霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
×
設定
URL:
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
話者名の追加表示 [?]セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。[×閉じる]
表示できる章
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
行間
ルビの表示


アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注[※]用語解説 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

脚注[*]編集用 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

外字の外周色 [?]一般のフォントに存在しない文字は専用の外字フォントを使用しています。目立つようにその文字の外周の色を変えます。[×閉じる]
現在のページには外字は使われていません

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。

第六章 梅花(ばいくわ)の痣(あざ)〔六六八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第20巻 如意宝珠 未の巻 篇:第2篇 運命の綱 よみ(新仮名遣い):うんめいのつな
章:第6章 梅花の痣 よみ(新仮名遣い):ばいかのあざ 通し章番号:668
口述日:1922(大正11)年05月13日(旧04月17日) 口述場所: 筆録者:外山豊二 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年3月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
松鷹彦は川漁をさっぱりと止め、武志の宮の社務所に移転して、宗彦・お勝とともに神に仕えることとなった。
田吾作とお春は、松鷹彦の話を聞くべく、参拝の後に立ち寄った。田吾作は、松鷹彦が神主に専念するようになってから、村がうまくいくようになった、という。そして、村人が、宗彦とお勝を養子にして後を継がせたらどうか、と話題にしていると伝えた。
お春も老後の面倒を見る者がいた方がよい、と勧めるが、松鷹彦は固辞する。田吾作は、松鷹彦には子供は無かったのか、と問う。
松鷹彦は、自分は紀の国の者だが、昔悪者が横行した時代に、二人の息子と一人の娘を奪われてしまい、生き別れになってしまったのだ、と明かした。それから十五六年前にこの村にやってきて、村人の情けで婆と暮らしていたのだ、と語る。
宗彦はそれを聞いていて、実は自分も元は紀の国生まれだと聞いているのだが、幼い頃に悪者にさらわれてきて、岩窟に閉じ込められていたのだ、と明かした。そして、兄弟がやはり三人いたこと、立派な神様に岩窟から助けられたが、その神様から浪速の里に出て苦労せい、と命じられたことを語った。
松鷹彦は自分の子供には、腋の下に、梅の花の形の痣がある、と語り、宗彦に痣がないか聞いた。宗彦は痣を見せる。松鷹彦は、宗彦が自分の息子・竹(竹公)であることを知った。
松鷹彦と宗彦は、思わぬ親子の対面に、感動の涙に咽んでいる。松鷹彦は、娘のお梅には、へその上に三角形に並んだ三つの黒子があるはずだ、と言う。それを聞いたお勝は、心当たりがありながら、宗彦と夫婦となってきたことから、名乗りもならずにひとり心を痛めている。
田吾作は感動の対面にはしゃぎだした。松鷹彦が、まだしばらくは村人に言ってくれるな、と止めるのも聞かず、おめでたいから村中でお祝いをするのだ、と飛び出した。
田吾作は真っ先に、天の真浦宣伝使に聞かせようと、逗留中の留公の屋敷に向かった。慌て者の田吾作の報告に、留公と真浦は混乱して話がかみ合わない。
そこへお春が追いついて、宗彦が松鷹彦の生き別れの息子であることがわかった、と報告した。その報告を聞いて、真浦は手を組んで思案にくれている。
田吾作は真浦の様子を見て、禊のときに真浦の腋の下にも、梅の形の痣があったことをはたと思い出した。田吾作は、松鷹彦のもうひとりの息子は真浦だと断定すると、今度はそのことを松鷹彦に注進するのだ、と武志の宮に駆け出した。
真浦は、まだそうと決まったわけではないと、留公に田吾作を止めてくれるように頼んだ。田吾作は慌てたはずみに崖下の畑に転落した。そこに留公がやってきて、自分の畑の麦をつぶした、と非難する。
ちょうどそこに松鷹彦が杖をついてやってきた。田吾作は、真浦にも梅の痣があることを松鷹彦に告げた。松鷹彦は半信半疑ながらも、何か胸に期するところがあるもののごとく、武志の宮に引き返して行った。
今度は真浦が、武志の宮に向かっていくのが見えた。留公と田吾作はその後を追う。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-10-12 19:48:42 文字数:7332 OBC :rm2006
愛善世界社版:130頁 八幡書店版:第4輯 196頁 修補版: 校定版:135頁 普及版:56頁 初版: ページ備考:
001 松鷹彦(まつたかひこ)は今迄(いままで)飯(めし)よりも好(す)きであつた漁(すなどり)を断念(だんねん)し、002武志(たけし)の宮(みや)の社務所(ながとこ)に居(きよ)を転(てん)じ、003宗彦(むねひこ)、004お勝(かつ)の両人(りやうにん)と共(とも)に朝夕(あさゆふ)神(かみ)に仕(つか)へ、005且(かつ)三五教(あななひけう)の教理(けうり)を細々(ほそぼそ)乍(なが)ら伝(つた)へてゐた。006田吾作(たごさく)、007お春(はる)の両人(りやうにん)は御(お)宮(みや)の参拝(さんぱい)を兼(か)ね、008爺(ぢい)さんの話(はなし)を聴(き)く可(べ)く立寄(たちよ)つた。
009田吾作(たごさく)『お爺(ぢい)さま、010お前(まへ)さまも此(この)頃(ごろ)は大分(だいぶん)に村中(むらぢう)の評判(ひやうばん)が善(よ)くなつたぞい。011朝(あさ)は早(はや)うから御(お)祝詞(のりと)の声(こゑ)が聞(きこ)えるお蔭(かげ)で、012村中(むらぢう)が無病(むびやう)息災(そくさい)で全(まつた)く松鷹彦(まつたかひこ)様(さま)のお蔭(かげ)だと言(い)うてゐますぞや。013尚(なほ)宗彦(むねひこ)さま、014お勝(かつ)さまの評判(ひやうばん)も仲々(なかなか)よろしい。015併(しか)し村(むら)の者(もの)の話(はなし)には、016お前(まへ)さまが此処(ここ)へ来(き)て神主(かむぬし)になられてから、017随分(ずゐぶん)年(とし)も経(た)つたが、018お竹(たけ)さまは亡(な)くなり、019後(あと)には女房(にようばう)子(こ)の無(な)い一人(ひとり)のやもを暮(ぐら)し、020本当(ほんたう)に御(お)気(き)の毒(どく)だ。021一層(いつそう)の事(こと)宗彦(むねひこ)さまとお勝(かつ)さまを子(こ)に貰(もら)つて、022後(あと)を継(つ)がしたら如何(どう)だらうかとチヨイチヨイ村人(むらびと)の話頭(わとう)に上(のぼ)りかけましたよ』
023松鷹彦(まつたかひこ)『私(わし)は最早(もはや)三五教(あななひけう)へ這入(はい)つてから、024今迄(いままで)の執着心(しふちやくしん)をすつかりと除(と)つて了(しま)ひ、025幽界(いうかい)の結構(けつこう)なことも悟(さと)つたのだから、026後継(あとつぎ)を貰(もら)つて心配(しんぱい)をするよりも一層(いつそう)一人(ひとり)で余生(よせい)を送(おく)る方(はう)が何程(なにほど)気楽(きらく)だか知(し)れやしない。027此(この)やうな老耄(おいぼ)れた爺(ぢぢい)の子(こ)になつて呉(く)れる者(もの)は恐(おそ)らく広(ひろ)い世界(せかい)にありますまい。028私(わし)が亡(な)くなつた時(とき)は滅多(めつた)に捨(す)てて置(お)きはせまい。029村人(むらびと)の情(なさけ)で何処(どこ)かへ葬(はうむ)つてくれるだらう。030それよりも幽界(いうかい)に行(い)つて姿(ばば)と一緒(いつしよ)に暮(くら)す方(はう)が、031現世(このよ)に執着心(しふちやくしん)が残(のこ)らなくてよい』
032お春(はる)『お爺(ぢい)さま、033そりやそうだがお前(まへ)さまがもしも病気(びやうき)になつた時(とき)には、034矢張(やつぱ)り世話(せわ)をして呉(く)れるものがないぢやないか。035何程(なにほど)村(むら)のものだつてさうお前(まへ)さまの病気(びやうき)に付添(つきそ)うて看病(かんびやう)する訳(わけ)にも行(ゆ)くまい。036野良(のら)の暇(ひま)の時(とき)ならば兎(と)も角(かく)も、037田植(たうゑ)の最中(さいちう)や、038稲刈(いねか)りの最中(さなか)に患(わづら)ひでもなさつたら、039それこそ仕方(しかた)がありますまい。040なんとか後継(あとつぎ)をこしらへて置(お)きなさい』
041松鷹彦(まつたかひこ)『イヤもう藁(わら)の上(うへ)から育(そだ)てた子供(こども)なれば、042なんとか無理(むり)を言(い)つて介抱(かいほう)もして貰(もら)へるだらうが、043俄(にはか)に貰(もら)つた息子(むすこ)に対(たい)して、044さうヅケヅケと言(い)へるものでもなしに、045却(かへつ)て遠慮(ゑんりよ)をせなくちやならない様(やう)なものだから、046もう何卒(どうぞ)それだけは勧(すす)めて下(くだ)さるな』
047田吾作(たごさく)『お前(まへ)さま、048子(こ)は無(な)かつたのかい』
049松鷹彦(まつたかひこ)『私(わし)は元(もと)は紀(き)の国(くに)で生(うま)れたものだが、050素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)様(さま)が高天原(たかあまはら)を神追(かむやら)ひに追(やら)はれて遠(とほ)い国(くに)へ御(お)出(で)ましになつた其(その)時(とき)に、051世(よ)の中(なか)は一旦(いつたん)は常暗(とこやみ)の夜(よる)になつた事(こと)がある。052其(そ)の時(とき)だつた、053悪魔(あくま)が横行(わうかう)して男(をとこ)二人(ふたり)、054女(をんな)一人(ひとり)の三(さん)人(にん)の子供(こども)を何者(なにもの)にか攫(さら)はれて了(しま)ひ、055女房(にようばう)と二人(ふたり)が泣(な)きの涙(なみだ)で、056十五六(じふごろく)年前(ねんぜん)に此処(ここ)へ出(で)て来(き)て村人(むらびと)の情(なさけ)に依(よ)つて、057此(こ)の宮守(みやもり)をさして貰(もら)ひ余生(よせい)を送(おく)つて居(を)るのだ。058アーア我(わ)が子(こ)は如何(どう)なつたであらう。059今迄(いままで)は女房(にようばう)や子(こ)の事(こと)は好(す)きな漁(すなどり)に心(こころ)を紛(まぎ)らして忘(わす)れてゐたが、060こんな話(はなし)が出(で)ると又(また)思(おも)ひ出(だ)す』
061と涙(なみだ)含(ぐ)む。062宗彦(むねひこ)は、
063宗彦(むねひこ)『モシお爺(ぢい)さま、064貴方(あなた)は今(いま)紀(き)の国(くに)のものだと仰有(おつしや)いましたな。065一体(いつたい)何(ど)の辺(へん)でございます』
066松鷹彦(まつたかひこ)『私(わし)は熊野(くまの)の生(うま)れだ』
067宗彦(むねひこ)『ハテ不思議(ふしぎ)なことを承(うけたま)はります。068私(わたし)も実(じつ)の所(ところ)両親(りやうしん)がわからず、069他人(ひと)から熊野(くまの)辺(へん)の生(うま)れだと子供(こども)の時分(じぶん)に聞(き)いたことがあります。070私(わたし)は大台(おほだい)ケ原(はら)の山奥(やまおく)の巌窟(がんくつ)に悪神(あくがみ)に攫(さら)へられて、071長(なが)らく閉(と)ぢこめられて居(を)りました。072其処(そこ)へ立派(りつぱ)な神(かみ)様(さま)が現(あら)はれて、073「お前(まへ)はこれから浪速(なには)の里(さと)へ往(い)て苦労(くらう)せよ。074一人前(いちにんまへ)になつたら世界(せかい)を順礼(じゆんれい)せい」と仰有(おつしや)いました。075それを未(いま)だに夢(ゆめ)のやうに覚(おぼ)えて居(を)ります。076さうして私(わたし)も兄弟(きやうだい)が三(さん)人(にん)あつたさうです。077何処(どこ)へ行(い)つても親(おや)もなければ兄弟(きやうだい)もない者(もの)は、078誰(たれ)も可愛(かはい)がつては呉(く)れず、079漸(やうや)く成人(せいじん)して牛馬(うしうま)にも踏(ふ)まれないやうになつた頃(ころ)から、080徐々(そろそろ)酒(さけ)を呑(の)み、081そこら辺(あた)りへ養子(やうし)にも幾度(いくたび)か行(い)つて見(み)、082又(また)家(いへ)も持(も)つて見(み)ましたが、083何分(なにぶん)子供(こども)の時分(じぶん)から乞食(こじき)のやうに、084其処(そこら)中(ぢう)を彷徨(さまよ)うて育(そだ)つて来(き)たものですから、085家(いへ)を持(も)つの、086養子(やうし)に往(ゆ)くのと云(い)ふことは窮屈(きうくつ)でツイ飛(と)び出(だ)し、087自棄酒(やけざけ)を呑(の)んで女房(にようばう)に心配(しんぱい)をかけ、088沢山(たくさん)の女房(にようばう)を先立(さきだ)たしました。089或(ある)人(ひと)に聞(き)けば私(わたし)は丙午(ひのえうま)の年(とし)に生(うま)れたとかで、090女(をんな)に祟(たた)る身魂(みたま)ぢやさうです。091私(わたし)も今(いま)は斯(か)うして若(わか)いが、092子(こ)が出来(でき)ないのでお爺(ぢい)さまのことを思(おも)ふにつけ、093先(さき)が案(あん)じられてなりませぬ』
094松鷹彦(まつたかひこ)『お前(まへ)さま、095腋(わき)の下(した)に梅(うめ)の花(はな)のやうな痣(あざ)がありはせぬかなア』
096宗彦(むねひこ)『そりや又(また)貴老(あなた)は何(ど)うして御存(ごぞん)じですか』
097松鷹彦(まつたかひこ)『イヤ私(わし)の子供(こども)は男(をとこ)の方(はう)は二人(ふたり)とも梅(うめ)の花(はな)の痣(あざ)が付(つ)いて居(を)る。098兄(あに)は左(ひだり)の腋(わき)の下(した)、099弟(おとうと)の方(はう)は右(みぎ)の腋(わき)の下(した)にハツキリと出(で)てゐた筈(はず)ぢや。100それを頼(たよ)りに夫婦(ふうふ)連(づ)れ、101四五(しご)年(ねん)が間(あひだ)探(さが)して見(み)たが、102人(ひと)を捉(つか)まへて一々(いちいち)裸体(はだか)になつて腋(わき)を見(み)せて呉(く)れと言(い)ふ訳(わけ)にも行(ゆ)かず、103夏(なつ)になると海水(かいすゐ)浴場(よくぢやう)へ往(い)つて、104わが子(こ)の年輩(ねんぱい)位(ぐらゐ)な人(ひと)の腋(わき)の下(した)を一々(いちいち)調(しら)べて見(み)たが、105何(なに)を言(い)つても見(み)え難(にく)いところ、106温泉(をんせん)へ行(い)つても見当(みあた)らず、107これ位(くらゐ)心配(しんぱい)したことは無(な)い』
108と又(また)俯向(うつむ)く。
109宗彦(むねひこ)『お爺(ぢい)さま、110私(わたし)の右(みぎ)の腋(わき)の下(した)に何(なん)だか花(はな)のやうな型(かた)がありますが、111一寸(ちよつと)見(み)て下(くだ)さらぬか』
112 松鷹彦(まつたかひこ)はビクリツと身(み)を自然(しぜん)的(てき)にしやくり乍(なが)ら、
113松鷹彦(まつたかひこ)『ドレドレ一寸(ちよつと)見(み)せて下(くだ)さい。114アーアほんにほんに擬(まが)ふ方(かた)なき梅(うめ)の花(はな)の痣(あざ)、115五弁(ごべん)の梅(うめ)が上(うへ)の方(はう)は少(すこ)し欠(か)けて居(を)つたが、116矢張(やつぱ)り欠(か)けて居(を)る。117さうするとお前(まへ)は竹(たけ)と云(い)ふ男(をとこ)ぢやなかつたか』
118宗彦(むねひこ)『ハイ子供(こども)の時(とき)は竹(たけ)と云(い)ひました。119バラモン教(けう)から宗彦(むねひこ)といふ名(な)を貰(もら)つたのです』
120 田吾作(たごさく)は二人(ふたり)の顔(かほ)を見較(みくら)べて見(み)て、
121田吾作(たごさく)『お爺(ぢい)さま、122頭(あたま)の恰好(かつかう)と云(い)ひ、123小鼻(こばな)のつんもりとした辺(へん)から耳(みみ)の塩梅(あんばい)、124よく似(に)てをるぢやないか。125ヒヨツとしたらお前(まへ)さまの子(こ)ぢやあるまいかな』
126松鷹彦(まつたかひこ)『擬(まが)ふ方(かた)ない私(わし)の息子(むすこ)だ。127アーこれ宗彦(むねひこ)、128ようマア無事(ぶじ)で居(を)つて呉(く)れた。129これと云(い)ふのも矢張(やつぱ)り神(かみ)様(さま)の御(お)神徳(かげ)だなア』
130と泣(な)き伏(ふ)す。
131宗彦(むねひこ)『お父(とう)さまでございましたか、132存(ぞん)ぜぬこととて御(ご)無礼(ぶれい)を申(まを)しました。133どうぞ許(ゆる)して下(くだ)さいませ』
134と宗彦(むねひこ)は、135カツパと伏(ふ)して嬉(うれ)し泣(な)きに声(こゑ)を上(あ)げて泣(な)く。136お勝(かつ)は手(て)を組(く)み思案(しあん)に暮(く)れ乍(なが)ら、137松鷹彦(まつたかひこ)を抱(だ)き起(おこ)し、
138お勝(かつ)『モシモシお爺(ぢい)さま、139貴老(あなた)、140一人(ひとり)の息女(むすめ)があつたと仰有(おつしや)いましたなア、141其(そ)の息女(むすめ)さまには何(なに)か特徴(とくちやう)は有(あ)りませぬか』
142 松鷹彦(まつたかひこ)は声(こゑ)をかすめて、
143松鷹彦(まつたかひこ)『息女(むすめ)の特徴(とくちやう)と云(い)ふのは、144臍(へそ)の上(うへ)に三角形(さんかくけい)なりに黒子(ほくろ)が行儀(ぎやうぎ)よく出来(でき)て居(ゐ)たやうに覚(おぼ)えて居(ゐ)る。145アーア一人(ひとり)の伜(せがれ)に廻(めぐ)り合(あ)つて嬉(うれ)しいが、146兄(あに)の松(まつ)や、147お梅(うめ)は何処(どこ)の何処(いづく)に暮(くら)して居(ゐ)るであらうか。148一(ひと)つ叶(かな)へば又(また)一(ひと)つ、149折角(せつかく)除(と)れた執着心(しふちやくしん)が再発(さいはつ)して来(き)た、150ほんに苦(くる)しい浮世(うきよ)だなア』
151と打沈(うちしづ)む。152お勝(かつ)の胸(むね)にグツとこたへたのは臍(へそ)の上(うへ)の三角形(さんかくけい)の黒子(ほくろ)、153宗彦(むねひこ)と夫婦(ふうふ)になつて暮(くら)して来(き)た関係(くわんけい)上(じやう)、154名乗(なの)りもならず、155一人(ひとり)胸(むね)を痛(いた)めてゐる。
156松鷹彦(まつたかひこ)『妙(めう)なことを訊(たづ)ねるが私(わし)の心(こころ)のせいか、157何(なん)となくお前(まへ)が恋(こひ)しいやうな気(き)がしてならぬのだ。158竹(たけ)に何処(どこ)ともなしに似(に)たやうな所(ところ)もあり、159女房(にようばう)のお竹(たけ)にも何処(どこ)か似(に)て居(ゐ)るやうだが、160若(も)しや私(わし)の息女(むすめ)ではあるまいか』
161 お勝(かつ)は口(くち)ごもり乍(なが)ら、
162お勝(かつ)『私(わたくし)も親(おや)も兄弟(きやうだい)もあつたさうですが、163行方(ゆくへ)は今(いま)にわかりませぬ。164併(しか)し乍(なが)ら今(いま)貴老(あなた)の仰有(おつしや)る黒子(ほくろ)はありませぬ』
165松鷹彦(まつたかひこ)『アーさうかな、166それは幸(さいは)ひだつた。167万一(もしも)娘(むすめ)だとすれば血族(けつぞく)結婚(けつこん)になり、168天則(てんそく)違反(ゐはん)で神(かみ)様(さま)に罪(つみ)せられるから、169可愛(かはい)さうだがマア兄妹(きやうだい)でなくて結構(けつこう)だつた』
170お勝(かつ)『兄妹(きやうだい)の結婚(けつこん)はそれ程(ほど)罪(つみ)が重(おも)いのですか。171併(しか)し乍(なが)ら万一(もしも)知(し)らずに結婚(けつこん)をしたら、172それは如何(どう)なります?』
173松鷹彦(まつたかひこ)『サア、174それは何(なん)とも私(わし)にはわからない。175余(あま)り例(ためし)の無(な)い事(こと)だから、176この年(とし)になつても聞(き)いたこともなし、177三五教(あななひけう)の真浦(まうら)さまにも教(をし)へて貰(もら)つたこともないのだから』
178宗彦(むねひこ)『知(し)らぬ神(かみ)に祟(たた)りなしと云(い)ふぢやありませんか。179万一(まんいち)世間(せけん)にそんな夫婦(ふうふ)があるとしても、180慈悲(じひ)深(ぶか)い神(かみ)様(さま)は屹度(きつと)赦(ゆる)して下(くだ)さいませう』
181 お勝(かつ)は両(りやう)の袂(たもと)を顔(かほ)に当(あ)て、182身(み)を悶(もだ)えて泣(な)いて居(ゐ)る。
183田吾作(たごさく)『コレコレお勝(かつ)殿(どの)、184結構(けつこう)な父子(おやこ)の対面(たいめん)にお前(まへ)さまが泣(な)くと云(い)ふことがあるものか、185ハー羨(けな)りいのだなア。186宗彦(むねひこ)さまは焦(こが)れて居(を)つたお父(とう)さまに会(あ)うて嬉(うれ)しからうが、187私(わし)は何時(いつ)になつたら会(あ)へるだらうと思(おも)ひ出(だ)して泣(な)くのだな。188マヽヽ何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)に任(まか)して時節(じせつ)を待(ま)ちなさい。189屹度(きつと)信心(しんじん)の徳(とく)に依(よ)つてお父(とう)さまや、190お母(かあ)さまが現世(このよ)にござつたら、191会(あ)はして下(くだ)さるでせう』
192お勝(かつ)『ハイ有難(ありがた)うございます。193よう云(い)つて下(くだ)さいました。194折角(せつかく)親子(おやこ)の……イエイエ親(おや)と子(こ)と御(ご)対面(たいめん)なさつて喜(よろこ)んでゐられるのを御(お)喜(よろこ)びもせず涙(なみだ)を零(こぼ)して見(み)せました。195誠(まこと)に済(す)まぬことでございます。196何卒(どうぞ)お父(とう)様(さま)否(いや)宗彦(むねひこ)さまのお父(とう)様(さま)、197どうぞ私(わたくし)も子(こ)の様(やう)に思(おも)うて可愛(かはい)がつて下(くだ)さいませ。198これからは打(う)つて変(かは)つて親(おや)のやうに思(おも)つて孝行(かうかう)致(いた)します』
199松鷹彦(まつたかひこ)『アヽよう言(い)うて下(くだ)さつた。200私(わし)も他人(たにん)のやうには、201どうしても思(おも)へない。202親子(おやこ)も同然(どうぜん)互(たがひ)に親切(しんせつ)を尽(つく)し合(あ)うて神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)を致(いた)しませう』
203 三(さん)人(にん)は嬉(うれ)し涙(なみだ)に暮(く)れて、204暫時(しばし)無言(むごん)の儘(まま)沈黙(ちんもく)の幕(まく)が下(お)りた。205春(はる)の日(ひ)は晃々(くわうくわう)として武志(たけし)の森(もり)の千年杉(せんねんすぎ)の梢(こずゑ)にかかつてゐる。206烏(からす)は卵(たまご)を孵化(かへ)し、207雌雄(しゆう)互(たがひ)に飛(と)び交(か)ひ、208餌(ゑ)を漁(あさ)つて子烏(こがらす)に与(あた)へてゐる。209子烏(こがらす)は黄色(きいろ)い口(くち)を裂(さ)ける程(ほど)開(あ)けてゐる。
210 田吾作(たごさく)は性来(しやうらい)の慌者(あわてもの)、
211田吾作(たごさく)『ヤア爺(ぢい)さま、212宗(むね)さま、213親子(おやこ)の対面(たいめん)御(お)芽出度(めでた)う。214ドーレこれから帰(かへ)つて御(お)祝(いは)ひでも持(も)つて来(き)ませう。215オイお春(はる)さま、216お前(まへ)も何(なに)か祝(いは)はにやなるまい。217さア帰(かへ)らう』
218松鷹彦(まつたかひこ)『モシモシ田吾作(たごさく)さま、219お春(はる)さま、220どうぞ暫(しば)らく村(むら)の人(ひと)に言(い)うて下(くだ)さるな。221又(また)騒(さわ)がせると気(き)の毒(どく)だから』
222田吾作(たごさく)『何(なに)を爺(ぢい)さま仰有(おつしや)るのだ。223地異(ちい)天変(てんぺん)、224手(て)の舞(ま)ひ脚(あし)の踏(ふ)む所(ところ)を知(し)らざる大(だい)観喜天(くわんきてん)様(さま)の御(ご)来迎(らいこう)、225これが黙(だま)つて居(を)られますか。226サアお春(はる)さま、227早(はや)く早(はや)く』
228と促(うなが)し、229爺(ぢい)の呼(よ)び留(とめ)るのも聞(き)かばこそ、230捻鉢巻(ねぢはちまき)をグツと締(し)め、231尻(しり)ひん捲(まく)り、232我(わが)家(や)を指(さ)して馳帰(はせかへ)る。
233松鷹彦(まつたかひこ)『アーア親切(しんせつ)な男(をとこ)だ。234ようちよかつく人(ひと)だが[※「ちょかつく」とは、じっとしない、落ち着きのないという意味。]、235併(しか)し彼(あ)れ位(くらゐ)心(こころ)のキレイな方(かた)はない、236アー見(み)えても心(こころ)は確(しつか)りして居(ゐ)る。237村中(むらぢう)の賞(ほ)めものだ。238どうぞ好(よ)い嫁(よめ)さまをお世話(せわ)して上(あ)げたいものだ』
239 一方(いつぱう)田吾作(たごさく)は何(なに)よりも早(はや)く留公(とめこう)が離家(はなれ)に居(ゐ)る真浦(まうら)の宣伝使(せんでんし)に報告(はうこく)せむとし、
240田吾作『大変(たいへん)大変(たいへん)』
241と道々(みちみち)呼(よ)ばはり乍(なが)ら、242近所(きんじよ)に火事(くわじ)でも起(おこ)つた様(やう)な周章方(あわてかた)で走(はし)つて来(き)た。243留公(とめこう)は鍬(くは)を担(かた)げて門口(かどぐち)へ出(で)ようとするところであつた。
244 田吾作(たごさく)は、
245田吾作『オイ留公(とめこう)、246貴様(きさま)は鍬(くは)を担(かた)げて何処(どこ)へゆくのだ。247大変(たいへん)だ、248地異(ちい)天変(てんぺん)だ、249欣喜(きんき)雀躍(じやくやく)手(て)の舞(ま)ひ、250脚(あし)の踏(ふ)む所(ところ)を知(し)らぬ大事件(だいじけん)が突発(とつぱつ)した。251サアサア早(はや)く貴様(きさま)も用意(ようい)をせぬかい、252何(なに)をグツグツしてゐるのだ、253野良(のら)仕事(しごと)位(くらゐ)は休(やす)んでも好(い)い。254天変(てんぺん)だ天変(てんぺん)だ』
255と地団太(ぢだんだ)ふんで踊(をど)り廻(まは)る。
256留公(とめこう)『貴様(きさま)さう云(い)つたつて理由(わけ)も言(い)はずに解(わか)らぬぢやないか。257一体(いつたい)なんだい』
258田吾作(たごさく)『なんだつて解(わか)つとるぢやないか。259芽出度(めでた)いことだ。260タヽヽ大変(たいへん)だ。261早(はや)く宣伝使(せんでんし)の真浦(まうら)さまに取次(とりつい)で呉(く)れ』
262留公(とめこう)『そら取次(とりつ)がぬ事(こと)は無(な)いが、263ちつと落(お)ちつかぬかい。264詳細(しやうさい)に報告(はうこく)せなくては事件(じけん)の真相(しんさう)どころか、265端緒(たんしよ)も探(さぐ)れぬぢやないか』
266田吾作(たごさく)『エー邪魔(じやま)臭(くさ)い、267愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(ゐ)ると喜(よろこ)びが何処(どこ)かへ消滅(せうめつ)して了(しま)ふと大変(たいへん)だ。268邪魔(じやま)ひろぐな』
269と無理(むり)矢理(やり)に真浦(まうら)の居間(ゐま)に走(はし)り込(こ)んだ。
270真浦(まうら)『田吾作(たごさく)さま、271大変(たいへん)な勢(いきほ)ひで何事(なにごと)が起(おこ)つたのだ』
272田吾作(たごさく)『何事(なにごと)が起(おこ)つたもあるものか。273梅(うめ)ぢや梅(うめ)ぢや、274梅(うめ)の花(はな)ぢや』
275真浦(まうら)『梅(うめ)だと云(い)つたつて解(わか)らぬぢやないか。276梅(うめ)が必要(ひつえう)なら裏(うら)に沢山(たくさん)なつてゐる。277トツトとむしつてゆかつしやれ』
278田吾作(たごさく)『そんな事(こと)どころか。279梅(うめ)と云(い)つたら梅(うめ)ぢやな。280合点(がてん)の行(ゆ)かぬ宣伝使(せんでんし)だな。281親子(おやこ)の対面(たいめん)だ』
282 斯(か)かる処(ところ)へ留公(とめこう)は跡(あと)を追(お)つて走(はし)り来(きた)り、
283留公(とめこう)『オイ田吾作(たごさく)、284貴様(きさま)は気(き)が違(ちが)ひ居(を)つたのか。285チト確(しつか)りせぬかい』
286と背中(せなか)を握(にぎ)り拳(こぶし)で二(ふた)つ三(みつ)つ叩(たた)いた。
287田吾作(たごさく)『アイタヽヽ、288腕(かひな)が抜(ぬ)けるやうな目(め)に会(あ)はせやがつた。289オーそれそれ かひなぢや、290かひなぢや かひなぢや』
291と腋(わき)を左(ひだり)の食指(ひとさしゆび)で頻(しき)りに指(さ)し示(しめ)す。
292真浦(まうら)『腕(かひな)が何(ど)うしたと云(い)ふのだい』
293田吾作(たごさく)『腕(かひな)に梅(うめ)の花(はな)が咲(さ)いたのだ。294五弁(ごべん)の上(うへ)の奴(やつ)がちよつと欠(か)けて居(ゐ)る。295それで親子(おやこ)の対面(たいめん)だ。296武志(たけし)の森(もり)の社務所(ながどこ)で腕(かひな)に咲(さ)いた梅(うめ)の花(はな)、297三千(さんぜん)世界(せかい)一度(いちど)に開(ひら)く梅(うめ)の花(はな)のやうな喜悦(よろこび)だ』
298真浦(まうら)『とんと合点(がつてん)が行(ゆ)かぬ哩(わい)。299田吾(たご)さま、300もうチツト落(お)ちついて云(い)つて下(くだ)さい』
301田吾作(たごさく)『他人(たにん)の乃公(わし)まで、302あまり嬉(うれ)しうて、303これが何(ど)うして落(お)ちつけよう。304梅(うめ)ぢや梅(うめ)ぢや。305武志(たけし)の森(もり)まで往(い)つて見(み)りや解(わか)る』
306真浦(まうら)『益々(ますます)解(わか)らぬことを云(い)ふぢやないか』
307と訝(いぶ)かし相(さう)に首(くび)を傾(かたむ)ける。308其処(そこ)へお春(はる)が遅(おく)れ馳(ば)せにやつて来(き)た。
309お春(はる)『モシモシ大変(たいへん)な喜(よろこ)びが出来(でき)ました。310田吾作(たごさく)さまに大体(だいたい)のことは、311御(お)聴(き)きでせうから私(わたくし)が申上(まをしあ)げるものも二重(にぢう)ですが、312本当(ほんたう)に結構(けつこう)でございますよ。313松鷹彦(まつたかひこ)のお爺(ぢい)さまも到頭(たうとう)親子(おやこ)の対面(たいめん)をなさいました』
314真浦(まうら)『何(なに)ツ、315お爺(ぢい)さまが親子(おやこ)の対面(たいめん)、316して其(その)子(こ)と云(い)ふのは誰(たれ)のことだな』
317お春(はる)『彼(あ)の此(この)間(あひだ)行者(ぎやうじや)になつて出(で)て来(き)た宗彦(むねひこ)さまが、318お爺(ぢい)さまの子(こ)だつた相(さう)です。319右(みぎ)の腋(わき)の下(した)に梅(うめ)の花(はな)の痣(あざ)があつたので、320それで親子(おやこ)と云(い)ふことに気(き)が付(つ)いたのです。321彼(あ)の方(かた)は紀(き)の国(くに)の生(うま)れで、322名前(なまへ)は竹(たけ)さまとか云(い)つたさうです。323さうしてまだ松(まつ)さまといふ兄(あに)があり、324お梅(うめ)さまといふ妹(いもうと)があるさうです。325それは未(ま)だ分(わか)りませぬ。326併(しか)し乍(なが)らお爺(ぢい)さまは竹(たけ)さまに会(あ)つたので大変(たいへん)な御(お)喜(よろこ)び、327どうぞ貴方(あなた)も早(はや)く武志(たけし)の森(もり)迄(まで)いつて神(かみ)様(さま)に御(お)礼(れい)を申(まを)して下(くだ)さい。328村中(むらぢう)明日(あす)は総休(そうやす)みをして御(お)祝(いは)ひをせなくてはなりませぬから』
329真浦(まうら)『何(なに)ツ、330三(さん)人(にん)兄妹(きやうだい)、331さうして竹(たけ)と云(い)ふのが彼(あ)の男(をとこ)か』
332田吾作(たごさく)『オーさうぢやさうぢや、333なにを愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(ゐ)るのだ。334早(はや)くいきなさらぬか。335お春(はる)さま女(をんな)だてら構(かま)はひでも好(い)いワ。336早(はや)く帰(かへ)つて御(ご)馳走(ちそう)の用意(ようい)をせないか』
337 お春(はる)は『ハイ』と答(こた)へて足早(あしばや)に立(た)ち去(さ)つた。338真浦(まうら)は手(て)を組(く)み、
339真浦(まうら)『ハテナ』
340と云(い)つたきり、341深(ふか)き思案(しあん)に沈(しづ)むものの如(ごと)くである。
342田吾作(たごさく)『ハテナもあつたものかい。343サアサア御(お)輿(みこし)を上(あ)げたり上(あ)げたり。344お前(まへ)さまは斯(こ)んな芽出度(めでた)いことが何(なん)とも無(な)いのか。345何(なに)を愚図(ぐづ)々々(ぐづ)してゐるのだ。346それだから私(わし)に鍬(くは)の尖(さき)で指(ゆび)を斬(き)られるやうな事(こと)が出来(でき)るのだ。347サア早(はや)う早(はや)ういつてお呉(く)れなさい』
348 真浦(まうら)は何故(なにゆゑ)か太(ふと)き息(いき)を吐(つ)き、349無言(むごん)の儘(まま)うつむいて頻(しき)りに考(かんが)へてゐる。
350田吾作(たごさく)『オー今(いま)思(おも)ひ出(だ)した。351此(この)間(あひだ)お前(まへ)さまが禊身(みそぎ)の時(とき)に私(わし)がチラと見(み)ておいた、352お前(まへ)さまの腋(わき)の下(した)に梅(うめ)の痣(あざ)がありましたなア。353それならひよつとしたら爺(ぢい)さまの子(こ)で松(まつ)と云(い)ふ男(をとこ)かも知(し)れはしない。354何(ど)うだい、355違(ちが)ひはありますまいがな』
356真浦(まうら)『コレコレ田吾作(たごさく)さま、357滅多(めつた)な事(こと)を云(い)つて下(くだ)さるな。358梅(うめ)の紋(もん)の痣(あざ)のあるものは、359広(ひろ)い世界(せかい)には沢山(たくさん)あるだらう。360さう軽率(けいそつ)に云(い)つて貰(もら)つては困(こま)るからなア』
361田吾作(たごさく)『なに化物(ばけもの)のやうに人間(にんげん)の身体(からだ)に、362梅(うめ)の花(はな)の咲(さ)いた奴(やつ)が、363さう沢山(たくさん)あつてたまりますかい。364うめい言(い)ひ訳(わけ)をしなさるな。365ドーレ一(ひと)つこれから爺(ぢい)さまの所(ところ)へトツ走(ぱし)つて注進(ちうしん)だ。366ヤア天変(てんぺん)だ、367天変(てんぺん)だ』
368と駆出(かけだ)す。
369真浦(まうら)『コレコレ留(とめ)さま、370一寸(ちよつと)田吾作(たごさく)さまを捉(つか)まへて下(くだ)さいな』
371 留公(とめこう)は、
372留公(とめこう)『合点(がつてん)だ』
373と田吾作(たごさく)の後(あと)を追(お)ひ駆(かけ)る。374田吾作(たごさく)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)走(はし)り出(だ)す。375踏(ふ)み外(はづ)して崖下(がけした)の麦畑(むぎばたけ)へ顛落(てんらく)し、
376田吾作(たごさく)『アーアやつぱり地異(ちい)天変(てんぺん)だ。377麦(むぎ)一升(いつしよう)な目(め)に会(あ)つたものだ。378オイ留公(とめこう)、379この報告(はうこく)は俺(おれ)が承(うけたま)はつたのだ、380先(さき)へいつて喜(よろこ)ばしやがると承知(しようち)せぬぞ』
381留公(とめこう)『貴様(きさま)の言(い)ふことは何(なに)が何(なん)だか、382薩張(さつぱり)解(わか)らせんワ。383俺(おれ)ん所(ところ)の麦畑(むぎばたけ)をワヤにしやがつて何(ど)うして呉(く)れるのだい』
384田吾作(たごさく)『何(ど)うも斯(か)うもあつたものかい。385麦(むぎ)の一升(いつしよう)や二升(にしよう)ワヤになつたつて、386此(こ)の喜(よろこ)びに替(か)へられるものか。387親子(おやこ)の人(ひと)に寄附(きふ)したと思(おも)へば済(す)むのだ。388此(こ)の場合(ばあひ)になつて吝嗇(けち)くさいことを言(い)ふな』
389 留公(とめこう)は又(また)もや両手(りやうて)を組(く)んで、
390留公(とめこう)『ハテナ』
391と思案(しあん)に暮(く)れてゐる。392松鷹彦(まつたかひこ)は二人(ふたり)に留守(るす)を命(めい)じ置(お)き、393あかざの杖(つゑ)をつき田吾作(たごさく)の後(あと)を追(お)うてヒヨロヒヨロと此処(ここ)までやつて来(き)た。
394留公(とめこう)『ヤア貴方(あなた)は宮(みや)のお爺(ぢい)さま』
395松鷹彦(まつたかひこ)『お前(まへ)は留(とめ)さまぢやないか。396斯(こ)んな路傍(みちばた)に何(なに)心配(しんぱい)さうにして立(た)つてござるのだ』
397留公(とめこう)『別(べつ)に心配(しんぱい)も何(なに)もありませぬが、398田吾作(たごさく)の奴(やつ)俄(にはか)に発狂(はつきやう)し居(を)つて、399これ此(この)通(とほ)り此(こ)の高土手(たかどて)から顛落(てんらく)し、400訳(わけ)のわからぬ事(こと)を言(い)つてます』
401 爺(ぢい)さんは恐(こは)相(さう)に崖下(がいか)をソツと覗(のぞ)いた。402高所(かうしよ)から落(お)ちて腰(こし)を痛(いた)め、403脚(あし)の蝶番(てふつがい)を破損(はそん)した田吾作(たごさく)は、404爺(ぢい)の顔(かほ)を見(み)るより、
405田吾作(たごさく)『ヨーお爺(ぢい)さま、406大変(たいへん)大変(たいへん)、407左(ひだり)の腋下(わきした)にモ一(ひと)つの梅(うめ)の花(はな)が咲(さ)いた』
408松鷹彦(まつたかひこ)『それは何処(どこ)に咲(さ)いたのだな』
409田吾作(たごさく)『何処(どこ)にも彼処(かしこ)にも咲(さ)いて咲(さ)いて咲(さ)き乱(みだ)れて居(を)る。410真浦(まうら)ぢや真浦(まうら)ぢや、411真浦(まうら)の左(ひだり)の腋下(わきした)に梅(うめ)の花(はな)の痣(あざ)があるのだよ。412的切(てつき)りお前(まへ)の伜(せがれ)の松(まつ)さまに間違(まちが)ひなからう。413いつて来(き)なさい。414私(わし)はお前(まへ)に報告(はうこく)のため、415駄賃(だちん)取(と)らずの飛脚(ひきやく)さまで今日(けふ)一(いち)日(にち)は、416お前(まへ)のために社会(しやくわい)奉仕(ほうし)をするのだよ』
417松鷹彦(まつたかひこ)『それはマア妙(めう)なことを聞(き)くが実際(じつさい)そんなことがあるのかい。418嘘(うそ)ぢやあるまいなア』
419田吾作(たごさく)『嘘(うそ)を云(い)つた所(ところ)で一文(いちもん)の徳(とく)にもなりはせぬ。420早(はや)く帰(かへ)つて親子(おやこ)対面(たいめん)の用意(ようい)をしなさい。421オイ留公(とめこう)、422真浦(まうら)さまを宮(みや)の社務所(ながどこ)まで引張(ひつぱ)つて来(く)るのだよ』
423と身体(からだ)の痛(いた)みも忘(わす)れて、424一生(いつしやう)懸命(けんめい)に叫(さけ)んでゐる。425松鷹彦(まつたかひこ)は半信(はんしん)半疑(はんぎ)乍(なが)らも、426何(なに)か心(こころ)に期(き)する所(ところ)あるものの如(ごと)く、427覚束(おぼつか)なき足(あし)も欣々(いそいそ)と軽(かる)げに元(もと)来(き)し道(みち)へ踵(きびす)を返(かへ)した。
428 留公(とめこう)は田吾作(たごさく)を助(たす)けむと、429少(すこ)しく迂回(うくわい)して側(かたはら)に近付(ちかづ)き、
430留公(とめこう)『オイ田吾作(たごさく)、431しつかりせぬか、432口(くち)ばつかり噪(はし)やぎ居(を)つて、433腰(こし)がチツとも立(た)たぬぢやないか』
434田吾作(たごさく)『あまり嬉(うれ)しくて嬉(うれ)し腰(ごし)が抜(ぬ)け居(を)つたのだい』
435留公(とめこう)『サア、436俺(おれ)が負(お)うてやるから俺(おれ)の背中(せなか)に喰(くら)ひつくのだ』
437田吾作(たごさく)『俺(おれ)を負(お)ふ人(ひと)があるのだ。438それ迄(まで)待(ま)つてゐるのだよ。439大(おほ)きに憚(はばか)りさま』
440留公(とめこう)『負惜(まけをし)みの強(つよ)い奴(やつ)だな。441俺(おれ)が親切(しんせつ)に負(お)うてやらうと言(い)ふのに、442何故(なぜ)負(お)はれぬのか』
443田吾作(たごさく)『かうして此処(ここ)に平太(へた)つて居(を)れば、444屹度(きつと)通(とほ)る人(ひと)があるのだよ。445カヽヽエー矢張(やつぱり)構(かま)うてくれな。446何事(なにごと)も惟神(かむながら)に任(まか)すのだ』
447留公(とめこう)『ハハア、448カヽヽと云(い)ひやがつて、449大方(おほかた)お勝(かつ)さまに負(お)うて貰(もら)はうと思(おも)つてゐるのだらう、450サアサ俺(おれ)がお勝(かつ)さまの所(ところ)へ負(お)つて連(つ)れて行(い)つてやらう。451背中(せなか)に喰(くら)ひつくのだよ』
452 田吾作(たごさく)はソーと腰(こし)を上(あ)げてみて、
453田吾作(たごさく)『アー妙(めう)だ、454何時(いつ)の間(ま)にか自然(しぜん)療法(れうはふ)で全快(ぜんくわい)し居(を)つた。455マア生命(いのち)に別条(べつでう)はない。456安心(あんしん)してくれ』
457留公(とめこう)『こんな奴(やつ)に相手(あひて)になつて居(ゐ)ると狐(きつね)につままれたやうなものだ。458エヽ怪体(けつたい)の悪(わる)い』
459とボヤキボヤキ上(あが)つて行(ゆ)く。460田吾作(たごさく)はシヤンシヤンとして後(あと)を追(お)ふ。461漸(やうや)く顛落(てんらく)した箇所(かしよ)までやつて来(き)た。
462田吾作(たごさく)『アヽ此処(ここ)だ、463俺(おれ)の一生(いつしやう)一代(いちだい)の放(はな)れ業(わざ)の遺跡(ゐせき)だ。464臨時(りんじ)に目標(もくへう)でも建(た)てて記念(きねん)にして置(お)かうかな』
465 其処(そこ)へ慌(あわただ)しくやつて来(き)たのは真浦(まうら)である。
466真浦(まうら)『留(とめ)さま、467田吾作(たごさく)さま、468何(なに)をしてゐるのだ』
469留公(とめこう)『今(いま)田吾作(たごさく)が空中(くうちう)滑走(くわつそう)の曲芸(きよくげい)を演(えん)じ、470此(こ)の留(とめ)さまに御覧(ごらん)に供(きよう)した所(ところ)です』
471田吾作(たごさく)『ヤア左(ひだり)の腋(わき)の下(した)の梅(うめ)の花(はな)か、472サア早(はや)く来(き)た。473もう爺(ぢい)さんに注進(ちうしん)済(ず)みだ。474屹度(きつと)四頭(しとう)立(だ)ての黒塗(くろぬ)りの馬車(ばしや)か、475自動車(じどうしや)を以(もつ)て迎(むか)ひに来(き)ますぜ。476マア、477ゆつくり此(こ)の田圃路(たんぼみち)に待(ま)つて居(ゐ)なさい』
478 真浦(まうら)はニタリと笑(わら)ひ乍(なが)ら、479足早(あしばや)に武志(たけし)の森(もり)をさして急(いそ)ぎ行(ゆ)く。480二人(ふたり)も捻鉢巻(ねぢはちまき)し乍(なが)ら大股(おほまた)に宙(ちう)を飛(と)んで、481宮(みや)の社務所(ながどこ)目蒐(めが)けて駆(か)け出(だ)した。
482(大正一一・五・一三 旧四・一七 外山豊二録)
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【メールアドレス】
合言葉「みろく」を入力して下さい→