霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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(十二)

インフォメーション
題名:(十二) 著者:浅野和三郎
ページ:50
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-01-24 22:22:00 OBC :B142500c14
 秋山さんは年末に一度来たきり、容易に其姿を見せなかつたが、しかし其鋭い眼に一度見当をつけた以上、そのまま安閑として済まして居るやうな人ではなかつた。大本が(はた)して立派なものなら、その立派な所を活用しよう。()しゴマカシものなら、其ゴマカシを摘発して呉れようとの量見らしかつた。ゾロゾロ部下の海軍将校を綾部に送り込んだのも、たしかに将校斥候を放つて、実状の威力偵察を(おこな)はうとする機略縦横の用兵家(ようへいか)の巧智も、底の方に幾分働いて居たと思ふ。更に二月に()りて、秋山さんは一人の密偵を大本に送り込んで、内状の秘密調査と来た。これが若し頭脳と頭脳との戦ひなら、大本の人間はとても秋山さんの脚下(あしもと)にも及ばないのだが、ただ有難いことには、大本は人間智慧では行動を取らない。全然自己を空しうして、神に一任して構へなしの構へで行く。すると、人間の工夫や智慧は、結局自縄自縛に(をは)る位のものである。
 秋山さんの派遣したのは、一部の社会にはその人ありと知られたる谷本(たにもと)狂介(きやうすけ)君であつた。統務閣で初対面の挨拶をしたが、至極愛嬌のある、如才(ぢよさい)ない人柄で、年齢は四十五六でもあらう。頭髪(かみ)には余程白髪(しらが)(まじ)つて居た。ただ驚いたのは、いかにも谷本さんの身体(からだ)が、小柄に出来(あが)つて居ることであつた。身の(たけ)たつた四尺七寸五分4尺7寸5分=144cmしかない。それがズングリと横に広いのではなく、すべての道具が其身の丈に相応して、適宜に配置されて居るのだから、可愛らしいこと(あびただ)しい。
『秋山さんから此方(こちら)の事を(うかが)つて修行にまゐりました。何分(なにぶん)にも(よろ)しくお願ひします』
『何日間(ぐらゐ)御滞在の御予定ですか』
『私のは何日と決めてありません、お道のことの判るまで、此方(こちら)に御厄介になります』
『御職業は』
売薬業(ばいやくげふ)をやつて居ましたが、ナニ近頃はすつかり(はう)つてあります』
 ()んな問答が先づ自分()の間に交換された。兎も角も大本の内部に起臥(きぐわ)する事になり、例の「新建(しんだち)」がこの人に(あて)がはれた。
 数日間滞在する(うち)に、次第々々に、谷本さんの前身なり、又参綾(さんりやう)目的なりが判明して来た。売薬業をやつたといふのは余程以前の事で、例の「(おいつち)()」式行商の元祖であつたさうな。この数年来池袋(いけぶくろ)の天然社に(はひ)り、その辣腕(らつわん)を以て、一人で切つてまはして居た(がう)の者であつたが、天然社が最近に潰れると同時に、閑散の身の上となつた。秋山さんとは、その天然社時代から関係が出来たので、さてこそ、先日秋山さんが綾部から戻ると、先づこの人を選定して、大本の研究調査を託したのであつた。
 谷本さんは大正五年の秋から、耳と眼と鼻と三箇所の病気に(かか)り、これも天然社(ぐみ)なる(きし)博士の病院で治療して居たが、秋山さんからこの重任を依嘱(いしよく)されては、黙つて見て居れる性分ではなかつた。病気はまだ全治といふ程でもなかつたが、そのまま病院を飛び出して綾部へやつて来てしまつたのである。
『神様に病気平癒の御祈願をして戴きます。私のは性質(たち)の悪い中耳炎で、この病気は医者ではとても根本的に(なほ)りはしません。どうしても神様にお(すが)りするより(ほか)致方(いたしかた)(ござ)いません』
 谷本さんは(くち)にはただ病気の事しか言はなかつた。無論病気も嘘ではない。全く医者だけでは、とても(なほ)し切れぬ性質の中耳炎であり、同時に鼻も眼も相富に悪かつた。しかし谷本さんは、自分の病気位を気にしてゐるやうな人ではなかつた。身の丈こそたツた四尺七寸五分が、鬱勃(うつぼつ)たる覇気(はき)は其小躯(せうく)(うち)に燃えて居た。
『この病気が癒るなら癒るでよし、兎に角これを(たね)に、大本の霊術の試験をしてやらう』
といふのが、その主要の目的であつたらしかつた。戦略戦術の大家(たいか)たる秋山将軍が、自分の名代(みやうだい)として派遣した人物だけあつて、中々油断のならぬ一種の曲者であつた。
 兎も角も自分が引受けて鎮魂をしてやることになつた。無論自分には、医術の心得などのあらう筈はない。いかに頭をひねつて考へて見たところが、谷本さんの中耳炎が何日間で癒るか、判りはせぬ。致し方がないから、御神前に()でて神様に向つて見た。自分は其様(そん)な時に最も弱る。自分の身体(からだ)は専ら常識的に出来て居て、神示に対しては極端に鈍覚(どんかく)である。で、大概の事は常識的判断で一歩々々に解決して行き、(ばん)()むを得ざる場合に限つて、極めて(まれ)に神示を仰ぐが、(おそ)らく神懸りの術にかけては、自分のやうな下拙(へた)なものはあるまいと思ふ位、そのかはり滅多にやらないから、失敗も(すくな)いのは儲けものかも知れない。
 御神前で、自分はものの十分間も、鎮魂の姿勢で伺つた所が、(やうや)く谷本さんの中耳炎が二十八日間で全治するとの神示に接することが出来た。散々神さんに念を(おし)て見たが間違ひはないらしい。思ひ切つて谷本さんに其(むね)を明言した。
『二十八日かかるさうです。恐らく、耳と同時に鼻も眼も(なほ)して戴けるだらうと思ひます。鎮魂は十一二回やらなければなりますまい』
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