霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(三)

インフォメーション
題名:(三) 著者:浅野和三郎
ページ:131
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142400c38
 自称武甕槌(たけみかづちの)(みこと)は威儀儼然(げんぜん)として、審神者を眼下に見おろしながら命令を(くだ)すのであつた。
『浅野はまだ鎮魂の修業が十分でない。この方がこれから鎮魂をしてやる。ねむれ!』
(わたくし)を鎮魂してやると(おつ)しやる?』
『さうだ!』
 自分はこの数日、(ひと)から鎮魂して貰ふことが出来ぬのが不平でならなかつた。他人を鎮魂してやるばかりで、自分の修業がまるで出来ない。何といふ割の悪い役割に当つたものであらうと思はれてならなかつた。所が今思ひもかけず、自分の製造した神憑者(かみがかり)から、鎮魂をしてやると言はれたのだから、(いささ)か無気味な話ではあつたが、他方に(おい)て『占めた!』と歓ばざるを得なかつた。たうとう言はるるままに審神者の自分が眼をつぶつて坐り、そして宮沢君が神懸り状態に於て自分を鎮魂するといふ奇現象を(てい)するに至つた。(たと)へて見れば裁判官と罪人とが位置を顛倒したやうなもので、裁判官が、アベコベに罪人から審判さるる事の不合理であると同様に、審神者が神憑者(かみがかり)から審判さるるといふ事は不合理なのである。この不合理を平然として実行して、しかも内心好機会を捕へ得たと喜んだのであるから、お目出度いといはうか、阿呆らしいと言はうか、実に言語道断の沙汰なのである。
 しかし天狗さんは一所懸命、力一ぱい、勢一ぱいの努力をこの鎮魂に払つて呉れた。真紅(まつか)になつてウンウン霊をかけて、時々大きな声で呶鳴りつける。
『浅野、何故さう種々(いろいろ)の事を考へるか! 鎮魂にならん!』
 まるで、平生の穏かな宮沢君の声とは似てもつかぬ、権柄(けんぺい)づくの声である。人格がすつかり変り切つて居る。それを()のあたり見るにつけても、自分の頭脳(あたま)の中はつくづく憑霊(ひようれい)現象の微妙不可思議なる事を考へずには居られなかつた。かくて考へは考へを(はら)み、思想は思想を(いざな)ひ、無念無想どころの騒ぎではなかつた。所が、それが天狗さんに感応するものと見えて、二三十分間坐つて居る間にも数回叱言(こごと)が出る。ツイ可笑(をか)しくなるので微笑を(うか)べると、先方では益々(ますます)(おこ)ると言つたやうな有様、第一回の鎮魂はたうとう()い加減に終つて了つた。
 けれども天狗さんは容易に(さじ)を投げない。二度、三度、五度と幾晩かに亘つて根気よく同一事(おなじこと)を繰り返して居る(うち)に、次第々々に効果が現はれて来た。多分第七回目か第八回目かの時かと記憶する。顕着なる変化が自分の身に起つて来た。先づ組める両手が全く感覚を失つて了つた。やがてそれが腕に及び、胴体に及び、足に及び、総身(そうしん)は全く其存在を失つて、さながら空中に(うか)べるが如く、畳の上に坐つて居るやうな感じなどは何所(どこ)にもなくなつた。が、肉体の感覚の、かく蕩尽(たうじん)さるるに反し、不思議にも頭脳(あたま)の中はさえにさえて、木の葉一枚、針一本動くのも聞き逃し、見逃すことは出来ぬまで透明照徹(せうてつ)の状態に(もたら)された。『うむ、これが禅坊主などの(ねら)つて居た境涯だナ』自分の頭脳(あたま)はしきりに働く、『面白いものだ、まるで身体の所在地は判らない。自分の頭部(あたま)が何所にあるかもはつきりせぬ。そのくせ自分は立派に存在し、何所かで自己の肉体の無感覚になつたことを客観して居る。この分なら今晩はうまく行きさうだ。そろそろ神の姿も拝することが出来るかも知れぬ……』
 すると此時不図(ふと)自分の眼の(うち)に、一種の変化が起りつつあるのに気がついた。閉ぢたる眼の(うち)が妙に明るく(かつ)奥深く感ずる。最初は赤や紫などの色が勝つて居たが、だんだんそれが(あを)ずんで来た。例へば波しづかなる青海原、但しは晴れわたれる秋の夜の空を連想せしむる感じである。自分の注意は(おの)づと眼の方に集注された。その状態が何秒つづいたのか、又何分に亘つたのか自分には判らない。忽然として、その蒼碧(さうへき)の雰囲気の(うち)に一箇の人の姿が現れた。
『オヤツ!』
 (かつ)驚き(かつ)怪しみ、自分は一心に其方(そちら)を見つめた。距離は自分と約一間許り離れて居る。身には衣冠(いくわん)束帯(そくたい)をつけ、やや(ななめ)に、自分と向きあつて立つて居るが、しかし俯目勝(ふしめがち)にして居るので眼と眼とは合はない。年齢(とし)は先づ五十有余、豊頬(ほうけふ)にして長髯(ちやうぜん)、畏れ多い話だが、ちらと見た瞬間の第一印象は○○の大宮様かと思はれたが、よく見ると大分違つて居るのを発見した。少しづつ動いて居る。
『これが神霊かな……』
といふ考へが自分の頭脳(あたま)に電火の如く(ひらめ)く。
何誰(どなた)の神霊かしら?』
とつづいて疑問が起る。何れにしてもよく見て置かうと思ふ瞬間に、(けむり)の如く其姿は眼底から消え失せて了つた。其出現の時間はよくは判らぬが一分か二分でもあつたらう。
 鎮魂を終つてから自分は天狗さんに、今見えた神様の誰なるかを質問すると、大喝一声、
『汝の守護神ではないか!』
 自分が己の守護神をかくゆツくり拝したのは実にこれが最初であつて、又最終であつた。
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