霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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二五、霊界物語の口述

インフォメーション
題名:25 霊界物語の口述 著者:大本教学院・編
ページ: 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B100800c25
001 第一次大本事件が起ったことは、002神の経綸によるものだということは出来ましょう。003しかし、004それは神の大慈大悲の御眼から御覧になられた上の観方であって、005人間としていうべきことではないのであります。006大本の役員信者としては、007この事件によって反省しなければならないのであります。
008 大本事件の原因は上述して来た通り、009いろいろな原因をあげることが出来ますが、010その原因の一つとして大本神諭の解釈の問題があったと思います。
011 もともと開祖の筆先は平仮名で卑近に表現されているもので、012どんな人にも理解し得られるのでありますが、013それは読む人々の心相応にとれるのでありまして、014その真意を汲みとることは、015神心(かみごころ)にならなければできるものではありません。
016 ちなみに「筆先」と「神諭」との区別を申しますと、017開祖が書かれた神示を「筆先」といい、018その筆先を聖師が調べて発表されたものを「神諭」とよばれているのであります。
019 開祖の筆先の真解者は聖師であることは、020筆先の中に明かに示されているのですが、021大正十年の事件前までは、022役員信者が各自独断的な解釈を下していた時代であります。023これはひとり大本ばかりでなく、024すべて宗教の教典が正しく理解されていれば結構でありますが、025一つ解釈を誤った場合には多くの人々をまどわし、026時には社会に害毒を流すことさえあるのであります。
027 大本においては神諭の解釈について、028いろいろな問題が起ったことがあります。
029 開祖の筆先に「道の中ほどを歩いてくだされよ」という意味の筆先がありますが、030ある信者は、031神様が道の真中を歩けといわれるからといって、032大手をふって往来の真中を歩いて行ったという話があります。033向うから牛車が来てもどかないので、034牛車をひいている人が、035これは気ちがいだと思って道をよけると、036その信者は得意になって「どうだ、037やっぱり神様のおっしゃる通りにしておれば、038牛車の方が道をよけてしまう」といって威張っていたということです。
039 こんなのは罪のない脱線で、040まだ笑い話ですますことは出来ますが、041事柄によっては、042笑い話ですますことが出来ない場合があります。
043 筆者はかつて神諭に国祖(こくそ)国常立(くにとこたちの)(みこと)が隠退され「口惜(くや)し残念をこばりておりた」とか「今に艮の金神が返報(へんぽう)がえしをする」とかいう意味のことが示されていましたので、044その意味について聖師におうかがいしたことがありました。045いやしくも国祖ともあろう神さまが、046自分を押しこめた神々に対して報復するというようなことが、047どうも合点がいかなかったからであります。
048 その時、049聖師は「わしは今にみんなを喜ばして返報がえしをしてやるのだ」と言われました。
050 なるほど神諭は人間心では、051わかるものではない、052神心にならなければ、053解釈することのできるものではないと、054しみじみ思わしめられました。
055 「返報がえし」といえば、056われわれは直ぐにカタキをうつような意味にしか、057とらないのであります。058地獄的な意志想念をもって神諭をいただけば、059それ相応にしかうけとれないので、060たとえて言えば、061ちょうど鏡のようなものであります。062鏡にむかう時、063そこに映るものは自分の姿であります。064神諭には自分の心の姿が映るのであります。
065 聖師は大本事件によって京都未決監に収容されていましたが、066責付(せきふ)出獄となって百二十六日ぶりで綾部に帰られました。067そして大正十年十月八日(旧九月八日)「明治三十一年の如月(きさらぎ)2月に神より開示しおきたる霊界の消息を発表せよ」という神命によって、068いよいよ十月十八日から「霊界物語」の口述を開始されることになりました。
069 聖師は二十八歳のとき、070郷里の高熊山で御修行中に見聞されたことを、071記憶より呼びおこして口述されることになったのであります。
072 この物語は聖師が大本に入られ、073明治三十二年七月から明治三十三年八月にかけて一度筆をとり、074二三の熱心な信者にのみ閲覧を許されていたことがありますが、075当時聖師に反対する人々によって焼き棄てられてしまいました。076その後、077大正十年「神霊界」誌の二月号、078三月号に一部が発表されました。
079 物語は普通聖師の口述されるのを、080そばに数名の筆録者がいて、081これを交替に筆記するのであります。082口述は聖師が床に横たわりつつ行われるので、083手もとに参考書も何もあるわけでなく、084霊感状態とでもいうのでありましょう、085こんこんと泉の水が湧き出づるように進められて行きました。086最も速い時には、087四六判三四百頁の書物が、088わずか二日で口述されたものであります。
089 口述は十月十八日から綾部町並松(なみまつ)松雲閣(しょううんかく)で始められましたが、090ちょうど十月二十日から本宮山の神殿が、091当局の手によって破壊されることになり、092京都から数十名の警官と五十余名の人夫が来て破壊蹂躪しました。093聖師は神殿破壊の物すごい音を聞きながら、094松雲閣の一室で「霊界物語」の御口述を進められたのであります。
095 この書物は大本神諭の真解書ともいうべきもので、096大部分は物語の形式でのべられたものであります。097霊界物語の霊界とは霊妙な世界の物語という意味で、098顕(現実界)、099幽(地獄界)、100神(天界)の三界を総称していったものでありますから、101現世のことも記されております。
102 この霊界物語が最後の審判書であります。103聖師は「最後の審判は、104閻魔大王が罪人を(さば)くと同様なる形式において行わるると、105考えている人が多いようだが、106それは違う。107天国に入り得るものと、108地獄に陥落するものとの標準を、109示されることである。110その標準を示されて後、111各自はその自由意志によって、112自らえらんで天国に入り、113あるいは自ら進んで地獄におつる、114それは各自の意志想念の如何によるのである。
115 標準とは何か。116霊界物語によって示されつつある神示そのものである。117故に最後の審判は、118大正十年十月より、119既に開かれているのである」と示されております。
120 霊界物語は全八十一巻、121霊主(れいしゅ)体従(たいじゅう)」(十二巻)、122如意(にょい)宝珠(ほっしゅ)」(十二巻)、123海洋(かいよう)万里(ばんり)」(十二巻)、124舎身(しゃしん)活躍」(十二巻)、125真善(しんぜん)美愛(びあい)」(十二巻)、126山河(さんか)草木(そうもく)」(十二巻)、127天祥(てんしょう)地瑞(ちずい)」(九巻)にわかれ、128量の上からいっても、129世界における著述の中でも(まれ)にみる大部のものであります。
130 その内容にいたっては、131天地剖判から人類の発生、132神界の組織経綸、133神界の葛藤、134悪魔の陰謀、135国祖御隠退の経緯、136救世神の御活動、137神と人との関係、138死後の生活、139人生の本義、140愛善信真の大道、141みろくの世の建設、142政治、143経済、144教育、145芸術、146科学の大本など、147人類にとって必要欠くべからざる教が、148物語の形式によって示されております。
149 聖師はこの物語においてわれわれに向かって説示せられるのに、150直接「こうせよ」「こうするな」とは命令しておられません。151われわれは聖師の示された形式に従って、152素直に考えて受けとればよいのであります。153現代人はいわゆる「お説教」には反感を持つものであります。154キリストがいま生きていたら、155きっと面白い小説を書くであろうといった人がありますが、156聖師は教典に立派な芸術的表現を与えられたのであります。157それ故、158敬虔の心を持して読ましていただくならば、159人々にとってこの上もない霊性の糧であり、160霊感の源泉となる神書であります。
   
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