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霊界物語
舎身活躍(第37~48巻)
第43巻(午の巻)
序文
総説
第1篇 狂風怪猿
第1章 烈風
第2章 懐谷
第3章 失明
第4章 玉眼開
第5章 感謝歌
第2篇 月下の古祠
第6章 祠前
第7章 森議
第8章 噴飯
第9章 輸入品
第3篇 河鹿の霊嵐
第10章 夜の昼
第11章 帰馬
第12章 双遇
第4篇 愛縁義情
第13章 軍談
第14章 忍び涙
第15章 温愛
第5篇 清松懐春
第16章 鰌鍋
第17章 反歌
第18章 石室
余白歌
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舎身活躍(第37~48巻)
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第43巻(午の巻)
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(B)
(N)
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第八章
噴飯
(
ふんぱん
)
〔一一五九〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第43巻 舎身活躍 午の巻
篇:
第2篇 月下の古祠
よみ(新仮名遣い):
げっかのふるほこら
章:
第8章 噴飯
よみ(新仮名遣い):
ふんぱん
通し章番号:
1159
口述日:
1922(大正11)年11月27日(旧10月9日)
口述場所:
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1924(大正13)年7月25日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
玉国別は伊太公が飛び込んで行ったあと、バラモン軍が右往左往するありさまを冷然と見守って控えている。純公は玉国別に向かって、なぜ我々二人に伊太公救出を命じないのか、と食って掛かった。
玉国別は純公に勇について説明をして諭した。道公も、玉国別の計略を知っているので、何事も神に任せるようにと純公をなだめた。
玉国別はひとしきり純公に説諭した後、実は治国別の一行とバラモン軍を挟み撃ちにしようという考えを明らかにした。純公はようやく納得した。玉国別は道公を祠のあたりに斥候に出して様子を探らせた。
玉国別は残った純公に、あと一時ほどするとバラモン軍は治国別たちの言霊に打たれて逃げ帰ってくるだろうから、それまでに十分休養して英気を養っておこうと語った。
祠の前にはバラモン軍の目付が二人、関守を務めていた。二人は、伊太公が突然現れて暴れこみ、片彦将軍に一打ち食らわせたために部隊が混乱に陥った事件を話し合っていた。
そのうちに二人は暇をつぶすために馬鹿な夢の話を始めた。その話の落ちのおかしさに、祠の後ろに隠れていた道公は思わず大きな笑い声をたてた。バラモン軍の二人は驚き、肝をつぶして逃げて行った。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2023-11-21 20:50:35
OBC :
rm4308
愛善世界社版:
112頁
八幡書店版:
第8輯 68頁
修補版:
校定版:
119頁
普及版:
45頁
初版:
ページ備考:
001
玉国別
(
たまくにわけ
)
は、
002
伊太公
(
いたこう
)
の
命令
(
めいれい
)
も
肯
(
き
)
かず
森影
(
もりかげ
)
を
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
しバラモン
教
(
けう
)
の
先鋒隊
(
せんぽうたい
)
に
向
(
むか
)
つて
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
突入
(
とつにふ
)
し、
003
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
にて
敵軍
(
てきぐん
)
は
算
(
さん
)
を
紊
(
みだ
)
し
右往
(
うわう
)
左往
(
さわう
)
に
驚
(
おどろ
)
いて
往来
(
わうらい
)
する
有様
(
ありさま
)
を
遥
(
はるか
)
に
見
(
み
)
やり、
004
冷然
(
れいぜん
)
として
救
(
すく
)
ひに
行
(
ゆ
)
かうともせず
控
(
ひか
)
へてゐる。
005
純公
(
すみこう
)
は
気
(
き
)
をいらち
両手
(
りやうて
)
で
膝
(
ひざ
)
をピシヤピシヤと
思
(
おも
)
はず
叩
(
たた
)
き
乍
(
なが
)
ら
言葉
(
ことば
)
せはしく
玉国別
(
たまくにわけ
)
に
向
(
むか
)
ひ、
006
純公
『モシ、
007
先生
(
せんせい
)
様
(
さま
)
、
008
如何
(
どう
)
致
(
いた
)
しませうか。
009
勇敢
(
ゆうかん
)
決死
(
けつし
)
、
010
敵軍
(
てきぐん
)
の
中
(
なか
)
へ
伊太公
(
いたこう
)
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
師
(
し
)
の
君
(
きみ
)
の
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
を
肯
(
き
)
かず
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
みましたが、
011
何程
(
なにほど
)
伊太公
(
いたこう
)
鬼神
(
きしん
)
を
挫
(
ひし
)
ぐ
勇
(
ゆう
)
ありとも
飛
(
と
)
んで
火
(
ひ
)
に
入
(
い
)
る
夏
(
なつ
)
の
虫
(
むし
)
、
012
寡
(
くわ
)
を
以
(
もつ
)
て
衆
(
しう
)
に
当
(
あた
)
るのだから
屹度
(
きつと
)
亡
(
ほろ
)
ぼされて
了
(
しま
)
ふでせう。
013
サアこれから
道公
(
みちこう
)
と
両人
(
りやうにん
)
心
(
こころ
)
を
協
(
あは
)
せ
援兵
(
ゑんぺい
)
と
出掛
(
でかけ
)
ませう。
014
貴方
(
あなた
)
はお
目
(
め
)
が
悪
(
わる
)
いのだから
何卒
(
どうぞ
)
此処
(
ここ
)
にお
潜
(
ひそ
)
み
遊
(
あそ
)
ばし
吾々
(
われわれ
)
の
奮闘
(
ふんとう
)
振
(
ぶ
)
りを
御覧
(
ごらん
)
なさいませ。
015
サア
道公
(
みちこう
)
行
(
ゆ
)
かう』
016
玉国別
(
たまくにわけ
)
は
平然
(
へいぜん
)
として
詞
(
ことば
)
も
徐
(
おもむろ
)
に、
017
玉国別
『
待
(
ま
)
て、
018
純公
(
すみこう
)
、
019
今
(
いま
)
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
すのは
余
(
あま
)
り
無謀
(
むぼう
)
ぢや』
020
純公
(
すみこう
)
『だと
云
(
い
)
つて
貴方
(
あなた
)
は
見
(
み
)
す
見
(
み
)
す
部下
(
ぶか
)
を
見殺
(
みごろ
)
しになさる
御
(
ご
)
所存
(
しよぞん
)
ですか。
021
私
(
わたし
)
だつて
親友
(
しんいう
)
の
危難
(
きなん
)
をどうして
高見
(
たかみ
)
から
見物
(
けんぶつ
)
する
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ませう』
022
道公
(
みちこう
)
『
伊太公
(
いたこう
)
の
奴
(
やつ
)
、
023
とうとう
荒魂
(
あらみたま
)
をおつ
放
(
ぽ
)
り
出
(
だ
)
しよつたな』
024
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
伊太公
(
いたこう
)
のは
荒魂
(
あらみたま
)
ではない。
025
暴魂
(
あれみたま
)
だ。
026
荒魂
(
あらみたま
)
と
云
(
い
)
ふのは
陰忍
(
いんにん
)
自重
(
じちよう
)
の
心
(
こころ
)
だ、
027
彼
(
かれ
)
は
匹夫
(
ひつぷ
)
の
勇
(
ゆう
)
だ。
028
総
(
すべ
)
て
武士
(
つはもの
)
には
二種類
(
にしゆるゐ
)
がある』
029
純公
(
すみこう
)
『
二種類
(
にしゆるゐ
)
とは
如何
(
いか
)
なるもので
厶
(
ござ
)
いますか』
030
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
夫
(
そ
)
れ
兵
(
つはもの
)
は
血気
(
けつき
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
と
仁義
(
じんぎ
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
との
二種類
(
にしゆるゐ
)
がある。
031
抑
(
そもそ
)
も
血気
(
けつき
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
とは
合戦
(
がつせん
)
に
臨
(
のぞ
)
む
毎
(
ごと
)
に
勇
(
いさ
)
み
進
(
すす
)
んで
臂
(
ひぢ
)
を
張
(
は
)
り
強
(
つよ
)
きを
破
(
やぶ
)
り
堅
(
かた
)
きを
砕
(
くだ
)
く
事
(
こと
)
鬼
(
おに
)
の
如
(
ごと
)
く
忿神
(
ふんしん
)
の
如
(
ごと
)
く
速
(
すみや
)
かである。
032
されど
此
(
これ
)
等
(
ら
)
の
兵
(
つはもの
)
は
敵
(
てき
)
の
為
(
ため
)
に
利
(
り
)
を
以
(
もつ
)
て
含
(
ふく
)
め、
033
味方
(
みかた
)
の
勢
(
いきほひ
)
を
失
(
うしな
)
ふ
日
(
ひ
)
は
逋
(
の
)
がるるに
便
(
べん
)
あれば
或
(
あるひ
)
は
敵
(
てき
)
に
降伏
(
かうふく
)
して
恥
(
はぢ
)
を
忘
(
わす
)
れ、
034
或
(
あるひ
)
は
心
(
こころ
)
にも
発
(
おこ
)
らぬ
世
(
よ
)
を
背
(
そむ
)
くものだ。
035
斯
(
かく
)
の
如
(
ごと
)
きものは
則
(
すなは
)
ち
血気
(
けつき
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
だ。
036
又
(
また
)
仁義
(
じんぎ
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
といふものは、
037
必
(
かなら
)
ずしも
人
(
ひと
)
と
先
(
せん
)
を
争
(
あらそ
)
ひ、
038
敵
(
てき
)
を
見
(
み
)
て
勇
(
いさ
)
むに
高声
(
かうせい
)
多言
(
たげん
)
にして
勢
(
いきほひ
)
を
振
(
ふ
)
るひ
臂
(
ひぢ
)
を
張
(
は
)
らねども、
039
一度
(
ひとたび
)
約束
(
やくそく
)
をして
憑
(
たの
)
まれた
以上
(
いじやう
)
は
決
(
けつ
)
して
二心
(
ふたごころ
)
を
存
(
そん
)
せず、
040
変心
(
へんしん
)
もせず、
041
大節
(
たいせつ
)
を
臨
(
のぞ
)
み、
042
その
志
(
こころざし
)
を
奪
(
うば
)
はず
傾
(
かたむ
)
く
所
(
ところ
)
に
命
(
いのち
)
を
軽
(
かろ
)
んずる、
043
斯
(
かく
)
の
如
(
ごと
)
きは
則
(
すなは
)
ち
仁義
(
じんぎ
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
だ。
044
現代
(
げんだい
)
に
於
(
おい
)
ては
聖人
(
せいじん
)
賢者
(
けんじや
)
去
(
さ
)
りて
久
(
ひさ
)
しく
梟悪
(
けうあく
)
に
染
(
そ
)
まること
多
(
おほ
)
きが
故
(
ゆゑ
)
に
仁義
(
じんぎ
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
は
尠
(
すくな
)
いのだよ』
045
純公
(
すみこう
)
『
成程
(
なるほど
)
、
046
よく
判
(
わか
)
りましたが
然
(
しか
)
し
此
(
この
)
危急
(
ききふ
)
存亡
(
そんばう
)
の
場合
(
ばあひ
)
、
047
血気
(
けつき
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
も
仁義
(
じんぎ
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
もそんな
区別
(
くべつ
)
を
立
(
た
)
ててゐる
余裕
(
よゆう
)
がありませうか。
048
吾々
(
われわれ
)
は
二者
(
にしや
)
合併
(
がつぺい
)
し
血気
(
けつき
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
となり、
049
仁義
(
じんぎ
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
となつて
大活動
(
だいくわつどう
)
を
演
(
えん
)
じ
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
伊太公
(
いたこう
)
を
救
(
たす
)
けねばならぬぢやありませぬか』
050
道公
(
みちこう
)
『それもさうだが、
051
何事
(
なにごと
)
も
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御心
(
みこころ
)
にあるのだから
如何
(
どう
)
なるのも
仕組
(
しぐみ
)
だ。
052
神
(
かみ
)
のまにまに
任
(
まか
)
すが
宜
(
よ
)
からうぞ。
053
吾々
(
われわれ
)
はこうなつた
以上
(
いじやう
)
は
先生
(
せんせい
)
の
御
(
ご
)
命令
(
めいれい
)
通
(
どほ
)
り
遵奉
(
じゆんぽう
)
するより
外
(
ほか
)
に
道
(
みち
)
はないのだから』
054
純公
(
すみこう
)
『
何
(
なん
)
として
又
(
また
)
今夜
(
こんや
)
はこんな
軟風
(
なんぷう
)
が
吹
(
ふ
)
くのだらう。
055
昨日
(
きのふ
)
の
強風
(
きやうふう
)
に
引
(
ひ
)
き
替
(
か
)
へ、
056
天地
(
てんち
)
顛倒
(
てんたふ
)
も
実
(
じつ
)
に
甚
(
はなはだ
)
しい。
057
此
(
この
)
森
(
もり
)
にはどうやら
柔弱神
(
じうじやくしん
)
が
巣
(
す
)
くつてゐると
見
(
み
)
える。
058
如何
(
いか
)
に
落着
(
おちつ
)
かうと
思
(
おも
)
つたつて
友
(
とも
)
の
危難
(
きなん
)
を
見捨
(
みす
)
てて
如何
(
どう
)
して
安閑
(
あんかん
)
として
居
(
を
)
られやうか』
059
玉国別
(
たまくにわけ
)
『さう
騒
(
さわ
)
ぐものでない。
060
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
に
於
(
おい
)
て
何
(
なに
)
か
仕組
(
しぐみ
)
のある
事
(
こと
)
だらう。
061
何事
(
なにごと
)
も
惟神
(
かむながら
)
の
御
(
ご
)
摂理
(
せつり
)
だ』
062
純公
(
すみこう
)
『
先生
(
せんせい
)
、
063
さう
惟神
(
かむながら
)
中毒
(
ちうどく
)
をなさつては
仕方
(
しかた
)
がないぢやありませぬか。
064
ここは
惟人
(
ひとながら
)
も
必要
(
ひつえう
)
でせう。
065
人事
(
じんじ
)
を
尽
(
つく
)
して
天命
(
てんめい
)
を
待
(
ま
)
つと
云
(
い
)
ふぢやありませぬか。
066
袖手
(
しうしゆ
)
傍観
(
ばうくわん
)
難
(
なん
)
を
避
(
さ
)
け
安
(
やす
)
きにつく
卑怯
(
ひけふ
)
の
限
(
かぎ
)
りを
尽
(
つく
)
して
惟神
(
かむながら
)
の
摂理
(
せつり
)
といつて
遁辞
(
とんじ
)
を
設
(
まう
)
け、
067
すましこんでゐるとは
何
(
なん
)
の
事
(
こと
)
ですか。
068
宣伝使
(
せんでんし
)
の
体面
(
たいめん
)
にも
係
(
かか
)
はりませう。
069
エーもう
仕方
(
しかた
)
がない。
070
此
(
この
)
純公
(
すみこう
)
も
伊太公
(
いたこう
)
の
為
(
た
)
めに
殉死
(
じゆんし
)
の
覚悟
(
かくご
)
で
厶
(
ござ
)
います。
071
これが
此
(
この
)
世
(
よ
)
のお
暇
(
いとま
)
乞
(
ご
)
ひ、
072
先生
(
せんせい
)
様
(
さま
)
、
073
随分
(
ずゐぶん
)
御
(
ご
)
壮健
(
さうけん
)
で
御
(
ご
)
神業
(
しんげふ
)
に
奉仕
(
ほうし
)
なさいませ。
074
道公
(
みちこう
)
、
075
之
(
これ
)
が
顔
(
かほ
)
の
見納
(
みをさ
)
めになるかも
知
(
し
)
れない。
076
随分
(
ずゐぶん
)
健
(
まめ
)
でお
目
(
め
)
の
悪
(
わる
)
い
先生
(
せんせい
)
の
事
(
こと
)
だからお
世話
(
せわ
)
をして
上
(
あ
)
げて
呉
(
く
)
れ。
077
貴様
(
きさま
)
もこれから
段々
(
だんだん
)
寒天
(
さむぞら
)
に
向
(
むか
)
ふから
随分
(
ずゐぶん
)
体
(
からだ
)
に
注意
(
ちゆうい
)
して
風
(
かぜ
)
を
引
(
ひ
)
かない
様
(
やう
)
にして
呉
(
く
)
れよ』
078
と
涙
(
なみだ
)
を
払
(
はら
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
決心
(
けつしん
)
の
色
(
いろ
)
固
(
かた
)
く
早
(
はや
)
くも
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
立去
(
たちさ
)
り、
079
敵
(
てき
)
の
群
(
むれ
)
に
向
(
むか
)
つて
突入
(
とつにふ
)
せむとする
其
(
その
)
勢
(
いきほ
)
ひ
容易
(
ようい
)
に
制止
(
せいし
)
し
難
(
がた
)
くぞ
見
(
み
)
えてゐる。
080
玉国別
(
たまくにわけ
)
は
少
(
すこ
)
しく
言葉
(
ことば
)
を
尖
(
とが
)
らし、
081
玉国別
『
純公
(
すみこう
)
、
082
其
(
その
)
方
(
はう
)
は
吾
(
わが
)
命令
(
めいれい
)
を
無視
(
むし
)
するのか、
083
吾
(
わが
)
命令
(
めいれい
)
は
即
(
すなは
)
ち
神
(
かみ
)
の
命令
(
めいれい
)
だ。
084
神
(
かみ
)
に
背
(
そむ
)
いて
天地
(
てんち
)
の
間
(
あひだ
)
に
如何
(
どう
)
して
活動
(
くわつどう
)
をする
積
(
つも
)
りだ。
085
チツと
荒魂
(
あらみたま
)
を
放
(
ほ
)
り
出
(
だ
)
したら
如何
(
どう
)
だ。
086
なる
堪忍
(
かんにん
)
は
誰
(
たれ
)
もする、
087
ならぬ
堪忍
(
かんにん
)
するが
堪忍
(
かんにん
)
だ。
088
忍
(
しの
)
ぶべからざるを
忍
(
しの
)
ぶのが
所謂
(
いはゆる
)
荒魂
(
あらみたま
)
の
発動
(
はつどう
)
だ、
089
仁義
(
じんぎ
)
の
勇者
(
ゆうしや
)
だ』
090
純公
(
すみこう
)
『それだつて
敵
(
てき
)
の
奴
(
やつ
)
、
091
伊太公
(
いたこう
)
ばかりか
畏
(
おそ
)
れ
多
(
おほ
)
くも
吾
(
われ
)
等
(
ら
)
の
奉
(
ほう
)
ずる
神柱
(
かむばしら
)
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのをの
)
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
を、
092
悪神
(
わるがみ
)
呼
(
よば
)
はりし
打亡
(
うちほろ
)
ぼし
呉
(
く
)
れむと、
093
貴方
(
あなた
)
もお
聞
(
き
)
きの
通
(
とほ
)
り
進軍歌
(
しんぐんか
)
を
歌
(
うた
)
つて
居
(
を
)
つたぢやありませぬか。
094
之
(
これ
)
が
如何
(
どう
)
して
看過
(
かんくわ
)
する
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ませうぞ。
095
君
(
きみ
)
恥
(
はづかし
)
められて
臣
(
しん
)
死
(
し
)
すとは
此処
(
ここ
)
の
事
(
こと
)
、
096
私
(
わたし
)
はこれから
死
(
し
)
にます。
097
何卒
(
どうぞ
)
其
(
その
)
手
(
て
)
を
放
(
はな
)
して
下
(
くだ
)
さいませ』
098
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
士
(
し
)
は
己
(
おのれ
)
を
知
(
し
)
るもののために
死
(
し
)
す、
099
玉国別
(
たまくにわけ
)
だとて
忠誠
(
ちうせい
)
無比
(
むひ
)
の
伊太公
(
いたこう
)
をムザムザ
敵
(
てき
)
に
渡
(
わた
)
して
何
(
なに
)
安閑
(
あんかん
)
としてゐるものか。
100
胸
(
むね
)
に
万斛
(
ばんこく
)
の
涙
(
なみだ
)
を
湛
(
たた
)
へ
灼熱
(
しやくねつ
)
の
血
(
ち
)
を
漂
(
ただよ
)
はして
居
(
ゐ
)
る
千万
(
せんばん
)
無量
(
むりやう
)
の
吾
(
わが
)
心裡
(
しんり
)
、
101
ちとは
推量
(
すゐりやう
)
してくれても
宜
(
よ
)
からう』
102
純公
(
すみこう
)
『ヘエー』
103
道公
(
みちこう
)
『
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
先生
(
せんせい
)
の
仰有
(
おつしや
)
る
通
(
とほ
)
り
暫
(
しばら
)
く
時機
(
じき
)
を
待
(
ま
)
てい。
104
何程
(
なにほど
)
貴様
(
きさま
)
が
賢
(
かしこ
)
いと
云
(
い
)
つてもヤツパリ
先生
(
せんせい
)
の
智慧
(
ちゑ
)
には
叶
(
かな
)
ふまいぞ。
105
屹度
(
きつと
)
伊太公
(
いたこう
)
は
仮令
(
たとへ
)
敵
(
てき
)
に
捕
(
とら
)
はれても
無事
(
ぶじ
)
に
生命
(
いのち
)
は
保
(
たも
)
つてゐるに
違
(
ちが
)
ひない。
106
敵
(
てき
)
の
奴
(
やつ
)
、
107
伊太公
(
いたこう
)
をムザムザ
殺
(
ころ
)
さうものなら、
108
此方
(
こちら
)
の
様子
(
やうす
)
が
分
(
わか
)
らないから
屹度
(
きつと
)
生命
(
いのち
)
を
保
(
たも
)
たしておくに
相違
(
さうゐ
)
ない。
109
如何
(
どう
)
なり
行
(
ゆ
)
くも
道
(
みち
)
のため、
110
世
(
よ
)
の
為
(
た
)
めだ。
111
あまり
心配
(
しんぱい
)
するな』
112
玉国別
(
たまくにわけ
)
は
益々
(
ますます
)
冷然
(
れいぜん
)
として、
113
玉国別
『どうで
伊太公
(
いたこう
)
は
吾々
(
われわれ
)
の
命令
(
めいれい
)
を
肯
(
き
)
かずに
単独
(
たんどく
)
行動
(
かうどう
)
を
採
(
と
)
つたのだから、
114
表向
(
おもてむ
)
きから
云
(
い
)
へば
反抗者
(
はんかうしや
)
と
云
(
い
)
つてもいいのだが、
115
彼
(
かれ
)
の
心
(
こころ
)
も
亦
(
また
)
酌
(
く
)
みとつてやらねばなるまい。
116
何
(
いづ
)
れ
敵
(
てき
)
に
捕
(
とら
)
はれ
大変
(
たいへん
)
な
苦
(
くるし
)
みをするだらうが
決
(
けつ
)
して
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
はお
見捨
(
みす
)
て
遊
(
あそ
)
ばさぬから、
117
なるべく
伊太公
(
いたこう
)
の
苦痛
(
くつう
)
の
軽減
(
けいげん
)
する
様
(
やう
)
に
吾々
(
われわれ
)
は
祈
(
いの
)
るより
道
(
みち
)
はない。
118
最前
(
さいぜん
)
も
道公
(
みちこう
)
にソツと
吾々
(
われわれ
)
の
策戦
(
さくせん
)
計劃
(
けいくわく
)
を
打明
(
うちあ
)
かし、
119
純公
(
すみこう
)
には
云
(
い
)
はなかつたのは
深
(
ふか
)
き
考
(
かんが
)
へのあつての
事
(
こと
)
だ。
120
伊太公
(
いたこう
)
の
様
(
やう
)
な
慌者
(
あわてもの
)
が
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
し
敵
(
てき
)
に
捕
(
とら
)
へられてウツカリ
喋
(
しやべ
)
られては
大変
(
たいへん
)
だと
思
(
おも
)
つたから、
121
純公
(
すみこう
)
は
水臭
(
みづくさ
)
いと
思
(
おも
)
つただらうが、
122
それも
已
(
や
)
むを
得
(
え
)
なかつたのだ。
123
今
(
いま
)
となつては
何
(
なに
)
も
隠
(
かく
)
す
必要
(
ひつえう
)
もない。
124
何
(
なに
)
もかも
安心
(
あんしん
)
する
様
(
やう
)
に
云
(
い
)
つてやらう。
125
実
(
じつ
)
の
処
(
ところ
)
はバラモンの
軍隊
(
ぐんたい
)
を
無事
(
ぶじ
)
通過
(
つうくわ
)
させたならば
屹度
(
きつと
)
懐谷
(
ふところだに
)
の
方面
(
はうめん
)
で
治国別
(
はるくにわけ
)
様
(
さま
)
の
一隊
(
いつたい
)
と
出会
(
でくは
)
すであらう。
126
さうすれば
前
(
まへ
)
と
後
(
うしろ
)
から
治国別
(
はるくにわけ
)
、
127
玉国別
(
たまくにわけ
)
の
言霊隊
(
ことたまたい
)
が
攻撃
(
こうげき
)
を
開始
(
かいし
)
し、
128
敵
(
てき
)
を
怪我
(
けが
)
なしに
帰順
(
きじゆん
)
させ
誠
(
まこと
)
の
道
(
みち
)
に
引入
(
ひきい
)
れようと
云
(
い
)
ふ
考
(
かんが
)
へだ。
129
最前
(
さいぜん
)
も
道公
(
みちこう
)
に
一寸
(
ちよつと
)
此
(
この
)
大略
(
たいりやく
)
を
洩
(
も
)
らしたのだから
道公
(
みちこう
)
もそれがために
発動
(
はつどう
)
を
中止
(
ちゆうし
)
したのだ。
130
アハヽヽヽ』
131
純公
(
すみこう
)
『イヤ、
132
それで
私
(
わたし
)
も
安心
(
あんしん
)
致
(
いた
)
しました。
133
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
にか
敵軍
(
てきぐん
)
は
行
(
い
)
つて
了
(
しま
)
つたぢやありませぬか。
134
伊太公
(
いたこう
)
は
首尾
(
しゆび
)
克
(
よ
)
く
敵
(
てき
)
の
捕虜
(
ほりよ
)
となつたでせうなア』
135
玉国別
(
たまくにわけ
)
『ウン、
136
そりや
確
(
たしか
)
に
捕虜
(
ほりよ
)
となつてゐる。
137
何
(
なに
)
は
兎
(
と
)
もあれ
月夜
(
つきよ
)
を
幸
(
さいは
)
ひ
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
まで
出張
(
でば
)
らうぢやないか。
138
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
らまだ
敵
(
てき
)
の
片割
(
かたわ
)
れが
残
(
のこ
)
つてゐないとも
限
(
かぎ
)
らないから
声
(
こゑ
)
を
立
(
た
)
てぬ
様
(
やう
)
、
139
足音
(
あしおと
)
を
忍
(
しの
)
ばせて
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
まで
行
(
い
)
つて
見
(
み
)
ようぢやないか』
140
道公
(
みちこう
)
『
先生
(
せんせい
)
、
141
貴方
(
あなた
)
はお
目
(
め
)
が
悪
(
わる
)
い
上
(
うへ
)
に
少
(
すこ
)
しく
頭痛
(
づつう
)
がなさるのだから
何卒
(
どうぞ
)
此処
(
ここ
)
に
純公
(
すみこう
)
と
一緒
(
いつしよ
)
に
休息
(
きうそく
)
してゐて
下
(
くだ
)
さい。
142
私
(
わたし
)
が
一寸
(
ちよつと
)
斥候隊
(
せきこうたい
)
の
役
(
やく
)
を
勤
(
つと
)
めて
来
(
き
)
ます。
143
さうして
何者
(
なにもの
)
も
居
(
ゐ
)
ないと
思
(
おも
)
へば
手
(
て
)
を
拍
(
う
)
つて
合図
(
あひづ
)
を
致
(
いた
)
しますから、
144
手
(
て
)
がなりましたら
何卒
(
なにとぞ
)
ボツボツお
出
(
い
)
で
下
(
くだ
)
さいませ』
145
玉国別
(
たまくにわけ
)
は
頭
(
あたま
)
を
両手
(
りやうて
)
で
押
(
おさ
)
へ
乍
(
なが
)
ら、
146
玉国別
『ウン、
147
そんなら
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
だが
敵
(
てき
)
の
様子
(
やうす
)
を
窺
(
うかが
)
つて
来
(
き
)
て
呉
(
く
)
れ。
148
暫
(
しばら
)
くの
間
(
あひだ
)
此
(
こ
)
の
森影
(
もりかげ
)
で
純公
(
すみこう
)
とヒソヒソ
話
(
ばなし
)
でもやつて
待
(
ま
)
つ
事
(
こと
)
としよう』
149
道公
(
みちこう
)
『
左様
(
さやう
)
ならば
一足
(
ひとあし
)
お
先
(
さき
)
へ』
150
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
祠
(
ほこら
)
をさして
足
(
あし
)
を
忍
(
しの
)
ばせノソリノソリと
進
(
すす
)
んで
行
(
ゆ
)
く。
151
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
純公
(
すみこう
)
、
152
心配
(
しんぱい
)
を
致
(
いた
)
すな。
153
もう
一時
(
ひととき
)
ばかりは
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
だ。
154
一時
(
ひととき
)
経
(
た
)
つと
敵軍
(
てきぐん
)
は
屹度
(
きつと
)
治国別
(
はるくにわけ
)
の
言霊
(
ことたま
)
に
打
(
う
)
たれて
此処
(
ここ
)
へ
逃
(
に
)
げ
帰
(
かへ
)
つて
来
(
く
)
るに
相違
(
さうゐ
)
ない。
155
それ
迄
(
まで
)
に
十分
(
じふぶん
)
の
休養
(
きうやう
)
をなし、
156
英気
(
えいき
)
を
養
(
やしな
)
うておくが
宜
(
よ
)
からうぞ』
157
純公
(
すみこう
)
『イヤ、
158
それは
勇
(
いさ
)
ましい
事
(
こと
)
で
厶
(
ござ
)
いますな。
159
そんなら
此処
(
ここ
)
で
居
(
ゐ
)
乍
(
なが
)
ら
治国別
(
はるくにわけ
)
様
(
さま
)
のお
余
(
あま
)
りを
頂戴
(
ちやうだい
)
すると
云
(
い
)
ふのですか。
160
それを
承
(
うけたま
)
はりますと
思
(
おも
)
はず
腕
(
うで
)
がリユウリユウと
鳴
(
な
)
り
出
(
だ
)
しました。
161
どれ
今
(
いま
)
の
内
(
うち
)
に
両腕
(
りやううで
)
に
撚
(
より
)
をかけて
敵
(
てき
)
を
待
(
ま
)
つ
事
(
こと
)
としませう』
162
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
腕力
(
わんりよく
)
の
必要
(
ひつえう
)
はない。
163
お
前
(
まへ
)
の
身魂
(
みたま
)
に
撚
(
より
)
をかけて
何者
(
なにもの
)
が
現
(
あら
)
はれても
騒
(
さわ
)
がず、
164
焦
(
あせ
)
らず、
165
泰然
(
たいぜん
)
自若
(
じじやく
)
として
大山
(
たいざん
)
の
如
(
ごと
)
き
魂
(
みたま
)
を
作
(
つく
)
つておかねばならないぞ。
166
一寸
(
ちよつと
)
した
事
(
こと
)
にも
慌
(
あわて
)
ふためき
軽挙
(
けいきよ
)
妄動
(
もうどう
)
する
様
(
やう
)
な
事
(
こと
)
では
悪魔
(
あくま
)
征服
(
せいふく
)
の
御用
(
ごよう
)
は
到底
(
たうてい
)
駄目
(
だめ
)
だ』
167
純公
(
すみこう
)
『
時
(
とき
)
に
道公
(
みちこう
)
は
根
(
ね
)
つから
手
(
て
)
を
拍
(
う
)
たぬぢやありませぬか。
168
これを
思
(
おも
)
へばまだ
残党
(
ざんたう
)
が
祠
(
ほこら
)
の
附近
(
ふきん
)
に
居
(
を
)
るのでせうなア』
169
玉国別
(
たまくにわけ
)
『ウン、
170
確
(
たしか
)
に
居
(
を
)
る
筈
(
はず
)
だ。
171
二人
(
ふたり
)
ばかり
見張
(
みはり
)
がついてゐるだらう』
172
純公
(
すみこう
)
『
貴方
(
あなた
)
お
目
(
め
)
の
悪
(
わる
)
いのに、
173
而
(
しか
)
も
夜分
(
やぶん
)
ぢやありませぬか。
174
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
に
居
(
を
)
る
人間
(
にんげん
)
が
如何
(
どう
)
して
見
(
み
)
えますか。
175
私
(
わたし
)
は
道公
(
みちこう
)
の
姿
(
すがた
)
さへ、
176
テンデ
分
(
わか
)
りませぬがな』
177
玉国別
(
たまくにわけ
)
『さうだらう。
178
肉眼
(
にくがん
)
では
見
(
み
)
えない。
179
心
(
こころ
)
の
眼
(
まなこ
)
で
見
(
み
)
たのだ。
180
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
には
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
、
181
種々
(
いろいろ
)
と
妙
(
めう
)
な
話
(
はなし
)
をしてゐる。
182
道公
(
みちこう
)
は
祠
(
ほこら
)
の
後
(
うしろ
)
から
息
(
いき
)
を
凝
(
こ
)
らして
一言
(
いちごん
)
も
洩
(
もら
)
さじと
聞
(
き
)
いてゐる』
183
純公
(
すみこう
)
『ヘエ、
184
その
声
(
こゑ
)
が
聞
(
きこ
)
えますかな。
185
貴方
(
あなた
)
のお
頭
(
つむ
)
が
異状
(
いじやう
)
を
来
(
きた
)
しガンガン
鳴
(
な
)
つて
居
(
ゐ
)
るのでそれが
人声
(
ひとごゑ
)
に
聞
(
きこ
)
えるのぢやありませぬか。
186
私
(
わたし
)
の
壮健
(
さうけん
)
な
頭
(
あたま
)
でも
耳
(
みみ
)
には
入
(
はい
)
りませぬがな』
187
玉国別
(
たまくにわけ
)
『
俺
(
おれ
)
も
心
(
こころ
)
の
耳
(
みみ
)
で
聞
(
き
)
いてゐるのだ。
188
天耳通
(
てんじつう
)
の
力
(
ちから
)
だよ』
189
純公
(
すみこう
)
『いやもう
感心
(
かんしん
)
致
(
いた
)
しました。
190
ヤツパリ
私
(
わたし
)
の
先生
(
せんせい
)
は
何処
(
どこ
)
か
違
(
ちが
)
つた
所
(
ところ
)
がありますな』
191
一方
(
いつぱう
)
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
には
甲乙
(
かふおつ
)
二人
(
ふたり
)
のバラモン
教
(
けう
)
の
目付
(
めつけ
)
、
192
祠
(
ほこら
)
の
前
(
まへ
)
にドツカと
坐
(
ざ
)
し、
193
後
(
あと
)
から、
194
もしや
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
が
現
(
あら
)
はれ
来
(
きた
)
りはせぬかと
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
厳命
(
げんめい
)
によつて
臨時
(
りんじ
)
関守
(
せきもり
)
を
勤
(
つと
)
めてゐる。
195
甲
(
かふ
)
『オイ、
196
俄
(
にはか
)
に
祠
(
ほこら
)
の
裏
(
うら
)
から
三五教
(
あななひけう
)
の
奴
(
やつ
)
が
一匹
(
いつぴき
)
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
しやがつて
大変
(
たいへん
)
な
番狂
(
ばんくるは
)
せを
喰
(
くら
)
はせやがつたぢやないか。
197
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
も
彼奴
(
あいつ
)
の
痛棒
(
つうぼう
)
を
喰
(
くら
)
つて
目
(
め
)
から
火
(
ひ
)
を
出
(
だ
)
し
落馬
(
らくば
)
なさつたが
本当
(
ほんたう
)
に
危
(
あぶ
)
ない
事
(
こと
)
だつた。
198
三五教
(
あななひけう
)
の
奴
(
やつ
)
は
生命
(
いのち
)
知
(
し
)
らずだからな』
199
乙
(
おつ
)
『
本当
(
ほんたう
)
に
盲滅法
(
めくらめつぱふ
)
向
(
むか
)
ふ
見
(
み
)
ずと
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
だな。
200
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
の
眷族
(
けんぞく
)
だから
荒
(
あら
)
つぽい
事
(
こと
)
をしよるわい。
201
クルスの
森
(
もり
)
では
照国別
(
てるくにわけ
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
一行
(
いつかう
)
に
追
(
お
)
ひ
捲
(
まく
)
られ
金剛杖
(
こんがうづゑ
)
を
以
(
もつ
)
て
縦横
(
じうわう
)
無尽
(
むじん
)
に
叩
(
たた
)
きつけられ、
202
無残
(
むざん
)
にも
散々
(
ちりぢり
)
バラバラに
敗走
(
はいそう
)
し、
203
漸
(
やうや
)
くライオン
川
(
がは
)
で
勢揃
(
せいぞろ
)
ひし
此処迄
(
ここまで
)
やつて
来
(
き
)
た
位
(
くらゐ
)
だから、
204
此
(
この
)
軍
(
いくさ
)
は
中々
(
なかなか
)
容易
(
ようい
)
の
事
(
こと
)
で
勝利
(
しようり
)
は
得
(
え
)
られまいぞ。
205
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
三五教
(
あななひけう
)
は
天下
(
てんか
)
の
強敵
(
きやうてき
)
だからな』
206
甲
(
かふ
)
『
併
(
しか
)
し、
207
何
(
なん
)
だよ、
208
照国別
(
てるくにわけ
)
の
一行
(
いつかう
)
の
次
(
つぎ
)
にやつて
来
(
く
)
るのは
玉国別
(
たまくにわけ
)
と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
だ。
209
チヤーンと
斥候
(
せきこう
)
の
報告
(
はうこく
)
によつて
片彦
(
かたひこ
)
将軍
(
しやうぐん
)
には
分
(
わか
)
つてゐるのだよ。
210
大方
(
おほかた
)
最前
(
さいぜん
)
現
(
あら
)
はれた
猪
(
ゐのしし
)
武者
(
むしや
)
は
玉国別
(
たまくにわけ
)
の
部下
(
ぶか
)
かも
知
(
し
)
れないぞ。
211
さすれば
玉国別
(
たまくにわけ
)
の
奴
(
やつ
)
、
212
此
(
この
)
祠
(
ほこら
)
の
近所
(
きんじよ
)
に
潜伏
(
せんぷく
)
してゐるのぢやあるまいか。
213
そんな
事
(
こと
)
だつたら、
214
それこそ
大変
(
たいへん
)
だがな』
215
乙
(
おつ
)
『もう
三五教
(
あななひけう
)
の
話
(
はなし
)
はいい
加減
(
かげん
)
に
切
(
き
)
り
上
(
あ
)
げたら
如何
(
どう
)
だ。
216
あななひ
所
(
どころ
)
かあぶないわ。
217
もうこれきりあぶない
教
(
けう
)
の
事
(
こと
)
は
話
(
はな
)
さぬ
様
(
やう
)
にして、
218
何
(
なに
)
か
一
(
ひと
)
つ
口直
(
くちなほ
)
しに
生言霊
(
いくことたま
)
をチツとばかり
匂
(
にほ
)
はしたらどうだ』
219
甲
(
かふ
)
『さうだね、
220
吾々
(
われわれ
)
は
殿
(
しんがり
)
を
勤
(
つと
)
めて
居
(
ゐ
)
るのだから
矢受
(
やう
)
けになる
気遣
(
きづか
)
ひもなし、
221
先
(
ま
)
づ
先
(
ま
)
づ
安全
(
あんぜん
)
地帯
(
ちたい
)
に
居
(
を
)
る
様
(
やう
)
なものだ。
222
一
(
ひと
)
つ
昔噺
(
むかしばなし
)
でも
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
して
博覧会
(
はくらんくわい
)
でも
開
(
ひら
)
かうかな』
223
乙
(
おつ
)
『そりや
面白
(
おもしろ
)
からう。
224
賛成
(
さんせい
)
々々
(
さんせい
)
、
225
入場料
(
にふぢやうれう
)
は
何程
(
いくら
)
要
(
い
)
るのだ』
226
甲
(
かふ
)
『
貴様
(
きさま
)
は
創立
(
さうりつ
)
委員
(
ゐゐん
)
だから
特別
(
とくべつ
)
優待券
(
いうたいけん
)
を
交附
(
かうふ
)
する。
227
随分
(
ずゐぶん
)
面白
(
おもしろ
)
い
俺
(
おれ
)
のローマンスを
聞
(
き
)
かしてやつたら
歯
(
は
)
が
浮
(
う
)
く
様
(
やう
)
だぞ。
228
エーン』
229
乙
(
おつ
)
『
何
(
なに
)
を
吐
(
ぬか
)
しやがるのだい。
230
南瓜
(
かぼちや
)
に
目鼻
(
めはな
)
をつけた
様
(
やう
)
な
御
(
ご
)
面相
(
めんさう
)
で、
231
ローマンスもあつたものかい』
232
甲
(
かふ
)
『それでもあつたのだから
仕方
(
しかた
)
がない。
233
あつた
事
(
こと
)
を
有
(
あ
)
りのまま
曝
(
さら
)
け
出
(
だ
)
したならば
如何
(
いか
)
に
頑強
(
ぐわんきやう
)
な
貴様
(
きさま
)
だつて
自然
(
しぜん
)
に
目
(
め
)
が
細
(
ほそ
)
くなり
口
(
くち
)
が
開
(
あ
)
き
鼻
(
はな
)
がむけつき
垂涎
(
すゐえん
)
三尺
(
さんじやく
)
止
(
と
)
め
度
(
ど
)
なしと
云
(
い
)
ふ
愉快
(
ゆくわい
)
な
境遇
(
きやうぐう
)
に
引入
(
ひきい
)
れられるかも
知
(
し
)
れないぞ』
234
乙
(
おつ
)
『アハヽヽヽ
何
(
なに
)
を
吐
(
ぬか
)
すのだい。
235
そんなら
落
(
おと
)
し
話
(
ばなし
)
でも
聞
(
き
)
くと
思
(
おも
)
つて
辛抱
(
しんばう
)
して
聞
(
き
)
いてやらう。
236
折角
(
せつかく
)
博覧会
(
はくらんくわい
)
を
開設
(
かいせつ
)
しても
観覧者
(
くわんらんしや
)
がなければ
会計
(
くわいけい
)
がもてないからな』
237
甲
(
かふ
)
『
俺
(
おれ
)
の
生
(
うま
)
れは
貴様
(
きさま
)
の
知
(
し
)
つてる
通
(
とほ
)
りチルの
国
(
くに
)
だ。
238
そこにチルとばかり
渋皮
(
しぶかは
)
の
剥
(
む
)
けた、
239
否
(
いな
)
大
(
おほい
)
に
渋皮
(
しぶかは
)
の
剥
(
む
)
けた
雪
(
ゆき
)
か
花
(
はな
)
かと
云
(
い
)
ふ
様
(
やう
)
なホールと
云
(
い
)
ふナイスがあつたのだ。
240
年
(
とし
)
は
二八
(
にはち
)
か
二九
(
にく
)
からぬ
花
(
はな
)
も
羞
(
はぢ
)
らふ
優姿
(
やさすがた
)
、
241
そいつが
毎日
(
まいにち
)
日日
(
ひにち
)
乳母
(
うば
)
に
手
(
て
)
を
引
(
ひ
)
かれて
天王
(
てんわう
)
の
森
(
もり
)
へ
参拝
(
さんぱい
)
しよるのだ。
242
その
通
(
とほ
)
り
路
(
みち
)
が
丁度
(
ちやうど
)
俺
(
おれ
)
の
宅
(
うち
)
の
前
(
まへ
)
だ。
243
往復
(
わうふく
)
共
(
とも
)
に
俺
(
おれ
)
が
何時
(
いつ
)
もお
経
(
きやう
)
を
調
(
しら
)
べて
居
(
を
)
ると、
244
見
(
み
)
るともなし、
245
見
(
み
)
ぬともなし、
246
妙
(
めう
)
な
目付
(
めつき
)
をして
通
(
とほ
)
りやがるぢやないか』
247
乙
(
おつ
)
『ウン、
248
そらさうだらう。
249
貴様
(
きさま
)
の
様
(
やう
)
な
南瓜面
(
かぼちやづら
)
は、
250
滅多
(
めつた
)
に
類例
(
るゐれい
)
がないからな。
251
只
(
ただ
)
で
化物
(
ばけもの
)
見
(
み
)
ると
思
(
おも
)
つて
通
(
とほ
)
つてゐたのだらうよ』
252
甲
(
かふ
)
『
馬鹿
(
ばか
)
を
云
(
い
)
ふない、
253
思案
(
しあん
)
の
外
(
ほか
)
と
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
知
(
し
)
つてるか。
254
そこが
恋
(
こひ
)
の
妙味
(
めうみ
)
だ。
255
俺
(
おれ
)
だつて
自分
(
じぶん
)
乍
(
なが
)
ら
愛想
(
あいさう
)
のつきる
様
(
やう
)
な
此
(
この
)
面相
(
めんさう
)
、
256
乞食
(
こじき
)
の
子
(
こ
)
だつて、
257
旃陀羅
(
せんだら
)
の
子
(
こ
)
だつて、
258
一瞥
(
いちべつ
)
もくれないだらうと
予期
(
よき
)
して
居
(
ゐ
)
たのだ。
259
それが
貴様
(
きさま
)
、
260
豈
(
あに
)
図
(
はか
)
らむや、
261
天王
(
てんわう
)
の
森
(
もり
)
詣
(
まゐ
)
りは
表向
(
おもてむき
)
で
其
(
その
)
実
(
じつ
)
は
俺
(
おれ
)
に
何々
(
なになに
)
して
居
(
ゐ
)
たのだといの、
262
エヘヽヽヽ』
263
乙
(
おつ
)
『ウフヽヽヽコラ、
264
いい
加減
(
かげん
)
に
落
(
おと
)
し
話
(
ばなし
)
は
切
(
き
)
り
上
(
あ
)
げぬかい』
265
甲
(
かふ
)
『
馬鹿
(
ばか
)
云
(
い
)
ふな。
266
こんなローマンスを
落
(
おと
)
したり
放
(
ほか
)
したりして
堪
(
たま
)
らうか。
267
俺
(
おれ
)
が
一生
(
いつしやう
)
の
昔噺
(
むかしばなし
)
だから、
268
錦
(
にしき
)
のお
守袋
(
まもり
)
さまに
入
(
い
)
れて
固
(
かた
)
く
保護
(
ほご
)
してゐるのだ。
269
夢
(
ゆめ
)
にだつてこんな
事
(
こと
)
を
忘
(
わす
)
れて
堪
(
たま
)
るかい』
270
乙
(
おつ
)
『それから
如何
(
どう
)
したと
云
(
い
)
ふのだ。
271
早
(
はや
)
く
後
(
あと
)
を
云
(
い
)
はぬかい』
272
甲
(
かふ
)
『
追徴金
(
つゐちようきん
)
は
何程
(
いくら
)
出
(
だ
)
すか。
273
こんな
正念場
(
しやうねんば
)
になつてから
天機
(
てんき
)
を
洩
(
もら
)
して、
274
貴様
(
きさま
)
等
(
ら
)
に
幾分
(
いくぶん
)
でも
かき
とられて
了
(
しま
)
つちや
忽
(
たちま
)
ち
大損耗
(
だいそんもう
)
を
来
(
きた
)
し
家資
(
かし
)
分散
(
ぶんさん
)
の
厄
(
やく
)
に
会
(
あ
)
ふかも
知
(
し
)
れないからな』
275
乙
(
おつ
)
『エー、
276
口上
(
こうじやう
)
の
長
(
なが
)
い
奴
(
やつ
)
だな。
277
そんならもう
聞
(
き
)
いてやらぬわ。
278
俺
(
おれ
)
の
方
(
はう
)
から
真平
(
まつぴら
)
御免
(
ごめん
)
だ、
279
平
(
ひら
)
に
此
(
この
)
儀
(
ぎ
)
はお
断
(
ことわり
)
申
(
まを
)
しませうかい』
280
甲
(
かふ
)
『ウン、
281
其
(
その
)
御免
(
ごめん
)
で
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
した。
282
さうやつたさうやつた
俺
(
おれ
)
が
経典
(
きやうてん
)
を
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
になつて
奉読
(
ほうどく
)
してゐると
松虫
(
まつむし
)
の
様
(
やう
)
な
声
(
こゑ
)
で
窓
(
まど
)
の
外
(
そと
)
に「オホヽヽヽ
何
(
なん
)
とマア
鶯
(
うぐひす
)
の
様
(
やう
)
な
立派
(
りつぱ
)
な
声
(
こゑ
)
だ
事
(
こと
)
、
283
あんな
涼
(
すず
)
しい
声
(
こゑ
)
を
出
(
だ
)
す
方
(
かた
)
は
屹度
(
きつと
)
心
(
こころ
)
の
綺麗
(
きれい
)
な
人
(
ひと
)
でせうね。
284
妾
(
あたい
)
あんな
人
(
ひと
)
を
夫
(
をつと
)
に
仮令
(
たとへ
)
一
(
いち
)
日
(
にち
)
でも
持
(
も
)
つ
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
たならば
死
(
し
)
んでも
得心
(
とくしん
)
だわ。
285
ナア
乳母
(
うば
)
や」と
恥
(
はづ
)
かし
相
(
さう
)
な
声
(
こゑ
)
が
聞
(
きこ
)
えて
来
(
く
)
る。
286
経典
(
きやうてん
)
拝読
(
はいどく
)
に
耽
(
ふけ
)
つて
居
(
を
)
つた
俺
(
おれ
)
もフツと
顔
(
かほ
)
を
上
(
あ
)
げて
窓外
(
さうぐわい
)
を
眺
(
なが
)
むれば
嬋妍
(
せんけん
)
窈窕
(
えうてう
)
たる
美人
(
びじん
)
薔薇
(
しやうび
)
の
花
(
はな
)
の
雨
(
あめ
)
に
潤
(
うるほ
)
ふ
如
(
ごと
)
き
絶世
(
ぜつせい
)
の
美人
(
びじん
)
、
287
ハテ
不思議
(
ふしぎ
)
よとよくよく
見
(
み
)
れば
何時
(
いつ
)
も
吾
(
わが
)
門先
(
かどさき
)
を
通
(
とほ
)
るホールさまだつた。
288
チルの
国
(
くに
)
のホールさまと
云
(
い
)
へば
美人
(
びじん
)
で
名高
(
なだか
)
いものだ。
289
ハルナの
都
(
みやこ
)
の
石生能
(
いその
)
姫
(
ひめ
)
だつて
真裸足
(
まつぱだし
)
で
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
すと
云
(
い
)
ふ
尤物
(
いうぶつ
)
だからね、
290
エーン』
291
乙
(
おつ
)
『
何
(
なん
)
ぢや、
292
みつともない。
293
しまりのない
声
(
こゑ
)
を
出
(
だ
)
しやがつて、
294
頤
(
あご
)
の
紐
(
ひも
)
が
解
(
ほど
)
けて
居
(
ゐ
)
るぢやないか』
295
甲
(
かふ
)
『ほどけるのは
当然
(
あたりまへ
)
だ「とけて
嬉
(
うれ
)
しき
二人
(
ふたり
)
の
仲
(
なか
)
」と
云
(
い
)
ふのだからな』
296
乙
(
おつ
)
『それから
如何
(
どう
)
したと
云
(
い
)
ふのだ』
297
甲
(
かふ
)
『それからが
正念場
(
しやうねんば
)
だ。
298
俺
(
おれ
)
が
一寸
(
ちよつと
)
気
(
き
)
を
利
(
き
)
かして「
何方
(
どなた
)
か
知
(
し
)
りませぬが、
299
そこは
日
(
ひ
)
が
当
(
あた
)
つてお
暑
(
あつ
)
いでせう。
300
破家
(
あばらや
)
なれどテクシの
住宅
(
ぢゆうたく
)
、
301
サアサア
御
(
ご
)
遠慮
(
ゑんりよ
)
なくお
二人
(
ふたり
)
ともお
這入
(
はい
)
りなさい」と
かま
した
所
(
ところ
)
、
302
ホールさまはパツと
頬
(
ほう
)
に
紅
(
くれなゐ
)
を
散
(
ち
)
らし
起居
(
たちゐ
)
振舞
(
ふるまひ
)
も
淑
(
しと
)
やかに
裾模様
(
すそもやう
)
に
梅花
(
ばいくわ
)
を
散
(
ち
)
らしたお
小袖
(
こそで
)
でゾロリゾロリと
庭土
(
にはつち
)
を
撫
(
な
)
で
乍
(
なが
)
ら
欣然
(
きんぜん
)
として
御
(
ご
)
入来
(
じゆらい
)
と
云
(
い
)
ふ
光景
(
くわうけい
)
だ。
303
俺
(
おれ
)
も
男
(
をとこ
)
と
生
(
うま
)
れた
甲斐
(
かひ
)
にはこんなナイスと
一言
(
ひとくち
)
話
(
はなし
)
するさへも
光栄
(
くわうえい
)
だと
思
(
おも
)
つてゐるのに、
304
エヘヽヽヽ
俺
(
おれ
)
のお
館
(
やかた
)
へお
這入
(
はい
)
り
遊
(
あそ
)
ばすぢやないか。
305
其
(
その
)
時
(
とき
)
の
嬉
(
うれ
)
しさと
云
(
い
)
つたら
天
(
てん
)
もなければ
地
(
ち
)
もなく、
306
一切
(
いつさい
)
万事
(
ばんじ
)
只
(
ただ
)
此
(
この
)
美人
(
びじん
)
一
(
いち
)
人
(
にん
)
テクシ
一
(
いち
)
人
(
にん
)
、
307
宇宙
(
うちう
)
の
中心
(
ちうしん
)
に
立
(
た
)
つて
居
(
ゐ
)
る
様
(
やう
)
な
心地
(
ここち
)
がした。
308
エーンそりやお
前
(
まへ
)
、
309
エヘヽヽヽウフヽヽヽ』
310
乙
(
おつ
)
『そりや
何
(
なに
)
吐
(
ぬか
)
すのだ。
311
さう
意茶
(
いちや
)
つかさずに
早
(
はや
)
く
云
(
い
)
つて
了
(
しま
)
はないか』
312
甲
(
かふ
)
『さうするとホールさま、
313
ニタリと
笑
(
わら
)
ひ
紅
(
べに
)
の
小
(
ちひ
)
さい
唇
(
くちびる
)
をパツと
開
(
ひら
)
き「これなテクシさま、
314
あたいが
毎日
(
まいにち
)
日日
(
ひにち
)
天王
(
てんわう
)
の
森
(
もり
)
へ
参拝
(
さんぱい
)
するのは
何
(
なん
)
のためだと
思
(
おも
)
つて
下
(
くだ
)
さいますか」、
315
とやさしい
声
(
こゑ
)
で
吐
(
ぬか
)
しやがるのだ。
316
エヘヽヽヽあゝ
涎
(
よだれ
)
が
主人
(
しゆじん
)
の
許
(
ゆる
)
しもなく
滅多
(
めつた
)
矢鱈
(
やたら
)
に
出動
(
しゆつどう
)
しやがるわい。
317
さうしてな、
318
暖
(
あたた
)
かい
柔
(
やはら
)
らかい
真白気
(
まつしろけ
)
の
手
(
て
)
で
俺
(
おれ
)
の
手
(
て
)
をグツと
握
(
にぎ
)
り
三
(
み
)
つ
四
(
よ
)
つ
体
(
からだ
)
を
揺
(
ゆす
)
りよつた
時
(
とき
)
の
嬉
(
うれ
)
しさ、
319
エヘヽヽヽ』
320
乙
(
おつ
)
『それから
如何
(
どう
)
したのだ』
321
甲
(
かふ
)
『
後
(
あと
)
は
云
(
い
)
はいでも
知
(
し
)
れた
事
(
こと
)
だ。
322
大抵
(
たいてい
)
そこ
迄
(
まで
)
云
(
い
)
つたら
何
(
なん
)
ぼ
頭脳
(
づなう
)
の
空気
(
くうき
)
がぬけた
貴様
(
きさま
)
でも
推量
(
すゐりやう
)
がつくだらう』
323
乙
(
おつ
)
『そんな
正念場
(
しやうねんば
)
で
中止
(
ちゆうし
)
されちや
今迄
(
いままで
)
辛抱
(
しんばう
)
して
聞
(
き
)
いた
効能
(
かうのう
)
がないわい。
324
ドツと
張
(
は
)
り
込
(
こ
)
んで
其
(
その
)
後
(
あと
)
を
引続
(
ひきつづ
)
きお
耳
(
みみ
)
に
達
(
たつ
)
せぬかい』
325
甲
(
かふ
)
『バベルの
塔
(
たふ
)
から
飛
(
と
)
んだ
様
(
やう
)
な
心持
(
こころもち
)
でドツと
奮発
(
ふんぱつ
)
して
秘密
(
ひみつ
)
の
庫
(
くら
)
を
開
(
あ
)
けてやらうかな。
326
実
(
じつ
)
は
此
(
この
)
テクシもホールさまの
柔
(
やはら
)
かい
手
(
て
)
でグツと
握
(
にぎ
)
られ
柳
(
やなぎ
)
の
様
(
やう
)
な
視線
(
しせん
)
を
注
(
そそ
)
がれた
時
(
とき
)
にや、
327
まるで
章魚
(
たこ
)
のやうにグニヤ グニヤ グニヤとなつて
了
(
しま
)
ひ
四肢
(
しこ
)
五体
(
ごたい
)
五臓
(
ござう
)
六腑
(
ろつぷ
)
が
躍動
(
やくどう
)
し
心臓寺
(
しんざうでら
)
の
和尚
(
おせう
)
は
警鐘
(
けいしよう
)
を
乱打
(
らんだ
)
する。
328
まるで
天変
(
てんぺん
)
地異
(
ちい
)
が
突発
(
とつぱつ
)
した
心持
(
こころもち
)
がしたが、
329
そこは
恋
(
こひ
)
の
名人
(
めいじん
)
は
違
(
ちが
)
つたものだ。
330
天変
(
てんぺん
)
も
地異
(
ちい
)
も
警鐘
(
けいしよう
)
もグツと
鎮圧
(
ちんあつ
)
し
素知
(
そし
)
らぬ
顔
(
かほ
)
してキツとなり、
331
儼然
(
げんぜん
)
たる
態度
(
たいど
)
を
以
(
もつ
)
てホールさまに
向
(
むか
)
ひ
態
(
わざ
)
と
渋柿
(
しぶがき
)
でも
噛
(
か
)
んだやうな
面
(
つら
)
を
装
(
よそほ
)
ひ「これはこれは
大家
(
たいか
)
のお
嬢
(
ぢやう
)
さまの
身
(
み
)
を
以
(
もつ
)
て
吾々
(
われわれ
)
如
(
ごと
)
き
青二才
(
あをにさい
)
の
手
(
て
)
を
握
(
にぎ
)
られるとは
御
(
ご
)
冗談
(
じやうだん
)
にも
程
(
ほど
)
がある」と
かま
した
所
(
ところ
)
、
332
ホールさまもよつぽど
俺
(
おれ
)
にホールさまと
見
(
み
)
えて、
333
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つたやうに「エーもう
斯
(
か
)
うなつては
構
(
かま
)
ひませぬ、
334
どうなつと
貴方
(
あなた
)
の
勝手
(
かつて
)
にして
下
(
くだ
)
さい」と
柔
(
やはら
)
かい
白
(
しろ
)
いデツプリとした
体
(
からだ
)
を
俺
(
おれ
)
の
膝
(
ひざ
)
に
投
(
な
)
げつけられた
時
(
とき
)
の
嬉
(
うれ
)
しさ、
335
エヘヽヽヽこれが
何
(
なん
)
と
喜
(
よろこ
)
ばずに
居
(
を
)
れやうか。
336
それで
俺
(
おれ
)
も
男
(
をとこ
)
だ、
337
据膳
(
すゑぜん
)
食
(
く
)
はねば
恥
(
はぢ
)
だと
思
(
おも
)
ひ
嫌
(
いや
)
ぢやないけれど
一
(
ひと
)
つ
箸
(
はし
)
を
取
(
と
)
つてやらうかと
柔
(
やはら
)
かいフサフサした
乳
(
ちち
)
の
辺
(
あた
)
りをグツと
握
(
にぎ
)
るや
否
(
いな
)
や、
338
豈
(
あに
)
図
(
はか
)
らむや
妹
(
いもうと
)
図
(
はか
)
らむやホールさまはピーンと
肱鉄砲
(
ひぢでつぱう
)
を
喰
(
か
)
ましよつた。
339
ハア…………よつぽどよく
俺
(
おれ
)
においでて
居
(
を
)
るな。
340
乳母
(
うば
)
の
前
(
まへ
)
だからあんな
体裁
(
ていさい
)
を
作
(
つく
)
つてゐるのだな。
341
益々
(
ますます
)
前途
(
ぜんと
)
有望
(
いうばう
)
だ、
342
八
(
はつ
)
尺
(
しやく
)
の
男子
(
だんし
)
、
343
箸
(
はし
)
を
採
(
と
)
らずんばある
可
(
べ
)
からずと、
344
又
(
また
)
もやグツと
取
(
と
)
りつく
途端
(
とたん
)
にホールさまは「エー」と
一声
(
ひとこゑ
)
強力
(
がうりき
)
に
任
(
まか
)
せて
俺
(
おれ
)
の
体
(
からだ
)
を
窓
(
まど
)
の
外
(
そと
)
へホール
出
(
だ
)
しよつた。
345
放
(
ほ
)
り
出
(
だ
)
された
俺
(
おれ
)
は
門
(
かど
)
の
尖
(
とが
)
つた
石
(
いし
)
で
腰
(
こし
)
を
打
(
う
)
ち「アイタヽヽ」と
思
(
おも
)
つた
途端
(
とたん
)
に
目
(
め
)
が
覚
(
さ
)
めた。
346
そしたら
貴様
(
きさま
)
蚤
(
のみ
)
の
奴
(
やつ
)
、
347
俺
(
おれ
)
の
腰
(
こし
)
を
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
噛
(
か
)
んでけつかつたのだ、
348
アハヽヽヽ』
349
乙
(
おつ
)
『ウフヽヽヽ、
350
大方
(
おほかた
)
そんな
事
(
こと
)
だと
思
(
おも
)
つてゐたよ』
351
祠
(
ほこら
)
の
後
(
うしろ
)
から
割鐘
(
われがね
)
の
様
(
やう
)
な
笑
(
わら
)
ひ
声
(
ごゑ
)
、
352
『クワツハヽヽヽ』
353
甲乙
(
かふおつ
)
二人
(
ふたり
)
は
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
に
肝
(
きも
)
を
潰
(
つぶ
)
し、
354
甲、乙
『ヤア
大変
(
たいへん
)
だ。
355
化物
(
ばけもの
)
現
(
あら
)
はれたり』
356
と
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
坂道
(
さかみち
)
さしてフース フースと
息
(
いき
)
を
喘
(
はづ
)
ませ
逃
(
に
)
げて
行
(
ゆ
)
く。
357
(
大正一一・一一・二七
旧一〇・九
北村隆光
録)
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