霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一章 歴朝の大御心

インフォメーション
題名:第1章 歴朝の大御心 著者:出口王仁三郎
ページ:47
概要: 備考: タグ: データ凡例:2017/9/19校正。古事記の漢文の読み出し文は、武田祐吉・注釈校訂『校註 古事記』(1956年、角川書店)を使用した。 データ最終更新日:2017-09-19 16:55:17 文字数:3593 OBC :B121801c10
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:神霊界 > 大正8年4月1日号(第83号) > 皇道我観
 宇宙初発(しよつぱつ)の際に言霊(ことたま)あり、言霊は神(かみ)なり、又仏陀(ぶつだ)と曰(い)ひ真言(しんごん)と曰(い)ふ。我国(わがくに)は天地開闢(かいびやく)の時(とき)に、最初(さいしよ)に造(つく)られたる真正(しんせい)無比の国土(こくど)にして、地球の総領国(そうりやうこく)なり。又言霊の法(のり)清く美(うるは)しく、円満(ゑんまん)にして朗(ほがら)かなり。故(ゆゑ)に我国(わがくに)を言霊の幸(さちは)ふ国、言霊の天照(あまて)る国、言霊の助(たす)くる国、言霊の生(い)ける国と、古(いにしへ)より言(い)ひ伝ふ。日本(につぽん)神刕(しんしう)神民(しんみん)の声音は、円満(ゑんまん)清朗にして、其(その)数(すう)最も多(おほ)く、清音(せいおん)のみにして且(か)つ言霊に権威(けんゐ)を伴(ともな)ふ。他国の言霊は、甚(はなは)だしく混濁して、日本(にほん)神民(しんみん)の三分の一の数(かず)を用(もち)ひ、且(か)つ不正の声音を発(はつ)し、言霊の権威(けんゐ)は絶無にして、只々(ただただ)意思を伝ふる用に供するのみ。其他(そのた)の下級動物(どうぶつ)に至(いた)るに従(したが)ひ、声音の数(すう)益々(ますます)少(すくな)く、論ずるに足(た)らず。
 惟神(かむながら)の大道(だいだう)は、天地自然(しぜん)の性(せい)に従ふものなるが故(ゆゑ)に、世界(せかい)各(おのおの)その教(をしへ)を設(まう)くるにも、国霊(くにたま)[*神霊界と王仁文庫では「国魂」だが全集では「国霊」。以下3箇所も同じ(計4箇所)]と風土の関係(くわんけい)に由(よ)つて、差別あるなり。皇国(くわうこく)は国霊(くにたま)も風土も、清浄(せいじやう)潔白にして、其(その)国民(こくみん)は恰(あだか)も神明(しんめい)に等(ひと)しければ、神命(しんめい)を奉じ、万世一系の皇室を戴き、大君(おほぎみ)は神(かみ)の御心(みこころ)を心(こころ)とし、民(たみ)を以(もつ)て本(もと)となし、天国(てんごく)の善政を施き、臣民(しんみん)を率(ひき)ゐて、天地経綸(てんちけいりん)の司宰者(しさいしや)たる天職を尽すべく教(をし)へ導き、天(あめ)が下(した)を安国(やすくに)と平(たひら)けく、知食(しろしめし)玉ふが故(ゆゑ)に、我大君(おほぎみ)は主(しゆ)、師(し)、親(しん)の三徳(さんとく)を惟神(かむながら)に具有(ぐいう)し給へば、我(わが)国民(こくみん)は、天津神(あまつかみ)の霊統を継(つ)がせ玉へる、現人神(あきつかみ)に在(ま)し坐(ま)す、大君(おほぎみ)の御神勅(みことのり)を、畏(かしこ)み仕(つか)ヘ奉(まつ)りて、上下(じやうか)一致(いつち)億兆一心の、天津(あまつ)誠(まこと)の道を遵奉(じゆんぽう)し奉(たてまつ)り、天地(あめつち)の神明(しんめい)に愧(は)ぢざる善行を為(な)し、天下(てんか)に範(はん)を示(しめ)すベき神刕清潔の神民なれば、外国の如(ごと)く、小賢(こざかし)く言挙(ことあ)げせざる大御国(おほみくに)なる事(こと)も、弁(わきま)ヘ知(し)るベし。又印度(いんど)の如(ごと)く風俗悪(あし)く、従(したが)つて国霊(くにたま)劣りて、頑愚(ぐわんぐ)度(ど)し難(がた)き人民を、教化(けうくわ)し済度(さいど)せんとせば、彼(か)の釈迦(しやか)の如(ごと)く、仏(ほとけ)の教(をしへ)なるものを作(つく)り、地獄(ぢごく)極楽(ごくらく)の説、因果(いんぐわ)応報の教旨など、種々(しゆじゆ)の方便を設(まを)けて、国人(こくじん)の心(こころ)を和(なご)め、且(か)つ之(これ)を導くは、是(これ)その国土(こくど)人心(じんしん)に相応(さうおう)したる教誡(けうかい)なり。故(ゆゑ)に印度人(いんどじん)としては、最(もつと)も適当(てきたう)なる唯一(ゆゐいつ)の教理(けうり)と曰(い)ふべし。されど我国(わがくに)に是(これ)を応用するは、人類(じんるゐ)の食膳(しよくぜん)に向(むか)つて、牛馬(ぎうば)の喰(くら)ふべき食物(くひもの)を供するが如(ごと)くにして、必(かなら)ずしも、適当(てきたう)なる教(をしへ)と曰(い)ふべからず。日本人(につぽんじん)は皇国固有の教(をしへ)を遵奉(じゆんぽう)し、印度人(いんどじん)は印度国(いんどこく)に適(てき)したる仏教(ぶつけう)を遵奉(じゆんぽう)せば安心(あんしん)立命(りつめい)し、以(もつ)て人生(じんせい)の本分を尽(つく)し得(う)るなり。
 支那(しな)の如(ごと)きは、人民の心(こころ)を本(もと)として教(をしへ)を立(た)て、天下(てんか)は天下(てんか)の天下(てんか)なり、一個人(いちこじん)の左右すべきものに非(あら)ずてふ精神に基きて、教(をしへ)を立(た)てたる国土なれば、仮令(たとへ)天下(てんか)の主(しゆ)なりと雖(いへど)も、暴逆にして民心(みんしん)を失ひたる時(とき)は、之(これ)を伐(う)ち、之(これ)を放(はな)ちて、其(その)位(くらゐ)に代(かは)るを以(もつ)て、自然(しぜん)の良道(りやうだう)とするなり。故(ゆゑ)に孟子(まうし)の言(げん)にも、民為(たみを)貴(たふとしとして)、社稷(しやしよく)次之(これにつぎ)、君(きみを)為軽(かろしとす)と在(あ)り。土神(どじん)穀神(こくしん)の社殿と雖(いへど)も、旱魃(かんばつ)洪水(こうずゐ)などの変災(へんさい)頻(しき)りに起(おこ)りて、之(これ)を禦(ふせ)ぐこと能(あた)はざる時(とき)は、直(ただ)ちに無能不用の神(かみ)として、其社殿を毀(こぼ)ちて之(これ)を更改す。況(いわ)んやそれに次ぐと為(な)せる、国君(こくくん)の不徳(ふとく)にして民を治(をさ)むる事能(あた)はず、暴逆無道(ぶだう)にして、民心(みんしん)に背反(はいはん)する時(とき)は、明君(めいくん)出(いで)てその位(くらゐ)に替(かは)るも、皆(みな)その風土国霊(くにたま)に相応(さうおう)して、聖賢(せいけん)の立(たて)たる自然(しぜん)の道(みち)なり。それとは亦(また)格別(かくべつ)にして、我皇国(くわうこく)は神(かみ)の造(つく)りし国、神(かみ)の治(をさ)むる国、神(かみ)の建(た)てたる国なれば、万世一系の皇統を、天津日継(あまつひつぎ)と申(まを)し奉(まる)る事(こと)は、天地開闢(かいびやく)の太初(たいしよ)より、高天原(たかあまはら)に在(ま)します所の、皇祖(くわうそ)天照大御神(あまてらすおほみかみ)の御子孫にして、天津(あまつ)日(ひ)の御跡(みあと)を継ぎて、天下(てんか)に君臨し給(たま)ふと曰(い)ふ、尊称なる事(こと)は、古典明(あきら)かに之(これ)を教ヘ給(たま)ふなり。『茜(あかね)刺(さ)す天照国(あまてるくに)の日(ひ)の宮(みや)の聖(ひじり)の御子(みこ)云々(うんぬん)』と続日本紀(ぞくにほんぎ)の歌にも載せられ、我国体(わがこくたい)の尊厳無比なるは、古往今来(こわうこんらい)国民(こくみん)の普(あまね)く知悉(ちしつ)せる所なり。万葉集の長歌(ちやうか)にも『天地(あめつち)の初(はじめ)の時ゆ久方の、天(あめ)の河原に八百万(やほよろづ)、千万神(ちよろづがみ)の神集(かむつど)ひ、集(つど)ひ居(ゐ)まして神分(かむはか)り、分(はか)りし時(とき)に天照日女尊(あまてらすひるめのみこと)、天(てん)をば知(しろ)しめしぬと葦原(あしはら)の、瑞穂の国(くに)を天地(あめつち)の、依相(よりあひ)の極み知(しろ)しめす、神(かみ)の命(みこと)と天雲(あまぐも)の、八重(やへ)掻別(かきわ)けて神下(くだ)り坐(ま)し奉(まつ)りし』など詠めるも皇祖(くわうそ)大神(おほかみ)の高天原(たかあまはら)を知召(しろしめ)し、皇孫瓊瓊岐命(ににぎのみこと)の、此(こ)の地上(ちじやう)の国土(こくど)へ降臨し給ひたる、神事(しんじ)を云(い)へる神歌(しんか)にして、君(きみ)を君(きみ)として立(た)て、所謂(いはゆる)天立君主、立憲制の御国土(ごこくど)なるが故(ゆゑ)に、古(いにしへ)の摂家(せつけ)、清家(せいか)の家々も皆(みな)天上より陪従(ばいじう)し来(きた)りて、事(つか)ヘ奉(まつ)りたる神人(しんじん)の裔孫(えいそん)支流にして、天地開闢(かいびやく)の初(はじめ)より、君臣(くんしん)の大義名分なるもの、自然(しぜん)に定(さだ)まりて、幾度(いくど)世(よ)を代ふるとも、毫(がう)も動揺(どうえう)する事無(な)く、天津(あまつ)日継(ひつぎ)の高御座(たかみくら)は、万世一系にして擾(みだ)れ給(たま)ふ事無(な)き、誠(まこと)に至善至美至真の御国体(ごこくたひ)なれば、斯(こ)の神国(しんこく)に生(せい)を託するものは、神(かみ)と皇上(くわうじやう)との殊恩(しゆおん)を、片時(へんじ)も忘却すベからず、実(じつ)に神聖無比の天国(てんごく)浄土(じやうど)たるなり。然(しか)のみならず、其皇子(わうじ)に源平(げんぺい)等(とう)の姓(かばね)を賜ひて、皇族の御方々(おんかたがた)と雖(いへど)も、一度(ひとたび)臣下の列(れつ)に成らせ給ひたる時(とき)は、仮令(たとへ)皇子(わうじ)、親王(しんのう)、諸王(しよわう)と雖(いへど)も、再度(ふたたび)皇位を継がせ給ヘる事実(こと)なき、霊威不可犯(ふかはん)の尊位(そんゐ)に在(ま)しまして、国民(こくみん)は実(じつ)に有難(ありがた)く、忝(かたじけ)なき次第(しだい)と云(い)ふべし。我(わが)歴代の天皇は、上(かみ)は天津神(あまつかみ)の御心(みこころ)を心(こころ)と成(な)し給ひ、下(しも)は臣民(しんみん)の心(こころ)を以(もつ)て、政治(せいぢ)の大本(たいほん)と為(な)し玉ふが故(ゆゑ)に、畏(かしこ)くも明治(めいじ)天皇は『罪あれば我(われ)を咎(とが)めよ天津神(あまつかみ)、民(たみ)は我身(わがみ)の生(う)みし子なれば』と仰(おほ)せられ又『我(わが)臣民(しんみん)億兆の中(なか)に、一人(いちにん)にても、其所(そのところ)に安(やす)んぜざる者あらば朕(ちん)の罪なり』と仰(あふ)せられし御聖旨を伺(うかが)ひ奉(まつ)るに於(おい)ては、我(わが)皇上(くわうじやう)の臣民(しんみん)たるもの、一人(いちにん)として感泣せざる者あらむや。実(じつ)に尊く忝(かたじけ)なく、御仁慈の程(ほど)は山よりも高(たか)く、海よりも深(ふか)く、恰(あだか)も慈母の赤子(せきし)に於(お)けるが如しと曰(い)ふ可(べ)し。畏(かしこ)くも皇宗(くわうそう)天武(てんむ)天皇の、古事記を撰録せしめ給ひし時、その御序文に『於是天皇詔之朕聞諸家之所賚帝紀及本辞。既違正実。多加虚偽。当今之時。不改其失。未経幾年。其旨欲滅斯乃邦家之経緯。王化之鴻基焉。故惟撰録帝紀。討覈旧辞。削偽定実欲流後葉。[#読み下し文/ここに天皇詔したまひしく、「朕聞かくは、諸家の賷(も)たる帝紀と本辞と既に正実に違ひ、多く虚偽を加ふといへり。今の時に当りて、その失を改めずは、いまだ幾年(いくとせ)を経ずして、その旨滅びなむとす。こはすなはち邦家の経緯、王化の鴻基(こうき)なり。故(かれ)ここに帝紀を撰録し、旧辞(くじ)を討覈(たうかく)して、偽を削り実を定め、後葉(のちのよ)に流(つた)へむと欲(おも)ふ」と宣りたまひき。/武田祐吉注釈校訂『校註 古事記』より]』以上の御聖旨に由(よ)るも、皇典古事記の最(もつと)も正確にして、勅撰(ちよくせん)に成れる事実は、昭々(せうせう)として日月(じつげつ)の如(ごと)く、一点(いつてん)の疑惑を容(い)れ奉(まつ)るの余地(よち)無し、古典学者の輩(はい)浅学薄慮(せんがくはくりよ)にして、神聖(しんせい)なる皇典古事記の深奥を解(かい)せず、徒(いたづら)に文字(もじ)音句(おんく)の上(うへ)に拘泥(こうでい)し、偶(たまたま)、穴穂御子(あなほみこ)(安康(あんかう)天皇)の大日下王(おほくさかのみこ)を殺(ころ)し、其妹(いもうと)なる長田太郎女(ながたのおほいらつめ)を皇后と為(な)し給ひ、其子(こ)目弱王(まよわのみこ)に弑(しい)せられ給ひし事跡などを捕へ来(きた)つて、古事記は上代(かみよ)の出来事を、最(もつと)も赤裸々(せきらら)に伝(つた)へられしものにして、主上(しゆじやう)の暴逆を記載せられたるは、寧(むし)ろ古典の美点なりなど唱(とな)へて泰然(たいぜん)たるは、実(じつ)に恐懼(きようく)の至(いた)りなりと曰(い)ふべし、我(わが)歴代の天皇は、上(かみ)は天神(てんじん)の御心(みこころ)を体(たい)し、下(しも)は臣民(しんみん)の安危(あんき)を以(もつ)て、念慮(ねんりよ)と為(な)させ給(たま)ふが故(ゆゑ)に、天下(てんか)を知食(しろしめ)し給(たま)ふや、時代(じだい)の人情(にんじやう)治乱(ちらん)を以(もつ)て、我(わ)が不徳(とく)の罪(つみ)と為(な)し、下(しも)万民に代(かは)りて天神(てんじん)に罪を謝し万民を無罪の神子(みこ)と、見直(みなほ)し、聞直(ききなほ)し、詔直(のりなほ)し給(たま)ふ、主(しゆ)、師(し)、親(しん)三徳全備の現人神(あきつかみ)に在(ま)し坐(ま)せるが故(ゆゑ)に、其御宇(ごう)の人民の罪悪(ざいあく)を赦(ゆる)し、御自身(ごじしん)の御行跡(ごぎやうせき)の如(ごと)くに伝(つた)へ給ひて、臣民(しんみん)を庇護(ひご)し給(たま)ふ、大慈大悲の大御親心(おほみおやごころ)に出(い)でさせ給(たま)ふを、伺(うかが)ひ奉(まつ)る可(べ)し。之(これ)に反(はん)して紀、記両書の伝ふる事跡を、文辞(ぶんじ)の儘(まま)に解(かい)す可(べ)きものとすれば、何を以(もつ)て天武(てんむ)天皇の『斯乃邦家之経緯、王化之鴻基焉』と詔(の)らせ玉ふ可(べ)きや。吾人(ごじん)の常識を以(もつ)て判断するも、自明の理ならずや、次いで日本書紀の一節、武烈(ぶれつ)天皇紀に『天皇の御所行(ごしよかう)総(すべ)て残忍に在坐(ましま)して孕婦(ようふ)の腹(はら)を割(さ)きて其胎(たい)を観(み)給ひ、人(ひと)の頭髪(とうはつ)を抜(ぬ)きて樹(き)に登らしめて、之(これ)を射墜(いおと)し給(たま)ふ』などの、大悪逆有(あ)らせられし事(こと)を記(しる)されたるが、我(わが)列聖の大君(おほぎみ)は、元来(ぐわんらい)大慈大悲の、天津御神(あまつみかみ)の珍(うづ)の御子孫(ごしそん)に在(ま)し坐(ま)し、民(たみ)を見給ふ事、恰(あだか)も我身(わがみ)を傷(いた)むが如(し)く、思召(おぼしめ)し給(たま)ふが故(ゆゑ)に、何(いず)れの君主も皆時代(じだい)に応じたる、善政を布(し)き給ひて、天意(てんい)に順応し給(たま)ふが故(ゆゑ)に、御一方(おひとかた)として、悪逆無道(ぶだう)の君主出(い)で給ひし事無(な)きは当然(たうぜん)なり。然(しか)りと雖(いへど)も、我国(わがくに)歴代の至尊は、天祖天照皇大神(あまてらすおほかみ)の、此(こ)の豊葦原(とよあしはら)瑞穂国(みづほのくに)は、吾児(わがこ)の世々(よよ)知(しら)さむ国と詔(の)り給ひて、全地球の御支配権を、任(よ)さし給へる大君(おほぎみ)に在(ま)し坐(ま)すが故(ゆゑ)に、現代(げんだい)の極東日本国のみならず、全世界の人民をも、赤子の如(ごと)く治め統(す)ベ愛(いつ)くしみ給(たま)ふ御天職の在(ま)しませば、仮令(たとへ)、異域(いゐき)の出来事と雖(いへど)も、責任を帯(お)ばせ給ひ、全世界に於(お)ける主、師、親の全徳を発揮し玉ふ、歴朝の大御心(おほみこころ)より、当時に於(お)ける異域の悪逆無道の出来事までも、一身に引受(ひきう)け、異域の悪王(あくわう)の所行(しよかう)と雖(いへど)も、之(これ)を見直し、聞直し、詔直(のりなほ)し玉ひて、千座(ちくら)の置戸(おきど)を負はせ給へる、尊(たふと)き忝(かたじけ)なき御神慮(ごしんりよ)には、日本臣民は言ふも更(さら)なり、外国の臣民たりとも、感泣せざるを得ざる大御心(おほみこころ)と、仰(あふ)ぎ奉(まつ)りて、猶(なほ)余(あま)りありと謂(い)ふべし。然(しか)る深遠なる、大慈大悲の御神慮の御在(おは)します事(こと)を、奉解(ほうかい)し能(あた)はざる、群盲象評(ぐんもうぞうひやう)的の似而非(にせ)国学者輩(はい)頻出して、尊厳無比なる、皇祖皇宗の御遺訓なる古典を誤解し、武烈天皇紀の御事跡(おんじせき)に対して『斯(かく)の如ぎ大悪逆を為(な)し給ひし大君(おほぎみ)も、崩御し給(たま)ふまでは、臣下に誰一人(いちにん)、これを弑(しい)し奉(まつ)らむと思(おも)ふ者無(な)く、天皇と仰(あふ)ぎ奉(まつ)りたるは、君臣(くんしん)の名分定(さだ)まりては、妄(みだ)りに動かし難(かた)き、風土(ふうど)の然(しか)らしむるに由(よ)るなり』など論ずるは、寧(むし)ろ古典を汚(けが)す、不忠不敬の盲目(もうもく)学者と謂(い)ふベし。吾(わが)年来(ねんらい)主唱せる皇道(こうだう)大本の解説は、皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)の大御心を奉体(ほうたい)して、弁明を降(くだ)し奉(まつ)るものなれば、前人未解の真(しん)意義(いぎ)を解し、以(もつ)て全世界を、精神的に改造し神皇(しんわう)の洪大(こうだい)なる御恩徳(ごおんとく)に、浴(よく)せしめむとするに在(あ)るのみ。
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