本件公訴事実中被告人出口王仁三郎、出口スミ、出口伊佐男、井上留五郎、東尾吉三郎、桜井同吉、西村昂三、湯浅斎治郎、大深浩三、森慶三郎、桜井重雄、河津雄次郎、広瀬義邦、出口新衛、山県猛彦、中村純一、田中省三、藤原勇造、細田市左衛門、土井靖都、北村隆三、比村中、長野久治、細田東洋男、瓜生鑅吉、徳重敏雄、木村貞次、松田盛政、井上省三、木下愛隣、桐村満蔵、中邨新助、米倉恭一郎、鈴木常雄、森国幹造、中野与之助、神守、吉野光俊、波田野義之輔、浜中助三郎、笹岡康男、安藤武夫、児玉知二、中野隆次、関由太郎、武田仙蔵、竹原弘、富井徳太郎及石山喜八郎に対する各治安維持法違反事実の要旨は大本の根本目的は立替立直に依るみろく神政成就に在り、みろく神政成就とは被告人王仁三郎が日本及諸外国の統治者を廃して全世界を統一し自ら其の独裁君主と為り、至仁至愛の大家族制度の国家を建設することを謂ふものなるが、
みろく神政を必要とする理由即ち大本教義構成の由来は王仁三郎は明治三十四年頃より、全地球上は唯一の統治者に依り統治せらるるを要し、現存の各国の統治者を廃し全人類が唯一人の統治者を戴き一家族の如く生活するに於ては、人類の平和幸福を招来し得べしとの思想を抱懐し居りたる折柄ナカの筆先が平仮名にて意味不明瞭なる字句を以て綴られ、明治三十七年秋頃より屡々其の中に艮金神国常立尊が現はれ、世の立替立直を為す趣旨のものありたるに想到し右ナカの筆先に王仁三郎個人の念慮をも差加へて、其の意に添ひたる漢字混り文と為し之等を基礎として理論的なる大本教義を作為せんと欲し、古事記の国常立尊等に関する記事弥勒下生経の弥勒菩薩下生の予言、基督教の基督再臨等の思想をも取入れ、之が組立を考究せる内明治四十二年二月頃遂に王仁三郎自ら、先づ日本の統治者と為り次で世界の統治者たらんとする不逞の意図を抱くに至り、之が実現を期して順次教義の組立に努めたるも当時教祖ナカ在世中なりしを以て主として同人を中心とする外なく神が人の肉体に顕現し、其の者即神なりとの観念の下に人間を神格化したる意味に於て霊代なる語を用ひ同人が現世の立替(統治権者を始め総ての制度事物の破壊を指称す)立直(破壊後の修理固成即ち建設を指称す)を為すとの趣旨にて所謂、㈠国常立尊の隠退及再現なる教義を構成して大正六年一月頃以降神霊界等に発表し、
一面王仁三郎自身は撞の大神、みろくの神の霊代なりと称し、立替立直後の日本及世界の統治者たるべきものなりと説きナカ死亡後は同人に属したる一切の地位を承継し、自己が国常立尊の霊代とも為り、立替立直を為すと説き依然該教義を宣伝し又明治三十四年頃ナカが王仁三郎を素盞嗚尊なりと冒称したるを機とし、明治三十六年頃より自ら同尊の霊代なりと吹聴しナカ死亡の大正七年十一月六日以後に於ては古事記の神代の記事等を根拠として所謂、㈡素盞嗚尊の神逐及再現なる教義を案出し、王仁三郎が同尊等の霊代として立替立直を実行したる上、日本及世界の統治者と為るべき旨を説くに至り爾来現世の立替立直みろく神政成就を強調し来りたるものにして、該両教義の内容に於て説く処の要旨は、㈠の教義に関し宇宙の大元霊たる天之御中主大神は天の御先祖にして、之を仏者みろく(至仁至愛)菩薩と称へみろくの神とも謂ひ同大神の御精霊体の完備せるを天照皇大神、撞の大神とも称へ天照皇大神、伊邪那岐尊、伊邪那美尊は三神即一神にして、之を撞の大神、みろくの大神、天の御三体の大神又は天の御先祖と称す、
右撞の大神は国常立尊を大地球の先祖として大地の修理固成を命じ給ひたるを以て、同尊は地上の主権を帯び国土を統治し給ひたるも、其の施政方針大本の所謂霊主体従厳格剛直に過ぎたる為、部下の万神は衆議の結果、撞の大神に国常立尊の隠退を奏請するに至り、撞の大神は已むなく国常立尊に対し艮へ退去すべしと厳命し、且潔く退辞せば時節を待ちて再び主権者に任し汝の大業を補佐すべしとの神勅を下し給ひたれば、国常立尊は無念を忍び隠退して艮金神と為り、同尊の妻神豊雲野尊も坤へ隠退し坤金神と為りたり、然るに国常立尊隠退後地上現界に於ては支那に生れ給ひたる、盤古大神即瓊々杵尊が日本に渡来せられ国常立尊の後を襲ひ給ひ爾来瓊々杵尊の御系統に坐す現御皇統に於て日本を統治し給ひたる為、大本の所謂体主霊従(物質主義)悪逆無道の現社会を招来し優勝劣敗、弱肉強食の惨状を呈するに至れり、茲に於て国常立尊の再現を要する機運到来し、撞の大神は艮に隠退せる国常立尊に対し再び地上の主権を付与し給ひしかば同尊は豊雲野尊と共に綾部に再現し、現在の混乱せる日本及世界を立替立直して至仁至愛の世と為し、又撞の大神は前示神勅実行の為地上に降臨して国常立尊の神業を補佐することとなり、右三神は王仁三郎を機関として顕現せられたるを以て、王仁三郎は国常立尊、豊雲野尊及撞の大神の霊代として日本及世界を立替立直して其唯一の統治者となり、至仁至愛の世を実現せしむべきなりと謂ふに在り、㈡の教義に関し伊邪那岐尊の御神勅に依り天照大御神は高天原即ち太陽界の主宰神素盞嗚尊は大海原即ち、地球の主宰神と定まり天津神と国津神との区別歴然として神定まりたるを以て、日本は勿論全地球は素盞嗚尊之を統治すべきものなること右神勅に依り明瞭なり、従て同尊及其御神系に於て日本を統治せられたらんには天孫瓊々杵尊御降臨の必要なかりしものなり、然るに素盞嗚尊は諸神の反抗を受け神逐ひに逐はれ次で同尊の御子孫なる大国主命も亦天孫に帰順し、天津神なる瓊々杵尊が降臨し給ひ爾来同尊の御系統なる現御皇統に於て日本を統治し来り給ひたるも元来国津神の御系統の統治すべき日本を天津神の御系統に於て統治し給ふは、右伊邪那岐尊の御神勅に背反するものにして、之が為現代の如き優勝劣敗、弱肉強食の紛乱状態を呈するに至れり仍て茲に素盞嗚尊が再現され、右御神勅通り全地球を統治すべく王仁三郎に顕現せられたるを以て、王仁三郎は素盞嗚尊及みろく神の霊代として現在の紛乱せる日本及世界を立替立直して其の唯一の統治者と為り、至仁至愛の世を実現せしむべきなりと謂ふに在りて表面巧に其の真目的を隠蔽して皇道を標榜し、大本は恰も敬神尊皇愛国の教団なるが如く擬装して専ら信者の獲得に努め来り、大正十年十二月三十日以来現界の立替立直及其の理由を故ら霊界の事象に仮託して暗に右大本教義及根本目的の密意を随所に織込み記述したる前記霊界物語第一篇乃至第八十一篇を発行し、之を以て大本教義を敷衍補充したる筆先の真解書なりと宣伝し、信者等に対し之等神書の熟読方を奨励して、暗々裡に大本の密意を覚らしむる方策を執り来りたるものにして、
他方王仁三郎は大正八年頃より自己が五十六歳七ケ月に達したる際みろく菩薩として出現し現世の大革正を行ひみろく神政を成就せしむべき旨予言し昭和二年十二月頃に至り、昭和三年三月三日が恰も之に相当する日なりとしてみろく大祭を執行し同人がみろく菩薩として、諸面諸菩薩を牽ゐ此の世に出現すと称し之に象りて祭典を行ひ其の際王仁三郎を中心とし大本の根本目的の真相を了知し、大本の為献身的に活動し居りたる二代教主被告人スミ及右諸面諸菩薩に擬すべき、大本幹部十数名と共に前記大本教義に基き国体を変革することを目的とする結社を組織し、該不逞企図達成の為本格的活動を開始せんことを決意し、
昭和三年二月上旬より右みろく大祭の準備を為し、其の間諸面諸菩薩として大本最高幹部なる被告人伊佐男、留五郎、吉三郎、斎治郎、同吉及昂三並出口元男、出口遙、高木鉄男、御田村竜吉、湯川貫一、岩田久太郎、四方平蔵、梅田信行、中野岩太、出口慶太郎及栗原七蔵の十七名を選定し、同年三月二日夜同人等を前記綾部町本宮の教主殿に招集し同所に於て偶遅刻したる留五郎を除く、右十六名及其の場に出席したるスミに対し、明三日自分が愈々みろく菩薩として諸面諸菩薩を牽ゐ此の世に下生しみろく神政成就の為現界的活動を為すことと為りたるよりみろく大祭を執行する旨諸面諸菩薩は前記十七名なるを以て、至聖殿に昇殿すべき旨明日以後の大本は立替立直したる大本にして、其の活動は従来の活動の継続に非ざるを以て、大本幹部の役職員は従来の役職を返上し、明三日一日間無役と為り同月四日王仁三郎自ら大本総裁等に就任し他の役職員はそれ以下の地位、若くは従前通りの役職に夫々新任せらるべき旨の意向を告げ且其の後引続き開かれたる総務会議の席上に於て他人を介し、右王仁三郎の意向を了知したる留五郎を加へ以て王仁三郎より同人等に対し翌三日のみろく大祭に寓意し、同大祭を期として従来の宗教類似団体たる大本を解散し前記の者等と結束し、新に前記目的を有する大本なる結社を組織し積極的にみろく神政成就に邁進せんとする趣旨の内意を示したるに、スミ、伊佐男、留五郎、吉三郎、斎治郎、同吉及昂三並高木鉄男、御田村竜吉及湯川貫一等に於て孰れも右王仁三郎の意中を諒して、其の挙に賛同し
次で同月三日右綾部町本宮の至聖殿及みろく殿に於てみろく大祭を執行しみろく菩薩として出現したりとする王仁三郎がスミ及右諸面諸菩薩に擬したる者を随へて、至聖殿に昇殿し王仁三郎先達の下に儀式を行ひ王仁三郎、スミ、伊佐男、留五郎、吉三郎、斎治郎、同吉及昂三並高木鉄男、御田村竜吉及湯川貫一等一同神前に於て相互に一致団結して、大本の所謂みろく神政成就の為一層献身的活動を為すべき旨を相共に誓ひ合ひ茲に王仁三郎を首班として万世一系の天皇を奉戴する、大日本帝国の立憲君主制を廃止して王仁三郎を独裁君主とする至仁至愛の国家建設を目的とせる、大本と称する結社を組織するに至り翌日王仁三郎は大本総裁等の役職に就くと共に、各役職員を任命し新なる大本(昭和八年一月皇道大本と改称す)の組織内容を整備したるものなるところ、
第一 被告人王仁三郎は前記大本なる新結社を組織したる後該結社の拡大強化を図り其の目的を達成する意図の下に叙上活動方針に基き昭和三年三月四日大本総裁、天恩郷主事、大本瑞祥会長、天声社長と為りて右結社の内容を整備し爾来昭和十年十二月上旬迄の間に大本教主補佐及大本総統等の最高役職に就任して、該結社を統轄主宰し其の間右綾部町本宮及亀岡町天恩郷等に於て。
㈠ 同結社の重要なる組織方針及活動方針を樹立して、幹部役員をして之を実行せしめ、
㈡ 各種建造物を増築して同結社の設備を充実し、
㈢ 同結社の最高幹部総務及大宣伝使等を任命し、
㈣ 駐在宣伝使及特派宣伝使を選任して各地に派遣し、分所支部等の宣伝活動を指揮監督せしめ、
㈤ 信者より同結社の活動資金及建築資金を徴収し、
㈥ 大本の教義及根本目的の宣伝を使命とする大本及外廓団体の機関紙、神の国、真如能光、瑞祥新聞、明光、人類愛善新聞並右同様の使命を有する霊界物語及出口王仁三郎全集其の他の刊行物を発行し、
㈦ 同結社の活動機関として昭和青年会、昭和坤生会同結社の補助機関として昭和坤聖会を創立し、
㈧ 幹部役員をして天恩郷大祥殿に於て大本の主義、主張の講義、講演を為さしめ、
㈨ 昭和三年三月十四日以降昭和十年十二月八日検挙せらるる迄の間に山陰地方由良分所其他各地の分所支部を巡回して役員、信者等に対しみろく神政成就の為活動すべき旨激励し、且講演会、座談会等を開催し、随行の役員をして一般聴衆に対し大本の主義思想を宣伝せしめ、
以て右結社を組織し且其の目的遂行の為にする行為を為し、