霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(十八)

インフォメーション
題名:(十八) 著者:浅野和三郎
ページ:76
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142500c20
 話は四十余年の昔に(さかのぼ)る。
 明治初年の八丈島は、()ほ徳川時代の旧制を追ひ、流罪人の巣窟であつた。罪の重いものは、海岸の牢屋住居(ずまひ)をして居るものもあつたが、多くは島でそれぞれの職務に従事しつつ、呑気な、しかし味気ない生活を送つて居た。
 流罪人の中に源次郎(げんじらう)といふものが居た。元は江戸の理髪業者であつたが、恋の怨みで人を殺し、一時伝馬町(でんまちやう)の牢屋へ(つな)がれ、それから八丈島へ流されて来た島では矢張り、腕に覚えの理髪の(わざ)を営んで居た。
 源次郎は職人肌の面白い所のある人物であつたので、大変当時の村長(むらをさ)の気に()つた。春の日のものうさ、冬の()のつれづれ、村長(むらをさ)はいつも源次郎を話相手に招き寄せ、その軽い口から、江戸の風評(うはさ)を聴くのを楽しみとして居た。源次郎は理髪職人としてよりも、(むし)村長(むらをさ)さんの腰巾着として人から認められ、村長(むらをさ)の信用は年と共に加はり、(のち)には多少の秘密をも、源次郎だけには漏らすやうになつた。
 村長(むらをさ)といふのは、(ほか)でもない。奥山家の先代、即ち現在の奥山夫人の実父で、当時はまだ二十三四の若い若い村長(むらをさ)であつたさうだ。
 この人は余程器用な(たち)の人と見え、自分で一箇(ひとつ)の錠前を工夫し、島の鍛冶職(かぢや)に命じて、特別に製作せしめた。いかなる種類の錠前であつたかは、四十年後の今日(こんにち)到底(これ)を知るよしもないが、什麼(どう)しても、他人の手には()けられぬ仕掛(しかけ)に出来て居たさうだ。若い村長(むらをさ)は大変この錠前が得意であつた。そしてそれを自分の土蔵に取り付け、開け方を何人(なんびと)にも極秘にして置いた。
()うして置きさへすれば安心なものだ。誰にも()けられはせん』
 斯んな事を言つて、村人に誇つた。村人が眼を円くして、自分の智慧と器用とに驚嘆するのを見るのは、この若い村長(むらをさ)に取つて千万金(せんまんきん)にもかへられぬ嬉しさだつた。
 これほど大事にしてある錠前の秘密を内密に聴かせて貰つたものが、村中にたつた一人あつた。それが寵愛児(おきにいり)の源次郎であつたのはいふまでもあるまい。源次郎も非常に之を光栄として、
(はばか)(なが)ら、旦那から錠前の開け方を(をそ)はつたものは、俺一人だけだぜ』
などと人に(むか)つて誇つた。この一場(いちぢやう)些事(さじ)(うち)に、(おそ)るべき魔の(のろひ)が潜んで居たとは、(のち)に思ひ知れた。
 ある()(くだん)の錠前が何者にか開けられ、土蔵の中の米俵が盗み出された。
 盗賊(どろぼう)の嫌疑は(たちま)ちに源次郎にかけられた。いかに日頃愛されて居ても、()が殺人罪を犯した曲者(くせもの)である。(こと)に錠前の秘密を知つて居る者は源次郎の(ほか)にはない。必定(ひつぢやう)盗人(ぬすびと)はこれだといふ事になり、島役人は忽ち源次郎を(とら)へて糾弾した。所が源次郎は什麼(どう)しても自分がその犯人であることを白状しない。
 日頃大恩を受けて居る旦那のものを、(なん)()んでも、私か()るやうな事は致しません。泥棒は(ほか)にあります。(ほか)を捜していただきます。
 此奴(こいつ)図太いといふので、乱暴な島役人は、(ただち)に海岸の仕置場へと源次郎を連れて行き、()らん限りの拷問にかけた。当時の拷問といふのは旧幕(きうばく)時代の遣方(やりかた)そツくり、乱暴と残酷とを極めたものであつた。成るべく(かど)のある石を敷き並べて置いて、罪人を其上に坐らせ、膝の上にドシドシ重いものを積み重ねる。
『さア神妙に白状しろ!』
などと責め立てる。源次郎は先づ()くして責められた。
 見る見る源次郎の足は(やぶ)れて、血汐(ちしほ)がドクドク流れるが、それでも、彼は盗つたとは決して白状しなかつた。
 これでは手ぬるいといふので、今度は背部(うしろ)にまはした両手に、長い(なは)をかけて、木の枝に釣りあげた。苦しいので悲鳴はあげるが、それでも源次郎は罪に服しなかつた。
 此残酷な拷問が、連日連夜、十幾日に亘つて続いた。源次郎は見る影もなく(おとろ)へ果て、血だらけになつてヒイヒイ言つて居たが、それでも眼ばかりは物凄く光りかがやき、怨みの形相すさまじくこの世ながらの鬼の姿になつた。
『ああ口惜(くや)しい!』
と拷問の合間合間に、彼は口の中で、断えずつぶやいてゐたさうだ。
『罪もない者をこの責苦(せめく)()はせるとは(あんま)りだ。(なん)と言はれても、盗らぬものは盗らない。怨めしいのは村長(むらをさ)の旦那の量見だ。あれほど平生(へいぜい)可愛(かはい)がつて呉れながら、今更(いまさら)泥棒扱ひは何事だ。ああ(なさけ)ない! (うら)めしい! 縦令(たとへ)死んでもこの口惜(くや)しさは忘れるものか……』
 打ち寄せる波の音にまじつて、絶え絶えきこゆる(うら)みの文句には、流石(さすが)の島役人も戦慄(みぶるひ)したさうだ。
 島役人の手には余るといふので、源次郎はやがて伝馬町の獄舎に送られたが、間もなく牢死を遂げたといふ事である。
 これ丈の事は、奥山夫人の乳母からの手紙に、細々(こまごま)と書き記されてあつた。
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