霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 心(こころ)の鬼(おに)〔六七〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第20巻 如意宝珠 未の巻 篇:第2篇 運命の綱 よみ(新仮名遣い):うんめいのつな
章:第8章 心の鬼 よみ(新仮名遣い):こころのおに 通し章番号:670
口述日:1922(大正11)年05月13日(旧04月17日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年3月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
宗彦は聖地に上り、言依別命から宣伝使に任命され、三国ケ嶽に割拠する魔神を言向け和す任務を与えられた。武志の宮に奉告祭をなし、親子兄弟、村人たちに別れを告げて宣伝の旅についた。
村はずれには、留公と田吾作が先回りして待っていた。宗彦が来ると、二人は宣伝の旅に供として一緒に連れて行くようにと頼み込んだ。しかし宗彦は、宣伝使は一人旅だと行って断った。
二人は先回りして、明石峠の大滝に禊をしながら、宗彦が来るのを待っていた。宗彦は明石峠の大滝にさしかかったが、丹波霧にさえぎられて、二人が禊をしているのに気づかず、通り過ぎてしまった。二人も滝の音で宗彦が通り過ぎたことに気がつかなかった。
宗彦が明石峠の長上に着くと、一人の四十くらいの女が登ってきた。宗彦が訳を尋ねると、その女・お露は語って、夫の原彦という者が憑き物病で伏せっていて、その祈祷に滝に打たれに行くところだという。
宗彦はそれを聞くと、自分は宣伝使だから診てやろう、と言って村に案内してもらうことになった。村に着くと、相当に広い家があり、そこが女の家であった。宗彦が通されると、病人は次の間でしきりにうなされている。
家の者に病状を尋ねると、男はしきりに「田吾が来る、田吾が来る」とうなされるという。また、自分が過去に人殺しをした罪をうわごとに告白するのだという。
天罰だという村人に対し、宗彦は、誰でも心に知らずに罪を犯すものだ、と説いた。そして罪を憎んで人を憎まずと諭し、公平無私な神様は肉体を罰し給うということはない、と教えた。だからこれは、原彦が自らの罪のために苦しんでいるのだろうから、罪が取れれば本復するだろう、と診立てた。
宗彦は、むしろデモ学者やデモ宗教家がもっとも罪が思い、と説いた。なぜなら、神様からいただいた結構な魂を曇らせる、誤った学説や宣伝を為すからだ、という。
心の罪や、デモ学者・デモ宗教家の罪は、どうやって裁かれるのか、という村人の問いに対して、宗彦は、不完全な人間が、善悪や功罪の判断をつけることはできない、と説いた。神が表に現れて善悪を立て別けるのであるから、人間はただ、自分が最善と信じたことを貫くのが、天地経綸の司宰者としての本分だ、と説いた。人間の法律上の善悪は、あくまで有限的なものであって、神界とは矛盾している場合もあるのだ、と続けた。
すると次の間より病人が、田吾作赦してれ、と叫ぶ声が聞こえた。原彦は自問自答で怒鳴っている。宗彦は禊をして天津祝詞を奏上し、病人の枕頭で天の数歌を唱えた。
そして病人と問答し、田吾作という者の特徴を問いただした。宗彦はその答えで、田吾作とは宇都山村の自分の義弟・田吾作その人だと確信し、生きていることを原彦が知れば、全快するであろうとお露たちに告げた。
宗彦が休んで待っていると、留公と田吾作が家の戸を叩き、宗彦を探しに来た。宗彦はさっそく、田吾作を病人の間に連れて来た。田吾作は合点がいかなかったが、やがて原彦が、十三年前に橋の上で争った泥棒だということに気がついた。
その当時、原彦は、田吾作が持っていた玉を狙っていた。橋の上で争ううち、田吾作は濁流の大井川に落ちてしまったが、宇都山村の村人たちに助けられたのであった。
田吾作は、逆に自分の玉への執着のためにこのようなことになってしまったことを原彦に詫び、その玉を懐から取り出すと、原彦に手渡した。
それより原彦は回復に向かい、十日ほどですっかり健康になった。原彦夫婦や村人一同は、執着心から来る心の罪の恐ろしさを悟り、宗彦の教えを奉じた。熊田村はすっかり三五教を信じることとなった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-04-18 03:33:02 文字数:6963 OBC :rm2008
愛善世界社版:165頁 八幡書店版:第4輯 209頁 修補版: 校定版:172頁 普及版:73頁 初版: ページ備考:
001 宗彦(むねひこ)は親兄妹(おやきやうだい)に別(わか)れを告(つ)げ一旦(いつたん)聖地(せいち)に参(ま)ゐのぼり、002言依別(ことよりわけの)命(みこと)より天晴(あつぱ)れ宣伝使(せんでんし)の役(やく)を命(めい)ぜられ、003心(こころ)いそいそとして再(ふたた)び宇都山(うづやま)の里(さと)に立(た)ち帰(かへ)り、004武志(たけし)の宮(みや)の前(まへ)に報告祭(はうこくさい)を行(おこな)ひ里人(さとびと)に別(わか)れを告(つ)げて、005山奥(やまおく)深(ふか)く三国(みくに)ケ岳(だけ)に割拠(かつきよ)する魔神(まがみ)を征服(せいふく)せむと、006旅装(りよさう)を整(ととの)へ宣伝(せんでん)の初旅(はつたび)に就(つ)いた。007留公(とめこう)、008田吾作(たごさく)の二人(ふたり)は村(むら)の外(はづ)れに先廻(さきまは)りして待(ま)つて居(ゐ)た。
009宗彦(むねひこ)『お前(まへ)は義弟(おとうと)の田吾作(たごさく)ぢやないか、010おゝ留(とめ)さまも其処(そこ)に居(を)るなア、011何処(どこ)へ行(ゆ)くのだ』
012田吾作(たごさく)『何卒(どうぞ)私(わたくし)を二三(にさん)日(にち)、013宣伝使(せんでんし)のお伴(とも)に連(つ)れて行(い)つて下(くだ)さいな、014留(とめ)さまと相談(そうだん)の上(うへ)此処(ここ)に待伏(まちぶせ)して居(を)りました』
015宗彦(むねひこ)『それは折角(せつかく)だが宣伝使(せんでんし)は一人(ひとり)のものだと言依別(ことよりわけの)命(みこと)様(さま)より承(うけたま)はつて居(ゐ)る。016外(ほか)の事(こと)なら一緒(いつしよ)に行(ゆ)かうが、017今日(けふ)は宣伝(せんでん)の初陣(うひぢん)だから、018御(ご)親切(しんせつ)は有難(ありがた)いが是非(ぜひ)なくお断(ことわ)り申(まを)す』
019田吾作(たごさく)『私(わたくし)は宣伝使(せんでんし)でない以上(いじやう)は、020信者(しんじや)としてお伴(とも)しても差支(さしつかへ)ありますまい』
021留公(とめこう)『何卒(どうぞ)二三(にさん)日(にち)で宜敷(よろし)いから連(つ)れて行(い)つて下(くだ)さい』
022宗彦(むねひこ)『お前(まへ)の足(あし)でお前(まへ)が勝手(かつて)に行(ゆ)くのなら差支(さしつかへ)無(な)からう、023同(おな)じ一条(ひとすぢ)の道(みち)を通(とほ)るのだから……然(しか)し宣伝使(せんでんし)として宗彦(むねひこ)は徹頭(てつとう)徹尾(てつび)一人旅(ひとりたび)だ』
024留公(とめこう)『貴方(あなた)は何処(どこ)を指(さ)してお出(い)でになるのですか』
025宗彦(むねひこ)『そうだなア、026言依別(ことよりわけの)命(みこと)様(さま)は明石峠(あかしたうげ)を越(こ)え、027それから山国(やまぐに)を経(へ)て三国(みくに)ケ岳(だけ)の悪魔(あくま)を征服(せいふく)して来(こ)いとの事(こと)だつた。028随分(ずゐぶん)高(たか)い山(やま)だらうなア』
029留公(とめこう)『近江(あふみ)の国(くに)と若狭(わかさ)、030田庭(たんば)三国(さんごく)に跨(またが)る高山(かうざん)です、031大変(たいへん)な猛獣(まうじう)や猿(さる)が棲(す)み大蛇(をろち)が居(ゐ)ると云(い)ふ事(こと)です』
032田吾作(たごさく)『さう聞(き)くと私(わたくし)は貴方(あなた)一人(ひとり)をやる訳(わけ)にはゆきませぬ、033是非(ぜひ)お伴(とも)をさして下(くだ)さいな』
034宗彦(むねひこ)『絶対(ぜつたい)になりませぬ』
035と首(くび)を振(ふ)り振(ふ)り先(さき)に立(た)つて行(ゆ)く。
036 折(をり)しも秋(あき)の初(はじ)め、037田庭(たんば)名物(めいぶつ)の深霧(ふかぎり)に六尺先(ろくしやくさき)は少(すこ)しも見(み)えない。038宗彦(むねひこ)は足(あし)を速(はや)めて明石峠(あかしたうげ)をさして進(すす)み行(ゆ)く。039二人(ふたり)の男(をとこ)は霧(きり)に隠(かく)れて足(あし)を速(はや)め、040先廻(さきまは)りして明石峠(あかしたうげ)の麓(ふもと)に落(お)つる大瀑布(だいばくふ)に真裸(まつぱだか)となり、041身禊(みそぎ)し乍(なが)ら宗彦(むねひこ)の進(すす)み来(きた)るを待(ま)つて居(ゐ)た。042宗彦(むねひこ)は二人(ふたり)の滝(たき)にうたれて居(ゐ)るのを霧(きり)にさへぎられて気(き)がつかず、
043宗彦(むねひこ)『何(なん)だか大変(たいへん)な水音(みなおと)がして居(ゐ)るなア』
044と小声(こごゑ)に囁(ささや)き乍(なが)ら坂(さか)を登(のぼ)り行(ゆ)く。045二人(ふたり)の男(をとこ)は宗彦(むねひこ)が我(わが)二三(にさん)間前(げんまへ)の道(みち)を通過(つうくわ)して居(ゐ)るのに少(すこ)しも気(き)がつかなかつた。046宗彦(むねひこ)は明石峠(あかしたうげ)の頂上(ちやうじやう)に登(のぼ)り着(つ)いた。047霧(きり)は谷間(たにま)を埋(うづ)めて処々(ところどころ)に高山(かうざん)の頂(いただ)きのみ画(ゑ)の様(やう)に浮(う)いて居(ゐ)る。
048宗彦(むねひこ)『アヽ何(なん)と霧(きり)の海(うみ)の景色(けしき)と云(い)ふものは綺麗(きれい)なものだなア、049到底(たうてい)紀(き)の国(くに)では見(み)られぬ図(づ)だ。050此(この)景色(けしき)を眺(なが)めて居(を)る心持(こころもち)は全(まる)で第一(だいいち)天国(てんごく)へ遊楽(いうらく)して居(ゐ)る様(やう)な気分(きぶん)だ』
051と独語(モノログ)して居(ゐ)る。
052 時(とき)しも窶(やつ)れ果(は)てた四十(しじふ)位(くらゐ)の一人(ひとり)の女(をんな)、053見(み)すぼらしき風姿(みなり)をしてスタスタと霧(きり)の中(なか)から浮(う)いた様(やう)に現(あら)はれて来(き)た。
054宗彦(むねひこ)『イヨー、055妙(めう)な女(をんな)がやつて来(き)よつたぞ、056大変(たいへん)に忙(いそが)し相(さう)に歩(ある)いて居(ゐ)る、057何(なに)か之(これ)には様子(やうす)があり相(さう)だ、058一(ひと)つ此処(ここ)へ近(ちか)づいたら訊(たづ)ねて見(み)よう』
059と心(こころ)に思(おも)つて居(ゐ)る。060女(をんな)は宗彦(むねひこ)の姿(すがた)に気(き)がつきキツト立(た)ち止(とどま)り、061怪(あや)しの目(め)をぎよろつかせ此方(こなた)を見詰(みつ)めて居(ゐ)る。
062宗彦(むねひこ)『貴女(あなた)は此(この)高(たか)い峠(たうげ)を越(こ)えて女(をんな)の身(み)の只(ただ)一人(ひとり)、063何処(どこ)へ行(ゆ)くのだ』
064 女(をんな)は怖(こは)相(さう)に、
065女(をんな)『ハイ、066私(わたくし)は此(この)下(した)の熊田(くまだ)と云(い)ふ小村(こむら)の者(もの)で御座(ござ)います。067明石(あかし)の滝(たき)へ是(これ)から打(う)たれに参(まゐ)ります』
068宗彦(むねひこ)『明石(あかし)の滝(たき)と云(い)ふのは何処(どこ)にあるのだ』
069女(をんな)『此(この)山(やま)を七八丁(しちはつちやう)許(ばか)り下(さが)つた処(ところ)に御座(ござ)います』
070宗彦(むねひこ)『私(わし)も今(いま)此(この)坂(さか)を登(のぼ)つて来(き)たのだが余(あま)りの深霧(ふかぎり)で気(き)がつかなかつた。071道理(だうり)で水音(みなおと)のした箇所(かしよ)があつた様(やう)に思(おも)つた。072して又(また)滝(たき)に打(う)たれに行(ゆ)くと云(い)ふのは何(なに)か深(ふか)い理由(わけ)があるであらう、073それを言(い)つて見(み)なさい』
074女(をんな)『ハイ、075私(わたくし)の夫(をつと)は原彦(はらひこ)と申(まを)すもの、076二三(にさん)年前(ねんまへ)からフラフラと患(わづら)ひつき此(この)頃(ごろ)では大変(たいへん)な大病(たいびやう)で御座(ござ)います。077それで明石(あかし)の滝(たき)の神(かみ)様(さま)へお願(ねが)ひ申(まを)して夫(をつと)の病気(びやうき)を助(たす)けたさに、078滝(たき)に身(み)を浸(ひた)しに参(まゐ)る者(もの)で御座(ござ)います』
079宗彦(むねひこ)『何(ど)んな病気(びやうき)だな、080都合(つがふ)に依(よ)つたら神(かみ)様(さま)に願(ねが)つて助(たす)けて上(あ)げようと思(おも)ふのだが…』
081女(をんな)『ハイ、082有難(ありがた)う御座(ござ)います、083夜分(やぶん)になると色々(いろいろ)のものが出(で)て参(まゐ)ります、084さうして苦(くるし)めるのです、085その度(たび)毎(ごと)に冷汗(ひやあせ)をグツスリかき日(ひ)に日(ひ)に痩衰(やせおとろ)へ、086今(いま)は最早(もはや)骨(ほね)と皮(かは)ばかりに見(み)すぼらしくなつて居(を)ります』
087宗彦(むねひこ)『そりや何(なん)か物(もの)の怪(け)の病気(びやうき)であらう。088サア一遍(いつぺん)調(しら)べて見(み)るから案内(あんない)をしてお呉(く)れ』
089女(をんな)『それは有難(ありがた)う御座(ござ)います。090之(これ)から此(この)山坂(やまさか)を下(くだ)り、091四五丁(しごちやう)許(ばか)り行(い)つた所(ところ)の小(ちひ)さき村(むら)で、092山(やま)の麓(ふもと)に私(わたくし)の茅屋(あばらや)が建(た)つて居(を)ります。093御(ご)苦労(くらう)乍(なが)らお頼(たの)み申(まを)します』
094と先(さき)に立(た)つて案内(あんない)する。095漸(やうや)く女(をんな)の家(いへ)に着(つ)いた。096大樹(たいじゆ)の森(もり)の下(した)に冠木門(かぶきもん)をあしらつた一棟(ひとむね)の相当(さうたう)に広(ひろ)い家(いへ)がある、097それが此(この)女(をんな)の邸宅(ていたく)。
098女(をんな)『見(み)すぼらしき茅屋(あばらや)で御座(ござ)いますが、099何卒(どうぞ)お這入(はい)り下(くだ)さいませ』
100と会釈(ゑしやく)して内(うち)に入(い)る。101夫(をつと)原彦(はらひこ)の何物(なにもの)にか魘(うな)されて苦(くる)しむ声(こゑ)は戸外(こぐわい)に迄(まで)洩(も)れて来(き)た。102女(をんな)は『又(また)来(き)よつたなア』と小声(こごゑ)でつぶやき乍(なが)ら、103慌(あわ)てて屋内(をくない)に飛(と)び込(こ)み、104病人(びやうにん)の枕許(まくらもと)に駆(か)け寄(よ)つた。105宗彦(むねひこ)は少(すこ)し遅(おく)れて閾(しきゐ)を跨(また)げ、106床上(しやうじやう)に上(のぼ)り天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)するや、107病人(びやうにん)は益々(ますます)苦悶(くもん)の声(こゑ)を放(はな)ち狂(くる)ひ廻(まは)る。108四五(しご)人(にん)の村人(むらびと)は次(つぎ)の間(ま)に控(ひか)へて何事(なにごと)か話(はな)し合(あ)つて居(ゐ)た。109祝詞(のりと)の声(こゑ)を聞(き)くより二三(にさん)人(にん)の男(をとこ)其(その)場(ば)に現(あら)はれ、
110男(をとこ)『何処(いづく)の方(かた)かは知(し)りませぬが、111定(さだ)めてお露(つゆ)さまがお連(つ)れ申(まを)して帰(かへ)つた方(かた)でせう、112サア何卒(どうぞ)此方(こちら)へ来(き)て御(ご)休息(きうそく)下(くだ)さいませ』
113 宗彦(むねひこ)は『御免(ごめん)』と云(い)ひつつ招(まね)かれて一間(ひとま)に踏込(ふみこ)み座(ざ)に着(つ)いた。114何事(なにごと)か確(しか)とは聞(き)きとれないが、115非常(ひじやう)に病人(びやうにん)はお露(つゆ)を相手(あひて)に呶鳴(どな)つて居(ゐ)る。116此(この)声(こゑ)を聞(き)いて宗彦(むねひこ)は村人(むらびと)に向(むか)ひ、
117宗彦(むねひこ)『何時(いつ)も病気(びやうき)はあの通(とほ)りですか』
118甲(かふ)『此(この)四五(しご)日前(にちまへ)から一層(いつそう)烈(はげ)しく成(な)つて来(き)ました「田吾(たご)が来(く)る田吾(たご)が来(く)る」と云(い)ひ出(だ)しまして……それはそれは随分(ずゐぶん)苦(くる)しむのです。119さうして又(また)ケロリと嘘(うそ)を吐(つ)いた様(やう)に癒(なほ)る事(こと)もあるのです。120理由(わけ)の分(わか)らぬ病気(びやうき)……何(なん)でも死霊(しりやう)の祟(たた)りだと云(い)ふ事(こと)です』
121宗彦(むねひこ)『死霊(しりやう)の祟(たた)りとは、122……そりや又(また)何(なに)か心当(こころあた)りがあるのですか』
123甲(かふ)『吾々(われわれ)村人(むらびと)も初(はじ)めはちつとも病気(びやうき)の原因(げんいん)が分(わか)りませなんだが、124此(この)頃(ごろ)そろそろ死霊(しりやう)だと云(い)ふ事(こと)が分(わか)り出(だ)したのです。125何(なん)でも茲(ここ)二三(にさん)日(にち)の間(うち)に生命(いのち)を取(と)らねば措(お)かぬと口走(くちばし)り、126それはそれは大変(たいへん)な藻掻(もが)き様(やう)です』
127乙(おつ)『何(なん)でも此処(ここ)の主人(しゆじん)の原彦(はらひこ)は上方(かみがた)の者(もの)らしいが、128お露(つゆ)さんの婿(むこ)になつてから早(はや)十三(じふさん)年(ねん)にもなりますのに素姓(すじやう)を明(あ)かさないので、129何処(どこ)の人(ひと)だか、130何(なに)をして居(を)つたのか分(わか)らなかつたのだが、131病人(びやうにん)の囈言(うさごと)を云(い)ふのを聞(き)いて見(み)れば、132大(おほ)きな声(こゑ)では言(い)はれませぬが、133此(この)男(をとこ)は泥棒(どろばう)をして人(ひと)を殺(ころ)した奴(やつ)らしいですよ。134そして殺(ころ)された男(をとこ)の死霊(しりやう)が祟(たた)つて居(ゐ)るのだと云(い)ふ事(こと)、135病人(びやうにん)自(みづか)ら現(うつつ)になつて喋(しやべ)ります。136天罰(てんばつ)と云(い)ふものは恐(おそ)ろしいものですなア』
137宗彦(むねひこ)『人間(にんげん)と云(い)ふものは随分(ずゐぶん)不知(しらず)不識(しらず)の間(あひだ)に罪(つみ)を作(つく)つて居(を)るものだ、138人(ひと)を殺(ころ)し火(ひ)を放(はな)ち、139或(あるひ)は強盗(がうたう)、140詐偽(さぎ)等(とう)の罪悪(ざいあく)を犯(をか)す者(もの)は実(じつ)に天下(てんか)の為(ため)に憎(にく)むべき者(もの)であります。141然(しか)し乍(なが)ら其(その)罪(つみ)を憎(にく)んで人(ひと)を憎(にく)まずと云(い)ふ事(こと)がある、142公平(こうへい)無私(むし)な神(かみ)様(さま)は肉体(にくたい)を罰(ばつ)し給(たま)ふ様(やう)な事(こと)はありますまい、143屹度(きつと)其(その)罪(つみ)の為(た)めに苦(くる)しめられて居(ゐ)るのでせう。144罪(つみ)さへとれれば原彦(はらひこ)さまも間(ま)も無(な)く本復(ほんぷく)するでせう。145世(よ)の中(なか)には人間(にんげん)の目(め)に見(み)えぬ罪人(ざいにん)が沢山(たくさん)ある、146中(なか)でも一番(いちばん)罪(つみ)の重(おも)いのは学者(がくしや)と宗教家(しうけうか)だ。147神(かみ)様(さま)から頂(いただ)いた結構(けつこう)な霊魂(たましひ)を曇(くも)らせ、148腐(くさ)らせ、149殺(ころ)すのは、150誤(あやま)つた学説(がくせつ)を流布(るふ)したり、151神(かみ)様(さま)の御心(みこころ)を取違(とりちが)へて誠(まこと)しやかに宣伝(せんでん)したり、152或(あるひ)は神(かみ)様(さま)の真似(まね)をするデモ宗教家(しうけうか)、153デモ学者(がくしや)が最(もつと)も重罪(ぢうざい)を神(かみ)の国(くに)に犯(をか)して居(ゐ)るものですよ』
154甲(かふ)『ヘイ、155そんなものですかなア、156心(こころ)に犯(をか)した罪(つみ)や、157学者(がくしや)や宗教家(しうけうか)の罪(つみ)は何処(どこ)で善悪(ぜんあく)を調(しら)べるのですか』
158宗彦(むねひこ)『到底(たうてい)不完全(ふくわんぜん)な人間(にんげん)が善悪(ぜんあく)ぢやとか、159功罪(こうざい)だとか云(い)ふ事(こと)は判断(はんだん)のつくものぢやありませぬ。160それだから神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)け遊(あそ)ばすので、161人間(にんげん)は只(ただ)何事(なにごと)でも善意(ぜんい)に解釈(かいしやく)し、162直霊(なほひ)の神(かみ)にお願(ねがひ)し、163神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)に罪(つみ)を見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し詔直(のりなほ)して貰(もら)ふより仕方(しかた)がありませぬよ。164我々(われわれ)は日々(にちにち)一生(いつしやう)懸命(けんめい)に国家(こくか)の為(た)め、165お道(みち)の為(た)め、166社会(しやくわい)の為(た)めと思(おも)つてやつてる事(こと)に大変(たいへん)な罪悪(ざいあく)を包含(はうがん)して居(ゐ)ることが不知(しらず)不識(しらず)に出来(でき)て居(ゐ)るものです。167それだと云(い)つて善(ぜん)だと信(しん)じた事(こと)は何処迄(どこまで)も敢行(かんかう)せねば、168天地(てんち)経綸(けいりん)の司宰者(しさいしや)としての天職(てんしよく)が務(つと)まらず、169罪悪(ざいあく)になつてはならぬと云(い)つてジツとして居(を)れば、170怠惰者(なまけもの)の大罪(だいざい)を犯(をか)すものですから、171最善(さいぜん)と信(しん)じた事(こと)は飽迄(あくまで)も決行(けつかう)し、172朝夕(あさゆふ)に祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し神(かみ)様(さま)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)しを願(ねが)ふより仕方(しかた)はありませぬ』
173乙(おつ)『今(いま)の法律(はふりつ)は行為(かうゐ)の上(うへ)の罪(つみ)許(ばか)りを罰(ばつ)して、174精神(せいしん)上(じやう)の罪(つみ)を罰(ばつ)する事(こと)はせないのですが、175万一(まんいち)霊魂(みたま)が罪(つみ)を犯(をか)し、176肉体(にくたい)が道具(だうぐ)に使(つか)はれても矢張(やつぱり)其(その)肉体(にくたい)が罪人(つみびと)になると云(い)ふのは、177神界(しんかい)の上(うへ)から見(み)れば実(じつ)に矛盾(むじゆん)の甚(はなはだ)しいものではありますまいか』
178宗彦(むねひこ)『そこが人間(にんげん)ですよ、179兎(と)も角(かく)法律(はふりつ)と云(い)ふものは人間(にんげん)相互(さうご)の生活(せいくわつ)上(じやう)、180都合(つがふ)の悪(わる)い事(こと)は皆(みな)罪(つみ)とするのですから……仮令(たとへ)法律(はふりつ)上(じやう)の罪人(ざいにん)になつても神界(しんかい)に於(おい)ては結構(けつこう)な御用(ごよう)として褒(ほ)めらるる事(こと)もあり、181法律(はふりつ)上(じやう)立派(りつぱ)な行(おこな)ひだと認(みと)められて居(ゐ)る事(こと)が、182神界(しんかい)に於(おい)て大罪悪(だいざいあく)と認(みと)められる事(こと)もあるのです。183それだから何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)が現(あら)はれてお裁(さば)き下(くだ)さらぬ事(こと)には善(ぜん)と悪(あく)との立別(たてわ)けは人間(にんげん)の分際(ぶんざい)として、184絶対(ぜつたい)に公平(こうへい)に出来(でき)るものではありませぬ。185又(また)人間(にんげん)の法律(はふりつ)や国家(こくか)の制裁力(せいさいりよく)と云(い)ふものは、186有限(いうげん)的(てき)のものであつて、187絶対(ぜつたい)的(てき)のものでは無(な)い、188浅間山(あさまやま)が噴火(ふんくわ)して山林(さんりん)田畑(でんぱた)を荒(あら)し、189人家(じんか)を倒(たふ)し、190桜島(さくらじま)が爆発(ばくはつ)して数多(あまた)の人命(じんめい)を毀損(きそん)し、191地震(ぢしん)の鯰(なまづ)が躍動(やくどう)して山(やま)を海(うみ)にし、192海(うみ)に山(やま)を拵(こしら)へ家(いへ)を焼(や)き人(ひと)を殺(ころ)し、193財産(ざいさん)を全然(すつかり)掠奪(りやくだつ)して仕舞(しま)つても、194人間(にんげん)の作(つく)つた法律(はふりつ)で浅間山(あさまやま)や地震(ぢしん)や桜島(さくらじま)を被告(ひこく)として訴(うつた)へる処(ところ)もなし、195放(はう)り込(こ)む刑務所(けいむしよ)も無(な)し、196裁判(さいばん)する事(こと)も出来(でき)ぬ様(やう)なもので到底(たうてい)駄目(だめ)です。197只(ただ)何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)の大御心(おおみこころ)に任(まか)すより仕方(しかた)がありませぬなア』
198 斯(か)く話(はな)す折(をり)しも次(つぎ)の間(ま)の病人(びやうにん)、199いやらしい声(こゑ)を出(だ)して、
200原彦(はらひこ)『ヤア田吾作(たごさく)田吾作(たごさく)、201赦(ゆる)して呉(く)れ、202俺(おれ)が悪(わる)かつた、203お前(まへ)は大井川(おほゐがは)から俺(おれ)に落(おと)されて死(し)んで悔(くや)しからうが、204今(いま)となつて如何(どう)する事(こと)も出来(でき)ない、205之(これ)も何(なに)かの因縁(いんねん)ぢやと諦(あきら)めて何卒(どうぞ)俺(わし)の生命(いのち)丈(だ)けは助(たす)けて呉(く)れ、206アヽ悪(わる)かつた悪(わる)かつた、207赦(ゆる)して赦(ゆる)して』
208と叫(さけ)び出(だ)した。
209宗彦(むねひこ)『ハテナ、210此(この)辺(へん)に田吾作(たごさく)と云(い)ふ人(ひと)があつたのですか』
211乙(おつ)『田吾作(たごさく)と云(い)つたら皆(みな)我々(われわれ)の雅名(がめい)です。212田吾作(たごさく)は田畑(たはた)を耕(たがや)し、213杢兵衛(もくべゑ)は山林(さんりん)にわけ入(い)つて樵夫(きこり)をやつたり薪物(たきもの)を刈(か)つて来(く)る人間(にんげん)の代名詞(だいめいし)見(み)た様(やう)なものですから、214あまり沢山(たくさん)の田吾作(たごさく)で誰(たれ)が殺(ころ)されたのやら訳(わけ)が分(わか)りませぬ』
215宗彦(むねひこ)『それは分(わか)りましたが、216然(しか)し一人(ひとり)に特定(とくてい)の名(な)の付(つ)いた田吾作(たごさく)と云(い)ふ男(をとこ)はありますまいかな』
217 甲(かふ)、218乙(おつ)一(いち)時(じ)に、
219甲(かふ)、220乙(おつ)『サア余(あま)り聞(き)きませぬなア、221何(なん)でも宇都山(うづやま)の里(さと)に大変(たいへん)な周章者(あわてもの)があつて、222その男(をとこ)を田吾作(たごさく)と云(い)ふさうですが、223それも実際(じつさい)の名(な)か、224一般(いつぱん)的(てき)の百姓(ひやくしやう)の名(な)か、225そいつア判然(はつきり)致(いた)しませぬ。226少(すこ)し慌(あわ)ててやり損(ぞこな)ひをする男(をとこ)を、227此(この)辺(へん)では宇都山(うづやま)の田吾作(たごさく)みた様(やう)な奴(やつ)だと云(い)つて居(ゐ)ます、228仄(ほのか)に話(はなし)に聞(き)いて居(を)る許(ばか)りで実際(じつさい)そんな方(かた)が有(あ)るのか無(な)いのかそれも分(わか)りませぬ』
229 隣(となり)の室(しつ)より病人(びやうにん)の叫(さけ)び声(ごゑ)、
230原彦(はらひこ)『田吾作(たごさく)の幽霊(いうれい)どの、231悪(わる)かつた悪(わる)かつた、232何卒(どうぞ)助(たす)けて呉(く)れ……何(なに)、233貴様(きさま)の様(やう)な悪人(あくにん)を助(たす)けて堪(たま)らうかい、234俺(おれ)の生命(いのち)をとつた奴(やつ)だ、235貴様(きさま)の肉体(にくたい)に宿(やど)り腸(はらわた)を喰(く)ひ、236肺臓(はいざう)を抉(えぐ)り、237胃袋(ゐぶくろ)を捻切(ねぢき)り、238苦(くる)しめて苦(くる)しめて嬲殺(なぶりごろ)しにしてやるのだ。239此(この)怨(うら)みを晴(は)らさな措(お)かうか』
240と原彦(はらひこ)は自問(じもん)自答(じたふ)的(てき)に呶鳴(どな)つて居(ゐ)る。
241甲(かふ)『不思議(ふしぎ)な病人(びやうにん)でせうがな、242何(なん)でも腹(はら)の中(なか)に死霊(しりやう)が這入(はい)つたり出(で)たりすると見(み)えます。243今(いま)は屹度(きつと)腹(はら)へ這入(はい)つて居(ゐ)ると見(み)えて本人(ほんにん)と変(かは)つた声(こゑ)で云(い)つて居(ゐ)ます…あれが殺(ころ)された田吾作(たごさく)の怨霊(をんりやう)に違(ちが)ひありませぬなア、244何卒(どうぞ)一(ひと)つ祈祷(きたう)をしてやつて下(くだ)さいますまいか、245私(わたくし)達(たち)も村中(むらぢう)が代(かは)る代(がは)る五(ご)人(にん)づつ斯(か)うして不寝(ねず)の番(ばん)をして居(を)るのですから、246お露(つゆ)さんも気(き)の毒(どく)ぢやが、247吾々(われわれ)村中(むらぢう)の者(もの)も大変(たいへん)に手間(てま)が取(と)れて困(こま)つて居(ゐ)るのです』
248 宗彦(むねひこ)は打(う)ち頷(うなづ)き裏(うら)の谷川(たにがは)にて口(くち)を嗽(すす)ぎ手(て)を洗(あら)ひ、249天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、250徐々(しづしづ)と病人(びやうにん)の居間(ゐま)に入(い)り来(きた)り枕頭(ちんとう)に端坐(たんざ)し、251両手(りやうて)を組(く)み三五教(あななひけう)の奉斎守神(ほうさいしゆしん)[※御校正本でも「主神」ではなく「守神」になっている。]の御名(みな)を唱(とな)へ、252天(あま)の数歌(かずうた)を二三回(にさんくわい)繰返(くりかへ)すや否(いな)や、253病人(びやうにん)はムクムクと起(お)き上(あが)り、254目(め)を剥(む)き鼻(はな)を左右(さいう)に馬(うま)の様(やう)にムケムケと廻転(くわいてん)させ、255舌(した)を出(だ)し、
256原彦(はらひこ)『アーラ怨(うら)めしやなア、257俺(おれ)は田吾作(たごさく)の怨霊(をんりやう)だ、258此(この)肉体(にくたい)を何処迄(どこまで)も苦(くる)しめ生命(いのち)をとらいで措(お)くものかア』
259と妙(めう)な手付(てつき)をなし衰弱(すゐじやく)しきつて動(うご)けない病人(びやうにん)が俄(にはか)に立(た)つて騒(さわ)ぎ出(だ)す。260宗彦(むねひこ)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に天(あま)の数歌(かずうた)を奏上(そうじやう)し、
261宗彦(むねひこ)『これこれ原彦(はらひこ)さま、262決(けつ)して田吾作(たごさく)の怨霊(をんりやう)が殃(わざはひ)をして居(ゐ)るのではない、263お前(まへ)の心(こころ)の鬼(おに)が身(み)を責(せめ)るのだ。264神(かみ)様(さま)にお詫(わび)をしてやるから、265お前(まへ)の罪(つみ)は神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)様(さま)の千座(ちくら)の置戸(おきど)の贖(あがな)ひの御(おん)徳(とく)に依(よ)つて最早(もはや)救(すく)はれた、266安心(あんしん)なされ』
267 原彦(はらひこ)は形相(ぎやうさう)凄(すさま)じく、
268原彦(はらひこ)『アラ怨(うら)めしやなア、269何程(なにほど)救(すく)はれたと云(い)つても、270生命(いのち)をとられた田吾作(たごさく)は何処(どこ)までも祟(たた)らにやおかぬ。271親(おや)を殺(ころ)し、272本人(ほんにん)は申(まを)すに及(およ)ばず、273女房(にようばう)の生命(いのち)をとり、274一家(いつか)親類(しんるゐ)村中(むらぢう)までも祟(たた)つてやるぞよ……』
275宗彦(むねひこ)『お前(まへ)は田吾作(たごさく)と云(い)ふがその田吾作(たごさく)は今(いま)何処(どこ)に居(を)るのだ』
276原彦(はらひこ)『田吾作(たごさく)は大井川(おほゐがは)の大橋(おほはし)の下(した)で肉体(にくたい)は亡(ほろ)びたが、277精霊(みたま)は此処(ここ)に悪魔(あくま)となつて憑(つ)いて居(を)るのぢや哩(わい)のう、278怨(うら)めしやア怨(うら)めしやア』
279宗彦(むねひこ)『田吾作(たごさく)の顔(かほ)には何(なに)か特徴(とくちやう)があるか』
280原彦(はらひこ)『特徴(とくちやう)と云(い)ふのは外(ほか)でもない、281眉間(みけん)の真(ま)ん中(なか)に大(おほ)きな黒子(ほくろ)があるばつかりだ、282俺(おれ)の顔(かほ)を見(み)て呉(く)れ、283之(これ)が証拠(しようこ)だ』
284と原彦(はらひこ)は宗彦(むねひこ)の前(まへ)に額(ひたひ)を突(つ)き出(だ)す。
285宗彦(むねひこ)『別(べつ)に黒子(ほくろ)も何(なに)もないぢやないか』
286原彦(はらひこ)『お前(まへ)は霊眼(れいがん)が開(ひら)けて居(ゐ)ないから大方(おほかた)原彦(はらひこ)の肉体(にくたい)を見(み)て居(ゐ)るのだらう、287私(わし)の正体(しやうたい)を目(め)を光(ひか)らして見(み)て呉(く)れたら眉間(みけん)の黒子(ほくろ)が分(わか)るだらう。288あゝ怨(うら)めしい、289キヤツキヤツ』
290と云(い)ひ乍(なが)ら嫌(いや)らしい相好(さうがう)を遺憾(ゐかん)なく曝(さら)して、291又(また)元(もと)の寝間(ねま)へクスクス這込(はひこ)み『ウンウン』と苦(くる)しさうに呻(うな)りを続(つづ)けて居(ゐ)る。
292お露(つゆ)『もうし、293宣伝使(せんでんし)様(さま)、294此(この)病人(びやうにん)は癒(なほ)るでせうか』
295宗彦(むねひこ)『癒(なほ)りますとも、296眉間(みけん)に黒子(ほくろ)のある田吾作(たごさく)は死(し)んでは居(ゐ)ませぬよ、297確(たしか)にピンピンして生(い)きて居(ゐ)ます、298今(いま)に此処(ここ)へやつて来(く)るでせう、299要(えう)するに神経病(しんけいびやう)だ、300心(こころ)に犯(をか)した罪悪(ざいあく)の鬼(おに)に責(せめ)られて居(ゐ)るのです。301今(いま)に当人(たうにん)がやつて来(き)て「許(ゆる)す」と一言(ひとくち)云(い)つたら全快(ぜんくわい)は請合(うけあひ)です』
302お露(つゆ)『何(なん)と仰有(おつしや)います、303あの田吾作(たごさく)さんが生(い)きて居(を)られますか、304そりや又(また)如何(どう)した訳(わけ)でせう』
305宗彦(むねひこ)『どうでも有(あ)りませぬ、306実際(じつさい)生(い)きて居(ゐ)るのですから今(いま)に実物(じつぶつ)をお目(め)に掛(か)けませう、307田吾作(たごさく)が此処(ここ)へ参(まゐ)る迄(まで)、308次(つぎ)の室(ま)で休息(きうそく)して待(ま)つ事(こと)に致(いた)しませう』
309お露(つゆ)『御(ご)苦労(くらう)様(さま)で御座(ござ)いました、310何卒(なにとぞ)奥(おく)でお茶(ちや)なりと召(め)し上(あが)り緩々(ゆるゆる)御(ご)休息(きうそく)下(くだ)さいませ』
311 宗彦(むねひこ)は『有難(ありがた)う』と一礼(いちれい)し奥(おく)の間(ま)に行(い)つて休息(きうそく)した。
312甲(かふ)『何(なん)と宣伝使(せんでんし)様(さま)、313妙(めう)な病人(びやうにん)で御座(ござ)いますなア、314マア千(せん)人(にん)に一人(ひとり)位(くらゐ)な者(もの)でせうか、315さうして承(うけたま)はれば田吾作(たごさく)さまは生(い)きて御座(ござ)るとは、316そりや又(また)何(なん)と云(い)ふ不思議(ふしぎ)でせう』
317宗彦(むねひこ)『凡(すべ)て天地(てんち)の間(あひだ)は不思議(ふしぎ)ばかりで満(み)たされて居(ゐ)るのです、318菜(な)の葉(は)一(いち)枚(まい)だつて考(かんが)へてみれば実(じつ)に不思議(ふしぎ)なものです。319今(いま)の人間(にんげん)は石地蔵(いしぢざう)を祈(いの)つて疣(いぼ)がとれたとか、320脚気(かつけ)が癒(なほ)つたとか云(い)つて不思議(ふしぎ)がつて居(を)るが、321そんな事(こと)は不思議(ふしぎ)とするに足(た)りませぬ。322第一(だいいち)人間(にんげん)は、323ものを云(い)ふのが不思議(ふしぎ)ではありますまいか、324何程(なにほど)立派(りつぱ)な解剖学(かいばうがく)や生理学(せいりがく)の上(うへ)から調(しら)べてみても、325声(こゑ)の袋(ふくろ)もなし、326それに色々(いろいろ)の言霊(ことたま)が七十五(しちじふご)声(せい)際限(さいげん)もなく出(で)て来(く)るのですから、327是(これ)位(くらゐ)不思議(ふしぎ)な事(こと)はありませぬよ』
328乙(おつ)『さう聞(き)けばさうですな、329森羅(しんら)万象(ばんしやう)一(いつ)として不思議(ふしぎ)ならざるは無(な)しですなア』
330 斯(か)く話(はな)す折(をり)しも田吾作(たごさく)、331留公(とめこう)の両人(りやうにん)は門(もん)の戸(と)を敲(たた)き、
332田(た)、333留(とめ)『モシモシ、334一寸(ちよつと)お尋(たづ)ね致(いた)します、335宗彦(むねひこ)と云(い)ふ三五教(あななひけう)の立派(りつぱ)な宣伝使(せんでんし)は若(も)しや此(この)家(いへ)にお立寄(たちよ)りでは御座(ござ)いませぬか』
336 此(この)声(こゑ)にお露(つゆ)は慌(あわ)てて門口(かどぐち)に走(はし)り出(い)で、337田吾作(たごさく)の顔(かほ)を見(み)るより、
338お露(つゆ)『アツ、339貴方(あなた)の眉間(みけん)に黒子(ほくろ)がある、340田吾作(たごさく)さまでは御座(ござ)いませぬか、341エライ私(わたくし)の夫(やど)が貴方(あなた)に対(たい)し御(ご)無礼(ぶれい)を致(いた)したさうです、342何卒(なにとぞ)堪忍(かんにん)してやつて下(くだ)さい』
343 田吾作(たごさく)は何(なに)が何(なに)やら合点(がつてん)ゆかず、344留公(とめこう)と共(とも)にお露(つゆ)の後(あと)に引添(ひつそ)ひ、345宗彦(むねひこ)の憩(いこ)へる居間(ゐま)に入(い)つた。
346宗彦(むねひこ)『アヽ能(よ)う来(き)てくれた、347さはさり乍(なが)ら一寸(ちよつと)此方(こちら)へ来(き)ておくれ』
348と原彦(はらひこ)の病室(びやうしつ)に伴(ともな)ひ原彦(はらひこ)を揺(ゆ)すり起(おこ)した。349原彦(はらひこ)は病(やまひ)に疲(つか)れた身体(からだ)を漸(やうや)く起(お)き上(あが)り、350目(め)を開(ひら)き田吾作(たごさく)の姿(すがた)を見(み)るなり『アツ』と一声(ひとこゑ)、351又(また)もや寝具(しんぐ)の上(うへ)に打倒(うちたふ)れ藻掻(もが)き苦(くる)しむ。352田吾作(たごさく)は原彦(はらひこ)の窶(やつ)れたとは言(い)へ何処(どこ)とはなしに目付(めつき)、353鼻(はな)の恰好(かつかう)、354口許(くちもと)の具合(ぐあひ)の十数(じふすう)年前(ねんぜん)大井川(おほゐがは)の橋(はし)の上(うへ)に於(おい)て、355河中(かはなか)に突(つ)き落(おと)した泥棒(どろばう)によく似(に)て居(ゐ)るなアと半信(はんしん)半疑(はんぎ)の態(てい)で打(う)ち見(み)まもつて居(ゐ)る。
356宗彦(むねひこ)『コレ原彦(はらひこ)さま、357お前(まへ)に橋(はし)から突(つ)き落(おと)されて死(し)んだ筈(はず)の田吾作(たごさく)は此(この)通(とほ)りピンピンして居(ゐ)る、358お前(まへ)の迷(まよ)ひだから気(き)を取(と)り直(なほ)したが宜(よ)からうぜ』
359田吾作(たごさく)『オイ、360病人(びやうにん)さま、361久(ひさ)し振(ぶ)りだつたなア、362十三(じふさん)年前(ねんぜん)の月夜(つきよ)の晩(ばん)だつた、363お前(まへ)は狭(せま)い橋(はし)の上(うへ)で俺(おれ)の懐中(ふところ)の玉(たま)を強奪(がうだつ)しようとする、364俺(おれ)はとられてはならんと争(あらそ)ひ、365遂(つひ)には組(く)みつ組(く)まれつ戦(たたか)うた末(すゑ)、366足(あし)踏外(ふみはづ)し濁流(だくりう)漲(みなぎ)る大井川(おほゐがは)に真逆(まつさか)様(さま)に顛落(てんらく)し、367それより心(こころ)は疎(うと)くなり、368現世(このよ)と幽界(あのよ)の境界(さかひ)の山(やま)の口(くち)迄(まで)歩(ある)いて行(ゆ)くと、369後(あと)から大勢(おほぜい)の俺(おれ)を呼(よ)ぶ声(こゑ)、370振(ふ)り返(かへ)る途端(とたん)に気(き)がついて見(み)れば、371高城山(たかしろやま)の麓(ふもと)の芝生(しばふ)の上(うへ)に横(よこ)たはり、372大勢(おほぜい)の人(ひと)が火(ひ)を焚(た)いて介抱(かいほう)をして居(ゐ)てくれた、373お蔭(かげ)で私(わし)は生命(いのち)が助(たす)かつた。374それから宇都山(うづやま)村(むら)の住人(ぢうにん)となつて此(この)通(とほ)りピンピンと跳廻(はねまは)つて居(ゐ)るのだ、375決(けつ)して決(けつ)して露(つゆ)程(ほど)も怨(うら)んでは居(を)らぬ。376其(その)時(とき)に私(わし)が執着心(しふちやくしん)を離(はな)しさへすれば斯(こ)んな目(め)に遇(あ)ふのでは無(な)かつたのだ。377エヽ済(す)まぬ事(こと)をした、378あの人(ひと)に渡(わた)せばよかつたと始終(しじう)懐中(ふところ)離(はな)さず其(その)橋(はし)の辺(あたり)を通(とほ)り、379その方(かた)に会(あ)うたら心(こころ)好(よ)う進(しん)ぜようと思(おも)つてゐたのだ、380それ……この玉(たま)だらう』
381と懐中(ふところ)から出(だ)して、382病人(びやうにん)の手(て)に渡(わた)した。383原彦(はらひこ)は初(はじ)めてヤツと安心(あんしん)した刹那(せつな)に病気(びやうき)は軽快(けいくわい)に向(むか)ひ、384日(ひ)を追(お)うて恢復(くわいふく)し、385漸々(やうやう)肉(にく)もつき、386十日(とをか)程(ほど)の後(のち)には全(まつた)く元(もと)の壮健体(さうけんたい)となつて仕舞(しま)つた。
387 原彦(はらひこ)夫婦(ふうふ)を初(はじ)め村人(むらびと)一同(いちどう)は執着心(しふちやくしん)より恐(おそ)るべき罪(つみ)の発生(はつせい)し、388其(その)罪(つみ)は忽(たちま)ち邪気(じやき)となつて我(わが)身(み)を責(せ)むると云(い)ふ真理(しんり)を心(こころ)の底(そこ)より悟(さと)り、389熊田(くまだ)の小村(こむら)は挙(こぞ)つて宗彦(むねひこ)の教(をしへ)を信(しん)じ、390遂(つひ)に三五教(あななひけう)の信者(しんじや)となつて仕舞(しま)つた。
391(大正一一・五・一三 旧四・一七 北村隆光録)
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