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昭和10年12月11日 朝刊

インフォメーション
題名: 著者:
ページ: 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :NPTAc19351211A1
【社説】宗教、芸術、学問と役人
 統制とか指導精神とかいうことが流行してから、産業の方面でも余りうまくゆかぬやうだが、これが思想方面にはいつて来て、一層面倒が起つて来るのではないかと思ふ。官僚政治の弊は官僚の優越感が、人民を支配し指導して、官権がなし得る範囲を過大に想定するにあるが、新官僚政治においてもその傾向が、漸く顕著にして、弊害の現れつつあることに就いては、本欄に既に述べたが如くである。これが宗教、芸術、学問の方面へ侵入し来るに及んでは、破綻は却て早く生ずるのではないかを憂へしめるのである。
 帝国美術院改組の失敗の如きも、総合展覧会場設備の程度に止まらないで、芸術界の統制を試み、これに会員参与指定といふ如き格付をするところに、行き過ぎがあり、過誤がある。文部大臣の力と、枢密顧問官を会長にもつて来れば、会議に馴れぬ美術家仲間などは、どうにでも引ずれると思ひ上つてゐるところに、だんだん収まりのつけ難い場面を、自ら作つていくのではあるまいか。それは恐らく文学に於ても、映画に於ても然りであつて、官庁と官吏がやれる範囲といふものは、自から制限があり、そしてその制限範囲といふものは、案外狭いものであることを考へなければならぬ。
 宗教団体法案にしたところが、前の宗教法案よりは、宗教そのものを規律するかの嫌ひを避けてゐる点が、賢明だとしても、一体松田文相がいふ様に、宗教の健全なる発達を、宗教法規を整備して、宗教団体の権義を明かにすることによつて期せられると思ふのは、如何なものであらうか。これは同じ松田文相が政学刷新評議会で、極力排斥してゐる欧米文化の咀嚼消化の不十分な思想の弊害が、如実に現れたものではあるまいか。
 大本教の検挙が、宗教団体法案審議の初総会の直前にあつたことは、宗教団体法があれば、インチキ宗教が取締れるかの如き誤解を起し易からしめるのだが、文部当局の説明によつても、かくの如きは警察取締りに一任すべく、文部省によつては取締り得ないことを証明してゐるのである。即ち大本教が自らインチキ宗教と任ずるはずもなく、類似宗教として届出ることもあるまいが、当局が類似宗教団体として取締らんとする場合、教義の宣布、儀式の執行又は宗教上の行事として届出されるものは、恐らく安寧秩序を妨げ風俗を(みだ)り、国民の義務に反するが如きこと無きは勿論、自ら不敬事件を起すやうなことを文部当局に知らせるはずもないのであつて、文部大臣が大本教の別働隊たる昭和神聖会に祝辞を送つた位であるから、大本教も恐らくは、文部省公認の宗教として闊歩するであらうしこれによつて一層害毒を流す虞れがないとはいへないのである。
 そしてその取締りに当つては、今回の検挙において警察官が如何に苦心したかの手柄話に感心する者は、これだけの事は到底警察権をもたない文部省によつて行ひ得られないことを、直に感ずるのである。これが治安維持法に反するなら、それによつて厳罰に処すればよいので、何で宗教団体法の罰則により二カ月以下の懲役や三百円以下の罰金でもつて、現在ありとする欠陥を補ひ充すことが出来やうか。
 大本教の如きは、非宗教的な極端な例であるが、刑事探偵の眼から見たらば、その他の真正宗教においても、宗教の本質上一見国家権力と相容れないと誤認せらるるものが、多くあるのではないかといふ心配がある。各地に行はれたカトリツク教徒の迫害や、同志社その他の宗教学校において、近年幾多の事件を耳にするものは、宗教取締りが如何に危険であるかを思はしめ、学校における宗教教育に対する文部当局の態度が、幾分かでも自由と保護と救済とを与へるものである事を期待してゐる位のものである。
 インチキ宗教団体の取締りの困難は、文部省が云つても行へないインチキ学校の取締りの程度ではない。殊にそれが警察的力によらずに、文書審査第一の文教的力でやらうといふのは、(むし)ろ不可能といつてよい。宗教が人心の感化に至大の影響を及ぼすとは仰せの如くである。教学の刷新が国体に基き日本精神に則らなければならぬことも、云ふまでもない。ただそれを文部省から出す法令の力によつて何とか出来ると思ふならば、岡田首相が松田文相を揶揄した如く、一個の呑球布袋(ドンキホーテ)たるを失はないのである。
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