霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(三)

インフォメーション
題名:(三) 著者:浅野和三郎
ページ:13
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142500c05
 十二月の十四日の午後であつた、自分が二階へ引籠(ひきこも)つて、(しきり)に「神霊界」の原稿を書いて居る所へ、大本から使者が来て名刺を持参した。
『このお方が見えて居ますから(すぐ)に来てください』
 名刺を見ると、意外にもそれは秋山(あきやま)真之(まさゆき)海軍少将であつた。
『秋山少将か、こりや面白い、早速行くと言つてください』
 実際自分の心の中は勇み立つた、秋山将軍といへば天下の名士であり、神算鬼謀、天下無比と(うた)はれて居る人だ。自分は永い間海軍部内に居ることは居たが、まだかけ違つて一度も其謦咳(けいがい)に接したことがない。(しか)るにこの人が、自分が綾部に引越したたツた三日目に参綾(さんりよう)するといふのは、不思議といへば不思議だ。()ンな名士から早く判つて呉れれば誠に結構、頑迷不霊な海軍部内も案外容易に覚醒するかも知れぬと、うれしくつて(たま)らなかつた。そして神ならぬ身の、意外な突発事件が秋山少将を中心として(おこ)り、ますます誤解と紛糾とを重ねるに至らうとは、(つゆ)ばかりも想像し得なかつた。
 兎も角も急いで大本に行つて見ると、出口先生と秋山さんとは、統務閣に於て(まさ)に会談中であつた。自分も早速(その)座に加はつて初対面の挨拶もそこそこに、(ただち)に神霊上の問題に突入した。
 秋山さんの顔は従来写真で知つて居るだけで、実物を拝見する事は今日が初めてであつた。高い彎曲した鼻、やや(まが)つた口元、鋭い、しかし快活な眼光(まなざし)、全体に引緊(ひきしま)つた風丯(ふうばう)動作、誰が見ても只者でない丈はすぐ判る。海軍士官気質といふ、一種独特の型には(はま)つて居るが、しかし何処ともなく、其(かた)を超越した秋山一流の特色も現れて居て、妙に人を引きつける所があつた。(たしか)僥倖(げうかう)空名(くうめい)()せ居る人ではないと首肯(しゆかう)された。
 談話を(まじ)ゆること一時間ならずして秋山さんの長所は次第々々に判つて来たが、しかし其短所弱点も(また)髣髴(はうふつ)として認められた。頭脳の働きの雋敏(せうびん)鋭利を秘め、(ため)に停滞拘泥(かうでい)することを嫌ひ、自分が善と直覚するものに向つて、周囲の一切の顧慮(こりよ)打棄(うちす)てて勇往邁進する勇気にかけては、(たしか)に天下一品の(がい)を有して居た。軍人でも政治家でも、官吏でも、或る地位に達すると、兎角イヤに固まつて了つて、心の門戸を(とざ)し、清新溌剌(はつらつ)の気象に乏しくなる。(こと)知名(ちめい)の名士といふ奴が(かへ)つて()けない。僥倖(げうかう)(はく)し得た其虚名(きよめい)(きずつ)けまいとして、後生大事に納まり返る。其麼(そんな)人物には面会せぬに限る。会へば一度でがつかりして了ふ。所が、秋山さんには微塵も其臭味(しうみ)が無かつた。日露戦役の殊勲者などといふ事を毫末(がうまつ)も鼻の(さき)にブラ()げず、思うて居る事は何でも言ひ、判らぬ事は誰に向つても聴き、キビキビした、イキイキした、何とも言へぬ(うる)はしい、気持のよい、真直(まつすぐ)な男らしいところがあつた。
 しかし一方に長所があれば、同時に又短所の伴ふのは致し方がないもので、秋山さんは余りに其頭脳の鋭敏なのに任せて八人芸(はちにんげい)を演じたがる所があつた。一つの仕事をして居る(うち)に、モウ其頭の一部には他の仕事を幾つも幾つも考へて居るといつた風で、精力の集中、思慮の周到、意志の堅実などといふところが乏しかつたやうだ。
『参謀としては天下無比だが、統率の器としては什麼(どう)であらうか』
 といふのが海軍部内の定評のやうであつたが、成程この評にも一片の真理は籠つて居ると思はれた。人にはそれぞれ特長があり、方面がある。秋山さんは日露戦役に海軍の名参謀として立派な職責を(はた)し、又天下の耳目(じもく)を一身に集めた人である。それ丈で秋山さんの秋山さんたる所以(ゆゑん)は十分に発揮されて遺憾なしである。終生(しうせい)ただの一度も花咲く春に逢はず、空しく埋木(うもれぎ)となつて了ふのも決して(すくな)くない。欲をいへば限りがないが、秋山さんの一生などは先づ以て最も意義ある、又最も華やかなる一生と言うてよかつたやうだ。
 が、自分は(ここ)に秋山さんの人物評を試みるのが目的ではない。秋山さんの晩年と大本との関係を有りのままに描きたいと思ふばかりだ。大体に於て言ふと、秋山さんの信仰に対する態度には、例の秋山式特色が現れて居た。(はや)呑み込みをするが、ややもすれば移り気が多過ぎて、其結果不徹底に流れた。或る時期には明照教(めいせうけう)に凝つて見たが、一年足らすで之を見棄て、(つい)川面(かはづら)凡児(ぼんじ)氏に傾倒し、同志を集めて其講演を聴いたり何ンかしたが、之も一二年で熱がさめた。池袋の天然社にも出入(でいり)したが、それも余り永くは続かなかつた。兎も角も物質かぶれのした現代に一歩を先んじて、神霊方面の問題に研究の歩武(ほぶ)を進めようとしたのは、(たしか)卓見(たくけん)たるを(うしな)はなかつたが、姉崎(あねざき)博士の所謂(いはゆる)迷信遍歴者といふ部類に編入されても致し方がないところがあつた。彼方(あちら)を漁り、此方(こちら)を漁りて帰着する所を知らない。吾々から無遠慮に之を批評すれば信仰上の前科者であつた。最後の秋山さんは大本に来たが、モウ()と息といふ所でこれにも(つまづ)いて了つた。
何所(どこ)へ行つて見ても、半歳(はんとし)か一年経つ(うち)に、自分の方が偉く思はれて来て仕方がない』
 その日秋山さんは自分に向つて()ンなことを述べたが、秋山さんの長所も短所もよくこの一語の(うち)にあらはれて居たやうに思ふ。
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