霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(七)

インフォメーション
題名:(七) 著者:浅野和三郎
ページ:30
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142500c09
 秋山さんが先鞭(せんべん)をつけてから、大本(おほもと)部内には海軍士官の来訪が一時に頻繁になつた。大部分は軍艦「吾妻(あづま)」の乗組員で、(みな)秋山さんから勧告された結果であるのはいふまでもない。(くれ)の二十日過ぎから翌大正六年の正月七日頃迄、大本部内は一時海軍村を形成する有様であつた。桑島(くはじま)四元(よつもと)(いづみ)、近藤、松本、鯨島(くぢらしま)、武藤、有岡(ありをか)糸満(いとまん)香椎(かしひ)竹内(たけうち)立花(たちばな)、渡辺、佐伯(さへき)、篠崎、檜貝(ひがひ)、松尾などといふ連中で、佐官級もあれば、尉官級もあり、将校もあれば技術官もあつたが、(いづ)れも元気旺盛の猛者(もさ)ばかり、()り出した大雪を事ともせす、又大晦日(おほみそか)や元日のお(かま)へもなく、ドシドシ詰めかけて来た。一方に自分は雑誌の編輯で忙殺されて居り乍らも、此等(これら)篤志者(とくししゃ)の為めには、出来る(だけ)時間を()いて、霊学の説明やら、鎮魂の修行やら、お筆先の講釈やら、実に眼のまはるやうな年末年始を送つた。これまで十七年の(あひだ)閑職に就いて、閑日月(かんじつげつ)を送つた埋め合はせを一時にさせられて了つた。
 理想と現実との間には、常に距離があるものだが、自分の綾部生活に於いても、(だい)なる一つの見当外れをして居た。引越(ひつこし)前には自分は(すくな)くも一二年間は、呑気に、閑静に、落着き払つて、修行三味に日を送り得るものと思つて居た。ところが実際の綾部生活は多忙、引越の荷物を整理せぬ時分から、修行者に殺到されて(ほとん)ど寝食の(いとま)もない。それから引きつづいて(まる)四年の間、朝となく昼とかく、又夜とたく、自分の周囲には常に修行者の群があつて、碌々(ろくろく)落着いて食事さへも出来なかつた。大正九年の夏からは一時綾部を離れ、大阪の雑鬧(ざつたふ)場裡(ぢやうり)で現に新聞生活を送つて居るが、新聞事業そのものの多忙な上に、依然として修行者の群から包囲攻撃を受ける傾向がある。実際本稿の如きも、眠い眼をこすりながら、夜半(よなか)頃に、寝床の中で書き散らす位のものだ。()んな次第で、引越以前に想像したやうな綾部生活とは、まるで違つた生活なので、最初の間は随分困りもし、失望もし、不平でもあつた。
『神様も随分無理だ。(すこ)しは修養の余地を与へてから、(おもむろ)に使つて呉れても()かりさうなものだ』
位のことを思はんでもなかつた。
 が、つらつら考ふれば、この虐待のお蔭で、自分のやうなものでも幾らか心身の練磨が出来たやうだ。実際戦場を踏まねば戦争の呼吸か判らぬと同様に、本当の修行も、活きた仕事で稽古せねば結局駄目のやうだ。苦しまぎれに一生懸命にやつて見る。一人(いちにん)生命(せいめい)にかかる問題、一身の去就に関する疑問、その他の(くわつ)問題を何とか解決処分して行かねばならぬのだから、学校の実験室でやるのとは訳が違ふ。つねに全能力を傾注してかからねばならぬ。やつて居る(うち)には、精神肉体ともに段々()れて来て、最初(つら)かつた事もいくらか楽になり、最初気にかかつたことも案外平気でやれて来る。
 海軍将校(れん)は、大抵十一時の(しう)列車で、舞鶴に帰つて行くので、自分もそれまで大本に居残つて居るのを常とした。三浦半島の暖国(だんこく)的気分とは大変な違ひで、降つた雪が、(ここ)では(つも)(つも)つて、いつでも一二尺になつて居る。自分は夜の十二時頃単身大本を出て、和知川(わちがは)寒風(かんぷう)に吹かれながら、雪の中をざくざく帰宅するのを常としたが、妙なもので左程に寒さを感じなかつた。
『やつて見れば案外にやれるものだ』
 といふ事をこれにつけてもつくづく感じさせられた。
 海軍士官の鎮魂状態は概して猛烈で(かつ)淡白なのが多かつた。そして多くは訳なく発動し、大きな声で呶鳴り立てる。立花君に憑いて居た天狗さんなどの淡白さ加減と言つたら、誠に愛すべきものがあつた。審神者(さには)がその名を質問すると、四隣(しりん)にひびく大音声(だいおんじやう)を張りあげて、即座に、
『天狗!』
とやつたものだ。天狗が天狗と名告(なの)るのは(あた)り前の話だが、実際やつて見ると中々さう淡白なのは(すくな)い。大抵は見え透いた嘘を並べ立てて、審神者(さには)を胡魔化しにかかる。ヘツポコ狐の癖に天照大御神などと名告(なの)つたり、出鱈目狸の癖に国常立尊とほざいたり、よくよく法螺を吹きたがるものだ。()んな憑霊に肉体を占領されて居る人間が、平生いかに、嘘、出鱈目、ゴマカシばかりを並べるかは、想像に余りあるであらう。
 糸満(いとまん)機関大尉の如きも、一二丁目の先まで響く声で呶鳴つたのを記憶する。佐伯(さへき)機関少尉はただ呶鳴つたばかりでなく、跳び()がつては転げ、転げては又跳び上がり、ドタン、バタンと、随分騒々しい発動ぶりであつた。()んな事を一々書き立てて居ては際限がない。これから特殊のものだけを()り出して、記憶を辿つて書いて見ることとしよう。
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