん何(どう)してゐたかと松原は馴(な)れ馴(な)れしくも問ひかけにけり
肺病で死すべきところを大本の神に命(いのち)をひらはれしと語る[※「ひらはれし」は「ひろはれし」(拾われし)の誤字?]
わが妻はいたづきてをり御(ご)祈祷を頼むと南部に松原はいふ
ルンペンのさかひにありし南部氏はこれ幸ひと彼(かれ)が家(や)にゆく
たちまちに神徳(しんとく)あらはれ松原の妻の自由子(じいうこ)は病なほれり
松原は南部を生神様(いきがみさま)としてあした夕(ゆふ)べをかしづきにけり
つぎつぎに金光信者あつまりて松原の家(いへ)は人の山なす
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