故山の夢ー回顧歌集・抄ー
十歳より十二、三歳頃まで
[#1880年 明治13年 10歳 半年休学し金剛寺の夜学に通う
1881年 明治14年 11歳
1882年 明治15年 12歳
1883年 明治16年 13歳]
松檜伐りはらはれし坊主山に兵隊ごっこしてころげ落ちけり
川の辺の茨の室の蜂の巣を知らずに踏みて顔さされけり
朝早く露をおびたる蛛蜘の巣を白くまきとり蝉ふせてとりぬ
かぶと虫取らんと夏の日櫟生の林あさりて蜂にさされし
蓮根の生ひ茂りたる溜池に水泳せんと危く溺れし
金剛寺夜学に通ひ住僧の留守は木魚をたたいて遊べり
須弥壇のあみだの口に鰌等はませて友と手をうち笑ふ
溝とめて魚あさりをれば走り来る田守の怒りに頭うたれき
結婚式見んとて障子にねぶり穴あけて舌をばつかれたりけり
(昭和五年七月十三日於高天閣)
学校の修業終りて午後三時近き野山に松葉刈りけり (柴刈)
日曜の午後山に入り火を放ち一と山焼きて叱られしかな
髪の毛も眉も残らず焼きつくし黒焦げとなり家に帰れり
棍棒をふり上げながら吾が父は村にすまぬと追ひかけまはる
水冷ゆる水道の中に一と夜さをしのびて腹を痛めけるかな
(昭和五年七月十五日於穹天閣)
桑の実の黒く熟れしをむしり取り顔を画どりて友と芝居せし (芝居)
与市平が定九郎に殺さる真似をして出刃庖丁を揮ふ危険さ
柴一荷刈り終りたる夕暮に尾の上にたちて友と村みる (狭田)
君とこの田は何処にあるかと尋ねられ吾は黙して答へざりけり
(昭和五年九月二十一日於壱岐支部)
農事より外に所作なき小作人の行末思ひて涙に暮れたり
待てしばし吾壮年になりぬれば田地を買ひて小作を救はむ
地主等は父の名までも呼び捨てに奴僕の如く扱ふを憤りぬ
地主等が横柄面をくぢかんと毎夜富家を訪ひて遊べり
(昭和五年九月二十二日於壱岐支部)
[#この後の歌は『出口王仁三郎全集8巻』と重複するためデータ化せず]