霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一五章 温愛(をんあい)〔一一六六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第43巻 舎身活躍 午の巻 篇:第4篇 愛縁義情 よみ(新仮名遣い):あいえんぎじょう
章:第15章 温愛 よみ(新仮名遣い):おんあい 通し章番号:1166
口述日:1922(大正11)年11月28日(旧10月10日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年7月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-01-11 12:06:38 文字数:5071 OBC :rm4315
愛善世界社版:239頁 八幡書店版:第8輯 115頁 修補版: 校定版:248頁 普及版:104頁 初版: ページ備考:
001 治国別(はるくにわけ)は儼然(げんぜん)としてマツ公(こう)に向(むか)ひ、
002治国別『何処(いづこ)の何人(なにびと)の弟(おとうと)か知(し)らぬが、003まづまづ無事(ぶじ)で目出(めで)たいなア。004随分(ずゐぶん)苦労(くらう)をしたと見(み)えて年(とし)の割(わ)りには窶(やつ)れて居(ゐ)るぢやないか』
005 マツ公(こう)は飛(と)びつくやうにして膝(ひざ)をにじり寄(よ)せ、
006マツ公『貴方(あなた)は私(わたし)の兄(にい)様(さま)、007亀彦(かめひこ)さまで厶(ござ)いませう。008ようマア無事(ぶじ)で居(ゐ)て下(くだ)さいました。009嬉(うれ)しう厶(ござ)います』
010と早(はや)くも涙(なみだ)をハラハラと垂(た)らして居(ゐ)る。
011治国別(はるくにわけ)『ヨウ、012これは近頃(ちかごろ)迷惑(めいわく)、013この治国別(はるくにわけ)は其方(そなた)のやうな弟(おとうと)は持(も)つた覚(おぼ)えがない。014何(なに)かの間違(まちが)ひではあるまいか』
015マツ公(こう)『それはあまり胴欲(どうよく)のお言葉(ことば)、016よく此(この)顔(かほ)を御覧(ごらん)下(くだ)さいませ』
017治国別(はるくにわけ)『ちつとも覚(おぼ)えがない』
018タツ公(こう)『モシ亀彦(かめひこ)様(さま)、019否(いや)三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)、020私(わたくし)はマツ公(こう)の女房(にようばう)の弟(おとうと)、021タツと申(まを)します。022縦(たて)から見(み)ても横(よこ)から見(み)ても瓜二(うりふた)つ、023御(ご)兄弟(きやうだい)に間違(まちが)ひはありますまい。024そんなにじらさずに早(はや)く名乗(なの)つて下(くだ)さいませ。025義兄(ぎけい)も気(き)を揉(も)んで居(ゐ)ますから』
026治国別(はるくにわけ)『三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)玉国別(たまくにわけ)の供(とも)を虜(とりこ)にし剰(あま)つさへ畏(おそれおほ)くも斎苑(いそ)の館(やかた)の大神(おほかみ)様(さま)を攻(せ)め滅(ほろ)ぼさむと致(いた)す、027バラモン教(けう)の悪神(あくがみ)の手先(てさき)となるやうな弟(おとうと)は持(も)つた覚(おぼ)えがない……かく申(まを)す治国別(はるくにわけ)の胸中(きようちう)は千万(せんまん)無量(むりやう)、028推量(すゐりやう)致(いた)せよ。029バラモン教(けう)の神司(かむづかさ)、030否(いや)軍人(いくさびと)』
031マツ公(こう)『イヤ、032兄(にい)様(さま)ではない治国別(はるくにわけの)命(みこと)様(さま)、033軽率(けいそつ)に兄弟(きやうだい)呼(よば)はりを致(いた)しまして、034誠(まこと)に御(ご)無礼(ぶれい)で厶(ござ)いました。035何卒(どうぞ)お咎(とが)めなくお見直(みなほ)し聞(き)き直(なほ)しを願(ねが)ひ上(あ)げます』
036玉国別(たまくにわけ)『イヤ治国別(はるくにわけ)さま、037決(けつ)して御(ご)遠慮(ゑんりよ)には及(およ)びませぬ。038折角(せつかく)の御(ご)対面(たいめん)……』
039と云(い)はむとするを、040治国別(はるくにわけ)は玉国別(たまくにわけ)の口元(くちもと)を押(おさ)へるやうな手(て)つきして、
041治国別『貴方(あなた)の御(ご)親切(しんせつ)は有難(ありがた)う厶(ござ)いますが、042是(これ)が如何(どう)して名乗(なの)られませうか。043決(けつ)して治国別(はるくにわけ)は兄弟(きやうだい)は持(も)ちませぬ。044マツ公(こう)とやら大神(おほかみ)様(さま)の御(おん)前(まへ)に三五(あななひ)の誠(まこと)を現(あらは)す気(き)はないか』
045マツ公(こう)『ハイ然(しか)らば是(これ)より私(わたし)の真心(まごころ)を御覧(ごらん)に入(い)れます。046其(その)上(うへ)にて兄弟(きやうだい)の名乗(なの)りをお願(ねが)ひ申(まを)します』
047と又(また)もや泣(な)き崩(くづ)るる可憐(しほ)らしさ。048治国別(はるくにわけ)は目(め)を繁叩(しばたた)き、049悲(かな)しさを耐(こら)へ黙然(もくねん)として居(ゐ)る。
050タツ公(こう)『サア兄貴(あにき)往(ゆ)かう、051到底(たうてい)誠(まこと)を表(あら)はさねば何程(なにほど)実(じつ)の兄(にい)様(さま)だつて名乗(なの)つて下(くだ)さる筈(はず)がない』
052と涙声(なみだごゑ)を絞(しぼ)りながら立(た)ち上(あが)る。053マツ公(こう)も立(た)ち上(あが)り、
054マツ公『宣伝使(せんでんし)其(その)他(た)のお方々(かたがた)、055暫時(しばらく)お別(わか)れ致(いた)します。056明日(みやうにち)はきつと此処(ここ)でお目(め)に懸(かか)りませう。057此(この)山口(やまぐち)にはランチ将軍(しやうぐん)、058片彦(かたひこ)、059久米彦(くめひこ)初(はじ)め鬼春別(おにはるわけ)の大将(たいしやう)が勢揃(せいぞろひ)をして居(を)りますれば、060随分(ずゐぶん)御(ご)用心(ようじん)なさいませ。061今(いま)此処(ここ)をお立(た)ちなされては、062如何(いか)に神力(しんりき)無双(むさう)の宣伝使(せんでんし)なればとて、063剣呑(けんのん)で厶(ござ)います。064左様(さやう)ならば』
065と立(た)ち別(わか)れ、066両人(りやうにん)は急坂(きふはん)を南(みなみ)へ下(くだ)り行(ゆ)く。067後(あと)見送(みおく)つて治国別(はるくにわけ)は涙(なみだ)を押隠(おしかく)し、
068治国別『焦(こ)がれたる人(ひと)に相見(あひみ)し今日(けふ)の身(み)は
069昔(むかし)にましていとも苦(くる)しき。
070走(はし)り往(ゆ)く人(ひと)の姿(すがた)を眺(なが)むれば
071知(し)らず知(し)らずに涙(なみだ)ぐまるる。
072過(あやまち)を改(あらた)め直(なほ)し大神(おほかみ)の
073道(みち)にかへれよ二人(ふたり)往(ゆ)く人(ひと)。
074秋(あき)の日(ひ)の淋(さび)しさ吾(われ)に迫(せま)りけり
075思(おも)はぬ人(ひと)を見(み)るにつけても。
076懐(なつか)しき恋(こひ)しき人(ひと)は曲津見(まがつみ)の
077醜(しこ)の司(つかさ)となり下(さが)りける。
078吾(われ)とても心(こころ)は鬼(おに)にあらねども
079神(かみ)の大道(おほぢ)を外(はづ)すよしなし。
080吾(わが)身魂(みたま)如何(いか)なる罪(つみ)を造(つく)りしか
081淋(さび)しさ身(み)に沁(し)む秋(あき)の山路(やまみち)。
082不意(ゆくり)なくめぐり遭(あ)ひたる愛人(うづひと)は
083神(かみ)の仇(あだ)とぞ聞(き)きし悲(かな)しさ』
084玉国別(たまくにわけ)『治国別(はるくにわけ)神(かみ)の御心(みこころ)思(おも)ひやり
085吾(われ)も思(おも)はず涙(なみだ)おとしぬ。
086やがて又(また)花(はな)咲(さ)く春(はる)も来(きた)るらむ
087冬籠(ふゆごも)りして待(ま)つ人(ひと)の身(み)は。
088霜(しも)を踏(ふ)み雪(ゆき)をかぶりて咲(さ)く花(はな)は
089香(かをり)めでたき庭(には)の白梅(しらうめ)』
090治国別(はるくにわけ)『有難(ありがた)し玉国別(たまくにわけ)の言(こと)の葉(は)よ
091三月(やよひ)の木々(きぎ)の心地(ここち)なしぬる。
092吾(われ)は今(いま)悲(かな)しきヂレンマにかかりけり
093誠(まこと)と愛(あい)の枷(かせ)に責(せ)められ』
094道公(みちこう)『惟神(かむながら)神(かみ)の心(こころ)に任(まか)しませ
095やがて晴(は)れゆく秋(あき)の大空(おほぞら)』
096万公(まんこう)『親(おや)となり子(こ)となり又(また)も兄弟(きやうだい)と
097生(うま)るも神(かみ)の仕組(しぐみ)なるらむ。
098さりながら生者(しやうじや)必滅(ひつめつ)会者(ゑしや)定離(ぢやうり)
099浮世(うきよ)の様(さま)を如何(いか)にとやせむ』
100晴公(はるこう)『師(し)の君(きみ)の深(ふか)き心(こころ)を思(おも)ひやり
101晴(はる)の心(こころ)も曇(くも)りけるかな』
102五三公(いそこう)『師(し)の君(きみ)よ心(こころ)安(やす)けく思召(おぼしめ)せ
103頼(たよ)りまつ身(み)の花(はな)や開(ひら)かむ。
104清春(きよはる)の山(やま)に潜(ひそ)みし伊太公(いたこう)を
105伴(ともな)ひ帰(かへ)るマツ タツ二人(ふたり)。
106マツ タツの二人(ふたり)の友(とも)はやがて此処(ここ)に
107笑(ゑみ)を湛(たた)へて帰(かへ)り来(く)るらむ』
108玉国別(たまくにわけ)『最前(さいぜん)マツ公(こう)の話(はなし)に聞(き)けば、109此(この)山道(やまみち)には鬼春別(おにはるわけ)の軍勢(ぐんぜい)が数多(あまた)待(ま)ち伏(ぶ)せ居(を)る様子(やうす)、110吾々(われわれ)は別(べつ)に急(いそ)ぐ必要(ひつえう)も、111かうなつてはありますまい。112暫(しばら)く敵軍(てきぐん)の此(この)山道(やまみち)を通過(つうくわ)する迄(まで)待(ま)つ事(こと)に致(いた)しませうか』
113治国別(はるくにわけ)『それも一(ひと)つの神策(しんさく)でせう。114仮令(たとへ)幾万(いくまん)の敵軍(てきぐん)ありとも神(かみ)に任(まか)せた吾々(われわれ)、115些(すこ)しも驚(おどろ)きは致(いた)しませぬが、116敵(てき)を四方(しはう)に追(お)ひ散(ち)らした処(ところ)が、117飯(めし)の上(うへ)の蠅(はへ)を追(お)ふやうなもの、118再(ふたた)び斎苑(いそ)館(やかた)へ攻(せ)め来(きた)るは必然(ひつぜん)でせう。119どうしても心(こころ)の底(そこ)より帰順(きじゆん)さすか、120但(ただし)は此(この)難所(なんしよ)を扼(やく)して其(その)進路(しんろ)を遮(さへぎ)り留(とめ)るより外(ほか)、121名案(めいあん)もありますまい』
122玉国別(たまくにわけ)『私(わたくし)は祠(ほこら)の前(まへ)で暫(しばら)く眼痛(がんつう)の軽減(けいげん)する迄(まで)祈(いの)りませう。123何卒(どうぞ)貴方(あなた)はもとの場所(ばしよ)へお出(いで)なさつて英気(えいき)を養(やしな)ひ捲土(けんど)重来(じうらい)の敵(てき)に備(そな)へて下(くだ)さいませ』
124治国別(はるくにわけ)『左様(さやう)ならば暫(しばら)く御免(ごめん)を蒙(かうむ)りませう。125サアサア万公(まんこう)、126晴公(はるこう)、127往(ゆ)かう』
128と先(さき)に立(た)つ。129後(あと)には玉国別(たまくにわけ)、130道公(みちこう)の両人(りやうにん)が残(のこ)つて居(ゐ)る。131五三公(いそこう)、132純公(すみこう)も治国別(はるくにわけ)に従(したが)つて森蔭(もりかげ)に身(み)を没(ぼつ)した。133晩秋(ばんしう)の風(かぜ)は又(また)もや烈(はげ)しく吹(ふ)いて来(き)た。134半(なかば)毀(こは)れし祠(ほこら)はギクギクと怪(あや)しき声(こゑ)を立(た)て、135鳴(な)き出(だ)した。136木々(きぎ)の梢(こずゑ)はヒウヒウと笛(ふえ)を吹(ふ)く。137バラバラバラと枯葉(かれは)が落(お)ちる。138冷(つめ)たき雨(あめ)さへ混(まじ)つて、139無雑作(むざふさ)に目(め)の悪(わる)い玉国別(たまくにわけ)の頭(あたま)を打(う)ち叩(たた)く。140二人(ふたり)は手早(てばや)く蓑(みの)を被(かぶ)り、141笠(かさ)を確(しつか)と結(むす)びつけ、142祠(ほこら)の後(うしろ)に雨(あめ)と風(かぜ)とを辛(から)うじて避(さ)ける事(こと)を得(え)た。
143 日(ひ)は漸(やうや)く西山(せいざん)に傾(かたむ)いて、144塒(ねぐら)定(さだ)むる鳥(とり)の声(こゑ)彼方(かなた)此方(こなた)の谷間(たにま)より喧(かまびす)しく聞(きこ)え来(きた)る。145薄衣(うすぎぬ)の肌(はだ)を冷(ひ)やす風(かぜ)、146時々(ときどき)降(ふ)り来(きた)る村時雨(むらしぐれ)、147日(ひ)の暮(く)れると共(とも)に寂寥(せきれう)益々(ますます)身(み)に迫(せま)り来(きた)る。148道公(みちこう)は玉国別(たまくにわけ)の身体(からだ)を後(うしろ)よりグツと抱(だ)いて体(からだ)の暖(だん)を保(たも)つべく、149吾(わが)身(み)の寒(さむ)さを忘(わす)れて労(いたは)つて居(ゐ)る。150発作(ほつさ)的(てき)に出(で)てくる頭(あたま)の痛(いた)み、151間歇(かんけつ)的(てき)に出(で)て来(く)る眼(め)の痛(いた)み、152得(え)も云(い)はれぬ苦(くる)しみである。153玉国別(たまくにわけ)は私(ひそ)かに神(かみ)に祈(いの)り、154且(か)つ身(み)の罪(つみ)を謝罪(しやざい)して居(ゐ)た。155此(この)時(とき)夕(ゆふべ)の谷間(たにま)を圧(あつ)して宣伝歌(せんでんか)の声(こゑ)が聞(きこ)えて来(き)た。
156(五十子姫)『至仁(しじん)至愛(しあい)の大神(おほかみ)の
157大御心(おほみこころ)になりませる
158三五教(あななひけう)の御教(みをしへ)を
159豊葦原(とよあしはら)の瑞穂国(みづほくに)
160くまなく開(ひら)き照(て)らさむと
161神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)の
162神言(みこと)畏(かしこ)み出(い)でませる
163吾(わが)背(せ)の君(きみ)の音彦(おとひこ)は
164今(いま)や何処(いづこ)にましますか
165斎苑(いそ)の館(やかた)の神殿(かむどの)に
166額(ぬかづ)きまつり吾(わが)夫(つま)の
167功(いさを)をたてさせ給(たま)へよと
168祈(いの)る折(をり)しも摩訶(まか)不思議(ふしぎ)
169吾(わが)目(め)にうつりし光景(くわうけい)は
170河鹿(かじか)峠(たうげ)に名(な)も高(たか)き
171懐谷(ふところだに)に現(あ)れまして
172子猿(こざる)の群(むれ)に十重(とへ)二十重(はたへ)
173取(と)り囲(かこ)まれし其(その)揚句(あげく)
174二(ふた)つの眼(まなこ)を失(うしな)ひて
175苦(くる)しみたまふ有様(ありさま)を
176窺(うかが)ひまつりし吾(わが)心(こころ)
177何(なん)に譬(たと)へむすべもなし
178心(こころ)を定(さだ)め肝(きも)を練(ね)り
179神(かみ)の御前(みまへ)に額(ぬか)づきて
180大神勅(だいしんちよく)を伺(うかが)へば
181皇(すめ)大神(おほかみ)の御言葉(みことば)に
182斎苑(いそ)の館(やかた)の五十子(いそこ)姫(ひめ)
183夫(をつと)の難(なん)を救(すく)ふべく
184今子(いまこ)の姫(ひめ)を従(したが)へて
185片時(へんじ)も早(はや)く出(い)でませと
186詔(の)らせ給(たま)ひし有難(ありがた)さ
187天(てん)にも登(のぼ)る心地(ここち)して
188心(こころ)いそいそ河鹿山(かじかやま)
189渉(わた)りて此処(ここ)まで来(きた)りけり
190あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
191御霊(みたま)幸(さち)はひましまして
192吾(わが)背(せ)の君(きみ)の遭難(さうなん)を
193救(すく)ひたまひて三五(あななひ)の
194神(かみ)の依(よ)さしの神業(かむわざ)を
195完全(うまら)に委曲(つばら)に成(な)し遂(と)げる
196御稜威(みいづ)を与(あた)へ給(たま)へかし
197朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
198月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
199仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
200神(かみ)に仕(つか)へし吾(わが)夫(つま)の
201二(ふた)つの眼(まなこ)は失(う)するとも
202如何(いか)でかひるみ給(たま)はむや
203遠(とほ)き山野(さんや)を打(う)ち渡(わた)り
204吾(わが)背(せ)の君(きみ)の後(あと)追(お)うて
205其(その)神業(しんげふ)を詳細(まつぶさ)に
206補(おぎな)ひまつり五十子(いそこ)姫(ひめ)
207今子(いまこ)の姫(ひめ)と諸共(もろとも)に
208此(この)神業(しんげふ)を果(はた)さねば
209仮令(たとへ)百(ひやく)年(ねん)かかるとも
210斎苑(いそ)の館(やかた)へ帰(かへ)らじと
211盟(ちか)ひまつりし悲(かな)しさよ
212あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
213此(この)急坂(きふはん)を吹(ふ)きつける
214醜(しこ)の嵐(あらし)の一時(いつとき)も
215早(はや)く静(しづ)まり冬(ふゆ)も過(す)ぎ
216花(はな)咲(さ)く春(はる)の来(きた)るごと
217吾(わが)背(せ)の君(きみ)の眼病(がんびやう)を
218開(ひら)かせたまへ惟神(かむながら)
219神(かみ)の御前(みまへ)に願(ね)ぎまつる』
220 斯(か)く歌(うた)つて下(くだ)り来(きた)るのは歌(うた)の文句(もんく)に現(あら)はれた玉国別(たまくにわけ)の妻(つま)五十子(いそこ)姫(ひめ)であつた。
221今子姫『玉国別(たまくにわけ)の妻神(つまがみ)と
222仕(つか)へたまひし五十子(いそこ)姫(ひめ)
223夫(をつと)の危難(きなん)を救(すく)はむと
224神(かみ)の御許(みゆる)し受(う)けたまひ
225孱弱(かよわ)き女(をんな)の身(み)をもつて
226荒風(あらかぜ)すさぶ荒野原(あらのはら)
227漸(やうや)く越(こ)えて河鹿山(かじかやま)
228淋(さび)しき山野(やまの)を打(う)ち渡(わた)り
229又(また)もや吹(ふ)き来(く)る烈風(れつぷう)に
230髪(かみ)梳(くしけづ)り雨(あめ)に濡(ぬ)れ
231木(き)の根(ね)に躓(つまづ)き足(あし)破(やぶ)り
232種々(いろいろ)雑多(ざつた)と艱苦(かんく)して
233尋(たづ)ね来(き)ますぞ雄々(をを)しけれ
234今子(いまこ)の姫(ひめ)は今(いま)此処(ここ)に
235吾(わが)師(し)の君(きみ)の後(あと)を追(お)ひ
236女(をんな)ながらも皇神(すめかみ)の
237道(みち)にさやれる曲津見(まがつみ)を
238厳(いづ)の言霊(ことたま)打(う)ち出(だ)して
239言向(ことむ)け和(やは)し月(つき)の国(くに)
240四方(よも)にさやれる鬼(おに)大蛇(をろち)
241醜神司(しこがみつかさ)を払(はら)はむと
242岩(いは)の根(ね)木(き)の根(ね)踏(ふ)みさくみ
243足(あし)にまかして進(すす)み来(く)る
244あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
245吾(われ)等(ら)一行(いつかう)の出(い)で立(た)ちを
246憐(あは)れみたまひ逸早(いちはや)く
247吾(わが)師(し)の君(きみ)の御(おん)前(まへ)に
248進(すす)ませたまへ惟神(かむながら)
249神(かみ)の御前(みまへ)に今子姫(いまこひめ)
250誠心(まごころ)捧(ささ)げ願(ね)ぎまつる
251獅子(しし)狼(おほかみ)は猛(たけ)るとも
252如何(いか)に木枯(こがらし)強(つよ)くとも
253河鹿(かじか)峠(たうげ)は嶮(けは)しとも
254などか恐(おそ)れむ皇神(すめかみ)の
255恵(めぐみ)を受(う)けし此(この)体(からだ)
256勇(いさ)み進(すす)んで何処(どこ)までも
257往(ゆ)かねばおかぬ吾(わが)思(おも)ひ
258遂(と)げさせたまへ天地(あめつち)の
259御親(みおや)とまします大御神(おほみかみ)
260神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大御神(おほみかみ)
261日(ひ)の出(で)の神(かみ)や木(こ)の花(はな)の
262姫(ひめ)の命(みこと)の大前(おほまへ)に
263頸根突(うなねつ)き抜(ぬ)き願(ね)ぎまつる』
264と歌(うた)つて祠(ほこら)の森(もり)の前(まへ)に向(むか)つて下(くだ)り来(く)るのが今子姫(いまこひめ)であつた。265五十子(いそこ)姫(ひめ)、266今子姫(いまこひめ)は、267玉国別(たまくにわけ)が此(この)祠(ほこら)の後(うしろ)に雨風(あめかぜ)を凌(しの)ぎ居(ゐ)るとは夢(ゆめ)にも知(し)らず、
268五十子(いそこ)姫(ひめ)『アヽ今子(いまこ)さま、269やうやう祠(ほこら)の森(もり)迄(まで)参(まゐ)りました。270お蔭(かげ)で風(かぜ)も静(しづ)まり雨(あめ)もやみましたから、271此処(ここ)で御(ご)祈念(きねん)をして暫(しばら)く足(あし)をやすめる事(こと)に致(いた)しませう。272かうスツポリと日(ひ)が暮(く)れては坂道(さかみち)は剣呑(けんのん)で厶(ござ)いますからなア』
273今子姫(いまこひめ)『ハイさう致(いた)しませう。274何(なん)だか床(ゆか)しい森(もり)で厶(ござ)います。275私(わたし)はどうしても此(この)森(もり)に玉国別(たまくにわけ)さまが居(を)られるやうな気(き)がしてなりませぬわ』
276五十子(いそこ)姫(ひめ)『貴女(あなた)もさう思(おも)ひますか。277私(わたし)も何(なん)となく、278なつかしい森(もり)だと思(おも)ひます。279サア此処(ここ)で一服(いつぷく)致(いた)しませう』
280 両人(りやうにん)は拍手(はくしゆ)再拝(さいはい)、281半(なかば)破(やぶ)れし祠(ほこら)に向(むか)つて祈願(きぐわん)を籠(こ)めて居(ゐ)る。
282 此(この)時(とき)玉国別(たまくにわけ)は道公(みちこう)に抱(いだ)かれ心地(ここち)よく睡(ねむり)について居(ゐ)たがフト目(め)を醒(さ)まし、
283玉国別『ヤア道公(みちこう)、284御(ご)苦労(くらう)だつた。285吾(われ)を抱(かか)へて居(を)つて呉(く)れたのだなア。286お蔭(かげ)で温(あたた)かく睡(ねむ)らして貰(もら)つた。287頭(あたま)の痛(いた)みも癒(なほ)つた。288眼(め)の痛(いた)みも忘(わす)れたやうな気(き)がする。289アヽ有(あ)り難(がた)い、290此(この)嬉(うれ)しさは何時(いつ)までも忘(わす)れはせぬぞ』
291道公(みちこう)『先生(せんせい)、292そりや何(なに)を仰有(おつしや)います。293弟子(でし)に礼(れい)を言(い)ふといふ事(こと)がありますか。294私(わたし)だつて貴方(あなた)を抱(かか)へさして頂(いただ)いたお蔭(かげ)で、295真(まこと)に暖(あたた)かく知(し)らず識(し)らず安眠(あんみん)致(いた)しました。296これも先生(せんせい)の御(ご)余光(よくわう)で厶(ござ)います。297礼(れい)を言(い)はれては困(こま)ります。298私(わたし)の方(はう)からお礼(れい)を申上(まをしあ)げねばなりませぬ』
299玉国別(たまくにわけ)『惟神(かむながら)なれが情(なさけ)のあつ衣(ごろも)
300冷(つめ)たき風(かぜ)を凌(しの)ぎけるかな』
301道公(みちこう)『師(し)の君(きみ)の御(おん)身(み)の温(ぬく)み身(み)にうけて
302蘇(よみが)へりけり吾(われ)の魂(たましひ)』
303玉国別(たまくにわけ)『旅(たび)に出(で)て人(ひと)の情(なさけ)を悟(さと)りけり
304神(かみ)と道(みち)とに仕(つか)へゆく身(み)は』
305道公(みちこう)『毀(こは)れたる古宮(ふるみや)なれど新(あたら)しき
306恵(めぐみ)の露(つゆ)を下(くだ)したまひぬ』
307玉国別(たまくにわけ)『治国(はるくに)の別(わけ)の命(みこと)の神司(かむつかさ)
308夜風(よかぜ)にさぞや苦(くる)しみたまはむ。
309吾(わが)宿(やど)に残(のこ)せし妻(つま)は嘸(さぞ)やさぞ
310吾(わが)身(み)の行(ゆ)く方(へ)尋(たづ)ね居(を)るらむ』
311 五十子(いそこ)姫(ひめ)、312今子姫(いまこひめ)は敏(さと)くも、313祠(ほこら)の後(うしろ)より幽(かす)かに漏(も)れ来(く)る歌(うた)を聞(き)きて、314飛(と)び上(あが)るばかり打(う)ち悦(よろこ)び「吾(わが)夫(つま)はここにましませしか」と轟(とどろ)く胸(むね)をぢつと抑(おさ)へ、
315五十子(いそこ)姫(ひめ)『懐(なつか)しき吾(わが)背(せ)の君(きみ)の声(こゑ)聞(き)きて
316冴(さ)え渡(わた)りけり胸(むね)の月影(つきかげ)』
317今子姫(いまこひめ)『懐(なつか)しき吾(わが)師(し)の君(きみ)や皇神(すめかみ)の
318影(かげ)に包(つつ)まれ安(やす)くいませる』
319 道公(みちこう)は小声(こごゑ)になり、
320道公『モシ先生(せんせい)、321あの歌(うた)をお聞(き)きになりましたか、322どうやら五十子(いそこ)姫(ひめ)様(さま)のやうで御座(ござ)いますなア』
323玉国別(たまくにわけ)『ウン確(たしか)に五十子(いそこ)姫(ひめ)だ。324一人(ひとり)は今子姫(いまこひめ)に間違(まちが)ひなからう』
325道公(みちこう)『そんな事(こと)を仰有(おつしや)らずに、326早(はや)くお会(あ)ひになつたらどうでせうか。327五十子(いそこ)姫(ひめ)様(さま)は遥々(はるばる)此処迄(ここまで)お後(あと)を慕(した)つてお出(いで)なさつたので厶(ござ)います』
328玉国別(たまくにわけ)『ウン、329会(あ)うてやり度(た)いは山々(やまやま)だが、330今(いま)会(あ)ふ事(こと)は出来(でき)ぬ。331不愍(ふびん)ながら斎苑(いそ)館(やかた)へ追(お)つ帰(かへ)さねばなるまい』
332五十子(いそこ)姫(ひめ)『モシ其処(そこ)に居(を)られますのは、333吾(わが)夫(つま)玉国別(たまくにわけ)様(さま)ぢや厶(ござ)いませぬか。334貴方(あなた)は大変(たいへん)な怪我(けが)をなされましたと、335神(かみ)様(さま)に承(うけたま)はり心(こころ)も心(こころ)ならず、336今子(いまこ)さまとお後(あと)を慕(した)つて参(まゐ)りました。337御(ご)容態(ようだい)は如何(いかが)で厶(ござ)いますか、338どうぞお知(し)らせ下(くだ)さいませ』
339玉国別(たまくにわけ)『盲目(めしひ)たる心(こころ)の眼(まなこ)開(ひら)けけり
340右(みぎ)りの目(め)をば猿(さる)にとられて』
341五十子(いそこ)姫(ひめ)『情(なさけ)なや吾(わが)背(せ)の君(きみ)の御(おん)眼(まなこ)
342剔(えぐ)り取(と)りたる猿(さる)ぞ恨(うら)めし』
343今子姫(いまこひめ)『兎(と)も角(かく)も吾(わが)師(し)の御(おん)君(きみ)出(い)でませよ
344五十子(いそこ)の姫(ひめ)の心(こころ)あはれみて』
345玉国別(たまくにわけ)『妻(つま)の君(きみ)に一目(ひとめ)会(あ)ひたく欲(ほり)すれど
346神(かみ)の使命(しめい)はおろそかならねば。
347玉国(たまくに)の別(わけ)の司(つかさ)は妻神(つまがみ)に
348助(たす)けられしと人(ひと)に云(い)はれむ。
349恥(はづ)かしき吾(わが)眼(まなこ)をば若草(わかぐさ)の
350妻(つま)の命(みこと)に如何(いか)でか会(あ)はさむ』
351道公(みちこう)『モシ先生(せんせい)、352そんな几帳面(きちやうめん)の事(こと)仰有(おつしや)らいでも宜(よろ)しいぢやありませぬか。353奥様(おくさま)がお出(いで)になつて居(ゐ)るのですから、354誰(たれ)が何(なん)と申(まを)しませう。355そこが夫婦(ふうふ)の情愛(じやうあい)で厶(ござ)いますから、356サア祠(ほこら)の前(まへ)迄(まで)参(まゐ)りませう』
357玉国別(たまくにわけ)『そんなら兎(と)も角(かく)も出(で)て見(み)ようかなア』
358と道公(みちこう)に手(て)を曳(ひ)かれ、359杖(つゑ)を力(ちから)に祠(ほこら)の前(まへ)に出(で)て行(い)つた。360五十子(いそこ)姫(ひめ)は十七夜(じふしちや)の月(つき)の漸(やうや)く山(やま)の端(は)に上(のぼ)つた光(ひかり)に夫(をつと)の顔(かほ)を打(う)ち眺(なが)め、
361五十子(いそこ)姫(ひめ)『ヤア思(おも)つたよりも酷(ひど)い掻(か)き創(きづ)、362マアどうしたら宜(よろ)しからうなア、363今子姫(いまこひめ)さま』
364今子姫(いまこひめ)『お気(き)の毒(どく)な事(こと)で厶(ござ)います、365何(なん)と申(まを)し上(あ)げて宜(よろ)しいやら、366言(こと)の葉(は)も出(で)ませぬ。367併(しか)し御(ご)心配(しんぱい)なさいますな、368キツト神(かみ)様(さま)が癒(なほ)して下(くだ)さいませう』
369五十子(いそこ)姫(ひめ)『モシ吾(わが)夫様(つまさま)、370余(あま)り痛(いた)みは致(いた)しませぬか』
371玉国別(たまくにわけ)『ウン些(ちつと)ばかり痛(いた)むやうだ』
372(大正一一・一一・二八 旧一〇・一〇 加藤明子録)
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