霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(十七)

インフォメーション
題名:(十七) 著者:浅野和三郎
ページ:71
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142500c19
 奥山(おくやま)親子が引越してから、二月(ふたつき)ばかりの日子(につし)は瞬く(ひま)に経過した。寒い盛りの丹波の気候は、(おとろ)へ果てた病態に什麼(どう)かと心配されたが、それ程の事もなく兎も角も無事に経過した。さりとて捗々(はかばか)しく快方に(むか)ふ模様も見えず、一日として寝床の中を離れることはなかつた。ある日自分は受持(うけもち)の四方さんに其容態を尋ねた。
『いかがですか、(すこ)しは善い方に(むか)ひましたか』
『さア』
と四方さんは、(いささ)か常惑の色を(うか)べて、
『却々思はしく(ござ)いません。何分にも悪霊の邪魔が激しいので……』
『当人なり、又両親なりの信仰は什麼(どんな)模様です』
『倡仰の心さへ出来て居れば、神さまの御守護が違ひますが、ドウもそれが()(むつ)()いので…』
 自分も気にかかるので段々(しら)べて見ると、余り面白からぬ箇所を発見した。当人の息子は、最初は至極(おだや)かな少年であつたが、近頃は、その人格が一変して来て、非常に我儘(わがまま)を言ひ、絶えず癇癪を(おこ)して、看護の両親に向つて口汚(くちぎたな)(ののし)ることさへあつた。両親は不相変(あひかはらず)立派な人達であつたが、只什麼(どう)しても神様の事はさツぱり判らなかつた。頭脳(あたま)の中は子供の病気に対する心配と懸念とで一パイになつて居て、その事のみに夢中になつて居た。兎も角子供の病気を(なほ)して欲しい、病気が癒つたら、その上で信仰しようといふ態度を什麼(どう)しても脱却する事が出来なかつた。自分は困つたものだと思つた。大本の信仰の困難は実に此点に存在する。在来の信仰ならば、大体この筆法でよかつた。神は常に人間の奴隷の位置に蹴落(けおと)され、常に人間から交換修件を付せられて甘んじて居た。国祖の教へは絶対に之を許さない。一切を神に任せ、無条件で信仰に()る。さうすれば神は初めて御守護を与へ給ふ。神が(しゆ)にして人は(じう)。この点に於て寸毫の仮借もない。
 自分は奥山さんを自宅(うち)に呼んで、呉々(くれぐれ)もこの事に就きて注意を与へ、其態度を一変さすべく努力して見たが、什麼(どう)しても思ふやうに行かなかつた。()言目(ことめ)には病気の話が出て、深い溜息が漏らされ、その他の事は頭脳(あたま)に浸みなかつた。気の毒でもあつたが、しかし同時に歯庠(はがゆ)くもあつた。子供の病気も成程大事(だいじ)には相違ないが、国家の浮沈、人類の存亡は更に大事(だいじ)だ。()つとは雄々しく、大和魂を発揮し、一身一家の利害得失の上に、超然たる神心になつて呉れても、よかりさうなものと思つても、却々(なかなか)(あつら)へ向きには行かなかつた。
 さうする(うち)自宅(うち)のすぐ隣の家が空いたので、奥山さんの一家はそれに引越して自分がその面倒を見てやり、又鎮魂もしてやる破目になつた。隣からは始終自分を呼びに来る。
『ドウも(せがれ)の衰弱が激しいやうです。一度鎮魂をお願ひします』
とか、
『今日は朝から癇癪を(おこ)し、難題を言つて困ります。一度鎮魂を願はれますまいか』
とか、一にも鎮魂、二にも鎮魂、まるきり鎮魂を以て、注射か何ぞの代用と考へて居るらしいのには、少々(あき)れざるを得なかつたが、併し一方には、その様子が余りにいぢらしく気の毒にもあり、又他方には、病気の真因の那辺(なへん)に在るかを、突きとめて見たいとの研究心も手伝ひ、自分は都合つく限り訪問してやつた。
 幾何(いくばく)もなくして、自分は病人の憑霊が、奥山一家を呪ふ所の、余程の悪霊であることに気がついて来た。密かに様子を覗つて居ると、(せがれ)は決して本来の伜ではなくして、如何に苦しめ得るかと、単にその事ばかりを工夫して居る「或物(あるもの)」の容器(いれもの)に過ぎなかつた。物凄い、怨みの眼光を輝かし乍ら、極めて慳貪(けんどん)な声で、蒲団の中で呶鳴り立てる。
『寒いぞ、早く行火(あんくわ)を持つて来い!』
 母親はおどおどしながら、急いで行火(あんくわ)を入れてやる。すると五分と経たぬ(うち)に、再び慳貪(けんどん)な声で呶鳴る。
『熱い熱い! ()んな行火(あんくわ)なぞ()つて了へ!』
 今度は父親が慌てふためきつつ行火(あんくわ)(とこ)の中から出す。出しては入れ、入れては出し。五度でも十度でも際限なく繰返す。
 それは単に行火(あんくわ)ばかりに限らない。食物(しよくもつ)に対しても同様、熱いと言つては呶鳴り、冷たいと言つては呶鳴り、固いと言つては呶鳴り、柔かいと言つては又呶鳴る。これで満足とか結構とか言つたことは、ただの一つもなく、その度毎(たびごと)に必ず呶鳴り立てる。(こと)にそれが母親に対して露骨であつた。母親が涙ぐんで、途方に(くれ)て、(へや)の中をウロウロするのを見ると、冷やかなる満足の(ゑみ)(たた)へて居るらしかつた。
『成程これでは奥山さん夫婦が神様の道を辿(たど)り、正しい信仰に()る心の余裕がない筈だ。矢張りこの(せがれ)に憑いて居る悪霊が、信仰の邪魔をして居るのだナ』
と自分は心の中に(うなづ)いて、其悪霊(あくれい)の正体を看破すべく全力を挙げた。
 五遍十遍と鎮魂を重ねて居る中に、憑霊の発動は益々(ますます)露骨となり、驚くべく事実が次第々々にその(くち)から漏れ()でた。同時に奥山氏の細君(さいくん)の乳母であつたといふ老婦人から、四十余年前の報告の手紙が届いて、前後の因縁が益々明瞭になつた。
 (せがれ)に憑いて居るのは、源次郎(げんじらう)といふものの亡霊で、これが奥山一家に対して、深い深い怨恨を(いだ)いて居るのであつた。
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