霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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霊(たま)の礎(いしずゑ)(六)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第20巻 如意宝珠 未の巻 篇:後付 よみ(新仮名遣い):
章:霊の礎(六) よみ(新仮名遣い):たまのいしずえ 通し章番号:
口述日:1922(大正11)年12月 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年3月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
第一天国の天人の姿は、花の如く、黄金の如く、瑠璃光の如く、金剛石の幾十倍もの肌の色を保っている。たいていは有色人種であり、中でも黄色人種が多い。
これを第二、第三天国の住民から見ると、強い光が放射していてよく見ることができない。第二、第三の天国では人種ごとに団体を作っている。
また、宗教によって、至る天国はそれぞれである。それ相応の神業に従事し、歓喜に浴して天国の生涯を楽しんでいる。
どんな宗教も善を賞して、悪を良しとするような教えが含まれていない限りは、その信者はそれぞれの天国に昇る資格がある。しかし霊界の消息に暗く、倫理のみに堕している宗教の天国は最下方にあり、また信者が中有界に迷いやすい。
不信仰にして天国に至る者は、ごく小数である。しかし神や霊界の存在を知らずに天国に行った者は、たいへんにまごつく。
現界で熱心に信心をして神を唱えながら、中有界に迷ったり、地獄に落ちる者もある。また神仏商売の宣教者は、地獄に落ちる者が非常に多い。
天国の団体は、自分の団体が一人でも多くなることを望んでいるので、天国に来た人間に対して好感を抱き、歓待する。
天人は、男は三十歳前後、女は二十歳前後の姿をしている。人間の霊魂や情動は不老不死であるからである。そのため、霊界で自分の親子兄弟、知己に会っても、すぐにはそれと気がつかない場合がある。しかしよく見ればその面影が残っている。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-04-30 19:02:23 文字数:1850 OBC :rm209901
愛善世界社版:281頁 八幡書店版:第4輯 253頁 修補版: 校定版:291頁 普及版: 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎全集 > 第二巻 宗教・教育編 > 第四篇 神霊世界 > 第三章 霊の礎
001一、002第一(だいいち)天国(てんごく)たる最高(さいかう)最勝(さいしよう)の位置(ゐち)を占(しめ)たる天国(てんごく)の天人(てんにん)の姿(すがた)は、003実(じつ)に花(はな)の如(ごと)く、004黄金(わうごん)の如(ごと)く、005瑠璃光(るりくわう)の如(ごと)く、006且(かつ)金剛石(こんがうせき)の幾十倍(いくじふばい)とも知(し)れないやうな、007肌(はだ)の色(いろ)を保(たも)つて居(を)る天人(てんにん)ばかりである。008そして大抵(たいてい)は有色(いうしよく)人種(じんしゆ)、009殊(こと)に黄色(くわうしよく)人種(じんしゆ)が多(おほ)く、010白色(はくしよく)人種(じんしゆ)は其(その)数(すう)に於(おい)て余程(よほど)少数(せうすう)である。011之(これ)を第二(だいに)、012第三(だいさん)の天国(てんごく)の住民(ぢうみん)より仰(あふ)ぎ見(み)る時(とき)は、013只(ただ)単(たん)に人間(にんげん)の像(ざう)が強力(がうりき)なる光輝(くわうき)を放射(はうしや)して居(ゐ)るやうで、014充分(じゆうぶん)に見分(みわ)くることが出来(でき)ない。
015 又(また)第二(だいに)、016第三(だいさん)の天国(てんごく)には白色(はくしよく)人種(じんしゆ)も多数(たすう)に住(す)み、017有色(いうしよく)人種(じんしゆ)も多数(たすう)に住居(ぢうきよ)して居(ゐ)る。018そして白色(はくしよく)人種(じんしゆ)は白色(はくしよく)人種(じんしゆ)で団体(だんたい)を造(つく)り、019ここに集合(しふがふ)し、020有色(いうしよく)人種(じんしゆ)は比較(ひかく)的(てき)に少(すくな)いやうである。
021 又(また)宗教(しうけう)の異同(いどう)に依(よ)つて、022人霊(じんれい)の到(いた)る天国(てんごく)も違(ちが)つて居(を)る。023仏教(ぶつけう)信者(しんじや)は仏教(ぶつけう)の団体(だんたい)なる天国(てんごく)へ上(のぼ)り、024耶蘇教(やそけう)信者(しんじや)は耶蘇教(やそけう)の団体(だんたい)なる天国(てんごく)へ上(のぼ)り、025回々教(ふいふいけう)信者(しんじや)は回々教(フイフイけう)の団体(だんたい)なる天国(てんごく)へ上(のぼ)り、026それ相応(さうおう)の歓喜(くわんき)を摂受(せつじゆ)して、027天国(てんごく)の神業(しんげふ)に従事(じゆうじ)して居(ゐ)る。028また神道(しんだう)の信者(しんじや)は神道(しんだう)の団体(だんたい)なる天国(てんごく)に上(のぼ)り、029神業(しんげふ)に従事(じゆうじ)して居(ゐ)る。030そして神道(しんだう)の中(うち)にも種々(しゆじゆ)の派(は)が分(わ)かれ、031各自(かくじ)違(ちが)つた信仰(しんかう)を持(も)つて居(ゐ)るものは、032又(また)それ相当(さうたう)の団体(だんたい)にあつて活動(くわつどう)し、033歓喜(くわんき)に浴(よく)して、034天国(てんごく)の生涯(しやうがい)を楽(たのし)んで居(ゐ)る。
035一、036如何(いか)なる宗教(しうけう)と雖(いへど)も、037善(ぜん)を賞(しやう)し悪(あく)を憎(にく)まない教(をしへ)の無(な)い限(かぎ)り、038何(いづ)れの宗教(しうけう)信者(しんじや)も各自(かくじ)天国(てんごく)へ上(のぼ)り得(う)る資格(しかく)は在(あ)る。039併(しか)しその教(をしへ)にして充分(じゆうぶん)に徹底(てつてい)したものは、040堂(どう)しても高(たか)き優(すぐ)れたる天国(てんごく)が開(ひら)かれてあるから、041不徹底(ふてつてい)にして、042霊界(れいかい)の消息(せうそく)に暗(くら)いやうな宗教(しうけう)の天国(てんごく)は実(じつ)に最下方(さいかはう)にあつて、043見聞(けんぶん)の狭(せま)い人間(にんげん)のみの団体(だんたい)が造(つく)られてある。044現代(げんだい)の○○教(けう)や○○教(けう)などは、045倫理(りんり)的(てき)教理(けうり)のみに堕(だ)して居(ゐ)て、046肝腎(かんじん)の霊界(れいかい)の消息(せうそく)を教(をし)へない、047否(いな)霊界(れいかい)の真相(しんさう)を徹底(てつてい)的(てき)に知悉(ちしつ)して居(ゐ)ないから、048却(かへつ)て中有界(ちううかい)に逍遥(せうえう)する人間(にんげん)が多(おほ)い。
049 凡(すべ)て天国(てんごく)の団体(だんたい)に加入(かにふ)し得(う)るものは、050神(かみ)を固(かた)く信(しん)じ、051篤(あつ)く愛(あい)し得(う)るものである。052不信仰(ふしんかう)にして天国(てんごく)に到(いた)る者(もの)も有(あ)るが極(きは)めて少数(せうすう)である。053何(いづ)れの宗教(しうけう)も信(しん)ぜず、054守(まも)らず神(かみ)の存在(そんざい)を知(し)らずして天国(てんごく)へ往(い)つたものは、055大変(たいへん)に魔誤(まご)付(つ)き、056後悔(こうくわい)し、057且(か)つ天国(てんごく)や死後(しご)の生涯(しやうがい)の在(あ)りしことに驚(おどろ)くものである。058又(また)現界(げんかい)に在(あ)る時(とき)、059熱心(ねつしん)に宗教(しうけう)を信(しん)じ、060神(かみ)を唱(とな)へながら、061天国(てんごく)に上(のぼ)り得(え)ずして中有界(ちううかい)に迷(まよ)つたり、062甚(はなは)だしきは地獄(ぢごく)へさへ落(お)つる人間(にんげん)もある。063神仏(しんぶつ)の教導職(けうだうしよく)にして却(かへつ)て天国(てんごく)に上(のぼ)り得(え)ず、064中有界(ちううかい)に迷(まよ)ひ、065或(あるひ)は地獄(ぢごく)に落(お)つるものは随分(ずゐぶん)に沢山(たくさん)ある。066神仏(しんぶつ)を種(たね)にして、067現界(げんかい)に於(おい)て表面(へうめん)善人(ぜんにん)を装(よそほ)ひつつ、068内心(ないしん)に信仰(しんかう)なく、069愛(あい)無(な)く、070神仏(しんぶつ)を認(みと)めない宣教者(せんけうしや)は、071死後(しご)の生涯(しやうがい)は実(じつ)に哀(あは)れなものである。072又(また)熱心(ねつしん)にして良(よ)く神(かみ)を認(みと)め、073愛(あい)と信(しん)とに全(まつた)き者(もの)は、074死後(しご)天国(てんごく)の団体(だんたい)に加入(かにふ)し、075歓喜(くわんき)を尽(つく)しつつあるに引替(ひきか)へ肝腎(かんじん)の天国(てんごく)の案内役(あんないやく)ともいふべき宣教者(せんけうしや)が、076却(かへつ)て地獄落(ぢごくおち)が多(おほ)くて天国行(てんごくゆ)きが尠(すくな)いのは、077所謂(いはゆる)神仏(しんぶつ)商売(しやうばい)の人間(にんげん)が多(おほ)い故(ゆゑ)である。078現界(げんかい)に於(おい)て為(な)すべき事業(じげふ)も、079又(また)商売(しやうばい)も沢山(たくさん)にあるに、080それには関係(くわんけい)せず、081濡手(ぬれて)で粟(あは)を掴(つか)む様(やう)なことや、082働(はたら)かずして、083神仏(しんぶつ)を松魚節(かつをぶし)に使(つか)つて居(ゐ)る、084似而非(えせ)宗教家(しうけうか)ぐらゐ、085霊界(れいかい)に於(おい)て始末(しまつ)の悪(わる)いものは無(な)く、086且(か)つ地獄行(ぢごくゆ)きの多(おほ)いものはない。
087一、088高天原(たかあまはら)に於(お)ける団体(だんたい)は、089大(だい)なるものは十万(じふまん)人(にん)もあり、090五万(ごまん)人(にん)、091三万(さんまん)人(にん)、092一万(いちまん)人(にん)、093五千(ごせん)人(にん)、094尠(すくな)い団体(だんたい)になると四五十(しごじふ)人(にん)のもある。095故(ゆゑ)に各自(かくじ)の団体(だんたい)の天人(てんにん)は、096自分(じぶん)の団体(だんたい)の一人(ひとり)でも多(おほ)くなることを希望(きばう)して居(ゐ)るから、097天国(てんごく)へ上(のぼ)り来(きた)る人間(にんげん)に対(たい)して、098非常(ひじやう)なる好感(かうかん)を以(もつ)て迎(むか)へる。
099一、100又(また)天国(てんごく)の団体(だんたい)にある天人(てんにん)は、101何(いづ)れも男子(だんし)なれば現界人(げんかいじん)の三十(さんじつ)才(さい)前後(ぜんご)、102女子(ぢよし)なれば二十(にじつ)才(さい)前後(ぜんご)の若(わか)い姿(すがた)である。103この故(ゆゑ)は現界人(げんかいじん)の肉体(にくたい)は物質界(ぶつしつかい)の法則(はふそく)に由(よ)つて、104年々(ねんねん)に老衰(らうすゐ)して頭(かしら)に白雪(しらゆき)を頂(いただ)き、105身体(しんたい)に皺(しわ)の寄(よ)るものであるが、106人間(にんげん)の霊魂(れいこん)や情動(じやうだう)は不老(ふらう)不死(ふし)であつて、107どこ迄(まで)も変(かは)らないものだから、108精霊界(せいれいかい)の天人(てんにん)は年(とし)が寄(よ)つても、109姿(すがた)は変(へん)じない。
110 故(ゆゑ)に、111現界(げんかい)に於(おい)て八九十(はちくじつ)才(さい)にて死(し)んだ人間(にんげん)も、112精霊界(せいれいかい)の天国(てんごく)へ復活(ふくくわつ)した後(のち)は、113その強壮(きやうさう)な霊魂(れいこん)の儘(まま)で居(を)るのだから、114決(けつ)して老衰(らうすゐ)するといふことは無(な)い。115天人(てんにん)にも五衰(ごすゐ)といふ説(せつ)があるが、116それは決(けつ)して天人(てんにん)の事(こと)ではない、117霊界(れいかい)の八衢(やちまた)に彷徨(はうくわう)して居(ゐ)る中有界(ちううかい)の人間(にんげん)の事(こと)である。118故(ゆゑ)に天国(てんごく)へ往(い)つた時(とき)に、119自分(じぶん)の現界(げんかい)の父母(ふぼ)や兄妹(きやうだい)、120又(また)は朋友(ほういう)、121知己(ちき)なぞに会(あ)つても一寸(ちよつと)には気(き)の付(つ)かない如(や)うなことが沢山(たくさん)にある。122その故(ゆゑ)は自分(じぶん)の幼児(えうじ)たりし子(こ)は既(すで)に天国(てんごく)にて成長(せいちやう)し、123老(おい)たる父母(ふぼ)は自分(じぶん)と同様(どうやう)に壮者(さうしや)の霊身(れいしん)を保(たも)ちて居(を)るからである。124然(さ)れど能(よ)く能(よ)く見(み)る時(とき)は、125何処(どこ)ともなしにその俤(おもかげ)が残(のこ)つて居(を)る。126精霊(せいれい)の世界(せかい)は凡(すべ)てが霊的(れいてき)の要素(えうそ)から成(な)り立(た)つて居(を)るから、127現界(げんかい)の事物(じぶつ)の如(ごと)く、128容易(ようい)に変遷(へんせん)するものではない。129是(これ)が精霊界(せいれいかい)と肉体界(にくたいかい)との相違(さうゐ)せる点(てん)である。
130 アヽ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。
131   大正十一年十二月
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