霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 鬼婆(おにばば)〔六七三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第20巻 如意宝珠 未の巻 篇:第3篇 三国ケ嶽 よみ(新仮名遣い):みくにがだけ
章:第11章 鬼婆 よみ(新仮名遣い):おにばば 通し章番号:673
口述日:1922(大正11)年05月14日(旧04月18日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年3月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
夜が明けて三人が登っていくと、大岩窟と、その前に三四十軒の萱葺きの家が建っているのが見えた。
田吾作はさっそくほらを吹き始めるが、宗彦がたしなめた。この部落の人間は、岩窟に居を構えるバラモン教の蜈蚣姫が毒茶を飲ませて、話ができないようにしてしまっていた。
田吾作は、宗彦に村人の調査を任されるが、みな言葉が話せず、アアアと言うのみであった。三人が腰を下ろしていると、赤子を抱いた女たち数十人を従えた、容色の勝れた女が現れ、アアアといいながら北の谷間へ三人を招く。
この女は、玉照姫の生母のお玉であった。蜈蚣姫の手下にかどわかされて、毒茶を飲まされてこの山村に住まわされていたのであった。三人はお玉の顔を知らなかったが、後をついていった。
そこは、蜈蚣姫が拠点としている岩窟の奥であった。そこには鬼婆となった蜈蚣姫がいた。蜈蚣姫は三五教に対するバラモン教の優位をしきりに説く。三人は、蜈蚣姫が勧める毒茶を知らずに飲んでしまい、たちまち言語を失い、動けなくなってしまった。
蜈蚣姫はこのままバラモン教の修行をさせてやるのだと言って悦に入り、八岐大蛇に勝利を報告している。
そこへ、岩窟の入口に宣伝歌を歌いながらやってくる一人の男があった。また岩窟の奥からは、宣伝歌を歌う女の声が聞こえてきた。宣伝歌が響くと、三人はにわかに動き話すことができるようになった。蜈蚣姫は逆に身体がすくんでしまった。
入口に現れた男は留公だった。また、お玉の方は話せるようになっていたのだが、蜈蚣姫にそれを隠して、蜈蚣姫が奪った黄金の玉のありかを密かに探っていたのであった。
一行は、黄金の玉を取り返すと、硬直している蜈蚣姫をその場に置いて、宣伝歌を歌いながら山を下り、聖地に向かって戻っていった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-04-28 18:22:20 文字数:8331 OBC :rm2011
愛善世界社版:244頁 八幡書店版:第4輯 239頁 修補版: 校定版:253頁 普及版:110頁 初版: ページ備考:
001 夜(よ)は漸(やうや)くに明(あ)け離(はな)れ、002木(こ)の間(ま)に囀(さへづ)る諸鳥(もろとり)の声(こゑ)に送(おく)られて、003三(さん)人(にん)は足(あし)に任(まか)せて進(すす)み行(ゆ)く。004大岩窟(だいがんくつ)を背景(はいけい)に茅葺(かやぶ)き屋根(やね)の三四十(さんしじふ)、005軒(のき)を並(なら)べて立(た)つて居(ゐ)る。
006田吾作(たごさく)『サア、007とうとう三国(みくに)ケ岳(だけ)の鬼婆(おにばば)の大都会(だいとくわい)が見(み)えて来(き)た。008戸数(こすう)無慮(むりよ)三十(さんじふ)余(よ)万(まん)、009人口(じんこう)殆(ほとん)ど嘘(うそ)八百万(はつぴやくまん)と云(い)ふ、010一大(いちだい)都会(とくわい)だ。011大分(だいぶん)に俺(おれ)達(たち)も足(あし)が変(へん)になつたから、012定(さだ)めし都会(とくわい)には高架(かうか)鉄道(てつだう)もあるだらうし、013自動車(じどうしや)、014電車(でんしや)の設備(せつび)も完全(くわんぜん)に出来(でき)て居(を)るだらう、015一(ひと)つ乗(の)つて見(み)ようかなア』
016 原彦(はらひこ)、017田吾作(たごさく)の肩(かた)を揺(ゆす)り、
018原彦(はらひこ)『オイ、019田吾作(たごさく)さま、020これからが肝腎(かんじん)だ、021今(いま)から呆(はう)けてどうするのだ、022確(しつか)りせぬかいな。023片方(かたはう)は岩窟(がんくつ)にたてかけた藁小屋(わらごや)が三四十(さんしじふ)並(なら)んで居(を)るだけぢやないか、024そんな狂気(きやうき)じみた事(こと)を云(い)うて呉(く)れると俺(おれ)も淋(さび)しうなつて来(き)た』
025田吾作(たごさく)『アハヽヽヽ、026此処(こいつ)は余(よ)つ程(ぽど)馬鹿(ばか)だなア、027一寸(ちよつと)景気(けいき)をつけるために、028誇大(こだい)的(てき)に広告(くわうこく)して見(み)たのだ。029蛇喰(へびく)ひや蛙喰(かはづくら)ひの半獣(はんじう)半鬼(はんき)の巣窟(さうくつ)だ。030これからもう馬鹿口(ばかぐち)は慎(つつし)んで不言(ふげん)実行(じつかう)にかからう』
031宗彦(むねひこ)『お前(まへ)たち二人(ふたり)はいよいよ戦場(せんぢやう)に向(むか)つたのだから確(しつか)りしてくれないと困(こま)るよ。032又(また)決(けつ)して乱暴(らんばう)な事(こと)はしてはならないから、033慎(つつし)んでくれ。034頭(あたま)の三(み)つや四(よ)つ撲(なぐ)られた位(くらゐ)で、035目(め)を釣(つ)り上(あ)げたり、036口(くち)を歪(ゆが)めるやうでは、037此(この)度(たび)の御用(ごよう)は勤(つと)まらぬから、038兎(と)に角(かく)忍(にん)と云(い)ふ字(じ)を心(こころ)に離(はな)さぬやうにするのだ。039忍(にん)と云(い)ふ字(じ)は刃(やいば)の下(した)に心(こころ)だ。040敵(てき)の刃(やいば)の下(した)も誠(まこと)の心(こころ)で潜(くぐ)つて敵(てき)を改心(かいしん)させるのだから、041くれぐれも心得(こころえ)てくれ』
042 田吾(たご)、043原(はら)の両人(りやうにん)は小声(こごゑ)で『ハイハイ』と答(こた)へながら進(すす)んで行(ゆ)く。044二百(にひやく)人(にん)許(ばか)りの老若(らうにやく)男女(なんによ)が一(ひと)つの部落(ぶらく)を作(つく)つて居(を)る。045さうして此処(ここ)の人間(にんげん)はどれもこれも皆(みな)唖(おし)ばかりになつて居(を)る。046蜈蚣姫(むかでひめ)の鬼婆(おにばば)が計略(けいりやく)で篏口令(かんこうれい)を布(し)くかはりに、047皆(みな)茶(ちや)に毒(どく)を入(い)れて呑(の)まされたものばかりだ。048恰度(ちやうど)唖(おし)の国(くに)へ来(き)たも同様(どうやう)である。049田吾作(たごさく)は些(すこ)しも此(この)事情(じじやう)を知(し)らず、050一(ひと)つの家(いへ)に飛(と)び込(こ)み、
051田吾作(たごさく)『一寸(ちよつと)、052物(もの)を尋(たづ)ねますが、053婆(ばば)アの館(やかた)はどう往(い)つたら宜敷(よろし)いかな』
054 中(なか)より四五(しご)人(にん)の男女(なんによ)、055ダラダラと戸口(とぐち)に走(はし)り出(い)で、056不思議(ふしぎ)な顔(かほ)をして何(いづ)れも口(くち)をポカンと開(あ)けて、057アヽヽヽと唖(おし)のやうに云(い)つて居(ゐ)る。058田吾作(たごさく)は声(こゑ)を張上(はりあ)げて、
059田吾作(たごさく)『婆(ばば)アの所(ところ)は何処(どこ)だと問(と)うてゐるのだ』
060 天賦(てんぷ)の言霊器(げんれいき)と聴声器(ちやうせいき)を破壊(はくわい)された一同(いちどう)は、061何(なん)の事(こと)だか少(すこ)しも分(わか)らず、062唯(ただ)口(くち)を開(あ)けて、063アヽヽヽと叫(さけ)ぶのみである。
064田吾作(たごさく)『モシ、065宣伝使(せんでんし)さま、066何(なん)と言(い)つても返事(へんじ)もせず、067唯(ただ)口(くち)を開(あ)けてアヽヽヽと云(い)うて居(を)る唖(おし)見(み)たやうな奴(やつ)許(ばか)りですな、068次(つぎ)の家(うち)へ行(い)つて尋(たづ)ねて見(み)ませうか』
069宗彦(むねひこ)『お前(まへ)に一任(いちにん)するから、070何卒(どうか)、071私(わたし)が当選(たうせん)するやうに戸別(こべつ)訪問(はうもん)をして、072清(きよ)き一票(いつぺう)をと丁寧(ていねい)に、073お辞儀(じぎ)に資本(もと)は要(い)らぬから頼(たの)んでくれい』
074田吾作(たごさく)『何(なん)ぼ資本(もと)が要(い)らぬと云(い)つても、075さうペコペコ頭(あたま)を下(さ)げては頭痛(づつう)がします哩(わい)。076投票(とうへう)もない事(こと)を仰有(おつしや)るな、077人(ひと)の選挙(せんきよ)(疝気(せんき))を頭痛(づつう)にやんで、078耐(たま)りますかい。079何程(なにほど)気張(きば)つたつて解散(かいさん)の命令(めいれい)が下(くだ)つたら、080それこそ元(もと)の黙阿弥(もくあみ)ですよ』
081宗彦(むねひこ)『兎(と)も角(かく)お前(まへ)に一任(いちにん)する』
082田吾作(たごさく)『承知(しようち)致(いた)しました。083在野党(ざいやたう)と思(おも)つて選挙(せんきよ)干渉(かんせう)をやらぬやうにして下(くだ)さいや。084モシモシ此(こ)の家(や)のお方(かた)、085婆(ばば)アのお住居(すまゐ)は何処(どこ)だ、086知(し)らしてくれないか、087決(けつ)して投票(とうへう)乞食(こじき)ぢやないから安心(あんしん)して云(い)つておくれ』
088 家(いへ)の中(なか)から又(また)もや四五(しご)人(にん)の男女(なんによ)、089怪訝(けげん)な顔(かほ)して門口(かどぐち)に立(た)ち現(あら)はれ、090口(くち)を開(あ)けてアヽヽヽと云(い)ふばかり。091あゝ此奴(こいつ)も駄目(だめ)だと、092田吾作(たごさく)はまた次(つぎ)へ行(ゆ)く。093行(い)つても行(い)つても、094アヽ責(ぜめ)に遇(あ)はされて一向(いつかう)要領(えうりやう)を得(え)ない。095とうとう一戸(いつこ)も残(のこ)らず戸口(ここう)調査(てうさ)を無事(ぶじ)終了(しうれう)して仕舞(しま)つた。096されど何(なん)の得(う)る所(ところ)もなく、097婆(ばば)アの姿(すがた)も見当(みあた)らなかつた。
098 三(さん)人(にん)は是非(ぜひ)なく腰掛(こしかけ)に都合(つがふ)の好(よ)い岩(いは)を探(さが)して、099ドシンと尻(しり)を下(お)ろし、100暫(しばら)く息(いき)を休(やす)める。101赤(あか)ん坊(ばう)を懐中(ふところ)に抱(いだ)いた女(をんな)、102幾十(いくじふ)人(にん)ともなく、103不思議(ふしぎ)さうに三(さん)人(にん)の前(まへ)に立(た)ち現(あら)はれ、104口(くち)を開(あ)けて、105アヽヽヽヽとア声(ごゑ)の連発(れんぱつ)をやつて居(ゐ)る。
106田吾作(たごさく)『エヽ怪(け)つ体(たい)な所(ところ)だな、107矢張(やつぱり)三国(みくに)ケ岳(だけ)の辺(へん)は野蛮(やばん)未開(みかい)の土地(とち)だから、108言語(げんご)が無(な)いと見(み)える哩(わい)』
109と話(はな)して居(ゐ)る。110其処(そこ)へ容色(ようしよく)優(すぐ)れたる一人(ひとり)の女(をんな)が現(あら)はれ来(きた)り、111宣伝使(せんでんし)に会釈(ゑしやく)し、112是(これ)亦(また)アヽヽヽを連発(れんぱつ)しながら北(きた)の谷間(たにま)を指(ゆび)ざし走(はし)り行(ゆ)く。113この女(をんな)は玉照姫(たまてるひめ)の生母(せいぼ)お玉(たま)であつた。114婆(ばば)の手下(てした)の者(もの)に誘拐(かどわか)され、115この山奥(やまおく)に連(つ)れ込(こ)まれてゐたのである。
116 婆(ばば)の考(かんが)へとしては、117玉照姫(たまてるひめ)を占奪(せんだつ)する手段(しゆだん)として、118先(ま)づ生母(せいぼ)のお玉(たま)をうまうまと此処(ここ)へ奪(うば)ひ帰(かへ)つたのである。119三(さん)人(にん)はお玉(たま)の顔(かほ)を一度(いちど)も見(み)た事(こと)がないので、120そんな秘密(ひみつ)の伏在(ふくざい)する事(こと)は夢(ゆめ)にも知(し)らず、121お玉(たま)の跡(あと)を追(お)つて、122スタスタと駆出(かけだ)した。
123 四五丁(しごちやう)ばかり谷(たに)に沿(そ)うて左(ひだり)へ進(すす)むと、124壁(かべ)を立(た)てたやうな巨岩(きよがん)が幾(いく)つともなく谷間(たにま)に碁列(ごれつ)して居(ゐ)る。125お玉(たま)は手招(てまね)きしながら、126岩窟(がんくつ)の穴(あな)を潜(くぐ)つて姿(すがた)を隠(かく)した。127三(さん)人(にん)は其(その)後(あと)から、128ドンドンと足(あし)を速(はや)めて岩窟(がんくつ)の中(なか)を五六間(ごろくけん)許(ばか)り進(すす)む。129此処(ここ)が鬼(おに)ケ城(じやう)山(ざん)に割拠(かつきよ)して居(ゐ)た鬼熊別(おにくまわけ)の妻(つま)蜈蚣姫(むかでひめ)が自転倒(おのころ)島(じま)に於(お)ける第二(だいに)の作戦地(さくせんち)であつた。130蛇(へび)、131蛙(かへる)、132山蟹(やまがに)、133其(その)他(た)獣類(けもの)の肉(にく)はよく乾燥(かんさう)さして岩窟(がんくつ)の中(なか)に幾(いく)つともなく釣(つ)り下(さ)げられてある。
134田吾作(たごさく)『アイ御免(ごめん)なさい、135バラモン教(けう)の鬼婆(おにばば)アの住家(すまひ)は此処(ここ)で御座(ござ)いますか』
136婆(ばば)『此処(ここ)が鬼婆(おにばば)蜈蚣姫(むかでひめ)の住家(すみか)だよ』
137田吾作(たごさく)『アヽ、138左様(さやう)で御座(ござ)いましたか、139これは失礼(しつれい)致(いた)しました。140なんと立派(りつぱ)なお館(やかた)ですな、141これでは風雨(ふうう)雷電(らいでん)、142地震(ぢしん)も大丈夫(だいぢやうぶ)でせう。143吾々(われわれ)もせめて半日(はんにち)なりと、144こんな結構(けつこう)な館(やかた)に暮(くら)したいものです哩(わい)』
145婆(ばば)『お前(まへ)は一体(いつたい)何処(どこ)の人(ひと)ぢや、146そして又(また)二人(ふたり)も伴(とも)を連(つ)れて来(き)て居(を)るのかな』
147田吾作(たごさく)『ハイ、148実(じつ)の所(ところ)は三五教(あななひけう)の予備(よび)宣伝使(せんでんし)を拝命(はいめい)致(いた)しまして、149今日(けふ)が初陣(うひぢん)で御座(ござ)います。150此(この)通(とほ)り、151宗彦(むねひこ)、152原彦(はらひこ)と云(い)ふケチな野郎(やらう)を連(つ)れて居(を)ります。153大変(たいへん)腹(はら)を減(へ)らして居(を)るさうですから、154蛙(かへる)の干乾(ひぼし)でも恵(めぐ)んでやつて下(くだ)さいな』
155婆(ばば)『折角(せつかく)の御(ご)入来(じゆらい)だから、156大切(たいせつ)な蛙(かへる)ぢやけれど、157饗応(よん)であげませう。158この蛙(かへる)は当山(たうざん)の名物(めいぶつ)お殿蛙(とのがへる)と云(い)つて、159虫(むし)の薬(くすり)にもなり、160一切(いつさい)の病気(びやうき)の妙薬(めうやく)だ。161田圃(たんぼ)にヒヨコヒヨコ飛(と)んで居(を)る青蛙(あをがへる)や糞蛙(くそがへる)とは些(ちつ)と撰(せん)を異(こと)にして居(を)るのだから、162其(その)積(つも)りで味(あぢ)はつて食(あ)がりなさい。163お前(まへ)さんは蛙飛(かへると)ばしの蚯蚓切(みみずき)りだからなア』
164田吾作(たごさく)『チヨツ、165馬鹿(ばか)にして居(ゐ)やがる哩(わい)』
166原彦(はらひこ)『オイオイ宣伝使(せんでんし)の化(ばけ)サン、167そんな事(こと)を言(い)うてくれては困(こま)るぢやないか』
168田吾作(たごさく)『困(こま)るやうにお願(ねが)ひしたのだよ、169昔(むかし)、170竹熊(たけくま)が竜宮城(りうぐうじやう)の使臣(ししん)を招待(せうたい)した時(とき)には、171百足(むかで)や蜴蜥(とかげ)、172なめくじなどの御(ご)馳走(ちそう)を食(く)はした[※第1巻第41~42章「八尋殿の酒宴」のエピソード。]と云(い)ふぢやないか、173鰈(かれひ)か鯣(するめ)だと思(おも)うて食(く)ひさへすりやよいのだ。174お前(まへ)は食(く)はず嫌(ぎら)ひだなくて、175蛙(かへる)嫌(ぎら)ひだから困(こま)る、176アハヽヽヽ』
177婆(ばば)『三(さん)人(にん)ともそんな所(ところ)に立(た)つて居(ゐ)ずに、178サアサア足(あし)を洗(あら)つてお上(あが)りなさい。179今晩(こんばん)は悠(ゆつ)くりと話(はな)しませう。180お前(まへ)は三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)が初陣(うひぢん)だと云(い)つたな』
181田吾作(たごさく)『ハイ、182申(まを)しました、183全(まつた)く其(その)通(とほ)りです』
184婆(ばば)『そんなら尚(なほ)結構(けつこう)だ、185なまりはんぢやくの、186苔(こけ)の生(は)えた宣伝使(せんでんし)は何(ど)うも強太(しぶと)うて改心(かいしん)が出来(でき)ぬ。187お前(まへ)はまだまだほやほやだから、188十分(じふぶん)の教理(けうり)も聞(き)いて居(ゐ)やせまい』
189田吾作(たごさく)『私(わたし)は郷里(きやうり)を立(た)つて来(き)たところですが、190何(なん)と妙(めう)な事(こと)を仰有(おつしや)いますな』
191婆(ばば)『ハヽヽヽヽ、192お前(まへ)は余(よ)つ程(ぽど)無学者(むがくしや)と見(み)える哩(わい)、193けうりと云(い)ふ事(こと)は故郷(こきやう)の意味(いみ)ぢやない、194三五教(あななひけう)の筋(すぢ)はどうだと問(と)ふのだ』
195田吾作(たごさく)『つい、196きよりきよりして居(ゐ)ましたので筋(すぢ)も何(なに)も分(わか)りませぬ』
197婆(ばば)『アヽそうだらうそうだらう、198筋(すぢ)が分(わか)つたら阿呆(あはう)らしうて三五教(あななひけう)に居(を)れたものぢやない。199筋(すぢ)が分(わか)らぬのが結構(けつこう)だ。200サアこれから此処(ここ)で百(ひやく)日(にち)ばかり無言(むごん)の行(ぎやう)をして、201其(その)上(うへ)言霊(ことたま)を開(ひら)いて、202バラモン教(けう)の宣伝使(せんでんし)になるのだよ。203お前(まへ)、204此処(ここ)へ来(く)る道(みち)に沢山(たくさん)の家(いへ)があつたらうがな、205皆(みな)無言(むごん)の行(ぎやう)がさしてあるのだ』
206田吾作(たごさく)『あの儘(まま)ものが言(い)へなくなるのぢやないのですか、207どうやら聾(つんぼ)のやうですが』
208婆(ばば)『聾(つんぼ)は尚更(なほさら)結構(けつこう)だ。209モ一(ひと)つ荒行(あらぎやう)をすれば目(め)も見(み)えぬやうになつて仕舞(しま)ふ。210だけれど目(め)だけは退(の)けて置(お)かぬと、211不自由(ふじゆう)だと思(おも)つて大目(おほめ)に見(み)てあるのだ。212百(ひやく)日(にち)の行(ぎやう)をして好(よ)いものもある、213十日(とをか)で好(よ)いものもある、214修業(しうげふ)さへ出来(でき)たら口(くち)も利(き)けるやうに、215耳(みみ)も聞(きこ)えるやうにチヤンとしてあるのだ』
216田吾作(たごさく)『婆(ば)アサン、217そりあ無言(むごん)の行(ぎやう)ぢやない、218云(い)はれぬから云(い)はぬのだらう、219云(い)へる口(くち)を持(も)つて居(を)つて云(い)はぬやうにし、220聞(きこ)える耳(みみ)を持(も)つて居(ゐ)て聞(き)かぬやうにして居(ゐ)るのなら、221行(ぎやう)にもならうが、222しよう事(こと)なしに云(い)はざる聞(き)かざるはあまり行(ぎやう)にもならないぢやないか』
223婆(ばば)『そんな理屈(りくつ)を云(い)ふものぢやない、224信仰(しんかう)の道(みち)には理屈(りくつ)は禁物(きんもつ)だ。225人間(にんげん)の分際(ぶんざい)として、226さうガラガラと鈴(すず)の化物(ばけもの)のやうに小理屈(こりくつ)を云(い)ふものぢやない哩(わい)』
227田吾作(たごさく)『ヘエ』
228と首(くび)を傾(かたむ)ける。
229宗彦(むねひこ)『私(わたし)は三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)です。230今(いま)宣伝使(せんでんし)と云(い)つて居(を)つた男(をとこ)はまだ卵(たまご)ですから、231何(なに)を云(い)ふか分(わか)りませぬ』
232婆(ばば)『アヽさうだらうと思(おも)つた。233何(なん)だか間拍子(まべうし)の抜(ぬ)けた理屈(りくつ)を捏(こ)ねる人(ひと)だ。234人間(にんげん)も大悟(たいご)徹底(てつてい)すると、235神(かみ)様(さま)の広大(くわうだい)無辺(むへん)の御(ご)威徳(ゐとく)が分(わか)つて、236何(なん)とも云(い)はれぬやうになつて仕舞(しま)うて黙(だま)つて居(ゐ)て改心(かいしん)するやうになるものぢや、237流石(さすが)にお前(まへ)は偉(えら)い、238最前(さいぜん)から婆(ばば)の云(い)ふ事(こと)を耳(みみ)を傾(かたむ)けて聞(き)きなさつた。239偉(えら)いものだ、240言葉(ことば)多(おほ)ければ品(しな)少(すくな)し、241空虚(くうきよ)なる器物(きぶつ)は強大(きやうだい)なる音響(おんきやう)を発(はつ)すと云(い)うて、242ガラガラドンドン云(い)ふ男(をとこ)に限(かぎ)り、243智慧(ちゑ)もなければ信仰(しんかう)も無(な)いものだ。244お前(まへ)は三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)なら、245あの青彦(あをひこ)、246紫姫(むらさきひめ)、247常彦(つねひこ)、248亀彦(かめひこ)、249悦子姫(よしこひめ)と云(い)ふ没分暁漢(わからずや)を知(し)つて居(を)るだらうなア』
250宗彦(むねひこ)『イエイエ私(わたし)達(たち)三(さん)人(にん)は、251宇都山(うづやま)村(むら)の者(もの)で御座(ござ)いまして、252唯(ただ)一度(いちど)聖地(せいち)へ参(まゐ)り、253暫(しばら)く修業(しうげふ)を致(いた)しましたが、254そんなお方(かた)にはお目(め)にかかつた事(こと)も御座(ござ)いませぬ、255何処(どこ)か宣伝(せんでん)に廻(まは)つて御座(ござ)るのでせう』
256婆(ばば)『どうぢや、257お前(まへ)も三五教(あななひけう)を止(や)めて、258私(わし)の弟子(でし)になつたら』
259宗彦(むねひこ)『有難(ありがた)う御座(ござ)いますが、260各自(めいめい)に自分(じぶん)の宗旨(しうし)は良(よ)く見(み)えるものです。261私(わたし)は貴女(あなた)に改心(かいしん)をして貰(もら)つて、262三五教(あななひけう)に帰順(きじゆん)して頂(いただ)かうと思(おも)ひ、263遥々(はるばる)と参(まゐ)つたのですよ。264何(ど)うです、265私(わたし)の云(い)ふ事(こと)を一通(ひととほ)りお聞(き)き下(くだ)さつて、266其(その)上(うへ)で入信(にふしん)なさつたら』
267婆(ばば)『アヽ、268いやいや誰人(だれ)が三五教(あななひけう)のやうな馬鹿(ばか)な教(をしへ)に入(はい)る奴(やつ)があるものか、269改心(かいしん)をしてくれなんて、270そりやお前(まへ)、271何(なに)を云(い)ふのだい。272是(これ)程(ほど)澄(す)み切(き)つた塵(ちり)一(ひと)つない御霊(みたま)の鬼婆(おにばば)だ、273改心(かいしん)があつて耐(たま)るものか、274改心(かいしん)するのはお前(まへ)等(ら)の事(こと)だ』
275 宗彦(むねひこ)は拍手(はくしゆ)し、276天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し初(はじ)める。277婆(ばば)は驚(おどろ)いて、
278婆『コレコレ皆様(みなさま)、279祝詞(のりと)も結構(けつこう)だが折角(せつかく)拵(こしら)へた蛙(かへる)の御飯(ごはん)、280お気(き)に入(い)らねば食(た)べて貰(もら)はいでもよいが、281せめて神(かみ)様(さま)に供(そな)へたのだから、282御(お)神酒(みき)とお茶(ちや)をお食(あが)り下(くだ)さい、283それで悠(ゆつ)くりとお祝詞(のりと)を上(あ)げなさい。284私(わし)も一緒(いつしよ)に上(あ)げさせて頂(いただ)くから』
285と無理(むり)に引(ひ)き留(とめ)る。
286宗彦(むねひこ)『弁当(べんたう)は此処(ここ)にパンを所持(しよぢ)して居(ゐ)ますからお茶(ちや)を下(くだ)さいませ』
287婆(ばば)『お神酒(みき)は好(すき)だらう、288自然薯(じねんぢよ)で醸造(こしら)へた美味(おいし)い酒(さけ)がある。289一(ひと)つあがつたら何(ど)うだな』
290宗彦(むねひこ)『イヤ、291茶(ちや)さへ頂(いただ)けば結構(けつこう)です』
292田吾作(たごさく)『婆(ば)アさま、293論戦(ろんせん)は一先(ひとま)づ中止(ちゆうし)して、294そんなら暖(あたた)かいお茶(ちや)をよんで下(くだ)さい、295今晩(こんばん)悠(ゆつ)くりと言霊戦(ことたません)を負(まけ)ず劣(おと)らず開始(かいし)しませう。296そして負(まけ)た方(はう)が従(したが)ふと云(い)ふ事(こと)に致(いた)しませうか』
297婆(ばば)『アヽ面白(おもしろ)からう面白(おもしろ)からう、298そんならさう致(いた)しませう。299バラモン教(けう)の神(かみ)様(さま)は、300御(ご)神徳(しんとく)が強(つよ)いから、301迂濶(うつかり)御(ご)無礼(ぶれい)な事(こと)を云(い)はうものなら罰(ばち)が当(あた)つて口(くち)が利(き)けなくなるから、302心得(こころえ)て物(もの)を云(い)ひなさいや。303アヽどれどれ手(て)づからお茶(ちや)を温(あたた)めて上(あ)げよう』
304と次(つぎ)の間(ま)に立(た)つて行(ゆ)く。305暫(しばら)くあつて婆(ばば)アは土瓶(どびん)に茶(ちや)を沸騰(たぎ)らせ、
306婆(ばば)『サアサア茶(ちや)が沸(わ)いた、307皆(みな)さま沢山(どつさり)呑(の)んで下(くだ)さい、308これも婆(ばば)の寸志(こころざし)だ。309バラモン教(けう)だつて、310三五教(あななひけう)だつて、311神(かみ)と云(い)ふ字(じ)に二(ふた)つはない。312互(たがひ)に手(て)を引合(ひきあ)うて御(ご)神徳(しんとく)のある神(かみ)様(さま)の方(はう)へ帰順(きじゆん)するのだな。313此(この)婆(ばば)も都合(つがふ)によつては三五教(あななひけう)に帰順(きじゆん)せぬものでもない、314オホヽヽヽ』
315 三(さん)人(にん)は何(なん)の気(き)も付(つ)かず、316婆(ばば)の注(つ)いだ茶(ちや)を呑(の)んではパンを食(く)ひ、317呑(の)んでは食(く)ひ、318喉(のど)が乾(かわ)いたと見(み)えて土瓶(どびん)に一杯(いつぱい)の茶(ちや)を残(のこ)らず平(たひ)らげて仕舞(しま)つた。
319 三(さん)人(にん)は俄(にはか)に息苦(いきぐる)しくなり、320言語(げんご)を発(はつ)せむとすれども、321一言(ひとこと)も発(はつ)する事(こと)が出来(でき)なくなつた。322三(さん)人(にん)は顔(かほ)を見合(みあは)せ、323アヽヽヽとア声(ごゑ)の連発(れんぱつ)をやつて居(ゐ)る。
324婆(ばば)『アハヽヽヽ……好(よ)いけれまたもあればあるものだ。325とうとう婆(ばば)の計略(けいりやく)にかかりよつた。326口(くち)も利(き)けず、327耳(みみ)も聞(きこ)えず、328憐(あは)れなものだ。329お玉(たま)を首尾(しゆび)好(よ)く手(て)に入(い)れ、330又(また)三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)や卵(たまご)を三(さん)人(にん)収穫(しうくわく)した。331如何(いか)に頑強(ぐわんきやう)な三五教(あななひけう)でも、332玉照姫(たまてるひめ)の親(おや)を取(と)られ、333又(また)大切(たいせつ)な宣伝使(せんでんし)を取(と)られ、334黙(だま)つて居(ゐ)る事(こと)は出来(でき)まい。335屹度(きつと)謝罪(あやま)つて返(かへ)して貰(もら)ひに来(く)るのだらう。336其(その)時(とき)には玉照姫(たまてるひめ)と玉照彦(たまてるひこ)とを此方(こちら)へ受取(うけと)り、337其(その)上(うへ)に返(かへ)してやつたらよいのだ。338併(しか)し乍(なが)ら玉照姫(たまてるひめ)が黄金(わうごん)なら、339此奴(こいつ)は洋銀(やうぎん)位(くらゐ)なものだから先方(むかう)も此(これ)位(くらゐ)では往生(わうじやう)致(いた)すまい。340マア時節(じせつ)を待(ま)つて鼠(ねずみ)が餅(もち)をひくやうに二人(ふたり)三(さん)人(にん)と引張込(ひつぱりこ)み、341往生(わうじやう)づくめで仮令(たとへ)玉照彦(たまてるひこ)だけでも此方(こちら)のものに仕度(した)いものだ。342鬼雲彦(おにくもひこ)の大将(たいしやう)は脆(もろ)くも波斯(フサ)の国(くに)に泡(あわ)食(く)つて逃(に)げ帰(かへ)つて仕舞(しま)はれた。343併(しか)し乍(なが)ら私(わし)は女(をんな)の一心(いつしん)岩(いは)でも突(つ)き貫(ぬ)くのだ。344此処(ここ)で斯(か)うして時節(じせつ)を待(ま)ち、345大江山(おほえやま)、346鬼(おに)ケ城(じやう)を回復(くわいふく)し、347三五教(あななひけう)の錦(にしき)の宮(みや)も往生(わうじやう)させて、348バラモン教(けう)として仕舞(しま)ふ蜈蚣姫(むかでひめ)の計略(けいりやく)は旨々(うまうま)と端緒(たんちよ)が開(ひら)けかけた。349アヽ有難(ありがた)い事(こと)だ。350一(ひと)つ此処(ここ)でお玉(たま)に酌(しやく)でもさして酒(さけ)でも飲(の)まうかい、351そして三(さん)人(にん)を肴(さかな)にしてやらうかい。352これこれお玉(たま)、353お酒(さけ)だよ。354これ程(ほど)呼(よ)んで居(を)るに何故(なぜ)返事(へんじ)をせぬのか、355オヽさうさう、356耳(みみ)の聾(つんぼ)になる薬(くすり)を呑(の)まして置(お)いた。357聞(きこ)えぬも無理(むり)はない。358つい私(わし)も余(あま)り嬉(うれ)しくて、359精神車(せいしんしや)が何処(どこ)かに脱線(だつせん)したと見(み)える、360オホヽヽヽ』
361と独言(ひとりごと)を云(い)ひながら笑壺(ゑつぼ)に入(い)つて居(を)る。362三(さん)人(にん)は無念(むねん)の歯噛(はが)みをなし、363躍(をど)り上(あ)がつて破(やぶ)れかぶれ、364婆(ばば)を叩(たた)き伸(の)めしてやらうと心(こころ)に定(き)めて見(み)たが、365何(ど)うしたものか体(からだ)がビクとも動(うご)けなくなつて居(を)る。366言霊(ことたま)を応用(おうよう)するにも肝腎(かんじん)の発生器(はつせいき)の油(あぶら)が切(き)れて、367且(か)つ筒口(つつぐち)が閉塞(へいそく)して居(を)るのだから、368如何(いかん)ともする事(こと)が出来(でき)ず、369口(くち)は自然(しぜん)に紐(ひも)が解(ほ)どけて、370頤(あご)と一緒(いつしよ)に垂(た)れ下(さが)り、371ポカンと開(あ)いて来(く)る。372三(さん)人(にん)は一度(いちど)に涎(よだれ)をタラタラ流(なが)し、373顔(かほ)を見合(みあは)せ、374首(くび)を振(ふ)り、375アヽヽヽと僅(わづか)に声(こゑ)を発(はつ)する許(ばか)りであつた。
376 婆(ばば)は愉快(ゆくわい)げに安坐(あぐら)をかき、377長(なが)い煙管(きせる)で煙草(たばこ)を燻(くす)べ、378酒(さけ)を呑(の)み、
379婆(ばば)『オイこりや、380阿呆(あはう)宣伝使(せんでんし)、381俺(おれ)の智慧(ちゑ)はこんなものだぞ。382蜘蛛(くも)が巣(す)をかけて待(ま)つて居(を)る処(ところ)へ茅蝉(ひぐらし)が飛(と)んで来(き)て引(ひつ)かかるやうなものだ、383動(うご)くなら動(うご)いて見(み)い、384言霊(ことたま)が使(つか)へるなら使(つか)つて見(み)い、385耳(みみ)も聞(きこ)えまい』
386と長煙管(ながぎせる)の雁首(がんくび)で耳(みみ)の穴(あな)をグツと突(つ)いて見(み)る。387宗彦(むねひこ)は耳(みみ)の穴(あな)を突(つ)かれてカツと怒(おこ)り出(だ)した。388されど何(ど)うする事(こと)も出来(でき)ぬ。389此度(こんど)は婆(ばば)は煙草(たばこ)の吸殻(すひがら)を宗彦(むねひこ)の口(くち)の中(なか)にフツと吹(ふ)いて放(ほ)り込(こ)み、
390婆(ばば)『熱(あつ)からう、391そりや些(ちつ)と熱(あつ)い、392火(ひ)だからのう。393加之(おまけ)にえぐいだらう、394えぐいのはズだ。395煙草(たばこ)のズに、396えぐい婆(ばば)の御(ご)馳走(ちそう)だから、397序(ついで)に此(この)酒(さけ)も飲(の)ましてやろか。398イヤイヤ待(ま)て待(ま)てこいつを飲(の)ましてやると私(わし)の飲(の)むのがそれだけ減(へ)る道理(だうり)ぢや、399マアマア斯(か)うして二(に)ケ月(げつ)も三(さん)ケ月(げつ)も固(かた)めて置(お)けば大丈夫(だいぢやうぶ)だ、400若(わか)い奴(やつ)が二三(にさん)日(にち)したら大江山(おほえやま)の方(はう)から帰(かへ)つて来(く)るだらうから、401其(その)時(とき)この生木像(なまもくざう)を穴庫(あなぐら)へでも格納(かくなふ)さしてもよい哩(わい)、402マアマアそれ迄(まで)は頭(あたま)を叩(たた)いたり、403耳(みみ)に煙管(きせる)を突(つ)つ込(こ)んだりして、404バラモン教(けう)の御(ご)規則(きそく)通(どほ)りの修業(しうげふ)をさしてやるのだ。405なんと心地(ここち)好(よ)い事(こと)だ。406是(これ)で八岐(やまた)の大蛇(をろち)さまもさぞ御(ご)満足(まんぞく)だらう。407嗚呼(ああ)大蛇(をろち)大明神(だいみやうじん)様(さま)、408喜(よろこ)びたまへ勇(いさ)みたまへ。409婆(ばば)の腕前(うでまへ)は此(こ)の通(とほ)りで御座(ござ)います、410何(ど)うぞ此(この)手柄(てがら)により、411鬼熊別(おにくまわけ)の失敗(しつぱい)の罪(つみ)を赦(ゆる)して下(くだ)さいませ。412天(てん)にも地(ち)にも無(な)い私(わたし)の夫(をつと)、413神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)を縮尻(しくじ)つて、414死(し)んで神罰(しんばつ)を蒙(かうむ)り、415地獄(ぢごく)の釜(かま)の焦起(こげおこ)しにせられるのも女房(にようばう)として見(み)て居(を)られませぬ、416何卒(どうぞ)私(わたし)と一緒(いつしよ)に、417今(いま)ぢや御座(ござ)いませぬが、418命数(めいすう)の尽(つ)きた時(とき)は天国(てんごく)にやつて下(くだ)さい。419南無(なむ)八岐(やまた)大蛇(をろち)大明神(だいみやうじん)様(さま)、420ハズバンドの罪(つみ)を許(ゆる)したまへ、421払(はら)ひたまへ、422清(きよ)めたまへ、423金毛(きんまう)九尾(きうび)の命(みこと)』
424と祈願(きぐわん)して居(ゐ)る。425此(この)時(とき)岩窟(がんくつ)の口(くち)より、426声(こゑ)も涼(すず)しく宣伝歌(せんでんか)を謡(うた)ひ来(く)る男(をとこ)があつた。
427男(をとこ)『神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
428善(ぜん)と悪(あく)とを立(た)て分(わ)ける
429此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
430心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
431唯(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)は
432直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞(き)き直(なほ)し
433身(み)の過(あやま)ちは宣(の)り直(なほ)す
434三五教(あななひけう)の神(かみ)の教(のり)
435綾(あや)の聖地(せいち)に現(あ)れませる
436言依別(ことよりわけの)命(みこと)もて
437三国(みくに)ケ岳(だけ)の曲津見(まがつみ)を
438言向(ことむ)け和(やは)すそのために
439三五教(あななひけう)の宗彦(むねひこ)が
440宇都(うづ)の里(さと)をば後(あと)にして
441足(あし)に任(まか)せてテクテクと
442これの岩窟(いはや)に来(き)て見(み)れば
443悪(あく)にかけては抜(ぬ)け目(め)なき
444鬼熊別(おにくまわけ)が宿(やど)の妻(つま)
445顔色(かほいろ)黒(くろ)き蜈蚣姫(むかでひめ)
446小智慧(こぢゑ)の廻(まは)る中年増(ちうとしま)
447此(この)岩窟(いはやど)に陣取(ぢんど)りて
448四方(よも)の人々(ひとびと)欺(あざむ)きつ
449赤子(あかご)の声(こゑ)を聞(き)きつけて
450十(じふ)里(り)二十(にじふ)里(り)三十(さんじふ)里(り)
451遠(とほ)き道(みち)をば厭(いと)ひなく
452手下(てした)の魔神(まがみ)を配(くば)り置(お)き
453此(この)岩窟(がんくつ)に連(つ)れ帰(かへ)り
454朝(あさ)な夕(ゆふ)なにさいなみて
455悪(あく)の限(かぎ)りを尽(つく)しつつ
456日(ひ)に夜(よ)に酒(さけ)に酔(ゑ)ひ狂(くる)ふ
457宗彦(むねひこ)、田吾作(たごさく)、原彦(はらひこ)は
458婆(ばば)が引(ひ)き出(だ)す口車(くちぐるま)
459知(し)らず識(し)らずに乗(の)せられて
460毒茶(どくちや)をどつさり飲(の)みまはし
461口(くち)も利(き)かねば耳(みみ)利(き)かず
462五体(ごたい)すくみて一寸(いつすん)も
463動(うご)きの取(と)れぬ破目(はめ)となり
464眼(め)ばかりきよろきよろきよろつかせ
465其(その)上(うへ)ポカンと口(くち)あけて
466涎(よだれ)を流(なが)しアヽヽヽと
467鳴(な)りも合(あ)はざる言霊(ことたま)を
468連発(れんぱつ)する社(こそ)いとしけれ
469天(あめ)の真浦(まうら)の神司(かむづかさ)
470この留公(とめこう)の腹(はら)を知(し)り
471肝腎要(かんじんかなめ)の神策(しんさく)を
472そつと知(し)らして下(くだ)さつた
473宗彦(むねひこ)、原彦(はらひこ)、田吾作(たごさく)は
474知(し)らず識(し)らずに魔(ま)が神(かみ)の
475罠(わな)に陥(おちい)り今日(けふ)の態(ざま)
476助(たす)けてやらねば三五(あななひ)の
477神(かみ)の教(をしへ)が立(た)ち兼(か)ねる
478サアこれからは留公(とめこう)が
479神(かみ)に貰(もら)うた言霊(ことたま)の
480御稜威(みいづ)をかりて三(さん)人(にん)の
481危難(きなん)を救(すく)ひ玉照(たまてる)の
482姫(ひめ)の命(みこと)を生(う)みませる
483お玉(たま)の方(かた)を救(すく)ひ出(だ)し
484鬼(おに)のお婆(ばば)を言向(ことむ)けて
485この岩窟(いはやど)を改良(かいりやう)し
486三五教(あななひけう)の皇神(すめかみ)の
487御霊(みたま)を斎(いつき)祀(まつ)りつつ
488ミロクの御代(みよ)の魁(さきがけ)を
489仕(つか)へまつらむ頼(たの)もしさ
490嗚呼(ああ)惟神(かむながら)々々(かむながら)
491御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましませよ』
492と謡(うた)ひつつ三(さん)人(にん)が前(まへ)に現(あら)はれ来(き)たる。493婆(ばば)は身体(しんたい)竦(すく)み、494身動(みうご)きならず、495目(め)をぱちつかせ苦(くる)しみ居(ゐ)る。496この時(とき)、497岩窟(がんくつ)の奥(おく)の方(はう)より涼(すず)しき女(をんな)の声(こゑ)、
498女(お玉)『神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
499善(ぜん)と悪(あく)とを立(た)て別(わ)けて
500誡(いまし)め給(たま)ふ時(とき)は来(き)ぬ
501四継王(よつわう)の山(やま)の聖麓(せいろく)に
502錦(にしき)の宮(みや)と仕(つか)へたる
503玉照姫(たまてるひめ)の生(う)みの母(はは)
504お玉(たま)の方(かた)は妾(わらは)なり
505桶伏山(をけふせやま)に隠(かく)されし
506珍(うづ)の宝(たから)を奪(うば)ひ取(と)り
507逃(に)げ行(ゆ)く姿(すがた)を見(み)るよりも
508妾(わらは)は驚(おどろ)き身(み)を忘(わす)れ
509跡(あと)を追(お)ひかけ山坂(やまさか)を
510駆(か)ける折(をり)しも木影(こかげ)より
511現(あら)はれ出(い)でたる曲神(まがかみ)の
512手下(てした)の奴(やつ)に見(み)つけられ
513手足(てあし)を縛(し)ばりいろいろと
514苦(くる)しき笞(しもと)を受(う)けながら
515憂(うき)をみくにの山(やま)の上(うへ)
516この岩窟(がんくつ)に押(お)し込(こ)まれ
517蜈蚣(むかで)の姫(ひめ)てふ鬼婆(おにばば)に
518茶(ちや)を勧(すす)められ一時(いつとき)は
519息(いき)塞(ふさ)がりて言霊(ことたま)の
520車(くるま)も廻(まは)らぬ苦(くる)しさに
521朝(あさ)な夕(ゆふ)なに三五(あななひ)の
522神(かみ)の御前(みまへ)に黙祷(もくたう)し
523居(ゐ)たるに忽(たちま)ち喉(のど)開(ひら)き
524胸(むね)は涼(すず)しく晴渡(はれわた)る
525されど妾(わらは)は慎(つつし)みて
526唯(ただ)一言(ひとこと)も言挙(ことあ)げを
527なさず唖(おし)をば装(よそほ)ひつ
528珍(うづ)の宝(たから)の所在(ありか)をば
529今迄(いままで)探(さぐ)り居(ゐ)たりしぞ
530神(かみ)の恵(めぐみ)の幸(さちは)ひて
531いよいよ茲(ここ)に宗彦(むねひこ)が
532言依別(ことよりわけ)のみことのり
533身(み)に受(う)けまして出(い)でたまひ
534顔(かほ)を合(あは)せて居(ゐ)ながらも
535一面識(いちめんしき)もなき故(ゆゑ)か
536悟(さと)り給(たま)はず吾(わが)配(くば)る
537眼(まなこ)に心(こころ)留(と)めまさず
538やみやみ毒茶(どくちや)を飲(の)み玉(たま)ふ
539その様(さま)見(み)たる我(わ)が心(こころ)
540剣(つるぎ)を呑(の)むよりつらかりし
541あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
542神(かみ)は此(この)世(よ)に在(ま)さずやと
543女心(をんなごころ)の愚(おろか)にも
544愚痴(ぐち)の繰事(くりごと)繰返(くりかへ)す
545時(とき)しもあれや表(おもて)より
546涼(すず)しく聞(きこ)えし宣伝歌(せんでんか)
547耳(みみ)をすまして伺(うかが)へば
548三五教(あななひけう)の教(のり)の声(こゑ)
549地獄(ぢごく)で仏(ほとけ)に遇(あ)ひしごと
550心(こころ)いそいそ今(いま)此処(ここ)に
551現(あら)はれ来(きた)るお玉(たま)こそ
552天(あま)の岩戸(いはと)も一時(いつとき)に
553開(ひら)くばかりの嬉(うれ)しさよ
554あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
555御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましまして
556宗彦(むねひこ)、田吾作(たごさく)、原彦(はらひこ)の
557病(やまひ)を癒(い)やし給(たま)へかし
558悩(なや)みを助(たす)け給(たま)へかし』
559と歌(うた)ひつつ此(この)場(ば)に現(あら)はれたり。560不思議(ふしぎ)や三(さん)人(にん)は俄(にはか)に身体(しんたい)自由(じいう)となり、561耳(みみ)も聞(きこ)え、562口(くち)も縦横(じうわう)無碍(むげ)に動(うご)き出(だ)した。
563田吾作(たごさく)『イヤ、564留公(とめこう)さま、565よう来(き)てくれた。566もう一足(ひとあし)早(はや)ければこんな目(め)に遇(あ)ふのだ無(な)かつたに、567しかし乍(なが)ら最前(さいぜん)途中(とちう)で見(み)たお女中(ぢよちう)さまが、568今(いま)聞(き)けば玉照姫(たまてるひめ)さまの御(ご)生母(せいぼ)と云(い)ふ事(こと)だ、569何(なん)とマア神(かみ)様(さま)の御(ご)経綸(けいりん)は分(わか)らぬものですなア』
570お玉(たま)『皆(みな)さま、571良(よ)い処(ところ)へ来(き)て下(くだ)さいまして結構(けつこう)で御座(ござ)いました。572実(じつ)はこの婆(ばば)アの手下(てした)の者共(ものども)が、573ミロク神政(しんせい)成就(じやうじゆ)の御(お)宝(たから)を、574桶伏山(をけふせやま)から盗(ぬす)み出(だ)し、575此(この)岩窟(がんくつ)に秘蔵(ひざう)して居(ゐ)たのを、576今朝(けさ)になつて所在(ありか)を知(し)り、577何(なん)とかして逃(に)げ出(だ)さうと思(おも)つて居(ゐ)たのですが、578婆(ばば)アの監視(かんし)が酷(きつ)いので、579どうする事(こと)も出来(でき)ず、580誰人(たれ)か助太刀(すけだち)に来(き)て下(くだ)さつたらと思(おも)うて居(ゐ)た矢先(やさき)、581貴方(あなた)のお出(い)で、582こんな結構(けつこう)な事(こと)はありませぬ。583サア一(いち)時(じ)も早(はや)くこのお宝(たから)を持(も)つて聖地(せいち)へ帰(かへ)りませう』
584と後(あと)は嬉(うれ)し涙(なみだ)に声(こゑ)さへ曇(くも)る。
585宗彦(むねひこ)『アヽさうで御座(ござ)いましたか、586私(わたくし)は言依別(ことよりわけの)命(みこと)様(さま)より、587是非(ぜひ)共(とも)三国(みくに)ケ岳(だけ)へ行(い)つて来(こ)いと仰(あふ)せられて、588魔神(まがみ)を征服(せいふく)せむと出(で)て来(き)たのです。589貴方(あなた)が此処(ここ)に囚(とら)はれて御座(ござ)る事(こと)も、590今(いま)の今迄(いままで)夢(ゆめ)にも知(し)らなかつた。591サア是(これ)からこの婆(ばば)アを言向(ことむ)け和(や)はし、592寛(ゆ)る寛(ゆ)ると凱旋(がいせん)致(いた)しませう』
593お玉(たま)『到底(たうてい)婆(ばば)アには改心(かいしん)の望(のぞ)みはありませぬ、594自分(じぶん)から斯(か)うして霊縛(れいばく)にかかつて居(ゐ)るのですから、595これを幸(さいは)ひに皆(みな)さん聖地(せいち)へ帰(かへ)りませう。596此(この)お宝(たから)は厳重(げんぢう)に封(ふう)をして置(お)きました、597私(わたくし)が捧持(ほうぢ)して帰(かへ)ります。598前後(ぜんご)を警固(けいご)して下(くだ)さい。599此(この)婆(ばば)アは半日(はんにち)許(ばか)り霊縛(れいばく)の解(と)けないやうに願(ねが)ひ置(お)けば、600追(お)ひかけて来(く)る気遣(きづか)ひもありませぬ。601五六十(ごろくじふ)人(にん)の手下(てした)の荒(あら)くれ男(をとこ)が、602今日(けふ)に限(かぎ)つて、603何(いづ)れも遠方(ゑんぱう)へ出稼(でかせ)ぎに行(い)つた留守(るす)の間(ま)、604これ全(まつた)く天(てん)の恵(めぐ)みたまふ時(とき)でせう。605サアサア長居(ながゐ)はおそれ』
606とお玉(たま)の方(かた)は帰綾(きれう)を促(うなが)す。
607 宗彦(むねひこ)を先頭(せんとう)にお玉(たま)、608田吾作(たごさく)、609留公(とめこう)、610原彦(はらひこ)と云(い)ふ順序(じゆんじよ)で、611宣伝歌(せんでんか)を高(たか)く謡(うた)ひ、612四辺(あたり)の木魂(こだま)に響(ひび)かせながら、613聖地(せいち)を指(さ)して目出度(めでた)く凱旋(がいせん)することとはなりける。
614 岩窟(がんくつ)の中(なか)には進退(しんたい)自由(じいう)を失(うしな)つた婆(ばば)ア唯(ただ)一人(ひとり)、615谷(たに)の彼方(かなた)には淋(さび)しげに閑古鳥(かんこどり)が鳴(な)いて居(ゐ)る。
616(大正一一・五・一四 旧四・一八 加藤明子録)
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