霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(六)

インフォメーション
題名:(六) 著者:浅野和三郎
ページ:143
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142400c41
 一方に宮沢君や上村(うへむら)君の神憑(かみがかり)現象が起つて騒いで居る間に、他方に於ては甚だ穏かな、真面目な、着実な研究が進行して居た。大本の修業は中々複雑多様だ、()と筋縄には行かない。荒魂(あらみたま)の発動もあれば、和魂(にぎみたま)の練習もあり、又奇魂(くしみたま)幸魂(さちみたま)の稽古もある。其一端を覗いてこれが其全豹(ぜんぺう)であると考へると途方もない見当違ひをやる。神界の組織なり、経綸なり、威力なりは、何所(どこ)まで行つても人間小智(せうち)の到底奥の奥まで究め得る限りでない。イヤ人間はうつかり調子に乗りて慢心などにせぬに限る。
 自分の修業の初期に(あた)りて、神様は幾多の研究材料を家庭の内部に於ても与へてくれた。其(うち)から記憶に残るものを一つ二つ選び出して(かい)て置かねばならぬと思ふ。
 五月の(なかば)頃であつたと思ふ。ある日(れい)によりて午後三時半頃役所から帰つて来ると、妻は心配さうに早速相談を持ち込んで来た。二男の新樹(しんじゆ)昼飯(ひるはん)の時に(たひ)の骨を(のど)に突き立てて、(それ)が中々()れぬといふのであつた。自分は無造作に、『(めし)鵜呑(うのみ)にすれば()いぢやないか』
『モウ御飯は幾度も鵜呑にさせました。それでも奥の方に深く刺さつて居りますので()うしても()れません』
『指を突き込んで見たらよからう』
『とても駄目で(ござ)います。仕方がないから、これから病院へ()れて行かうかと思ひます』
 洋服を着換へ乍ら、自分は不図考へた。まだ鎮魂を病気治療に使つて見ないが。これしきの事が出来ないなら鎮魂も()まらんものだ。()うすればよいのか、生憎(あひにく)其方式を習つて居ないが、一つ自己流で神様にお頼みして見よう』
 新樹(しんじゆ)を呼ぶと早速やつて来た。咽喉(のど)が痛いと云うと(しきり)(つば)ばかり飲んで居る。型の如く子供を坐らせて、親爺の審神者先生も同じく座を占め、さて瞑目して、神様に祈願を籠めた。
『子供が鯛の骨を咽喉(のど)に立てて(めし)を鵜呑にさせましたが、()うしても()れません。万望(どうぞ)御神力で()つて戴きます。腹に(はひ)つても差支(さしつかへ)がないものならば腹に落ちますやう、若し又()み込んで悪いものなら外に出して戴きますやう』
 今から考へて見ても随分勝手な注文を並べたものだ。それから総身(そうしん)に力を籠めて、一所懸命に霊を送つた。子供の方では二分と経たぬ(うち)に、身体がフラフラして(しき)りに船を漕ぎ出した。最初は時々(つば)()み込む様子が見えたが、やがてそれも()んで、いかにも呑気に、気持がよささうな様子。
 ものの十五分も過ぎた頃には、自分も可なり疲れたので、魚の骨が()れたかどうかは判らぬが、一と先づ鎮魂を切りあげる事にして、ポンポンと手を(たた)く。子供はケロリとして眼を開けて、(まぶ)しさうにして居る。自信のない、新参の審神者(さには)(すこぶ)る心配だ。
()うだ()れたか』
()ツくに()れて了つた。早くさう言はうかと思つて居たが、お父さまがやつて居るから、僕悪いと思つて、黙つて居た』
()れたのなら早く云へば()いのに』
(くち)では言つたが、内心は神力(しんりよく)の不可思議なるに今更乍ら仰天したのであつた。子供の述べる所によると、鎮魂を始めてから約五分許り過ぎたと思はれる時、(まる)い球のやうなものが魚の骨の上に(あらは)れ、それがぐつと押し込んでしまつたといふのであつた。これなどは真に家庭の一些事(いちさじ)、其後この種の実験には数限りもなく出会(しゆつくわい)し、従つて碌々(ろくろく)記憶にも(のぼ)らぬのが多いが、ただ審神者として鎮魂を病気に用ひた最初の実験だけに、はつきり頭に残つて居る。おそらく終生(しうせい)記憶から消ゆる事はあるまいと思ふ。
 子供の話があつてから二三日過ぎると。寝鎮(ねしづま)つた夜半頃(ただ)ならぬ(うめ)き声に、自分も妻も驚いて眼を覚ました。やがて其(うめ)き声の(ぬし)は下女であることが判つた。
 起きて行つて見ると。下女は猛烈な腹部の痙攣を起して、半身(はんしん)畳に転がり出して、七転八倒して苦しんで居る。
()うか、余程痛いのか』
『エ……』
 碌に返事も出来ない位、何は兎もあれ、この真夜中に困つたものだと一時は当惑したのであつた。
『誰か病院へ行かねばならないが、今頃来て呉れるかしら……』
 多年の習慣、病気といへば(ただち)に先づ思ひ出すのは医者と薬だ。これと同様に、日常生活の間に現代人の事毎(ことごと)に先づ思ひ出すものは金銭(かね)、着物、立派な家、女、名誉、生命(いのち)……。よくよく物質(かぶ)れがしたものだ。
 が、たつた一回でも鎮魂で(うを)の骨を抜いた経験がある有難さ、自分は急に医者を呼ぶことを思ひとどまり、下女の枕元に坐つて、鎮魂の姿勢を取つた。そしてウムと一声(いつせい)(ちから)を籠めて霊をかけると、今迄(うな)りつづけて居た病人が急に(うめ)きをとめた。引き続いて両三回霊をかけると、忽ちにこにこ笑つて起き(あが)つて了つた。
()うした、(なほ)つたのか』
『ハイお蔭さまですつかり……』
 まるで嘘のやうな話だが、事実だから仕方がない。此麼(こんな)事で一つ一つ自分の確信は築かれて行つたのであつた。
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