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幼ながたり
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8 幼なき姉妹
9 母は栗柄へ
10 母の背
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12 清吉兄さん
13 蘿竜の話
14 およね姉さん
15 ひさ子姉さん
16 不思議な道づれ
17 仕組まれている
18 おこと姉さんの幼時
19 王子のくらし
20 ご開祖の帰神
21 霊夢
22 教祖と大槻鹿造
23 牛飼い
24 ねぐら
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(B)
(N)
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一九 王子のくらし
インフォメーション
題名:
19 王子のくらし
著者:
出口澄子
ページ:
概要:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
B124900c21
001
王子というところは、
002
今は亀岡から京都行きのバスが通るので、
003
あのトンネルのある
老
(
おい
)
の
坂
(
さか
)
を越えられた方もあるでしょう。
004
老
(
おい
)
の坂は、
005
ずっと昔は
大江
(
おおえ
)
の坂と言ったそうで、
006
酒呑童子
(
しゅてんどうじ
)
の住んでいた丹波の大江山はここのことであります。
007
明治のいつごろでしたか新聞に──酒呑童子とはロシアの王子が、
008
酒乱で
素行
(
そこう
)
がおさまらぬので、
009
家来をつけて島流しにしたのが、
010
丹後の海岸に漂着し、
011
その一党がいまの王子の老の坂の山にこもって、
012
都に出ては
悪業
(
あくぎょう
)
をしたのである──ということが載っていましたが、
013
私もそうでないかと思います。
014
老の坂には今も
鬼塚
(
おにづか
)
というのが残っていて、
015
霊
(
れい
)
けんがあるとて、
016
参
(
さん
)
けいするものがあるそうです。
017
私が王子で、
018
えらい目にあいましたのもみな霊の仕業であります。
019
王子の
義兄
(
にい
)
さんは猟師と山仕事をしていて、
020
朝出たきり夕方まで帰りませんでした。
021
姉は
髪結業
(
かみゆいぎょう
)
で忙しく、
022
家を明けるときは昼間も
戸閉
(
とじ
)
めして、
023
私が子供の
守
(
も
)
りや家事をさせられました。
024
そのころ姉夫婦は三人の子持ちで一ばん下は、
025
平太
(
へいた
)
という三つになったばかりのよく太った丈夫な子供でした。
026
平太をおんぶして
守
(
も
)
りをすることは、
027
年のゆかない私に難儀な仕事でしたが、
028
平太が泣くとおこと姉さんがどなるので、
029
おぶってあやさねばなりませんでした。
030
その
他
(
ほか
)
に王子というところは井戸のないところで、
031
姉のうちからはなれた天神さんのお宮の裏の井戸まで水を汲みにゆくことも私の役目でした。
032
天びん棒で、
033
日に幾回も、
034
かなりある道のりを、
035
休み休み、
036
あえぎあえぎ、
037
桶
(
おけ
)
の水を運びました。
038
雨の日は
蓑
(
みの
)
を着て通いました。
039
夏の
日中
(
にっちゅう
)
でも、
040
姉さんは
草履
(
ぞうり
)
をはかせてくれず、
041
タゴ
に二はいの
桶水
(
おけみず
)
の重みで
足裏
(
あしうら
)
の肉に熱い小石が喰いこんできました。
042
そういう苦業の日に、
043
わたしは別れの
際
(
きわ
)
の母の言葉を幼な子が母の乳房を
手探
(
てさ
)
ぐるように、
044
わたしの胸中から聴き出そうとしました。
045
「おすみや、
046
お前に
行
(
ぎょう
)
をしてもらわんならんでな、
047
つらいやろうが辛棒してきておくれよ」とささやかれた教祖さまの優しい言葉が心の中から聴こえるたびに、
048
わたしは「はい」と心にこたえて、
049
どんなにつらいことも耐え忍びました。
050
「あゝ、
051
これがこんな小さい子にさすことかいな、
052
おことさんとしたことが。
053
十五、
054
六の子にさすことやが」
055
「可愛らしいさっばりしたよい子やが、
056
おことさんの妹さんやと言うてやが、
057
腹ちがいの
姉妹
(
きょうだい
)
やろうか」
058
村の人びとが、
059
わたしが水桶をになって通るとささやきあっている声がきこえました。
060
水汲みがすむと休むまもなく山へ柴刈りに追いやられました。
061
ある時、
062
いつもとちがう山にゆきますと、
063
丁度柴によい枯れ枝が沢山あるのにゆきあいました、
064
それを見たときの私のうれしさ、
065
これを柴にして持ってかえったら、
066
姉さんが喜んでくれるだろうと思ったほど、
067
私は姉をおそれていました。
068
私は大急ぎで枯れ枝を折り歩き、
069
またたくうちによい束ができましたので背おいますと、
070
ころげるように山をかけ
下
(
お
)
りました。
071
家に帰ると姉さんは
長火鉢
(
ながひばち
)
のそばで煙草をすっていましたが、
072
私は姉さんに今日は思いがけなくよい柴が手早くとれたわけを告げますと、
073
喜んでくれると思うていた姉さんの顔色が急に曇り、
074
075
「なんやと、
076
やっかいもんが、
077
これぐらいの柴がとれたと思うてええ気になるな。
078
人の顔を見て笑うたりして」
079
と手に持っていた
煙管
(
きせる
)
で私を打ちたたき、
080
足でけり上げ、
081
息をつぐ間もありませんでした。
082
私は
083
「姉さんすみません、
084
姉さんすみません」と言うて、
085
泣いてしまいました。
086
私は姉さんに喜んでもらえると思うて帰ってきたので、
087
姉さんの顔を見た時、
088
思わずうれしさにニッコリと笑ったことが、
089
姉さんのカンにさわったものと思われます。
090
「やっかいもん、
091
やっかいもん」
092
姉さんは私の名を言わず、
093
いつでも“やっかいもん”と言うて呼びました。
094
私には体の苦しいことよりも、
095
やっかいもんと呼ばれることが、
096
よりつらく、
097
一
(
いっ
)
そうなさけなく思われるのでした。
098
どういうものか、
099
これは霊の仕業でありましょうが、
100
私がにくくてしようがないようで、
101
平太に菓子を
買
(
こ
)
うてきて、
102
わざと私の目の前で食べさすのが姉さんのくせでした。
103
平太が庭におちてちょっとけがをしたとき、
104
姉さんが奥から「早う切り繩を持ってこい」と言う声がしたので、
105
私は流しにあったキリナワを手にしましたが、
106
畳の上を持ってあるくので、
107
キリナワの水をしぼって持っていったところ、
108
姉さんから「お前は私を馬鹿にするのか」と言ってどなりつけられました。
109
姉さんはキリナワの水を傷口につけようと思っていたことが分かって、
110
私はあわてて流しに引きかえし、
111
キリナワに水をふくませて姉さんに渡しました。
112
しかし姉さんは初め私がわざと
悪気
(
わるぎ
)
でキリナワの水をしぼったのだと言って、
113
ひどく腹を立てました。
114
姉さんは私をなぐる、
115
ける、
116
その上
庭土
(
にわつち
)
の上につき落としてもあきたらないでいました。
117
その時の悲しみで私は死んでしまおうと思ったのです。
118
その夜、
119
平太をおんぶして外にあやしに出されたとき、
120
平太をどこにおいて死にに行こうかと考えました。
121
そういうことが心におきる都度、
122
私の耳に母の言葉がよみがえってきました。
123
もちろん姉さんは私にご飯もこころよく食べさせてくれませんでした。
124
昔よくあった子供用の
赤絵
(
あかえ
)
の
茶碗
(
ちゃわん
)
で私はご飯を頂いていましたが、
125
二はい以上は頂けないよう、
126
いつも姉さんがそばで意地の悪いことを言いました。
127
おかずは
大
(
おお
)
かたおこうこ
三切
(
みき
)
れにきまっていました。
128
姉さんは平太を添い寝させている時でも、
129
「私がここにいると思うて何ばいも盛っているが、
130
ちゃんと知っとるぞ」と、
131
どなりました。
132
私は姉さんがいないからと言って盗み喰いをするわけではないのですが、
133
こう言われると
喉
(
のど
)
につまってしまうようでした。
134
しかしわたしは力仕事をしてどうにもお
腹
(
なか
)
が
空
(
す
)
いてたまらない時、
135
義兄
(
にい
)
さんの作っていた
山畑
(
やまはたけ
)
の
薯
(
いも
)
を掘り谷川で洗うて喰べたことがあります。
136
夜は
藁打
(
わらう
)
ちと、
137
姉さんの肩たたきでした。
138
「やっかいもん肩打てい」と姉さんが言われると私は肩打ちをはじめました。
139
一時間くらいでもうこれでよいと言うことはめったにありませんでした。
140
私は昼間の渡れで、
141
居睡
(
いねむ
)
りがでて思わず手がとまりますと「たれがもうええと言うた」と言ってどなりました。
142
そうしてまた姉さんはぐうぐうと
睡
(
ねむ
)
ってしまいますが、
143
私は手を休めることはできません。
144
そのうち私はまた居睡りがでて姉さんの体にもたれてしまいます。
145
その時いつも姉さんの手がとんできて、
146
私はびっくりして肩打ちをつづけました。
147
姉さんが妊娠をしているころでした。
148
夜中によく水をくれと言いました。
149
蚊帳
(
かや
)
のあるころ、
150
つわり
の
唾
(
つば
)
をはくつぼが
蚊帳
(
かや
)
のはしにのっているのも知らず、
151
ひっくりかえして、
152
打ちのめされたこともありました。
153
今でも夢かいな、
154
ほんまやったかいなと思うことは、
155
真夜中に、
156
王子の街道の下の田んぼの向う山に清水の湧いているところがあって、
157
水を汲みに行ったことがあります。
158
夜道のこわかったことはおぼえていますが、
159
どうしてそんなところに水を汲みに行ったのか、
160
ほんまにあったことかと迷うほどですが、
161
やはり今でもその辺りに水の出るところがあるということです。
162
そのころ、
163
老
(
おい
)
の
坂
(
さか
)
にマンポ(トンネル)ができマンポの入口の峠の
木屋
(
きや
)
という茶屋に外国人が二頭引きの馬車に乗ってよく遊ひにきました。
164
店先の赤けっとうを敷いた
縁
(
えん
)
に腰かけ、
165
分からぬ言葉で話しあっていました。
166
昔は
老
(
おい
)
の
坂
(
さか
)
のところから降りて
保津川
(
ほずがわ
)
下
(
くだ
)
りをしたのです。
167
今ごろの子供が米国の進駐軍がくると物珍しげに集まるように、
168
私も平太をつれて、
169
峠の茶屋に外国人を見にゆきました。
170
そのころ、
171
先生(註─出口聖師)も穴太から荷車をひいて王子を通って京都に通われていたのでした。
172
あるいは私たちはそのころ、
173
王子の街道のどこかで会っていたのかも知れません。
174
苦しい王子の暮らしのうち、
175
たった一度
夏蚕
(
なつかいこ
)
のころ、
176
教祖さまが亀岡の西町に糸ひきに来られ、
177
私は姉さんの許しをもろうて、
178
母を訪ねました。
179
母は私が訪ねてきたと知ると糸ひきの手をとめて、
180
私の待っている店先にきてくれました。
181
そうして私の頭をなでながら「しんぼうしておくれよ、
182
行
(
ぎょう
)
がすんだら、
183
よいことになるのやでな」と言ってくれました。
184
そうして「かわいそうに、
185
ひどい髪をしているな、
186
おことは髪ゆいのくせに髮一つゆってやってくれんのか」と無念そうに申され、
187
私の髪をといて教祖さまの頭のくしですいて下さいました。
188
母の手にくしけずられながら、
189
じっとしているとき、
190
私の眼には涙がにじみでてきました。
191
奥の方から
繭
(
まゆ
)
を煮る
香
(
かおり
)
がただようてきました。
192
そうして懐かしい綾部にいるような思いで、
193
母のそばにいられるしばらくをしみじみと思いました。
194
しかし、
195
いつまでもこうしておられない教祖さまは、
196
私の手にお
小
(
こ
)
ずかいをにぎらして下さって「しんぼうしておくれよ……」と言われると、
197
奥の
糸
(
いと
)
くり
場
(
ば
)
にひきかえされました。
198
私も王子に帰りました。
199
平太をおぶって外に出ましたが、
200
気になって家に戻ってみますと、
201
家の中に見なれない男の人が立っていました。
202
「おじさんは誰やいな、
203
そこで何してるの」とききますと、
204
その男の人は私の顔をみるなり、
205
ぶるぶるふるえているのです。
206
よく見るとこの人の着物は見おぼえのある
義兄
(
にい
)
さんの着物なので「その着物はうちの
義兄
(
にい
)
さんのやでよう、
207
そんなことをしてくれたらまた姉さんが帰ってきた時に私がひどいことしかられるで、
208
かなわんがよう」と言いますと、
209
男の人はぶるぶるふるえながら「お前は神さんじゃ、
210
お前は神さんじゃ、
211
ゆるしてくれ、
212
ゆるしてくれ」と言いながら私に向かって手をあわし、
213
自分の着てきたものに着替えて居りましたが、
214
風呂敷包みがあったので「それはうちのもんとちがうか、
215
うちのやったら返してくれんと姉さんに叱られて私が困るでよ」と言いますと、
216
その人は「これはワシが持ってきたものや」と言うので、
217
私はそれ以上うたがわずにいますと、
218
その人はぶるぶるふるえる手で、
219
私の
掌
(
て
)
に銀貨をくれると、
220
家の外に逃げてゆきました。
221
姉さんが帰ってきたとき、
222
そのことを話しますと、
223
カンカンに怒って、
224
私をたたきつけました。
225
その風呂敷包みの中に姉さんのものが
混
(
まじ
)
っていたそうです。
226
「このド阿呆が、
227
役に立たん」と言って、
228
また私を
撲
(
う
)
つ、
229
けるのむごい目にあわせました。
230
私は「姉さんかんにんして」とあやまりましたが、
231
その時の姉さんのけんまくは私を殺す気やないかと思うほどに激しいものでしたが、
232
幸い近所の人がとんできてくれ、
233
234
「そうかておことさん、
235
おすみさんがいてくれたらこそ、
236
あれだけですんだのや、
237
おすみさんがいなかったら、
238
ありぎり
盗
(
と
)
られたのやが、
239
そんな
酷
(
むご
)
いことして、
240
あべこべにおすみさんに礼を言わんならんところやないかいな、
241
ほんまにこんなしっかりしたええ子をひどい目にあわして」とこんこんと姉さんに言ってくれたので、
242
姉さんも近所の人の手前もあり、
243
しずまってくれました。
244
その
後
(
ご
)
、
245
姉さんは私に前ほどにも食べさしてくれず、
246
私は髪は赤ちゃけ、
247
体はほそってしまいましたが、
248
八木
(
やぎ
)
の福島の
義兄
(
にい
)
さんが人力車に客をのせてゆく途中、
249
王子で私の姿をみてびっくりし、
250
八木
(
やぎ
)
に帰ると早速に迎えにきてくれました。
251
それからしばらく
八木
(
やぎ
)
に居て、
252
私は綾部の教祖さまのところに帰ることになりましたが、
253
王子での私の修行はほんとうは筆や口に言われんものです。
254
八木
(
やぎ
)
にいる頃、
255
おこと
姉
(
あね
)
の大切な平太が不思議な病気にかかりて死んだという知らせが来ました。
256
平太がいよいよ息をひきとると言うとき、
257
夜中でしたが、
258
王子の山の峰々から大きな笑い声がおこり、
259
村の人々の耳にも聞こえました。
260
みんなが「いまのは何じゃろう」と言うたそうです。
261
綾部に帰ったとき教祖さまはそれをご存知で、
262
「夜中に不思議な声がしたろうが、
263
あれは金神が笑うたのや、
264
あまりムゴイことをするから、
265
神のいましめにおうたのや」と言われました。
266
大本が盛んになり出した大正の初めころ、
267
おこと姉さんには綾部で会いましたが、
268
むかしのくせはなかなか治らないようでした。
269
しかし王子で私にした数々のことは、
270
けろりともの忘れをしたようになっていました。
271
子供のころに私がうけました苦労は、
272
善と悪との戦いでもあり、
273
大きな型をさせられていたのであります。
274
子供のころにした型は、
275
大きくなってもう一度私に大きくあらわれているように思えます。
276
また小さい時の苦労を通してこの世の型をさせられ、
277
未来を教えられていたのであるとも考えています。
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