霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(十三)

インフォメーション
題名:(十三) 著者:浅野和三郎
ページ:231
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142400c64
 覚悟も決まる、家邸(いへやしき)も買ひ取る、そろそろ綾部を引上(ひきあ)げて(ひがし)に帰らうとして居る所へ、自分を尋ねて来たのが戸沢(とざは)姑射(こや)氏であつた。自分の友達の多くは、大本の信仰に対して不賛成の意を表したが、姑射(こや)氏の態度は初めから(いささ)か違つて居た。『君が善いと思ふなら、やれるまでやつて見るがよからう。世間の毀誉(きよ)褒貶(はうへん)などは頓着するに足らない。悪いものなら行詰(ゆきつま)り、善いものなら道が開ける。それを見た上でなければ、第三者から何とも言はれぬ。初めから可否の批判など出来はせぬ』といふのが姑射(こや)氏の意見の大要であつた。自分は当時(もつと)もな見解だと思ひ、又今でもさう思つて居る。
 折角綾部へ来た(ついで)に、自分は成るべく大本の真相を姑射(こや)氏に知らせるべく努め、教祖にも逢はせ、出口先生にも紹介し、鎮魂もやつてやり、お筆先も読んできかせた。しかし機縁(じゆく)せぬ(あひだ)は、何をやつても駄目であることを、その時もつくづく感じた。大正五年の姑射(こや)氏には大本信仰の鍵が与へられて居なかつた。自分も残念であり、姑射(こや)氏も恐らく残念であつたらうが、こればかりは如何(いかん)ともする事が出来なかつた。
 流石に出口先生の洞察力は恐れ()つたものであつた。自分が姑射(こや)氏を推薦して、
『私の友達の中では戸沢が一番早く大本の信仰に(はひ)ると思ひます』といふと、出口先生は一寸(ちよつと)考へ
『判る時が来れば判る(かた)どすが、まだ大分(だいぶ)時が(かか)ります』ときつぱり言はれた。
 早く信仰に入るも入らぬも其人の宿命──大本の所謂(いはゆる)身魂(みたま)の因縁であるから致し方がない。従つて人間は常に広い度量で、他の境遇に同情し、決して自己の標準を以て他人を律するやうの事があつてはならぬと思ふ。
 姑射(こや)氏は綾部に一泊しただけで、任地熊本に帰らねばならぬといふ。すると出口先生が大阪まで出る用事があるから、自分にも同行せぬかとの勧誘、たうとう三人で大阪に出掛けて行つた。
 信者の谷前(たにまへ)氏の宅に落着(おちつ)くと、(あたか)も村野さんが高砂の八重(やへ)ちゃんを連れて来合(きあは)せて居たので、早速それを鎮魂して姑射(こや)氏に其猛烈な発動ぶりを見せた。(ほか)にも二三婦人の信者を鎮魂して言葉(くち)を切らせたりしたが、先途(さき)を急ぐ姑射(こや)氏は、(つひ)に十分立ち入りて研究する(いとま)なしに(たもと)(わか)つた。
 自分は出口先生に(ともな)はれて皇道大本の大阪支部に行きて、(うま)れて初めて大本の講演をやつて見たり、又住吉公園の村野さんを訪問したり、二三日を大阪に(つひや)したが、八月二十二日の晩に梅田から汽車に乗つて帰宅の途についた。
 汽車の中で一寸不思議な事が起つた。自分は二等室の一隅に座を占め、持参の籐籠(とうかご)の上に足を延ばして眠りに就いた。何時間か熟睡した時、(にはか)に眼を()ましてベンチの上に起きあがつた。急行車は今しも全速力で闇の中を疾走して居る。
『ああよく眠つた。今()(へん)かしら』
 などと独語(ひとりごち)つつ不図(ふと)気がついて見ると、下に置いてあつた筈の籐籠(とうかご)がない。
 先刻(せんこく)横になつた時、自分は時計、蟇口(がまぐち)其他の邪魔になる物を皆籠の中に入れて置いた。それも勿論盗られては有難くないが、しかし金銭よりも時計よりも、何よりも盗られて困るものが其籠に入れてあつた。(ほか)でもない、出口先生から借り受けた裏の神諭の原本数冊であつた。
『こりや大変だ、早速車掌を呼んで警察に電報を打たせよう』
 自分の乗つて居る車には乗客が十余人、(いづ)れもよく寝込んで居るものばかり、仕方がないから次の客車へ行つて見ると(さいはひ)に客車係が起きて居た。早速それを連れて来て籐籠(とうかご)の紛失したことを告げた。
金銭(かね)や時計は()んでも仕方がないが、あの中に三冊ばかり写本がある。あれ丈は是非(うしな)つてはならぬのだが……』
 客車係は注意深い眼つきをして自分の説明をきいて居たが、
『一寸此方(こちら)へ来て見ていただきます』
 言つてズンズン後部の方に案内する。自分は其(あと)について行つたが、一つ一つ客車を通り越し、やがて三つ目の二等車に入つて行つた。客車係は網棚の一箇所を(ゆびさ)し、
『あれが貴下(あなた)のではありませんか』
 見ると自分の籐籠(とうかご)が網棚にのせてあつた。(ここ)の乗客も(そろひ)(そろ)つて皆熟睡者ばかり、一人も目をさまして居るものはなかつた。
 客車係は自ら籠を(おろ)して(ふた)()けて(しら)べて呉れたが、時計も、蟇口(がまぐち)も、裏の神諭も一品も失せずにあつた。
 こんな風で事件は何の事なく、極めて簡単に解決されて了つたが、ただその前後の事情に至りては今日までもいささか不思議に思はれてならぬ。第一自分が真夜中に眼をさましたのが不思議といへば不思議である。それから客車係が自分を三つも先きの客車に連れて行つたのが(はなは)だ不思議、其所(そこ)に自分の籠がそつくり置いてあつたので尚更(なほさら)不思議、其時自分が籠をさげて黙つて自席に戻つて再び寝てしまつたなども(いささ)(かは)つて居た。(ただち)に之を神さまのお蔭と有難がるのは迷信臭いかも知れぬが、しかしただ偶然の出来事とのみも言はれぬやうだ。
 翌朝(よくてう)自分は二十五日目で横須賀中里(なかざと)の自宅へ戻つた。
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