霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(五)

インフォメーション
題名:(五) 著者:浅野和三郎
ページ:139
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142400c40
 同僚其他(そのた)海軍部内の反対や忠告は、まだ(いい)として、宮沢君の両親及び妻君(さいくん)が心配を始めたのには実に弱つた。これ等の人々から見れば自分が先達となり、ものずきにも鎮魂などと称する魔術めきたるものを始め、そして宮沢君をそそのかして之に熱中させ、たうとう半狂人にして了つたといふ訳なのである。一応御尤(ごもつと)千万(せんばん)なところもあるし、いかに弁を(つひや)して説明して見たとて、霊的問題は、オイソレと判るものでないから、時節が来るまで自分は成るべく妥協手段を執ることに(つと)めた。いかにせん当人の宮沢君が中々承知しない。宮沢君としては神霊の実在を体験したことの心の満足は何物にも換へられない。(こと)に自分に憑依して居るのは武甕槌(たけみかづちの)(みこと)であると信じ切つて居るから、内心得意でない訳には行かぬ。今に見ろ此霊覚を以て天地の秘奥を探り、世界統一の大神業をやつ付けて見せるとの抱負が鬱勃(うつぼつ)として胸に燃えた。
『神懸りと狂人との区別が判らん奴は気の毒とものだ。ナニ今に真相が知れるだらう。誰が何と言つても此研究が()められるものか』といふのが、宮沢君の(はら)であつた。
 鼻息の荒いのは宮沢君ばかりでなく、(かか)つて居る天狗さんが更に一層()らい。数日経過する(うち)にはモウ鎮魂などを施さすとも、勝手にズンズン発動して来て、(はら)から種々(しゆじゆ)の号令をかけたり、入智慧(いれぢゑ)をしたりするやうに成つて了つた。
(おまへ)の親爺や母親(おふくろ)は取越苦労をして修業の干渉をするから困る。(うる)さいから、当分浅野の所に(とま)り込んで帰らんが()い』
 何がさて武甕槌命の御神勅となつて、宮沢君は自分の所へ(とま)り込むことになつた。随分非常識な話で、斯麼(こんな)ことをすれば益々家族の者に心配をかけ、騒ぎを大きくすべきは判り切つて居る筈であるのに、自分までが(しひ)(これ)を制止しやうともせす、そのまま自宅(うち)に泊めて置いたのが大失策、果して問題は一層火の手を揚げて、同僚の誰彼が血眼になつて奔走する。東京の親戚の某氏が吃驚(びつくり)して自宅(うち)懸合(かけあひ)に来る。風説は風説を生み、輪に輪がかかり、(うるさ)い事()と通りでなかつた。たうとう海軍本省から実状調査の内命が校長の手許まで(くだ)るやうな騒ぎ。
 しかしかかる大騒ぎの間に於ても自分達は鎮魂を中止するどころではなかつた。自分達二人の(ほか)に熱心なのは上村(うへむら)工学士で、晩餐後にたると毎晩欠かさずやつて来る。すると天狗さんは自発的に呶鳴り出す。
『さア鎮魂々々! (みな)不勉強で()かん。浅野の家内も(すわ)れ! 子供もやれ! 一同残らず井戸水を(かぶ)れ!』
 自宅(うち)の井戸は、高台のこととて、深さが十五六間もある。それに五七人どやどや一時に出掛けて行つて水をかぶるのであるから、水汲み役の女中の骨折は大変だ。お(まけ)
『何故もツと早く汲まんか!』
と天狗さん、下女にまで大眼玉をくはせる。下女は宮沢君の姿さへ見れば(こは)がつて(ふる)へ出したものだ。
 天狗さん自身の審神者(さには)で一遍鎮魂が済むと、矢継早(やつぎばや)に又号令が下る。
『モ一度水をかぶつて来い! 水をかぶらんと碌な鎮魂にならん!』
 ()(にらみ)に三度も四度も冷水浴を命ぜらるるのだから(たま)つたものでない。幸ひ五月の半ばで、さして寒くもないが、ただ余りざぶざぶ水を使ふので数日後には、井戸が渇水して了つた。
 ()んな次第で随分迷惑なこと、滑稽なこと、莫迦気(ばかげ)た事の数々は起つたが、大体に於ていへば此一週間(ばか)りの強行鎮魂の効果は決して絶無ではなかつた。審神者と神主とが主客顛倒した変則極まる遣口(やりくち)で、モ一度やれと云はれては御免(かうむ)りたいが、創業の際のドサクサ時代には一遍位はよかつたかも知れぬ。恐らく神様が臨機応変の策として、()()()ンな事で修業の目的を遂させられたのであらう。上村(うへむら)君が言葉を切つたのは此時のことであつた。イヤ其滑稽至極な状態は今想ひ出しても可笑しくなる。
『ささささ(さる)々々々々』
 唇辺(しんへん)をピチヤピチヤやり乍ら、低い優さしい声で、()ンな事を永い間繰返す。後は中々出ない。自分達は、てつきり同君には猿の霊が憑いて居るのであらうとばかり思つた。所が数回鎮魂して居る(うち)(あと)の方がまだ段々出る。
『……(さる)々々々々、猿田猿田(さるた)々々々々ひと──のみこと』後尾(ごび)の方を妙に引ツ張る。さては猿田彦之命かと一同覚えず又も吹き出した。何しろこれは余りに滑稽なので、半信半疑といふところであつた。
 天狗さんが、自分達の近眼を治してやると言ひ出したのも此際であつた。
『眼鏡を外して、そして毎日冷水(れいすゐ)で眼を洗へ!』といふ命令、天狗さん随分骨を折つてくれたが、少しはよくなつた位のもので、お約束通りに近眼が全治はしなかつた。イヤ全治しなくて僥倖(しあはせ)。若し全治でもしようものなら、天狗さんも宮沢君も大得意になつて、今頃は『近眼根治』の看板でも掛けて病院を開業して居たかも知れぬ。
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