霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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控訴審判決書(23)

インフォメーション
題名:控訴審判決書(23) 著者:
ページ:659
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-06-16 01:31:30 文字数:7062 OBC :B195503c220623
第二 次に王仁三郎外十八名が昭和三年三月三日みろく大祭を執行し国体変革を目的とする不逞結社を組織したりとの点に付案ずるに、
 ㈠ 昭和三年三月三日執行せられたるみろく大祭は王仁三郎のみろく下生の予告に胚胎する所にして、王仁三郎が大正八年頃より斯る予告を為し居たることは、神霊界大正八年八月十五日号第八頁に、兎も角も大化物が五十六才七ケ月に成りた暁を見て居れば良いのである、同誌大正九年一月一日号第十八頁に、然るに茲に大正十一年の七月に成りて満五十才になる化物男あり、此者は大正十七年二月を以て満五十六才七ケ月に齢達す、世の立直しの暁こそは五六七の神の松の世とこそ知られたれ、霊界物語第一編(大正十年十二月三十日発行同証第三、六五八号)第十頁に天地剖判の始めより、五十六億七千万年の星霜を経ていよいよ弥勒出現の暁となり、弥勒の神下生して三界の大革正を成就し松の世を顕現する為、爰に神柱を建て、苦集滅道を説き、道法礼節を開示し、善を勧め悪を懲し至仁至愛の教を布き、至治泰平の天則を啓示し、天意の儘の善政を拡充し給ふ時期に近づいて来たのである、とあるに拠り明にして王仁三郎のみろく下生の思想は仏典弥勒下生経に弥勒菩薩は五十六億七千万年後に此の世に下生し衆生を済度するとあるに出づることは、原審第二回公判調書第四、一一七丁中王仁三郎の供述として弥勒下生経には五十六億七千万年後にみろくとして下生する、と書きあるが人間は其れ丈け長生することが出来ぬ故五六七の字になる、私の五十六歳七ケ月にみろく菩薩として下生すると申し居たる旨の記載あるに拠り明なり、然らばみろく下生とは如何なる意義を有するや茲に最も注目すべきは、神霊界大正八年七月一日号より九月十五日号迄、六回に亘り掲載せられたる大石凝真素美の弥勒出現成就経と題する記事中、仏説観弥勒下生経の予言したる現代日本なる論説なり、該論説は下生経に此国界とあるは地球を指し、鶏頭城とあるは日本帝国を指したるものとし爾時に法王出現す、名を譲位と云ふ正法を以て治化す、七宝成就するなりとあるは正に尊厳無比なる御皇室を指すものなりとし、経に爾時に弥勒菩薩兜卒天に於て父母の不老不少を観察して、便ち降神し下りて右脇より生るる也とあるは譲怯大王に仕ふる修梵摩なる大真人に、弥勒菩薩降神して弥勒菩薩となるの義にして正に日本に斯る大真人出で、弥勒菩薩と為りて衆生を済度すべきことを断じたるものなるが、大石凝真素美は王仁三郎の師にして、王仁三郎の所説は大石凝に享くる所少からず、右論説に就きても神霊界大正八年八月十五日号(同証第一、〇六一号)随筆中第十六頁に、皇典の表面のみを浅薄な学者が読んで見て大本の神界説が間違つて居るとか皇典に違反するとか知つたか振りに喋々と議論をする人は未だ大本否神界の門口へも達して居ないのであります、大石凝翁の弥勒成就経を二、三回読んで見られたら大本の使命と吾人の神界に仕へて居る因縁も明瞭に判るであらうと思ふのである、と記載しあるを観れば王仁三郎のみろく下生の思想も右大石凝の所説に示唆を受くること尠からざるものなることを推認し得べく、王仁三郎が五十六才七ケ月になりたる暁弥勒菩薩として下生じみろく神政を成就すとの意義は、王仁三郎自ら弥勒下生経に現はれたる修梵摩なる大真人に擬し弥勒菩薩となりて、譲怯大王たる天皇の聖業を輔け奉り衆生を済度し、至治泰平の世界を出現せしめんとの趣旨なることを察知し得べく、弥勒下生経に予告したる弥勒菩薩の出現は統治者たるべきものの出現を意味するものに非ざれば、王仁三郎のみろく下生の予告を以て自ら日本の国体を変革して統治者たらんとする不逞の意図を包蔵するものとは認め難し、
 
 ㈡ 王仁三郎が昭和二年十二月頃より昭和三年三月三日を以て自己が五十六才七ケ月に達する日なりとし、前記の予告に従ひみろく菩薩として出現するに付みろく大祭を執行すべき旨を告げ、役員、幹部をして其の準備を為さしめ、同年二月十五日発行真如能光誌上に右祭典執行を広告したることは、大本総務会議記録(前同証第三、五四一号)、大本綜合日記(同証第三、八四一号)、及真如能光昭和三年二月十五日号(同証第六三五号)に拠り明なり、而して右大祭の前日なる昭和三年三月二日王仁三郎は諸面諸菩薩に擬して選定したる大本最高幹部なる伊佐男外十六名を教主殿に招集し、遅刻したる留五郎を除く十六名及スミに対し公訴事実の如き三項即ち㈠明三日自分が愈みろく菩薩として諸面諸菩薩を卒ゐ此の世に下生しみろく神政成就の為現界的活動を為すこととなりたるにより、みろく大祭を執行する旨、㈡諸面諸菩薩は前記十六名なるを以て至聖殿に昇殿すべき旨、㈢明日以後の大本は立替立直したる大本にして其の活動は従来の活動の継続に非ざるを以て、大本幹部の役職員は従来の役職を返上し明三日一日間無役と為り翌日王仁三郎自ら大本総裁等に就任し、他の役職員はそれ以下の地位若くは従前通りの役職に夫々新任せらるべき旨の意向を告げ、参集者は之に賛同したることは原審第二回公判調書(第四、一二四丁)中、王仁三郎の此部分の供述記載に拠り之を認むるに難からず、
而して公訴事実に依れば右事実を以て王仁三郎より伊佐男等に対しみろく大祭に寓意し、同大祭を期として従来の宗教類似団体たる大本を解散し、右の者等と結束して、新に国体を変革することを目的とする大本なる結社を組織し積極的にみろく神政成就に邁進せんとする趣旨の内意を示し、参集者は孰れも王仁三郎の意中を諒して其の挙に賛同したるものと為し、次で翌日綾部町本宮の至聖殿及みろく殿に於てみろく大祭を執行したるに依り、王仁三郎を首班として万世一系の天皇を奉戴する大日本帝国の君主制を廃止し、王仁三郎を独裁君主とする至仁至愛の国家建設を目的とする大本と称する結社が組織せられたるものと為したり、仍て右会合を以て公訴事実の如き結社組織の合意成立したりと認め得るやに付、案ずるに右会合に於ける王仁三郎の三項の告示中審究を要するは、第一項のみろく神政成就の為現界的活動を為すとの意義及第三項の明日以後の大本は立替立直したる大本にして、従来の活動の継続に非ざるを以て大本幹部の役職員は役職を返上し、一日無役と為るべしとの意義なり、先づ現界的活動の意義に就き文献を観るに、
天之巻第二頁明治二十五年旧正月……日附筆先中、天理、金光、黒住、妙霊、先走り、とどめに艮の金神が現はれて、世の立替を致すぞよ。世の立替のあるといふ事は、何の神柱にも判りて居れど、何うしたら立替が出来るといふ事は、判て居らんぞよ。九分九厘までは知らしてあるが、モウ一厘の肝心の事が判りて居らんぞよ。
同二七頁明治三十二年旧七月一日附筆先中、艮の金神大国常立尊が、神功皇后殿と出て参る時節が近よりたぞよ。此事が天晴れ表に現はると、世界一度に動くぞよ。モウ水も漏さぬ経綸が致して在るぞよ。開いた口が塞がらぬ、牛糞が天下を取るぞよ。珍らしい事が出来るぞよ。アンナものがコンナものに成りたと、世界の人民に改心致させる仕組であるから、チト大事業(たいもう)で在れども、成就致さして、天地の大神へ御目に掛けるから、艮の金神はカラ天竺までも鼻が届くぞよ。
火之巻第七〇頁明治三十五年旧四月三日附筆先中、もう世が余り乱れて持てんやうに成りたから、世に表はれて世を立直しを致す神と、此儘で何時までも続かして行うとする神との戦いで在るから、斯大本は六ケ敷のじやぞよ。今度は今迄に世に出て居りて、世を持荒した神と力競べを致すので在るから、今は神界では神と神との大戦争ひであるぞよ。斯の綾部の大本は世界に出来てくる事を、前に実地の形がして見せて在るから、十分に気を付けて考えておくが()いぞよ。
同第一四〇頁明治四十一年十月十五日附筆先中、今度二度目の世の立替は、変性男子が天晴現はれて守護致さねば従来は蔭からの守護でありたから、分るに隙がいりたなれども、この先きは、世に出て居れる方の守護神に大部わかり掛けたから、神に分りかけたら、人民には早う分るから、人気の悪るい所から、惨い事があると申してある、が、何も一度に成りて来て、一度に開くぞよ。九分九厘行くと、掌が覆すと申してあるが、其所まで行かんと世界中は分らんから……。
同第一八四頁大正三年旧九月十七日附筆先中、日本の元の御血筋を悪に致して、化して在りた事が判らなんだが、是までは我の世で無いから、蔭からの守護で何も申す事も致す事も出来なんだなれど、時節が参りて世に現はれて、天地の吃驚箱(びつくりばこ)を開けるから、何彼の事が明白(ありやか)に見え透き出すから、悪の守護神は恐怖(こわく)なりて逃出す様に成るぞよ。
同第一九九頁大正四年旧四月六日附筆先中、地の世界の元の先祖の国常立尊と変性男子の身魂が現はれて来ぬと、至仁至愛神(みろくさま)御出現(おでまし)は無いのであるぞよ。みろく様が御出現(おでまし)におなり成されて、変性女子が現はれたなら、世界は一度に動くぞよ。何事も一度に世界中の事が分りて来て、何を申さいでも一度に開く梅の花、梅と松とで二度目の天の岩戸を開くぞよ。
同第四一三頁大正七年旧二月廿六日附筆先中、大国常立尊は表面(うへ)から見れば悪に見えるから、悪神にしられて、除名(はぶか)れて茲までは、斯世にない神となりて、幽界(かげ)から守護をいたして居りたなれど、蔭斗りの守護は先へ行く事も後へ戻る事も出来ぬやうに成りて居る是までの世の持方を、全然替るには表面になりて天晴活動(はたら)かねば物事が成就いたさんので在るぞよ。
 
瑞祥新聞昭和三年一月一日号(同証第一四四号)年頭之辞と題する記事中、我大本は祖神の顕現に依りて神霊物質の両方面に立つて地上天国を建設せんとする事既に三十有余年……今や竜を呼ぶ世界の風雲は十分に満を引いてゐる、入道以来満三十年なる出口王仁三郎聖師の神業は今年を以て愈一大転換期となり、宇内に其法輪を転ぜんとして居る……神霊的黎明期の此の新春と共に来るは世を挙げて喜ぶべき事と思ふ、
 
同昭和三年三月十一日号(同証同号)、大本とは神意を実行する団体、真の力の神の顕現と題する記事中、大本とは所謂宗教ではない、大本は神意を実行する団体である、単に教を布いて大に所謂信仰心を起させるだけの処でなくして神示(教典)を其機に応じて実地に活用する団体である……一体善をせよ悪を為すなと云ふ事は昔から定り切つた問題であるが、徒に之を吽んだ所で善と悪との根本的基調を説き示し更に善に対する善の報ひ、悪に対する悪の報ひをてきめんに与へる権威(真の神のみ之を有する)がなかつたならば誰が其言に信従する者があらう、今迄の世の中は神諭に所謂くらがりの世であつて真の神は表面に出でずして蔭から守護されて居たのである、それが天運循環して今度再大本の神が茲に出現して賞罰二面の威力を発揮して三千世界を立替立直すことになつたのである、要するに人の踏み行ふべき大道には昔から変化のあるべき筈はなく又その如何なるものであるかも古来聖賢によりて概ね説き尽されて居る之を実際に行ひ行はしむる所は我大本である、
而して何故に大本にそれ丈の信と力とがあるのかと云ふに、それは外でもない我大本には今迄とは違つて真の神が出現して居るからである、論より証拠である、今迄に我大本がどれだけの仕事をして居るか、又今どれだけの仕事をなしつつあるか、又今後どれだけの仕事をするかと云ふ事を視て居て貰ひたい、神ぢや仏ぢやと担ぎ廻つて居ても其云ふ所を行はせるだけの力のない神や仏が何にならう、今迄は霊界からの間接の守護であつたが、今後は真の神が現界へそのまま現はれて直接の守護となつたのである、我等は最早外形的の教説や組織によつて惑はされない、そんなものは掃き出す程何処にでもある、併し真の力の神の出現して居る所は世界中我大本あるのみである、だから大本は今迄のやうに善男善女を集めて単に教を説くだけの宗教ではなくして積極的に世界を立替立直す団体なのである、霊肉一致のパンを製造する所である、
之等文献に徴すればみろく神政成就の為現界的活動を為すとの意義は従来大本の教祖竝総裁たるナカ及王仁三郎は筆先を以て神教を示し蔭より現界の立替立直の守護を為し来りたるも、之にては危急に瀕する現界の立替立直を為すこと能はざるを以て王仁三郎は五十六歳七箇月に相当する昭和三年三月三日みろく菩薩として下生してみろく大祭を執行し之を機に現界の表面に現はれてみろく神政成就の為活動すべきことを表現したるものにして、現界的活動を為すとの文辞に国体変革を目的とする結社を組織せんとするの意思を包蔵せしめたるものと解すべき証左なし、
次に第三項の明日以後の大本は立替立直したる大本にして従来の活動の継続に非らず云々とあるは前示の如く王仁三郎がみろく菩薩として下生し現界的活動を為すこととなりたる結果大本の活動も従来の活動と其の趣を異にするに至りたることを表現したるものにして従来の大本を解散し新に大本なる団体を組織することを意味するものに非ざることは大本の組織機構活動が従来と毫も異ならざりしのみならず、大祭関係及大祭当時の文献中に其の異変を窺知し得べきものなきに徴して認め得べし、幹部が役職を返上し大祭当日無役となりたるは王仁三郎が当公廷に於て供述する如く王仁三郎が現界的活動を為すに付大本総裁天恩郷主事、大本瑞祥会長、天声社長の重職に就任する為当該役職に在る者を罷免するの処置を避くる為なりしなるべく、或はみろく大祭が大本活動の一大新時期を画するものなることを強く意識せしめんとの意図はありしならんも、之に特別の意味を包蔵するものとは認め難し、従てみろく大祭の前日王仁三郎が教主殿に於て伊佐男外十余名に対し、前掲三項に亘る告示を為し参集者一同之に賛同したる事実を以て、国体変革を目的とする結社組織の合意ありたるものとは認め難く、其他同日王仁三郎等に於て結社組織に付何等かの意志表示を為したりと認むべきものなし、
公訴事実に依ればみろく大祭の当日みろく菩薩として出現したりとする王仁三郎はスミ及諸面諸菩薩に擬せられたる伊佐男等十余名を従へ至聖殿に昇殿し、王仁三郎先達の下に儀式を行ひ参列者一同は神前に於て相互に一致団結して、大本の所謂みろく神政成就の為一層献身的活動を為すべき旨相共に誓合ひたりと云ふを以て之に依り結社組織の合意成立したるに非ざるやと思惟せらるるも、参列者一同が神前に一致団結して献身的活動を為すべき事を誓ひたるは神に対する祈誓にして、参列者相互の意思表示に非ず之を以て参列者間に結社組織の合意ありたりと為すを得ざること明瞭なるが故に、右事実ありとするも之に依り結社組織の要件たる合意を認むること能はず、みろく大祭が被告人等の主張するが如き通常の祭典に非ずして大本に於て一大時期を劃せるものなることは真如能光昭和三年三月五日号及十五日号、神の国昭和三年三月発行みろく大祭号の記事、王仁三郎の大祭当日の作歌並にみろく三会の意義に関する瑞祥新聞昭和三年六月十一日号の記事等に依り明なるも、大祭前日の教主殿に於ける会合、至聖殿に於けるみろく祭典を以て国体変革を目的とする結社組織の合意ありたりと為す公訴事実は之を肯認するを得ざるなり、諸面諸菩薩の一員として至聖殿に昇殿し、王仁三郎が予審に於て共に結社を組織したりと供述する浅野遙、梅田信之及中野岩太は官憲の取調べを受けたるも不起訴となり、当公廷に於て証人としてみろく大祭に依り結社が組織せられたることは全然知らざりし旨証言し、被告人中予審に於てみろく大祭前所謂根本目的を知り当時既に公訴事実の如き結社ありて、之に加入したる旨陳述し居る者あり、又被告人中予審に於てみろく大祭前不逞結社ありたりとするも大正十年事件に因り、首脳者を失ひたるを以て潰滅したるものなり(結社ありとせは単に首脳者が起訴せられたる事に依り易く結社自体が潰滅する者とは解し難し)と陳述し居る者あるが如きは偶々みろく大祭を以て結社が組織せられたるものと観るの失当なることを窺ふに足るものならん乎、
 
叙上の理由に依り本件公訴事実中被告人王仁三郎が日本及諸外国の統治者を廃し自ら独裁君主と為り、全世界を統一して至仁至愛の大家族制度の国家を建設せんとする不逞の意図を有し、其の目的遂行の為昭和三年三月三日みろく大祭を機に被告人スミ、伊佐男、留五郎、吉三郎、斎治郎、同吉及昂三等と共に万世一系の天皇を奉戴する大日本帝国の君主制を廃止して、王仁三郎を独裁君主とする至仁至愛の国家建設を目的とする大本と称する結社を組織したりとの事実は之を認むべき証明なきものとす、従て同人等の治安維持法違反の爾余の行為並其の他の被告人等の右結社に加入し、役員たる任務に従事し又は其の目的遂行の為にする行為を為したりとの治安維持法違反の所為は之を認むるに由なし、
 
被告人等の本件治安維持法違反の所為は王仁三郎、重雄、与之助及助三郎に対しては前掲不敬、出版法違反又は新聞紙法違反の所為と夫々一個の行為にして、数個の罪名に触るる場合に該当するものとして起訴せられたるものと認むるを以て治安維持法違反の罪に付特に無罪の言渡を為さず、爾余の被告人等に対しては治安維持法違反の罪若くは前掲不敬罪と併合罪の関係に於て起訴せられたるものと認むるを以て刑事訴訟法第三百六十二条後段に則り夫々無罪の言渡を為すべきものとす、
 
仍て主文の如く判決す、
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