今の中島機関中将がまだ大佐級の時代であつた。何処で覚えて来たか一時頻に催眠術をやつたものだ。夫人、令嬢、就中下女の一人が最も多く其材料になつた。少々ボンヤリした女で、別に催眠術を施さずとも眠ることにかけては決して人後に落ちないといふ人物、先づ初歩の研究者には誠に誂へ向きに出来上つて居た。
大佐は此女中を毎晩のやうに催眠して、出鱈目至極、勝手至極な暗示を与へ、面白い実験の数々を重ね、独り笑壺に入つて居たが、或る晩不図した事から余程進歩した奇抜な実験を試みる事になつた。
大佐の家には二人の下女が雇はれてあつたが、大佐は一方の下女を横須賀市内に出して三四種の買物を命ずると同時に、他方の女中を催眠して、使に出た女中の行動に就き質問したのであつた。
驚いた事には催眠中の女中は恰も横須賀市中全体が手に取るやうに見えるものの如く、一々質問に応じて明晰なる答弁を与へた。
『只今お春さん(使の下女の名)は大滝町の街路を歩いて居ます。アレ今八百屋へ入りましたよ。大根を二本と葱一束を買ひました。今風呂敷へ包んで居ます。
お春さんは今度は金子の店へ入りました。そして今最中を袋へ入れて貰つて居ます。廿銭銀貨を一つ出して払ひました──今度は溝板通りへ曲りました。何処へ行く気でせう、停車場へ行くのかしら──アレ水交社の門をくぐりました。酒保へ買物に行つたのです。買つた品物は洗濯石鹸二本と西洋蝋燭一打とマツチ一箱とです。──モー帰り路のやうです。此方へ向いて来ます、ホラ門前迄来ました。今門を開ける所です……』
斯う喋りつづけて居る時しも、チリンチリンと門扉が開かれ、やがて使に出された下女は風呂敷包を提げて戻つて来た。調べて見ると其買物も、途順も一分一厘違つた点がなかつた。
かかる実験は催眠術専門家に取りては至極平凡な、有り触れた事柄に相違ない。まだこれ所でなく奇抜なものもあるだらう。併し乍ら疑問を起すにさまで沢山の実例を必要とはしない。中島大佐の為せる位の実験一つでも十分だと思ふ。兎にも角にも、爾来自分の胸底には『不可解』『不可思議』の観念が深く刻込まれて、何によりて此神秘の扉を開くべきか、折に触れては考へもし、又追求もする気になつた。そして此方面に関する著書もボツボツ繙いても見、又心理学者、催眠術専門家等の意見を叩いても見た。
幸か不幸か、自分の疑問は終に解かれずに残つた。世の中には随分催眠現象の実例を沢山知つて居る人がある。又上手に催眠術をかける人もある。けれども一歩立ち入つて『何によりて然るか』と訊くと直に行詰まる。最も上等な部でも或巧妙な仮説を基礎として説明する丈けだ。故に其仮説を打破すると、千百の説明も泡沫の如く潰滅する。若しそれ下等な連中になると、西洋では拉典語、日本では漢語で作つた正硬な術語を付して素人威し、コケ威しをするに止まる。斯る連中に限つて大に玄人振り、学者振る。彼等の担ぎ出す文句は皆紋切型に出来て居る、曰く潜在意識、曰く二重人格、曰く人格変換、曰く痴呆性濫書症、曰くパラノイア、曰く何々。大概この種類だ。或る一箇の現象が起つた時に、その何故に然るかの穿鑿は少しもせす、単に其の現象に名称を付して能事畢れりと済まして了ふのだから誠に安値で軽便で可い。そして自分では専門家、大家、知識階級を以て任じ、世間からも相当に敬意を払はれ、思はね収入もあるといふのだから結構な話だ。乞食を三日行ると止められぬとの諺があるが、成程一度コンな割の善い職業を始めたが最後容易に止められない筈だ。少数の正しい人、頭脳の善い人からは指弾されても、盲千人から担ぎ上げられて見ると差引勘定損害にはならぬ事柄なので、ツイ善い気に成つて前後構はずメートルを上げたくもなるに相違ない。
が、斯かる態度では到底深き研究も出来ねば、又一世を指揮指導し、社会人類の安寧幸福を増進する訳には行かぬ。曲学阿世はせいぜい一時的成功を収め得る丈で、やがて時勢が進み、時代が変るに連れて水平線下に沈んで了ふ……。
ツイ筆が話の筋を離れて、叱言を言ひたくなる。一つ離れ序に、大本式霊学上から催眠術催眠現象に就いて平易な説明でも試みることにしよう。